爪
「君の左手の爪はいつもボロボロだなあ」
彼は私の指を手に取ると親指の腹で爪を力強く押した。長年噛んできた爪はもう見る形もない。ぼこぼこに歪んでしまっている。
「はあ」
私は彼の爪先に視線を落とした。何も傷ついたことのない血色の良い爪先。この細い手首を今すぐつかんで指を口に入れてしゃぶりたい。そして力強く私の歯でその爪を噛んでボロボロにしてやりたい。
「癖なんですよね。抜けない癖。」
「よくないなぁ。それって自傷行為の一つでしょ。」
自傷行為。そうかもしれない。「誰か」を強く傷つけてやりたいという衝動が私の中にむらむらと燃え上がり、たまらなくなる度に私は爪を噛むのだから。
「他人を傷つける癖よか、私はましだと思います」
「そうかな。よく考えてみなよ。人というのは誰かに優しくされたいものだろう。傷つけたくないし、傷つけられたくないものさ。それを不幸にも君はどちらも自分自身でやってしまっているんだ。」
「そうですね。でもこれは私にとってある一種自慰行為なんです。」
「自慰行為ねぇ。」
彼はまた私の爪を指の腹で押し始めた。へこんでいたり膨らんでいたりするその歪さを彼の皮膚はなぞっている。
「幸せになってくださいね。」
私は俯いたまま言った。
「そうだね。ありがとう」
最後まで穏やかな人。彼のもつ綺麗な指のように繊細で私の前では「大人」な人。
私は彼にいつだって傷つけられたかった。口論をしてみたかった。ぶつかってみたかった。
あなたを傷つけてみたかった。
そう、まるで。
私の指みたいにあなたを嬲ってみたかったの。