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第二十二話 おやすみ

 エミリアたちのところに転送で飛んだら、また敵さんの前に出てしまった。


 俺の視界には三人の男。

 左から金髪、銀髪、黒髪。

 体格は普通、ヒョロイ、ムキムキ。


 見た目的にはどうみても黒髪が一番強そうだけど、なんとなく金髪がヤバいような気がする。


 というか、流星を余裕で避けてる時点で三人ともヤバい。少なくとも、普通の黒霊よりは強いはずだ。


「黒き貴族ってやつか?」

「そうだ。この流星群は君の仕業かな?」


 金髪の男が話しかけてくる。

 顔には柔和な笑みを浮かべているけど、どうも胡散臭い。隙あらば斬るっていう感じがする。


 とりあえず、こいつらは自我を持った黒霊だってことはわかった。

 周辺の黒霊はだいぶ数を減らしたけど、まだ残ってる。こいつらに付き合って時間が浪費されるのは避けたいな。

 城壁に居る生徒たちにもしもがあるかもしれないし。

 

「そうだって言ったら?」

「最優先で死んでもらう。もう一回やられたら堪らないからね」

「いや、もうあれは使わない」


 そう答えながら俺は右手を金髪の男に向ける。

 そのままただ作業をこなす様に、俺は言葉を紡いだ。


【転送】


 指を弾く音と共に、不可視の攻撃が金髪へと飛ぶ。

 しかし、俺がイメージした金髪の頭が突如として消えた。


 転送で飛ばされたわけじゃない。

 俺の懐に入ってきたのだ。

 転送はイメージが重要だ。高速で動かれると発動しない。けれど、それは俺だけが知っていることであって、金髪の男は知らないはずだ。


 こいつがメルランの超次元魔法言語を知っている可能性は低いから、完全に直感で動いたんだろう。


 やっぱりこいつが一番やばいな。


 そう思ってる内に、いつのまにか抜かれていた金髪の剣が俺の喉元に迫る。

 それは必殺の一撃。俺は反応できなかった。


「まったく……」


 けれど、後ろにいた強い味方が上手く反応してくれた。

 エミリアがレーヴァテインを突き出して、金髪の剣を弾き飛ばしたのだ。


 金髪の男は表情を崩さず、俺とエミリアから距離を取る。


「……やぁ、エミリア。助けに来たよ」

「あら? 気のせい? 今、私〝が〟助けたと思ったのだけど?」


 笑顔だが、目が笑ってない。

 ちょっとこめかみもピクピクと動いてる。これは怒ってるな。


「助け、助けられての友人関係だと思うんだ。流星で俺がエミリアを助けて、今はエミリアが助けてくれた。ほら、イーブンだ」

「言っておきますけど、あなたの助けなんてなくても、私は平気だったんだから! だいたい、流星当たってないじゃない!」

「嘘いうなよ。劣勢だっただろ? それに流星は当たらなかったけど、こうやって仕切り直せる」


 状況を改善する一手にはなった。直接的な助けになってなくても、助けは助けだ。


 そこで俺は思い出す。

 エミリアがとんでもなく負けず嫌いだということを。


「嘘じゃないわよ! 今から、あの二人を消滅させるから見てなさい!!」

「いやいや……アダムス先生、なんとかしてもらえます?」

「なんとかって言われてもなぁ……あー、エミリア。落ち着け。ここは三対三と洒落込もうぜ」


 今にも飛びかかりそうなエミリアの肩を掴んで静止しつつ、アダムスに助けを求めると、そんな提案がなされる。

 それを聞いて、エミリアは不満げながらも動きを止める。


 ホッと息を吐いていると、アダムスの言葉で、一応は冷静になったエミリアが俺にジト目を向けてくる。


「なに?」

「手」


 肩を押さえてる手に、レーヴァテインを突き付けながら、エミリアが告げる。

