第四話 魔法学院アカデミア
王都から馬車で二時間ほどの距離に魔法学院アカデミアはあった。
アカデミアは二つの輪っかを横に並べてくっ付けたような、独特の形をしていた。分かりやすく言うなら、数字の8を横にした感じだ。
その輪っかを形作っているのは三重の城壁だ。
壁の高さも、王都と比べて遜色ない。
二つの輪っかの中央にはそれぞれ巨大な城があり、それらの城の周りには住居や日常品を売る店が並んでいるという。
ここまでスケールが大きいと学院という言葉は似つかわしくない。
どう見ても城塞都市だ。
そんな感想を抱きつつ、俺は馬車に乗る二人の同乗者に視線を向けた。
「生徒数ってどのくらいなんですか?」
「中等部と高等部合わせて、三千人くらいよ」
「三千!? 多すぎでしょ!?」
「そうかしら? 中等部と高等部を合わせているのだし、このくらいだと思うわよ。これでも入学試験でだいぶ落としているわけだし」
すげぇな。俺がいた高校とは桁が違う。
中高一貫にしたって多すぎだ。このデカい敷地があれば、たしかにそれくらいの人数は余裕で入りそうだけど、それにしたって多すぎな気がする。
「まぁ、どんどん減ってくんだけどな。高等部からの編入性も何人か入ってくるが、そんなの数えるほどで、退学者のほうがずっと多い。けっこうな頻度で定期試験が行われてな。それで三回連続E判定。つまり不可を与えられると、退学処分になる」
E判定ってのは赤点ってことかな。
しかし、三回連続ってのはちょっと厳しくないか?
月一で試験があったとして、最短で三か月で退学ということになる。
さすがは魔法のエリート校ってところか。
「下手な卒業生を出せば、学院の名に傷がつく。それに定期試験を連続で失敗するようなら、魔導師としてもやってはいけない。まぁ、そんなわけで、俺たち教師陣も心苦しいわけなんだよ」
「E判定を一度も出したことがないため、生徒たちの間で〝チョロムス〟なんて渾名を頂戴している人が言っても、説得力ありませんよ」
うわぁ。チョロいアダムスだから、チョロムスか。どんだけ舐められてんだよ。
テストがある程度簡単だと、生徒受けもそこそこ良いはずだろうに。
どんだけ簡単なんだよ……。
「その言い方は語弊があるぞ? 生徒が優秀で、俺の定期試験ではE判定が出ないだけだ」
「手抜きのテストでEを出すなら、入学試験だって突破できませんよ」
「手抜きじゃないから。生徒のレベルに合わせてんだよ。だいたい、Eを与えたら落第しちゃう子が出るかもしれないだろ? その子の人生が終わっちゃうわけだ。ぶっちゃけ、そんな重いもんは背負えない」
あーあ、最後の本音だよ。絶対。
っていうか、この学院って超名門じゃないのか?
