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第六話 自分の城

 学院長室を出た俺は、呼ばれてきたエミリアと合流して、敷地を案内してもらっていた。


「授業はいいんですか?」

「今日は休日よ。勉強しているのは、魔法が大好きっていう物好きな人か、次の定期試験が危うい人くらいね」

「エミリアさんはやらなくてもいいんですか?」


 優等生というのは、率先して勉強をしているという印象を持っている俺として、エミリアが休日に勉強をしないというのは意外だった。

 それゆえの質問だったのだけど。


「それはなに? 私が定期試験が危なそうな人に見えるってことかしら?」


 エミリアは違う解釈をしたらしい。

 表情は笑顔だが、目が笑ってない。

 あれは剣を出そうかどうか考えている目だ。


「い、いや、その……勉強をしなくてもいいんですか? って意味であって、そんな成績が悪いとか思ったわけじゃありませんよ……。生徒会長ですしね」

「ふ~ん……。まぁいいわ。そういう風に受け取ってあげる。それに対する答えだけど、私は生徒会長だから、休日にも仕事があるの。今みたいにね。だから、その分を埋め合わすために、平日にしっかりやってるから大丈夫。成績も中等部からずっと首席なんだから」

「ずっと首席って……。まぁ、なるほど。日頃からしっかりやってるというわけですね。ちなみにどれくらい?」

「どれくらい? 自主勉強の時間でいえば、五、六時間かしらね」

「五、六時間!? 学院の授業以外で!?」

「そうよ。それくらい普通だと思うわ。この学院の生徒なら」


 いや、絶対に普通なわけがない。

 学校が午後四時に終わったとして、五時間も勉強したら、もう九時だ。夕食やらお風呂やらを済ませたら、もう寝る時間になってしまうだろう。


 いや、まさか睡眠時間を削ってるのか?

 いや、そんなわけがないか。人間は八時間くらいは寝ないと活動できないし、なにより睡眠時間を削ってまで、勉強を頑張れるわけがない。


 つまり、彼女は趣味の時間を一切持っていないというわけだ。

 それか勉強が趣味か。


「やっぱり王女だから頑張ってるんですか?」

「違うわよ? この学院に入って卒業するのは義務だけれど、別に首席や生徒会長にならなくちゃいけないって決まりもないわ。この学院は大陸中から優秀な生徒が集まるから、首席を取るのは凄い大変なの。義務になんてしたら、ほとんどの人が達成できないわ」

「いや、まぁ確かに……。じゃあなぜ頑張るんですか?」

「なぜって、悔しいじゃない。私の体には王家の血が流れてるの。だから、魔法の素質という点では群を抜いてるわ。それに、アカデミアに入る前にも優秀な魔導師の指導を受けてた。それで首席を取れなかったら、努力した差で負けたことになるのよ? こんな悔しいことないわ。だから努力するの。誰にも負けないように」


 話をしてみて、合点がいった。

 エミリアという少女が首席だったり、生徒会長だったりするのは、単純に。


 本人がとんでもなく負けず嫌いだからだ。

 こういうタイプは勉強だけじゃなくて、何事にも負けず嫌いを発揮する。


 エミリアと何かを争ったり、勝負事に発展することだけは避けたほうがいいな。絶対に、間違いなく面倒くさい。


「そ、そう……。えっと、頑張ってください」

「ええ。ありがとう。エールついでに私の頼みを一つ聞いてくれるかしら?」

「あ、はい。なんですか?」

「その慣れてなさそうな敬語はやめて。普通に話していいわ。年が同じなわけだし、ここじゃ生徒と職員だもの」

「いや、でも王女様ですし……」

「誰も気にしないわよ。公の場なら、ちょっとは礼儀正しくしてもらわないと困るけれど、ここは閉鎖的な学院だし。私以外にも王族や貴族はいるわ。いちいち、慣れないことをしてると気が滅入るわよ? その点、私に敬語を使わなければ、そういう人間だと思われて、誰に対しても敬語を使わなくてよくなるわ」


