ソウルディザイア
「俺は異世界に召還されたんだ!」
そんな風に浮かれていたことを、俺は酷く後悔している。その結果得られた幾つかの教訓があったとしても、だ。
「お、第一村人発見か!? おーい、そこの騎士さん!」
荘厳な門に仁王立ちする人影。真っ黒で重厚な全身鎧に身を包み、大きな盾を左手に持ち、身の丈に
近い大剣を地面に突き刺していた。見たこともない世界に浮かれていた俺は、その門番が俺を迎えにきた騎士だのと勘違いしたのだ。
その勘違いは高くついた。いや、勘違いしていなかったとしても、大した差はなかったかも知れない。
俺は門番に手を振りながら近づく。
「ん?」
門番が、こちらに気付いた様子で、地面にあった剣を抜く。俺は間抜けにも、それを黙って見ていた。様子が少しおかしいな、とは思ったが、まだここでは逃げるなんて思考が働かない俺は、そのデカい剣、片手で持ちあがんのかよ、すげーな。と感心していたくらいだ。
「え、ちょ……」
門番は、剣を持ちながら、重さを感じさせないような走りでこちらに向かってくる。それはおよそ、歓迎のため、ではない。獲物を見つけた狩人の動き。
「ま、まて、話せば……がはっ!」
遠間から放たれた門番の大剣による突きは、俺の身体のど真ん中をぶち抜き、俺は口中に血を溢れさせた。自分で地面に倒れることもできず、串刺しにされながら、痛みと、自分の血に溺れるような苦しさを味わう。
「……あ。っあ」
門番は虫の息になった俺を剣から引きはがすために、足を使ってぞんざいに地面に打ち捨てた。
そうして、俺は死んだ。
当然、この最初の死で得た教訓は、常に平常心でいろ、強そうな敵の正面に立つな、だ。
俺は異世界に来て、あっという間に死んで、不死者と呼ばれる存在になった。
骨と皮だけのような肉体に、落ちくぼみ空洞になった眼窩。スケルトンとか、グールとか呼ばれるとしっくりきそうな外観。
俺は、死んで、この姿になったことで自分が異世界にきたのだ、という確信を強めた。何度も何度も見た姿。
自分が大好きだったゲーム「ソウルディザイア」死にゲー無理ゲーと呼ばれたゲームで、主人公が死んだ時になる、不死者の身体だ。
驚きが無かった、はずがない。最初の3日は、この状況に納得できず、ただうずくまって現実逃避していた。これは怪我、あるいは病気。そう思おうとした。しかし、数日経っても身体は元に戻らない。腹は減らない、眠くもならない、そして、それらを悲しむために涙を流すこともできなかった。
そして、うずくまって幾日か経っていたころ、また、俺は殺されたのだ。
それは、自分と同じような不死者だった。ボロ布を纏っただけの、ゾンビに似た姿。いや、動くミイラとでも言った方が正しいか。奴らの身体は腐ってはおらず、俺と同じように干からびていた。そいつ等は何かを探すように徘徊し、俺を視界に納めると突然襲ってきた。
殴りかかられ、噛みつかれ、肉を千切られ租借される。恐怖で悲鳴をあげることもできず、なぜ俺がこんな地獄の苦しみを受けねばならないのかと恨みながら、意識は沈んでいく。
「また、不死者度が進んでるな……」
そして、また蘇った。今度はより、不死者に相応しいような肉体になって。こうして何度も死ぬと、どうなるのだろうか。ゲームでは数段階の不死者度と呼ばれる度合いがあって、その段階には下限が設けられていた。しかし、現実となってしまったこの世界では、どうなるのだろうか。スケルトンみたいな骨だけに成ってしまうのか? あるいは、魂だけの存在になってしまうのか。
俺は身震いした。自分が人間という存在から、遠のいていく恐怖。うずくまって現実逃避なんてしている場合ではない。俺は、立ち上がった。
ゲームでは、人間に戻る方法があった。設定では、主人公の不死者は、生身の肉体からスタートし、死ぬことで不死者となる。そして、敵を倒してソウルを集め、そのソウルを使うことで人間に戻れたはずだ。
ならば、人間に戻るために、やるべきことは一つしかない。
辺りを見回してみるが、場所に見覚えはない。俺の身体を不死者どもが引きずったのか、最初に見た門はそばになく、そこは街だった。煉瓦でできた建物や、石畳の道路が建物を繋いでおり、日本の街並みとは随分と差がある。
