閑話 黒霊の貴族
アカデミアの城壁は三層からなる。
その三層の内、二層目でエミリアたちは戦っていた。
「はぁっ!!」
空気を切り裂く気迫の声とともに、エミリアは愛剣、レ―ヴァテインを黒霊に突き出した。
しかし、貫かれた程度では黒霊は消滅しない。
エミリアは突き出したレ―ヴァテインを横に薙いで、黒霊を体の中から切り裂く。
それでようやく消滅した黒霊を見て、エミリアは息を吐く。
「夜目も厄介だけど、痛みも恐怖も感じないっていうのも厄介ね……」
周囲には煌々と辺りを照らす光がある。
黒霊と違い、明かりが必要なエミリアたちが用意したものだ。
これによって、夜でも何とか視界を確保できているが、戦い難さは昼間の比ではない。
加えて、黒霊はしっかりと止めを刺さないかぎり動き続ける。
一体一体を倒すのに手間取ってしまうのだ。
「みんなももう限界かしら……」
エミリアは周囲の状況を冷静に観察しながら、撤退の時期を見計らっていた。
学院に襲撃があったのはおよそ二時間前。
襲撃に備えての準備中だったため、早々に三層目の城壁は黒霊の手に落ちた。
そこから二層目での防衛戦に移ったが、いまだに敵の詳細な数すら掴めていなかった。
「せいぜい、一千から二千くらいだと思うけれど……」
夜の闇に紛れる黒霊の数を推測しつつ、エミリアは周囲に視線を走らせる。
城壁の上で防衛に当たるのは、実戦経験のある生徒や、強力な魔法を使える生徒ばかり。
個々の実力だけでいえば、国に所属する魔導士と比べても遜色はない。
だが、如何せん経験不足と数が不足していた。
敵が固まっていれば、範囲攻撃で薙ぎ払えるが、敵は闇から唐突に現れては奇襲を仕掛けてくる。
それに対して、個々に対処しているのが今の状況であり、エミリアが一番避けたい状況でもあった。
「火力差が生かせないっていうのは歯がゆいわね。それにこうまでしっかり戦術的に動いてくるってことは」
「敵さんに指揮官がいるな」
エミリアは後ろから聞こえてきたアダムスの声に振り返る。
疲れた様子を見せず、飄々と現れたアダムスだが、生徒たちのフォローのためにあちこちに走り回っていた。
流石に学院長から留守を任されるだけのことはあると、アダムスへの評価を上方修正しつつ、エミリアはアダムスに質問する。
「黒霊を操る魔法なんてないと言ったのは、アダムス先生じゃありませんでしたっけ?」
「確かに魔法は存在しない。それは間違いないはずだ。少なくとも現代に広がっている魔法じゃありえない。ってことは、黒霊の中に指揮系統ができたってことだろ」
「指揮系統?」
「王様か将軍様か、どれにしろ、今までの黒霊とは違う個体が生まれたんじゃねぇか? じゃなきゃ、説明がつかないからな。半信半疑だったが、こうも統制の取れた動きをされると、疑惑が確信に変わり始める」
アダムスはそう言いながら、自分に向かってきた黒霊に手を伸ばす。
【トルネード】
風のレベル4魔法。
それが黒霊を消滅するまで切り刻む。
「じゃあ、指揮官がいるとして、次はどんな手を打ってくると思いますか?」
「俺ならこのまま持久戦を続けるが、向こうさんがちょっと性急な性格なら、こっちの指揮官を潰しにくるんじゃないか?」
呟きの後。
二人は足音を耳にした。
音は二つ。
黒霊とは明らかに違う。なぜなら黒霊は実体こそ持っているが、質量自体はそこまででもないのだ。
ゆえに歩いていても、あまり明確な足音はしない。
だが、今、向かってきている二つの足音は人間と相違ない。
「おやまぁ、当たっちまったよ」
アダムスは頬を掻きながら、闇より現れた二人の人影を見据える。
現れたのは上質な服に身を包んだ二人の男。
一人は銀髪の青年で、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
もう一人は背の高い金髪の青年。怜悧な青い目が特徴的だった。
どちらも共通するのは病的なほど肌が白いことだった。
服は貴族が身に着けるフォーマルなもので、着こなしといい、服の質といい、王女であるエミリアから見ても文句の付けどころはなかった。
ただし、場所をわきまえないという点では大きくマイナスだったが。
「おいおい、ここはパーティー会場じゃねぇんだぞ?」
「ははは。言われてるよ。ウィルス。彼らは僕ら貴族の服装がお気に召さないらしい」
「気にする必要はない。エド。学院の制服で戦っている時点で、向こうも我々と大差ない」
銀髪の青年、ウィルスの言葉に、金髪の青年、エドは苦笑しながら返す。
人間同士のやりとりと大差ない光景を見て、エミリアとアダムスは目を細める。
信じられないことではあったが、目の前の青年たちは黒霊でありながら自我を持っている。
ありえないと思いつつも、現状を飲み込み、二人は青年たちの出方を窺った。
「さて、自己紹介をしよう。私は魔王様より伯爵の爵位を頂くウィルス」
「同じく、伯爵の爵位を頂くエド」
二人は自己紹介をしながら、腰に差したサーベルを抜き放つ。
エミリアは一瞬で二人の技量を見抜き、アダムスと共に後退した。
「金髪の黒霊は手練れです! 私が相手をしますから、銀髪のほうをお願いします!」
「わかった!」
距離を取り、短い打ち合わせをした二人はウィルスとエドに向かおうとして。
できなかった。
アダムスがいきなり横に吹き飛ばされたからだ。
「魔王様より男爵の爵位を頂く、エドガー。貴様の相手は俺だ!」
アダムスを吹き飛ばしたのは、獰猛の笑みを浮かべる黒い髪の黒霊だった。
ウィルスやエドとは違い、筋骨隆々の体はいかにも強そうだった。
だが、エミリアはそんなエドガーを意識の外に置いた。
目の前にいる二人と比べれば、エドガーは気にするほどでもないと判断したからだ。
「まずは、黒髪のほうをお願いします。それから援護を」
「痛っ~……あいよ。持つか?」
「持たせます」
吹き飛ばされたアダムスは、口の端から流れる血を拭いながらエドガーを見据える。
最初の攻撃はそこまで強力ではなかったが、それでも弱くはない。
豊富な実戦経験に裏付けされた評価をアダムスはエドガーに下す。
だが、それ以上に危険な相手が更に二人。
どうにかしてすぐに倒さなければ、エミリアは二人に敗れる。それはこの学院の陥落を意味する。
そう判断して、アダムスは首を鳴らす。
「ったく……こんなことなら砦のほうについてけばよかったぜ……明らかに貧乏くじじゃねぇか」
「文句を言いたいのは私のほうです。どうして、生徒の私が教師のアダムス先生よりも頑張ってるんですか?」
「そりゃ、あれだ……優秀な者の義務じゃねぇか? やっぱり、優秀な奴は働かなきゃな」
「それなら働いてください。頼りにしてるんですから」
「はいよ。ま、ほどほどにやるさ」
そう言って、アダムスはエドガーに向かって手を向ける。
エミリアもレ―ヴァテインをウィルスとエドの二人に向けて、応戦の構えを取った。




