第二話 まずは仕事探しから
アストルム王国の王都アルタル。
魔法陣に飲み込まれた俺は、気づくとアルタルの市場の近くにいた。
なぜ、そこがアルタルの市場の近くだとわかったのか謎だけど、確信に近いものを感じた。
おそらく、これも神の力という奴だろう。
「しかし……」
俺は周囲を見渡す。
市場だけあって、人がかなりたくさんいる。といっても、日本の東京ほどじゃない。たぶん、まぁまぁ栄えている都市の駅前くらいのごった返しだ。
その人々の中には男もいれば女もいる。
黒髪もいるし、金髪もいる。ただ、見たところアジア系の人種はいないようだ。
服装は結構、多種多様だ。想像していたよりも現代的だと思う。そうはいっても、色合いは似たり寄ったりだけど。
こうしてみると、なんだか外国に来たみたいだけど。
そう思わせるのは、見た目的な問題だけじゃなくて、言語にある。
頭で人々が喋っている内容が理解できているのだ。
これが神様が言ったスキルというヤツだろう。大したものだけど、これのせいでまったく異世界感がない。
小説やアニメでの異世界に転移ってのは、言葉に苦労したり、文化で苦労したり、まともな生活を送るのに苦労したりするものだけど、神様のサービスのせいで、俺はそれに苦労することはなさそうだ。
「そういっても、ここって異世界なんだよなぁ……」
俺は一度日本で死んで、神によってこの世界に転移させられた。
それは理解しているつもりだけど、どうにも気持ちが追い付かない。
この世界で生きる以上、もう日本には戻れないだろう。
つまり、家族にはもう会えない。
そこまで別れが惜しい友人はいないけれど、十六年間育ててくれた両親には感謝しているし、会えないのはさすがに寂しい。
ま、あくまで寂しいと感じるだけだけど。たぶん、普通の反応は泣いたり、混乱したりするんだと思う。
現状を受け入れてしまっているのは、寝ることが趣味で、寝ることが生きがいなせいで、ほかのことは結構、どうでもいいと思えてしまう、この性格のせいだ。
「冷めてるっていうか、淡泊っていうか……我ながらおかしな性格だな」
自分の性格が改めて変だと再確認した俺は、周囲を見渡しながら移動を開始した。
ふと空を見上げれば、空は青かった。
それに何となく安心して、思わず笑みがこぼれてしまう。
慣れ親しんだ景色というのは、人を結構、安心させるようだ。
◆◆◆
国立魔法学院、通称アカデミアは王都から少し離れた場所にあるらしい。
けれど、翻訳家の募集が王都で行われていた。運がいいというよりは、そういう日を狙って送り込んだということだろう。
ご都合主義もここまで来れば一層清々しい。
あの神様は、神様らしく、厳しい試練を与える気はないらしい。よっぽど自分の本を翻訳してもらいたいんだろうな。
王都で大々的に募集を掛けられていたのは、古代語の翻訳ができる者だった。
神様が名を上げるくらいの学校だし、国が職員なんかを決めそうなものだけど、広く募集を掛けているあたり、よっぽど古代語ができる翻訳家が欲しいみたいだ。
ご丁寧にあちこちに立て看板で、魔法学院アカデミアで翻訳家求む、と黒い文字で大きく書かれており、その他、面接場所などの詳細な情報も書かれていた。
これでいいのか、魔法学院と思わなくもないけれど、おかげで俺はすんなり募集を見つけられたのだから、よしとしよう。
「あの……すみませ~ん」
立て看板にあった面接場所、宿屋の青龍亭へ来た俺は、その青龍亭へと入っていく。
小規模な宿屋である青龍亭は、とても国立魔法学院の面接場所としてふさわしいとは思えなかったけれど、立て看板に書かれていた場所の名は、間違いなくここであり、聞いた話じゃ、青龍亭という宿屋はこの王都には、ここしかない。
店に入ると、宿屋の中には一組の男女がいた。
一人はくたびれた長いローブに身を包んだ20代中盤くらいの男性。ぼさぼさの金髪が特徴的だ。
もう一人は鮮やかな赤い髪を持つ少女。年は俺と同じくらいだと思う。
少女の着ている服は、ブレザーにひざ下くらいのスカート。そしてリボン。
いやまぁ、学生服かどうかはわからないけれど、たぶん学生服だと思う。これが私服ですって言われたら、ちょっとショックだ。
しかし、女の子のほうはやけに美人だ。それこそ、アイドル並みだ。
腰まである癖のない赤い髪は、さらさらして手触りがいいのだろうな、と見ているだけで思えてしまう。
ややつり目がかった大きな目は、意思の強さを感じさせる。けれど、その奥に光る神秘的な緑色の瞳はなんだか優しげだ。
形のいい鼻や唇は、適度な自己主張をしつつ、黄金比率で整った顔のバランスを崩したりはしない。
まさしく美人。それ以外に言葉がない。
そんな少女が、俺を見て微かに柳眉を上げた。
「あなたは?」