それに、一つ、普通の街とは違う点があった。それは、荒廃していることだ。災害でもあったのだろうか、という酷い有様の建物。長く放置されていたのか、服飾品の類はぼろぼろで色あせ、建物も壁の一部が崩れている。
「忘れ去られし都市、か……」
ゲーム序盤、主人公が攻略を開始することになる都市だ。ゲームと違って都市名がポップアップする訳ではないので、そうだろう、という予測ではあるが。
「ゲームでは違和感を覚えることもなかったけど、主人公、初めて行った地名、なんで知ってるんだ?」
と、俺はぼやいた。どうせ現実になったのなら、その辺はユーザビリティを考慮して表示してくれてもいいのに。現実感が増した分、このゲームの世界は優しさが減っている気がした。
「と、まずは、武器になるものを探索しないとな……」
当面の目標は、人間に戻る、これに尽きる。その為には
「同じ不死者をぶっ殺す。ソウルを稼ぐ」
現実世界ではゲームのやりすぎ乙、とか言いたくなる発想だ。だが、他に選択肢なんてない。俺は武器を探すために街を徘徊した。
「折れ剣か……」
そして、ついに武器になりそうなものを発見した。「折れた鉄の剣」通称、折れ剣だ。デザインはシンプルで装飾などはなく、握りの部分にはボロ布が巻いてあるだけ。刀身部分は半ばより短い位置で折れており、黒い血痕のようなもので汚れ、錆びている。
そこらで倒れた死体が握っていた武器だ。ついでに、鎧の類も着ていたので、ありがたく頂戴している。
「リアルで見るとほんとばっちぃな……!」
ボロ鎧と、ボロ足甲。そして折れ剣。臭そう。つか、臭い。嗅覚に関しては、不死者になって麻痺したのか、ほとんど気にならないが、何ともいえない凄まじい臭いだ。
どこからどう見ても雑魚MOBと言った装備にクラスチェンジした俺は、雑魚MOBらしく徘徊を始めた。もはや、この世界に来たときの装備はジーパンとスニーカーくらいだ。Tシャツはビリビリに破れてたんで捨てたし、携帯も俺の血で汚れたのか、赤黒く染まって起動しなくなっていたので捨てた。画面も割れて、中の基盤見えてたし。
「装備って耐久度とかあるのか? 折れてるくらいだからあるんだろうけど」
ゲーム時代なら耐久度10/10みたいな感じで表示されていたが、当然そんなものはない。折れた剣にそんなもんいるか、というのはあるが。
「説明文もでないしな……主人公は剣見て何を見てたんだ……」
ゲームではインベントリを開いて武器の詳細がみれた。が、ここは現実世界でゲームの中ではない。これも、ゲームが現実になって気付いたちょっとした違和感だった。
余談だが、ゲーム内でストーリー全てを語らない「ソウルディザイア」はファンの間では武器や防具、果てはちょっとした道具のフレーバーテキストからストーリーを予測し、ユーザーが構築していくことから、攻略サイトのストーリー考察ではいつも議論が白熱していた。幾つか出たシリーズの中で、ユーザーの数だけストーリーがある、なんて言葉がスレ荒れ回避にでてくるくらいだった。
「とはいえ、現実世界ではそんなもん無いしな……他のゲームだと「鑑定」したりするのが定番だけど……うぉっ!?」
鑑定、と独り言を呟いた瞬間、手に持っていた折れた剣から半透明のウィンドウが出現した。
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■折れた鉄の剣
ロスロンド兵士に支給された鉄製剣。
ロスロンド鍛冶によって鋳造された剣で、品質にばらつきがある。
現在は折れてしまい、剣としての機能はない。
これを持つものはよほどの食い詰めものか、あるいは……
攻撃力+10
耐久度:20/100
必要筋:6
補正筋:F
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「あるいは不死者か。……ってか? やかましいわ!」
ついつい俺はテキストに突っ込む。
「「鑑定」なんて便利なアクションがあるのか。そりゃ、助かるな」
しかしこれで解った。ロスロンド、というのは初めて聞く地名だったが、このステータス、間違いなくソウルディザイアで見たステータスだ。改めて折れ剣のステータスをまじまじとみる。