 俺は頬を引きつらせながら、両手を慌てて離す。


「失礼……」

「キサラギ君。あの三人の中で誰が一番強そう?」


 怒ってるかなぁ、怒ってるよなぁ、と思っていると、そんな唐突な質問が飛んでくる。


 あっけに取られていると、睨まれた。

 美人に睨まれたり、怒られたりするのが好きだという人がいるらしいけど、そいつはたぶん、どうかしてる。

 美人は顔が整ってる分、睨むと非常に怖い。


「あの金髪が一番強いと思います……」

「そうね。私もそう思うわ。だから彼の相手は私。いいわね?」

「いや、エミリア。何と張り合ってるの?」

「あなたとよ!!」


 どうして面倒そうな相手と率先してやりたがるのか。

 ちょっと思考が理解できないし、なにより張り合う相手が違う。


 俺と張り合ったところで、エミリアに良い事なんてなにもない。なにせ、ただの翻訳家だし。


「はぁ……じゃあ、アダムス先生は黒髪にします?」

「ああ、そうしてくれ。お前は銀髪か?」

「消去法でそうなりますね。アダムス先生が彼の相手もしてくれるなら、任せますけど?」

「冗談はよせ。俺もお前と一緒で、面倒なことは嫌いなんだ」


 そうは言いながら、アダムスは好戦的な笑みを浮かべて、黒髪の男を見ている。

 なんだかんだ、武闘派なんだろう。

 正直、一緒にしないでほしい。


「話し合いは済んだかい?」

「ええ。あなたの相手は私よ」

「残念ながら、エミリア・アストルム。君の相手はエドだ。私は厄介そうな君から仕留めさせてもらう」

「ってことで、再開!」


 エドと呼ばれた銀髪が猛然とエミリアに突っ込む。

 エミリアはそれを受け止めるが、勢いは止めきれず、俺たちと距離を離される。


 それはアダムスも同じで、黒髪の男からの攻撃を避けて、俺との距離が開く。

 接近戦に弱そうな俺から、二人を引き離す。これが狙いなんだろう。


「では、失礼するよ」


 そう言って、金髪の男が剣を俺に向ける。

 けれど、俺もやられっぱなしじゃない。

 さっきは不意打ちに不意打ちで返されたけど、実力さえ分かれば警戒もできる。


【強化】


 切れていた強化の魔法を再度使う。

 二回も使ったから、明日は歩けないかもだけど、仕方ない。こいつ相手に出し惜しみはまずい。


 金髪の男は滑らかな動きで俺の懐に飛び込んでくると、慣れた様子で剣を振るう。

 狙いは足。それを俺はケリュケイオンで受け止めた。


 甲高い音が響くけど、ケリュケイオンの見た目には変化はない。

 思ったよりも丈夫みたいだ。


「おや?」

「残念だったな」


 剣を受け止められたことに、意外そうな顔をする金髪に対して、俺は蹴りを放ちながら声をかける。


 しかし、いくら身体能力がアップしていても、素人の蹴りじゃ強い奴には当たらないらしい。

 涼しい顔で避けられてしまう。


「なにか魔法を使ったのかな?」

「さぁ?」

「ふふふ、まぁいい。私は魔王様より伯爵の爵位を受けし、ウィルス。以後お見知りおきを」

「ウィルスねぇ……人に害がありそうな名前だな」


 そういいながら、俺はウィルスに通じそうな魔法を頭の中で探していた。

 広範囲の流星は当たらない。転送も無理。強化は使っているけど、打撃がそもそも当たらないから、致命傷を与えるような効果はない。

 そのほか、いくつか覚えている攻撃系の魔法は範囲系のモノだ。

 一つを除いて。


 けど、これも使い方を考えないと、周りを巻き込みかねない。


「君の登場で形勢は私たちに不利となってしまった。手勢を失い、奇襲部隊もやられたのか、動きが見えない」

「奇襲部隊? 確かにあいつらなら消滅させた」

「なるほど。そうなると、もう私たちにある挽回の芽は一つ」