「えっと如月、いや、ノブト・キサラギです。面接に来たんですけど……」
「おー! やったじゃねぇか! 俺の案も捨てたもんじゃねぇだろ?」
「黙っていてください。アダムス先生。どこでそれを? それにあなたは私と大して年が変わらないようですけど?」
「いや、あれだけ立て看板並べておいて、どこでと聞かれても……あと、年は16です。職を探してまして」
俺を訝しげに見ていた少女の目が、微かに細められる。
もしかして、面接はすでに始まっていたパターンか。
宿屋への入り方から、これまでの一連の流れも評価対象だとしたら拙い。というか、俺の服装もスーツじゃない。
いや、でもここは日本じゃないし。
いやいや、女の子は学生服か。ってことはやっぱりちゃんとした服装じゃないと。
いやいやいや、その前に学生が面接官ってなんだよ。ってことは、学生服じゃないんだろうか。
いや、でも。
いろいろと考えが頭をめぐる。
そろそろパンクしそうになったときに、少女が視線を俺から外した。
「本当に立て看板を見て来たみたいですね。アダムス先生の発案だったので、どうせ失敗するだろうと踏んでいたのに」
「おいおい、エミリア。生徒会長なのに、教師を馬鹿にするのは感心しないぜ?」
「普段の行動が行動ですから。まぁ、いいです。では、面接の前にあなたの実力を見させてください」
そう言って、エミリアと呼ばれた赤髪の少女はカバンから二枚の白い紙と羽ペンを取り出した。
一枚は黄色く光る不思議な文字で短い文が書いてあるが、一枚は白紙だ。
しかし、この子、妙に上から目線だな。上から目線に慣れてるってか、偉そうってか。
いや、まぁいいか。今は。
「ここにある黄文字を公用語に翻訳してみてください。制限時間は一時間です」
「おいおい、一時間って短すぎだろ。黄文字だぞ? 辞書があっても無理だぞ?」
「翻訳家なら辞書を持っていて当たり前です。手ぶらだというなら、相当自信がおありなんでしょう?」
こちらの出方を見るようにして、エミリアが俺に紙を渡してくる。
二人の会話を聞く限り、どうやらこの黄色く光る文字は、そのまんま黄文字と呼ばれているらしい。そして、辞書がなければ翻訳するのは相当難しいようだ。
けど、二人には申しわけないけれど、俺には神が与えた翻訳のスキルがある。
辞書なんて使わなくても、文字を見ただけで理解できてしまう。
短い文の意味は、学生は勉学を尊ぶべきだ、という意味だ。
けど、俺、公用語とか言われても、こっちの世界の文字なんて書けないし。
そう思いつつ、俺は羽ペンを手に取った。
インクはあるようで、このまますぐに書ける。
さて、どうしたものか。日本語で書くわけにもいかないけれど。
そう思いつつ、とりあえず白い紙に羽ペンを近づけると。
勝手に手が動いて、俺の知らない文字を書いてしまった。
それは黄文字とまったく同じ意味を持っていた。色は黒だけど、立て看板に書かれていた文字ともちょっと違う。おそらくだけど、公用語と呼ばれる文字なんだろう。
翻訳スキル恐るべし。まさか自動翻訳機能付きとは。これは確かに便利だ。文字を知らなくても理解できて、書けるとは。
間違いなく、これだけで食っている。
それは二人の反応を見ていればわかる。
アダムスと呼ばれていた男は、椅子から転げ落ちており、エミリアのほうはテーブルに手をついて、立ち上がっている。
どちらも驚愕の表情を浮かべて動かない。
よっぽど黄文字というのは難しいんだろう。
それを数秒で解いてしまえば、こうなるのも無理はない。
「き、黄文字を数秒で……しかも完璧に合ってる……」
「おいおいおい!! 嘘だろう!? 黄文字を辞書も見ずに!? お前、天才か!?」
呆然とするエミリアをよそに、アダムスが俺と距離を詰めてくる。
たしかに天才といえば、天才かもしれない。
天にいる神様から才能をもらったのだから。あくまで神様の私欲のためだけど。
「どこで古代語を習った!? 黄文字が得意なのか!? それとも古代語全般か!?」
「えっと、たぶん文字ならだいたい翻訳できます……」
「よし、採用! どっかの国に引き抜かれる前に、お前みたいな天才を引き抜けたのは幸運だったぜ! アカデミアはお前みたいなのを歓迎するぞ!」
こうして、俺の就活はいともあっさり成功した。
張り合いがなくて、拍子抜け感はあるけれど、簡単だったんだしよしとするか。
それに張り合いがないなんて、頑張っている世の就活生に失礼すぎる。俺は神様からチートなスキルをもらったわけだし。
まぁ、なにはともあれ、これで職はゲットできたし、あの老神様からの依頼も達成できそうだ。
あとは住む場所だけど、アカデミアは全寮制で食事や住む場所の心配はしなくていいって立て看板にも書いてあったし、問題ない。
ああ、まったくもってイージーだ。