「生意気にも必要筋力値が6とか。つか、6ってどんなもんなんだ? 筋力補正があるのはありがたいが……」
必要筋力値、というのはその装備をするのに必要なステータスのことで、必要値を満たしていなくても装備し、使用できるが、一部の特殊なアクションができなかったり、武器なら武器を振る速度が遅くなったり、振ったあとにふらついたりする。おまけに攻撃力にマイナス補正がかかるので、ワンランク下の武器を使った方が余裕で強い、なんてことがあり得る。
筋力補正、というのは武器のステータスとは別のステータスで、キャラクターの持つステータスで、その補正に対応したステータスが多いと攻撃力に補正攻撃力が乗る、というものだ。この場合は筋力。他にも、魔力、技量、信仰などがある。
「補正値はゴミみたいなもんだな。数値的にも1乗ってるかどうか、くらいなもんだし……」
実際の攻撃力については、例えば、
攻撃力11(折れ剣10 補正筋力値1)みたいな内訳になる。流石折れ剣、といった貧弱差ではあるが、筋力を鍛えていけば攻撃力が上昇するのはありがた──
「いやいや。ありがたいって。そもそも俺のステータスどんなだよ」
とりあえず、俺は自分のステータスを見るため、鏡になりそうなものを探した。
壊れた噴水を見つけ、濁った水たまりをのぞき込む。そして、「鑑定」と心の中で呟いた。
「おいおい、マジか」
俺は、水たまりに浮かんだ自分のステータスにひきつった声を上げた。
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名前:日浦光輝
状態:不死の呪い(不死者度レベル2)
レベル:1
生命:92/100
集中力:75/80
体力:6
筋力:7
魔力:3
技量:8
記憶:5
信仰:12
素性:
何の才も力も持たぬが故に打ち捨てられた者。
力無きものに生きる資格はない。
獲得ソウル:0
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「我ながら低い! ゴミステ……! おまけに何で記憶スロットが5もあって魔法関係のステが信仰以外ゴミなんだ……!」
と、思わず叫んだ。叫びたくなるようなゴミステータスだった。
叫んだのは失敗だった。その声を聞きつけた敵が現れたのだ。
「ぅぅぅぅぁぁぁあ!」
「くぅぅぅぉおおお!」
「きぎゃぁぁぁああ!」
奇声をあげながら、三体の不死者が迫ってくる。
「ちっ……くそ、てめぇら、俺の折れ剣の錆びにしてやらぁっ!」
自分の失策に舌打ちしつつ、気持ちを切り替えて、声を張り上げて恐怖に折れそうになる心を奮い立たせる。持つ剣がすでに折れてるのが本当に心細い。敵が持ってる武器も同じようなものだったが、全然慰めにならない。
「ぅぅぅぅぁぁぁあ!」
「くぅぅぅぉおおお!」
「きぎゃぁぁぁああ!」
「いやちょ、三人同時はだめだって! 1人、ひと……ぐぁぁっ!」
そして俺はまた、死を経験した。
「…………」
復活を果たした俺は、無言で起き上がり、手持ちの装備を確認した。折れた剣に、ボロ鎧、ボロ足甲。手持ちは問題なし。ボロ鎧と足甲は、さっきやられて時に傷が増えており、耐久度が減っていた。
少し落ち着いて、噴水から離れ、辺りに何の気配もないことを確認した俺は、民家の壁によりかかり、腰を下ろして一息ついた。
「1人に勝てないのに三人に勝てるわけなかった……」
ゲーム時代の名人様プレイヤーたちの名言が、ふと頭によぎった。1人に勝てないのに、三人に勝てる訳ねーだろと。そうだった。ソウルディザイアというゲームは、俺たちに大事なことを教えてくれる。数の暴力という、基本にして強大な力を。無双ゲーなんかと違って、最悪一対一でも最初に逃げるかどうか判断くださなければいけないくらい、難易度の高いゲームなのだと。
「真っ向勝負じゃ、絶対に勝てない……」
自分のステータスを思い出す。自分が高いステータスは、上から、記憶、信仰だ。これは、ゲーム内では法術を使用するために必要なステータスだった。法術とは、信仰している神から力を授かり、その力の一部を行使する、という設定で、発動には触媒となる武器が必要になる。祝福を受けた武器や、タリスマン。しかし、そんなものは持っていない。