 エミリアが自分にため口を使う利点を瞬時に並べる。

 よっぽどため口がいいのか、俺の敬語が聞くに堪えないのか。

 まぁ、十中八九、後者だな。


「わかったよ。エミリア」

「よろしい」

「けど、君は俺のこと嫌いなのかと思ってたけど、敬語を使わなくていいって言うくらいだから、そんなに嫌ってないの?」


 俺の質問にエミリアが、難問にぶつかったときのような悩める表情を浮かべた。

 どう答えればいいのか迷っているんだろうけど、嫌ってないの? って聞いて、そこまで悩まれると正直、傷つく。


「……あなたに厳しい態度を取ったのは、あなたが学院に潜入しようとしている不審者だと思ったからよ。私は生徒会長として、この学院を守る義務があるから。けど、学院長があなたを受け入れた以上、あなたはこの学院の職員。怪しいことをしないか、監視はするけど、邪見に扱うつもりはないわ」

「あ、監視はつくのか……」

「たまに様子を見るだけよ。別に四六時中、べったり張り付くわけじゃないわ」


 それはありがたい。

 ずっと監視されてたんじゃ、おちおち昼寝もできやしない。


「そろそろ、書庫につくわ。書庫の中に、前の翻訳家さんが使っていた部屋があるから、そこを自由に使っていいわ」

「気になってたんだけど、寝泊りする場所が書庫の中にあるのはどうして?」


 俺の言葉にエミリアが呆れたような表情を浮かべた。


「あなたって本当に常識ないのね。普通、古代語で書かれた本の翻訳作業っていうのは、一か月くらいの時間を掛けるの。これはアカデミアに前在籍していた翻訳家さんの例よ。普通の翻訳家なら、もっと掛かるわ。だから仕事場に部屋があるの」

「あー、なるほど……」

「あなたくらい速く翻訳できるなら、そこまで時間は掛からないでしょうけど、部屋が近いのは楽だと思うわよ。けど、食事は食堂で取ること。これは決まりだから、職員も守りなさいね?」

「わかったよ……」


 気のない返事をしつつ、俺は小さくため息を吐いた。

 部屋で食事ができないのは痛い。大変痛い。


 なぜなら、食堂で食事が出る時間に起きなければいけないからだ。

 俺の中ではいつまでも惰眠を貪れる生活が理想なのに、食事が好きなときに好きな場所で取れないのは痛すぎる。


 それに食堂で決まった時間に食事を取るということは、生徒や他の職員とかち合う可能性があるということだ。

 ご飯は一人で派の俺としては、大人数が集まるところでの食事は好きじゃない。

 できれば食堂以外の場所でこっそり食べたい。


 けど、決まりを破れば追い出されるかもしれない。

 そうなれば、住む場所と仕事を一気に失う。

 それだけは避けねばいけない。


「着いたわよ。大丈夫? ボーっとして」

「あ、大丈夫、大丈夫。って……デカ!?」


 目の前にあったのは、大きめの館クラスの大きさを誇る、赤い煉瓦作りの建物だった。

 俺が想像していた小屋とは、大分イメージが違う。


「大きいかしら? この規模の学院の書庫としては、普通、いえむしろ小さいほうかしら?」

「いやいや、ここに本が保管されてるの? ここ全部に?」

「ええ。一階は全部保管庫よ。二階に生活スペースと、特に貴重な本が保管されてるわ。生徒への貸し出しをする図書館ってわけでもないから、好きなように使っていいそうよ。でも、散らかしたり、本を壊したらクビよ」

「うわぁ……現実感のある言葉だなぁ……」


 日本では話にだけ聞いていた単語、クビ。


 それを自分に向けられると、自分が雇われたのだと実感する。


「食堂はさっき案内したわよね? 学院内は広いから、主要なところ以外は今度、機会を見て案内してあげるわ。朝食は七時から八時まで。昼食は十二時から一時まで。夕食は七時から八時までよ。休日も同じように食堂はやってるから、食事をしたいなら食堂に来ること。買ってきたモノも食堂で食べるのよ?」

「わかった、わかったよ、わかりました」

「怪しいわねぇ。見つけたら、お仕置きよ? 肝に銘じておきなさい」

「了解……」


 脅迫じみたことを言って、エミリアは城ではない方向に歩いていく。

 寮は城の中にあるらしく、そのせいで城は巨大なんだとか。


 そりゃあ確かに、生徒の寮も兼ねてれば大きくもなるだろうけど、あそこまで大きいと教室に移動するのも一苦労だと思う。

 まぁ、魔法学院なんだから、そこらへんも魔法で解決しているのかもしれない。


「ま、なにはともあれ、自分の城を手に入れたわけだし……」


 俺は大きく背伸びをしたあと。


「寝るか」


 と、呟き、書庫への道を歩き出した。

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