「聞くだけ聞いてやる。それは?」

「……君とエミリア・アストルムを殺すことだ。君たち以外なら、私一人でもどうとでもなる」


 ウィルスはずいぶんと自信家らしい。穏やかなな口調だけど、自分が負けるはずはないって自信が滲み出てる。

 さっきのロイドって奴も偉そうだったし、黒霊の貴族はみんな似たようなものなのかもしれない。


「だったら早くしろよ。銀髪の相方じゃエミリアの相手は重そうだぞ?」


 チラリとみれば、さっきまでのお返しとばかりに、エミリアがエドに猛攻を仕掛けていた。

 エドはなんとか攻撃を防いでいるが、突破されるのも時間の問題だろう。


 アダムス先生のほうも、黒髪を追い詰め始めている。黒髪の奴が攻撃してくるのに合わせて、魔法を放ってる。こっちもやられるのは時間の問題だろう。


 優勢を保ってるのは金髪だけだ。

 けど、俺は強化を使えば金髪と渡り合える。それなら、エミリアかアダムスのどちらかが加勢に来れば、状況はこっちに傾く。


 だから、向こうも出し惜しみをしている場合じゃない。


「あまりこの力は使いたくなかったのだが……」


 そんなことを言いながら、ウィルスは俺から距離を取った。

 そのまま剣を鞘にしまう。


「剣に自信があるのでね。できれば剣で決着をつけたかったのだけど、仕方がない」

「剣以外に武器があるようには見えないけど?」

「あるさ。君たちに魔法があるように、私たちにも似たような力がある。もちろん、我々に魔力はないから、あくまで似ている力だがね」


 言いながら、ウィルスは右手を空に掲げる。

 そこに黒いエネルギーが集まり始めた。


「怨霊が溜め込む負の力だ。それを圧縮することで……完成する。名前をつけるなら、ダークネス・キューブ!!」


 ウィルスが広げていた手のひらを閉じる。

 すると、黒いエネルギーが次第に小さなキューブへと変わっていく。


「これは触れたものをすべて消失させる虚無の球だ。人間に防ぐ術はない!」


 そう言ってウィルスが自信満々な顔で右手を振り下ろす。

 しかし、黒いキューブは動かない。というより、形を保てなくなっている。


「な、なに!?」

「いや、別に真似したわけじゃないんだけど……」


 誤解を招かないように弁明しつつ、俺はケリュケイオンをウィルスに向ける。

 その先端には、先ほどウィルスが集めていた負のエネルギーがあった。

 集まってる量はざっとウィルスの十倍くらいか。


「俺も似たようなの使えるんだ。ただ、威力は高いし、範囲は広いし、負のエネルギー集めるの時間掛かるしって書いてあったから、どこで使うか迷ってたんだけど……」


 ウィルスが集めた負のエネルギーを逆利用させてもらうことで、必要な負のエネルギーは集まった。

 ケリュケイオンの先端には圧縮された負のエネルギーが溜まっている。


 そのエネルギーの捌け口は、当然、ウィルスだ。

 しかも、ちょうどいいことにウィルスは城壁の外側に立っている。


 つまり、後ろには何もない。


「馬鹿な!? 人間が使えるはずは!?」

「いやいや、これ考えたの神様だから。なんでもありでしょ」

「神!? 君は一体……!?」

「ただの雇われ翻訳家だよ」


 切り札を吸い取られたせいで、ウィルスはあきらめたのか、動く素振りすら見せない。

 実際、これを放てばちょっと動いた程度じゃ逃げられない。似たようなモノを使おうとしてたし、ウィルスは理解できてるんだろう。


「君みたいな翻訳家がいてたまるものか……」

「いるんだなぁ、それが。じゃあ、お疲れさま。今度は成仏してくれよ」


 そう言って、俺はケリュケイオンを思いっきり振り上げてから、振り下ろす。


【黒光】