それに、ゲームでは、魔法、法術発動のために集中力が必要だった。集中力は簡単にいえば、MPで、記憶は記憶スロット、魔法をどれだけ記憶できるか、という数値。5という数値は、レベル1なら正直異常と言ってもいい。プレイスタイルによっては過剰とさえいえる数値。5つの魔法を記憶しておける、ということだ。
信仰は、文字通り神をどれだけ信仰しているか、の数値だ。この数値が高いほど、信仰補正の乗った武器や法術に補正値が乗る。正直、なんでこんなに信仰が高いのかわからんが。初詣とか受験の時には熱心にお参りに行ったものだが、そのせいだろうか? あるいは、この数値がそもそも高くないのか……。
「と、考えてみても魔法関連は使えないことに変わりないな。別の手を考えるしかない、か」
そうして、俺は幾つか考えたプランを実行に移すため、行動しはじめた。
最初に試したのは、手持ちが最もなくても可能な、奇襲だ。
「見つけた」
一体でうろうろしている不死者を見つけ、折れ剣を腰だめに構えて、背後から心臓の位置に向かって、身体ごと突撃する。
「ぁぁぁ……」
奇襲を受けて致命的な一撃を受けた不死者の、何かを握りつぶすような感触。これが、魂だろうか。
死(?)んだ様子で動かなくなった不死者から、白い光が漏れ出て、俺の身体に吸い込まれる。飢えが満たされ、充足していくような感覚。そして、
「うく……!?」
俺は目眩を覚え、それに耐えた。白い光とともに、俺に何かが流れこんでくる。これがソウルだ。俺はそう直感していた。
それは、恐怖と、断片的な映像だった。朽ちていない街並み、知らない誰かとの会話。それを守りたい、けれど、守ること叶わず、己も無力感に苛まれながら、何かに呑まれ──
「がはっ!?……はぁ、はぁ」
謎の映像は、そこでとぎれた。
「これはもしかして、こいつの生前の記憶、か?」
断片ながら、あのソウルを得た時に、誰かの記憶が流れ込んできた気がした。
俺は、今しがた倒したばかりの死体を見下ろす。
「そうか、お前のソウル、有意義に使ってやる」
俺は、そう言ってやることしかできなかった。断片から得た記憶だけでは、こいつがどんな人間だったのか解らない。しかし、彼は、無力感に打ちのめされ、後悔を感じるほど、何かを、誰かを守りたくてその魂を燃やしたのだ。そんな魂を、ぞんざいに扱うことなんてできない。
初勝利は、勝ったはずなのに、負けた時なみにしんみりとした感触を味わいながら、終わったのだった。
そうして、俺は数日かけて何度かの奇襲を繰り返して、ソウルを獲得した。
獲得したソウルでレベルがあがらない試した結果成功し、能力が上昇した。
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名前:日浦光輝
状態:不死の呪い(不死者度レベル3)
レベル:5
生命:98/110(10UP)
集中力:65/80
体力:7(1UP)
筋力:9(2UP)
魔力:3
技量:8(1UP)
記憶:5
信仰:12
素性:
何の才も力も持たぬが故に打ち捨てられた者。
力無きものに生きる資格はない。
獲得ソウル:89
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レベルがあがった結果がこれだ。ステータスは、生命、体力、筋力にソウルを振って上昇させた。技量に関しては、折れ剣を毎日振っていたためか、いつの間にか上昇した。最近、折れ剣にもなれてきて、ちょっと振りやすくなったと思っていたのだが、技量が上がっていたらしい。ゲームにはなかった現象なので、素直にうれしい。体力とかもあがればいいのに、と思いもしたが、飯を食って筋肉を増やしたりしている訳ではないので、筋力も体力も自然に増えたりしなかった。また、筋力と体力を増やしても、見た目的に筋肉が増える訳ではないようだった……少し残念。
「さて、今日も狩りにいくかね」
人間、習慣が力となるというが、過度の慣れは油断を生む。今日が、そういう日だった。
最近習慣となった、足音を殺してのバックスタブ。スニーカーのクッション性を生かして敵の背後に忍びより、はい、どーん!