どうしてこんないい加減な男が教師になれるんだよ。
俺の疑問を察したのか、エミリアが疲れたようにため息を吐いて、理由を説明し始めた。
「このアカデミアの教師陣は魔導師としては超一流の人ばかりよ。全員、教えるのは上手だし、これまでさまざまな業績を打ち立ててる。けど、魔導師として優秀だからといって、人間的に優秀だとは限らない。こんなこと本人の前で言うのもあれだけど、アダムス先生を含めて、アカデミアの教師陣は何らかの欠点を抱えているわ」
「……そんなで大丈夫なんですか……?」
大学の教授みたいなものと思えば、教師らしくないというのは納得できるけど、それはある程度、成熟した人間を教える大学だからだ。
中学、高校のまだ多感な時期の少年少女を教えるのに、そんな人間たちでいいのだろうか。
だいたい、学校の運営なんかはどうするんだろうか。
普通はあれこれと教師が動き回るものだけど。
「それが平気なんだなぁ。この学院は生徒会にめちゃくちゃ力がある。だから、俺たちは魔法を教えるだけ。あとはみんな生徒会の仕事なのさ。学院自体の運営も、学院長が一手に引き受けてるから、問題ない」
「正確にいえば、先生方があまりに適当なので、何代か前の生徒会長が無理やり、生徒会の権限を強めたんです。先生方があまりに適当なので」
あ、大事なことだから二度言った。
引きつった笑みを浮かべながら、エミリアがアダムスを見つめているが、アダムスはまったく気にした様子を見せない。
王女で生徒会長。しかも超強いってわかってるのに、気にした様子を見せないのは、教師に手を上げるわけがないって思ってるのか。それとも単純に鈍感なのか。
後者な気がするな。
しかし、なんとなく、今までエミリアに抱いていたマイナスの印象が薄れていく。
偉そうで、怖いと思ったけれど、それは俺を怪しんだがためのものなんだろう。
本当の彼女はおそらく優しいと思う。
そして間違いなく。
苦労人だ。それもたぶん、周りから振り回されるタイプだろう。
世の中には必ず、そういう役どころの人が存在する。
本人が望もうが、望まなかろうが、その人の下には苦労が訪れる。
そういう星の下に生まれた人なのだ。
俺は迷惑をかけていた側だからよくわかる。
俺は寝るのが好きすぎて、常に授業中は寝ていた。
そのせいで、移動授業のときは毎回、置いてけぼりを食らっていたが、いつも同じ奴がギリギリで起こしてくれた。
たびたび、俺のせいでそいつも遅刻していたが、いつもそいつは俺を起こしてくれた。
放っておけない性質だったんだろう。
エミリアにも同じものを感じる。
王女様なのに苦労人とは。
普通、王女様って苦労を掛ける側だろうに。
俺がなんとなく哀れみの視線を向けると、エミリアが不機嫌そうな表情を浮かべた。
「なにかしら? その視線に無性に殺意が芽生えてきたわ。なにか失礼なことを考えてない?」
「……いいえ。そんなことはありませんよ?」
「今の間はなに?」
ジーっとエミリアが見つめてくる。
危ない。勘が鋭いな。
今度からは気を付けよう。
「まぁ、いいわ。とにかく、教師陣はダメダメなの。けど、それは教師だから。同じアカデミアの職員でもあなたは違うわ。その翻訳の力、しっかりと学院のために役立ててもらうわよ?」
そうエミリアは俺に忠告した。
なんともまぁ、責任感の強いお言葉だ。
隣で教師が欠伸をしているというのに、生徒会長が全うなことを言うなんて、本当にどうかしてる。
どっちが生徒でどっちが教師なのか、これじゃわかりやしない。
内心、そう呟きつつ、俺は窓から外を見た。
ちょうど門を潜ったところだったらしく、俺の視界に巨大な城が飛び込んできた。
遠くから見たときも大きいと感じたけど、近くでみると更にデカい。
本当にここが学校かと疑いたくなるが、ちらほらと見える生徒たちは、みんなエミリアと同じ学生服を着ている。
「キサラギさん。馬車を降りたら、学院長室に向かいます。私たちがいくらあなたを翻訳家に薦めようと、学院長がノーといえば、この話はなかったことになります。くれぐれも非礼のないように」
「えっ!? 採用なんじゃ……」
「雇うのはあくまで学院長です。当然、最終的な判断を下すのも学院長となります」
「そんなぁ……」
なんてこった。イージーモードだと思っていたのに、最後にこんな難関があるなんて。
つまりは、これから会う学院長に気に入られなければ、俺は就職失敗。
薔薇の睡眠ライフが一転、家無し、職無し、一文無しになるわけか!?
なんとしても気に入られなければならない。
けど、どんな人かわからないし。大体、運営を一手に引き受けているって言葉から察するに、やり手に決まってる。
老獪な人か、または切れ者か。
どちらにしろ、俺が好かれる要素はない。
けど、一つだけ希望があるとすれば、俺の横にいるアダムスが、これまでのわずかなやり取りでわかるくらい、適当な男だということだ。
つまり、こんな適当な男でも一芸さえあれば雇う学院長だということだ。
少なくとも、人格的にアダムスよりはマシだと思うし、俺にも一芸がある。しかも神様からもらった超一級品だ。
だから、大丈夫。
なはず……。