閑話 アダムスの戦い
アダムスとエドガーの戦いは一方的だった。
一方的にアダムスが攻撃を仕掛け、それをエドガーが耐える。
最初からその構図が崩れることはなかった。
だが、それでも決着はつかない。
技量では明らかにアダムスが上であり、エドガーには状況を打開する手段はないにも関わらず。
膠着は続く。
その理由はひとえにエドガーの耐久力だった。
【ウィンド・ブレット】
接近するエドガーに向かって、アダムスはレベル6の魔法を使う。
風を収束させて、強力な弾丸として放つ貫通力に優れた魔法だ。
しかし、エドガーは両手を交差することで、その風の弾丸を受けきる。
両腕には弾丸を受けたあとは残っているが、致命的なダメージはない。
それを見て、アダムスは小さく舌打ちをする。
先ほどからアダムスの攻撃は、すべてエドガーによって受けきられていた。
「俺の防御は貴族の中でも最硬だ。お前程度の魔法じゃ破れんさ」
「防御以外に取り得がないの間違いだろ?」
一定の距離を保ちながら、アダムスは言い返す。
しかし、エドガーはアダムスの言葉を鼻で笑う。その防御以外に取り得がない者に足止めを食らっているのが、アダムスだからだ。
チラリと目に入ったエミリアを見て、アダムスは沸き上がる焦燥を抑え込んだ。
エミリアの敵は二人。どちらも剣術に長けているのか、エミリアに対して剣での勝負を仕掛けている。
個々の技量は、剣術に関しては素人のアダムスの目から見ても高く、加えて巧みな連携を取っている。
分が悪い。
エミリアの剣の腕を知っているアダムスでも、そう思わざるを得なかった。
実際、エミリアは魔法と剣を使って、二人を相手取っているが、明らかに疲弊の色が見え始めていた。
どうにか助けに入ろうにも、アダムスにはピッタリとエドガーがついている。
今、助けに入ろうとすれば、エドガーに邪魔され、アダムスの優勢も崩れかねない。
状況を打破するには、一刻も早くエドガーを倒さねばならないが、アダムスにはエドガーを一気に倒しきる火力がなかった。
エミリアならば可能だろうが、その間、エミリアが今、相手をしている二人を引き受けるのはアダムスには無理だった。
「まいったなぁ……ノブトに大見得切ったわりに俺、役に立ってない」
そんなことを口にしつつ、アダムスはエドガーを観察した。
焦ったところで魔法の威力が上がるわけではない。
それどころか、焦れば焦れるほどつけ入る隙を与える。
冷静に、落ちついて。
魔法の威力が上がらない以上、防御を正面から突破するのは不可能。
ならば、隙をつくか、隙をつくるか。とにかく小細工が必要だった。
ゆえにアダムスは観察した。そして自分の記憶を整理した。
これまでのエドガーの行動パターンから、防御の薄そうなところに当たりをつける。
胴体や手足の防御は硬い。それは実証済みである。
では、顔は。顔へのクリーンヒットは今までなかった。すべて腕に防がれているからだ。
しかし、首から上に当たるには精密さが必要になる。
そしてなにより、相手の意表をつく必要がある。
「ったく……守り一辺倒の相手をどう崩せっていうんだよ……」
エドガーは付かず離れずの距離を保ち、アダムスが動く素振りを見せると突っ込んでくる、という行動を繰り返していた。
積極的に攻勢に来ないため、カウンターを取りづらく、ワンパターンゆえにエドガーのミスも期待し辛い。
エドガーはアダムスを足止めできればそれでいいと判断しており、それはこの戦場では最適な判断でもある。それを崩すことは至難の業であった。
それでもアダムスは行動に移す。
狙うのは頭部。
まずは足下に先ほどと同じウィンド・ブレットを放ち、目くらましの煙を上げる。
それに対して、エドガーは構わず煙の中に突っ込んだ。両手をクロスさせ、防御の体勢を取りながら。
煙から出てきたエドガーに、アダムスはウィンド・ブレットを放つ。
しかし、それはエドガーに腕に弾かれて終わる。
「ふん! 小細工だな!」
「ああ、小細工だ」
アダムスの言葉に違和感を覚えたエドガーは、すぐに危険を察知した。
エドガーから見て、左方向。そこから風の弾丸が飛んできていた。
死角からの時間差攻撃。
咄嗟にエドガーは顔を逸らすが、首を大きく抉られる。普通の人間ならば確実に致命傷だ。
しかし、エドガーは黒霊だ。
「やってくれるな……!」
「ちっ! 死なねぇのかよ……」
舌打ちをしながら、アダムスは追撃をかけるが、咄嗟に撃った魔法はエドガーの腕に弾かれる。
エドガーの首からは黒い靄が溢れているが、それのせいで動きが鈍る様子は見られない。
決めきれなかった。
そのことに歯噛みしつつも、アダムスは前向きに捉える。
あと一撃でどうにかできる、と。
しかし、あと一撃を加えるためには、再度小細工をしなければいけない。だが、小細工は二度もきかない。
さてどうしたものか。
そうアダムスが思ったとき、異変が空で起きた。
最初に気づいたのは、エミリアと戦っていた二人。ウィルスとエドだった。
二人は空から迫ってくるものを、瞬時に判断し、エドガーに危険を促した。
「エドガー!! 上だ!!」
二人はエミリアから距離を取りながら、エドガーに声をかける。
エドガーは上を確認せず、アダムスから距離を取った。
そこでようやくアダムスは上を見た。
そして驚愕の表情を浮かべる。
空を覆いつくさんばかりの流星群。
それが学院に向かって落ちてきていた。
その光景をアダムスは知っていた。
「ノブトか!?」
「キサラギ君は砦にいるはずです! ここには来られません!」
「だったら、誰がこれをやってる!?」
エミリアとアダムスは周囲の黒霊を警戒しつつ、話し合う。
その間にどんどん流星は着弾し、学院にいる黒霊たちを霧散させていく。
黒霊を狙い撃ちする流星は、間違いなくノブトの魔法。
それはアダムスもエミリアも理解していた。
ただ、それはありえないことだった。
半日以上離れた場所にいる人間が、駆け付けられるわけがない。
そんな常識が頭を過ぎっているからだ。
しかし、その常識がノブトに通じないことを、二人はすぐに思い知る。
二人の目の前。黒霊の貴族たちとの間に。
ノブトが突然、現れたのだ。