「んんっ!?」
完全に決まる、そう思ったタイミングで、剣をぶら下げ頭をかくかくさせていた兵士の不死者が、突然こちらをむく。それでも、一撃入れられる、そう思っていたが、その兵士は持っていた剣で、巧みに俺の折れ剣を逸らした。
「はぁっ!? ……がはっ!」
ゲームでも見たことのない動きに固まり、そんなんありかと叫んだ直後、俺の胸には直剣が、根本まで突き込まれていた。最初に死んだときのような苦しみを感じながら、俺の意識は沈んでいく。
「油断、してた」
目が覚めた俺は、とりあえず周囲の安全を確認してから、そう呟いた。
敗因はそこだろう。兵士姿の不死者を狩るのに慣れていた。心のどこかで、この程度であれば問題ないだろ、とたかをくくっていた。未だにごり押しでは三体相手にすることもできないのに。
「もっと、力が必要だ。それに、武器も。じゃないと、あいつらに一泡ふかせてやるなんて無理だ」
今の俺には、目標があった。人間に戻ること、がマストの達成目標だが、それ以外にも、最初に俺に死を経験させた門番を倒す、ということ。その目標に、新しい目標を加えてやる。
まずは、門番を倒す前に、あの剣を持った兵士……いや、あれはただの兵士と思えない動きだったし、熟練の剣、とでもいうべきか、そんなものを感じた。とりあえず名前は、熟練剣兵としておくか。その、熟練剣兵を倒すための準備がいる。
「っし。なら、すぐに行動に移してやる」
まずは、新しい武器を探しにいこう。
忘れ去られし街、はゲームの中では忘れ去られし城に繋がっており、そこは兵士型のMOBが多数徘徊している。そこに目を付けた。同士討ちしたのか、動かない死体も多数転がっているそこは、当然、そいつらが装備していた武器や防具が転がっている。まずはそこらに転がっていた鉄の盾を拾い上げた。
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■ロスロンドの円盾
ロスロンド兵士に支給された鉄製の円盾。
左右どちらの手でも違和感なく持てるように工夫が凝らされている。
かつてこの地を守る兵士たちは、この盾を持ち隊列を組むことで、
強大な敵から街を守る盾となった。
攻撃力+5
耐久度:60/100
必要筋:8
物理カット:80%
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鑑定結果に出た通り、左右どちらで持ってみても使いやすいと感じる盾だった。盾の分類としては、ゲーム内では中盾と言われる、半身が隠れるかどうかといった大きさもいい。熟練剣兵相手に、俺は交わしたりする自信がないので、いわゆるガン盾、と呼ばれる、敵の攻撃に対して全て盾を用いて防御に徹するスタイルで行かせてもらう予定だ。耐久度が減っているのと、物理カット率が80%なのが気になるが、しょうがない。
ゲームでは盾には防御力、という値がなく、実際のダメージをどれだけカットできるのか、という意味で、カット率が存在した。80%という値は、中盾としてみるとそれほど高い値ではないが、可もなく不可もなくといったところか。
「よし……まずはお相手願おうか」
同じく折れた剣を構える不死者を見つけ、俺は盾を構えた。今の自分がどれだけ戦えるか、そして、この盾の性能がどれほどのものか。
「ヒアァァァァァッ!」
不死者の兵士が、奇声をあげて、剣を振り上げる。そこには熟練剣兵のような洗練された動きはなかった。しかし、自分の手足が折れても関係ないほどに全力で振り回してくるその攻撃は、見た目のだだっこのような動きに反して、過剰なまでに破壊力がある。
がつん、がつん、と音を立てて、折れた剣の攻撃を、左手に持った盾で受ける。衝撃が何度も俺を襲ったが、体勢を崩すことなく受けきることができた。
「すげ……! なら、次、だ!」
盾で受けられることはわかった。ただ、受け続けすぎると、いつか限界はくるだろう。しびれの走る左手が、それを教えてくれる。
しかし、盾という安堵感は大きいと感じた。
次は、ゲーム内でも必須といえたスキルの一つを試す。