 極太の黒い閃光がケリュケイオンの先から発射されて、ウィルスを飲み込む。

 飲み込んだ瞬間に、ウィルスの体が崩壊を始め、やがて霧散する。


 このエネルギーで消滅させられた黒霊は、果たして成仏できるのか怪しいけれど、とりあえず俺のノルマは終了だな。


「ウィルス……き、貴様!!」


 エドがウィルスの最後を見て、激高して俺のほうに向かって来ようとするけれど。


「余所見だなんて、舐められたものね」


 相対していたエミリアがその隙を逃すはずなく、エドの体を刺し貫く。

 そして。


「流麗たる銀。静謐なる銀。輝ける銀は封魔の象徴。銀閃纏いし、光焔の剣よ。纏いを破りて、その姿を現さん!!」

 

 詠唱と共に、エミリアの銀剣の刀身から、銀が剥げていく。

 そしてその内側から光輝く炎が姿を現した。


 炎はすぐに剣を形作り、エドを体内から焼いていく。


「この……!!」

「炎滅よ。レーヴァテイン」


 最後のあがきとばかりに、エミリアに剣を向けようとするエドは、レーヴァテインの光り輝く炎によって、塵すら残さず消滅させられた。


 それと同時に、アダムスのほうも終わったらしい。


「まったく、硬すぎだろ。結局、六発くらい撃ち込んでようやくか……」


 手こずりはしたが、危なげなく勝利したアダムスは、俺のほうを見ると、ニヤリと笑う。


「ノブト……お前、眠いだろ?」

「……わかります? 正直、寝てなくてしんどいんですよ……。しかも魔力も結構使ったし……」


 最後の黒光に魔力を持ってかれて、俺の中にはあんまり魔力は残ってない。当然、ケリュケイオンの中も空っぽだ。


 そのせいで眠気がピークに達しつつある。緊張が切れたってのも理由の一つかもしれない。


「しゃーない。残ってる黒霊は俺がなんとかしてやろう。教師だし」

「一番働いてないんですから、後片付けするのは当然でしょ……」


 アダムスにそう言い返すが、それが限界だった。

 もう立ってるのも辛い。

 前のめりに倒れかけて。


 エミリアに支えられた。


「もう、世話が焼けるわね……」

「扱いが悪い……学院を救ったわけだし、褒美として無期限の睡眠があってしかるべきだ」

「それって死んでるのと変わらないじゃない……」


 言い返しながら、エミリアは俺をゆっくりと城壁の上に寝かしてくれた。

 いつの間にかアダムスは消えている。自分で言ったとおり、残敵の掃討に向かったんだろう。

 そんなに数も残ってないだろうし、一人でも十分だと思う。


 そう考えると、本当に眠気がまずいことになってきた。これはこのまま寝落ちパターンだな、と思っていると、頭に柔らかい感触が。


「……エミリア?」

「ほ、褒美が欲しいんでしょ……?」


 俺の頭の後ろ。

 そこには枕として、エミリアの太ももがあった。いわゆる膝枕だ。


「……自分の膝枕がご褒美って言うのは、ちょっと自意識過剰じゃない?」

「失礼ね! それと、違うわよ! ご褒美はあなたの大好きな睡眠よ! 今日だけは特別に起こさないでおいてあげる。好きなだけ寝なさい。誰かがあなたを起こそうとしたら、私が守ってあげるわ」

「……いつも無理やり起こす癖に」

「このまま寝ないで学院の復旧を手伝いたい?」


 いつもの目が笑ってない笑顔をエミリアが浮かべる。

 いかん。なんだか、優しいから調子に乗りすぎた。


「寝させていただきます……」

「まったく……おやすみなさい。ノブト。助かったわ。ありがとう」

「……どういたしまして……それと」


 おやすみ。

 そう言って俺は意識を闇の中で手放した。


 なんだか今日はぐっすり眠れそうな気がする。

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