兵士は一度は盾の防御の前に諦めたが、ゆらゆらとこちらの様子を伺っているうちに、それを忘れたのかもう一度突っ込んでくる。最近わかってきたのだが、兵士はソウルに残った記憶をたよりに、自分の身体を動かしているようで、かなり動きの良い個体がいたりする。こいつは、そこまで知能が残っていなさそうなので、動きが単調な方だった。
その単調な動きの、大振りな初撃にあわせ、俺は左手の盾を振るった。
「おらぁっ!」
バシン、と左手の盾の重量と、勢いで敵の剣を払う。パリィ、と呼ばれる防御の技法。剣を流された兵士の身体が、大きくぐらつき、隙を晒した。
「しゃぁあっ!」
俺は、その隙を逃さず、右手の折れ剣を思い切り突き刺す。奇しくもそれは、死に際に見せられた、門番、熟練剣兵の動き。
致命的な一撃が、兵士の身体を貫き、その身体を痙攣させる。そして、時をおかずしてソウルが俺の身体に流れ込んできた。兵士の死体を足で蹴って折れ剣を兵士の身体から引き抜く。
「よし、よっし! 何とかできるな……! あとは、こいつをものにしてやる!」
パリィ、致命的な一撃の連携がうまく行ったことに気を良くした俺は、練習台となる相手を捜して徘徊を始めた。そうして何度も、練習を繰り返す。
練習は、初回程うまくいかなかった。行かなかったのは俺のせいだが。冷静に考えて、敵の剣の軌道に合わせて盾を動かしてやらなければパリィなんてできやしないのだが、ゲームでできていたからと、縦振りの剣の軌道に、横から盾を合わせようとした。当然、頭をかち割られた。
それでも、最初の成功体験がモチベーションとなって、剣、槍、斧を持った相手に、正面切って戦いを挑み、勝てるまでに腕を上げていた。
「よし……基本的な技の練習は、こんなもんか」
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名前:日浦光輝
状態:不死の呪い(不死者度レベル5:MAX)
レベル:11
生命:98/130(20UP)
集中力:100/110(30UP)
体力:7
筋力:11(2UP)
魔力:3
技量:11(3UP)
記憶:5
信仰:12
獲得ソウル:2059
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装備は現在、ボロ鎧、ボロ足甲、ロスロンドの円盾、それに、ロスロンドの直剣だ。
剣を持っていたので熟練剣兵かと思って復讐しようとしたのだが、どうやら違ったらしく、普通に倒せた兵士から奪ったものだ。
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■ロスロンドの直剣
ロスロンド兵士に支給された鉄製剣。
ロスロンド鍛冶によって鋳造された剣で、品質にばらつきがある。
特に品質のよいものは、ロスロンド鍛冶頭によって手を加えられ、功績をあげた兵に支給された。
攻撃力+20
耐久度:70/100
必要筋:6
補正筋:E
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確かに、俺が愛用してた折れ剣よりも柄部分の装飾や握りがしっかりしていた。
忘れかけた厨二心が刺激されて、大変よいものです。
と、対熟練剣兵に向けて準備万端! に見えるが、俺はまだ足りないと感じている。パリィの練習に打ち込んではみたものの、熟練剣兵から見た剣技は、致命的な一撃の突き攻撃のみ。あの鋭さを考えると、何度イメージしてもパリィできるイメージはわかないのだ。しかし、今ならガン盾で防ぐことくらいはできる、と思いたい。
そこで、俺はパリィと自分の剣技を磨きつつ、別の手段も考えていた。それは、弓だ。
遠距離からの狙撃、それによって相手の体力と動きを削ぎ落とし、勝利を確実なものとする予定だ。
「弓、遠距離攻撃ってのはグッドアイデアだと思ったんだけどなー……」
熟練剣兵を弓チクガン盾プランはすぐに暗礁に乗り上げることになった。肝心の遠距離攻撃ができる武器が見つからなかったのだ。
いや、あるにはあった。ここのロスロンド兵たちは結構な技術力を持っていたらしく、クロスボウを所持していたのだ。しかし、肝心のクロスボウの機構部分が大概壊れていたため、使用できない。使用できる完品を探して街をうろついて見るが、見あたらなかった。
街を全部うろついている訳ではないが、街には熟練剣兵のような強敵がそこかしこで確認できているので、あまり移動したくもない。そこで、俺は壊れたクロスボウを数台集め、修復してみることにした。
比較的綺麗で安全な民家に入り、たき火を用意して、その火を頼りに、夜、こつこつと修理に励む。
壊れてなさそうなパーツを、四苦八苦しながら組み、それでも足りない部分は、折れ剣を使って、槍などに使われていた柄の部分の木を削ってクロスボウを組み上げた。ついでに、それらを持って回りやすいように、専用のホルスターをそこらに落ちてた皮を使って持ち運びしやすいようにした。
「できたっ!」
その結果がこれだ。
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■粗悪なクロスボウ
クロスボウに関する知識のないものが適当に修理した代物。
既製品よりも命中精度が劣る。
使われた部品などから、ロスロンド製であったことが伺えるが、
すでに別物。性能は比べるべくもない。
攻撃力+15
耐久度:60/100
特殊:命中精度低下(小)
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何気にテキストの奴が俺の心を抉りに来ているのと、初の特殊効果付きの武器が、マイナス効果ということに悲しみが二倍だが、これで遠距離からの攻撃を得た。クロスボウで飛ばすボルトも集め、幾つかは木を削って用意した。
いつもお世話になっている兵士不死者でクロスボウの練習させてもらい、両手で命中精度が6割程度まであがった所で、準備が整ったと判断した。
「まってろ、熟練剣兵。お礼参りに行ってやる……!」
熟練剣兵は、以前奴に殺された辺りを念入りに探索したら、割とあっけなく発見した。他の兵士よろしく、熟練剣兵は抜き身の剣を引きずりながら、あぅぅぅ……とか、うぁぁぁ……とか呻きとも取れない声をあげながら徘徊していた。
俺は民家の陰から、半身を覗かせ、膝立ちの状態でクロスボウを構える。この距離なら、三発はぶち込める。そう計算しながら、一射。
ヒュン、と射出されたボルトが空を切る音を響かせて、熟練剣兵に迫る。その音を聞いた奴が、素早く身体を動かし、回避を試みた。しかし、肩にボルトが命中し、よろめく。
「っし!」
「ヒィァァァァアアアッ!」
しっかりと命中したことに、心の中ではガッツポーズを決めつつ、素早く次弾をつがえ、二射目を奇声をあげて迫る熟練剣兵に向かって放つ。熟練剣兵が、さっきまでのよたよた徘徊どうした、といいたくなるようなスピードで駆けてきているため、到達までの距離が近く、勢いに乗っていたボルトは、熟練剣兵が振るった剣によって、キンっと音を立てて弾かれてしまった。
「達人かよ、次!」
驚いたものの、予想の範囲内だ。背後から撃ったボルトすら、避けようとしたのだ、正面からは難しいだろう、とはこちらも読んでる。三射目を用意し、発射。
熟練剣兵の真芯を捉え、距離もさらに縮んだ今なら、回避は不能。そう考えた俺の目論見は外れなかった。が、予定外だったのは、これまで回避するそぶりを見せていた熟練剣兵は、避けられないとみるや、回避を捨て、捨て身で特攻してきたことだった。
勢いに乗った剣が迫る。
「ヒィァァァ!」
「くそっ!」
俺は悪態を付きながら、クロスボウを投げ捨て、盾を構えてそれを受け止めた。ガツン! とかつてない衝撃が左手に伝わってくる。
盾で止めている間に、俺は素早く腰に差してた直剣を抜き放ち、突きを繰り出す。
寸前で察知した熟練剣兵はそれをひらりと躱して距離をとり、剣を構えた。俺は戦いにくい民家の陰から身体を出して、広場に熟練剣兵をおびき寄せる。
熟練剣兵はこちらの様子を伺いながら、一息で詰めてこれる間合いを維持していた。時折、剣の構えを下段、中断、上段と変化させながら、俺の周りを時計回りに回っている。
(くそ、マジで隙がねぇ……!)
くるくると変化する構えの切れ目が存在しない。淀みなく変化する構えは、ゆっくりと変わっているはずなのに、いつ変わったのか、気付けば下段に構えていた剣が、上段に変わっていたりする。
盾を構え、その影から、俺は様子を見ることしかできなかった。
やがて、相手も埒があかないと考えたのか、中段の構えから、突きを繰り出してきた。
やばい、避けないと、そんな考えより早く、盾に着弾する、熟練剣兵の突き。着弾、なんて表現が頭をよぎるくらい、衝撃のある一撃だった。その一撃で、しっかりと構えていたはずの盾が跳ね上げられ、左腕が千切られんばかりに身体が崩れる。
「……ィァァァァアアッ!」
当然、そんな俺の隙を逃す熟練剣兵ではなく、剣を振りかぶる。
「オォォォッ!」
俺も、力の限り声を上げながら、右手の剣を下段から振り抜いた。構えだとか、体勢が崩されているなどと言っている場合ではない。ここで、行動を起こしてあの一撃をどうにかせねば、一瞬で死ぬ。
振り下ろされる剣に、俺の剣が当たる。体重の乗った一撃の前に、俺の剣は力が足りず、弾かれるが、頭をかち割るはずだった、熟練剣兵の剣の軌道がわずかに歪む。左肩に深々と斬りこまれる。
「ラァァァッ!」
そのまま胴体まで断ち切られる前に、俺は弾かれた剣を何とか引き戻し、熟練剣兵の胴を力一杯切りつける。
「ァァァァ!」
笛の音のような奇声を発しながら、たまらず後退する熟練剣兵。俺は、持っていた盾を捨てた。さっきもらった一撃のせいで、左腕があがらず、盾を構えようにもできなかったからだ。
剣を右手一本で構え、見様見真似で熟練剣兵の剣と対峙する。
そこからは、無我夢中だった。互いに、ダンスでも踊るように剣を持ち、斬りつけ、躱し、時に剣で弾きあう。熟練剣兵の剣は巧みで、俺は自分の剣を盾にしながらも、そこかしこに攻撃を受け、血を流す。
それでも、諦めずに俺は動きを見続けた。
そして、ついに見つけたのだ。勝機を。俺でも比較的見える動きがある。それが、振り下ろしだ。それに、パリィを決める。これが、勝機。剣は現在、盾であり、攻撃の要。それに、俺の技量では剣で打ち払ってから再度攻撃、なんて暇はないだろう。そうなると、剣はパリィになんて使えない。
(くそ、左手が動けば……!)
パリィが決まれば、そこに致命的な一撃をぶち込むことができる。
そこで、閃いた。どうせ、このままやってもじり貧だ。いつか、技量の差で致命的な一撃を受け、負けるだろう。
ならば、まだ身体が充分に動くこのタイミングで、賭に出るしかない。
俺は、振り下ろしの一撃を誘うため、構えを変えた。そして、わざと隙をつくる。
「ヒィアアア!」
熟練剣兵は、俺の睨んだ通り、その隙に向かって振り下ろしの一撃を放つ。決まれば俺の頭をかち割り、絶命させる一撃。
「そこだぁぁぁぁッ!」
俺は、その一撃に合わせて、ハイキックを叩きこんだ。熟練剣兵の腕に決まったハイキックは、俺の目論見通り、剣の軌道を逸らし。
「おぉぉぉ!」
俺は、蹴った足をそのまま落とし、思い切り踏み込みながら、手にした直剣を、熟練剣兵に突き込んだ。
「ァァァ……」
崩れ落ちる直前、剣を手放した熟練剣兵の手が、俺の肩に乗った。ぽん、とたたかれるように置かれたその手からは、俺の勘違いか、頑張れよ、とか、よくやった、とか言うような言葉が、聞こえてきた気がした。
「ありがとうございましたッッ!」
俺は、倒れて動かなくなった熟練剣兵に自然と頭をさげていた。熟練剣兵は、対峙した回数こそ少なかったが、俺にとっては先輩であり先生だった。なぜなら俺の戦い方は、常に彼を意識していたからだ。彼を倒すために、彼に似た動きの敵を見つけては戦い、この戦いを想定した。そして、ここで彼の動きを真似て、ここまで戦えるまでになった。それを越えた今、俺は、彼にありったけの感謝を伝えたくなったのだ。
そうして、俺は彼のソウルを手にした。人間に戻るため、幾つソウルを集めればいいのか、それはわからない。しかし、今よりもっと強くならなければならない、と感じた。それが、彼らを倒してきた俺の、彼らにできる唯一の恩返しだと思った。
熟練剣兵を倒して数日、俺は装備を調え、忘れ去られし都市を探索しつくした。ただ一カ所を除いて。残るは、俺が最初に殺されることになった、門番が構えている門のみ。
「あいつ、最初のボスだったんだなぁ……」
ソウルディザイアで、最初にユーザーの心を折りにくるボス。それが、あの門番だった。俺は、探索する中でそれを思い出した。
もう、この都市の兵士は粗方刈り尽くしてしまった。残るは、あの門番だけだろう。あの門番は、ゲームの設定では、都市に封じられた邪悪が外に出ないために、門が開くことがないよう守っている、そういう設定だったはずだ。
「出て行く邪悪って、やっぱ俺になるのかな?」
答えはわからない。しかし、俺はここで立ち止まる気はなかった。門番を倒し、ソウルを狩り、人間に戻る。そのために戦い続けると決めたのだ。
「だからそのソウル、貰っていくぞ、門番」
俺は、手にした剣と盾を、門番に向かって構えた。