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第二十話 ケリュケイオン

結構、更新が滞ってしまい申し訳ありません。

もうすぐ完結予定なので、もうしばらくお付き合いください。


 夢の世界というのは、大抵、意味不明なものだ。

 なにせ記憶を整理しているわけで、最近の記憶から昔の記憶まで様々なモノが入り乱れる。

 だから夢というのは混沌としている。


 だが、今、俺が見ている夢は真逆だ。

 不自然なほど白い部屋に一人、俺だけが佇んでいる。


 こんな部屋は見たことないが、似たような部屋なら見たことがある。

 俺をこの世界に送った神様の部屋だ。


 だから、どうせ神様の仕業なんだろうと予想はついた。

 予想はついたのだけど。


「実際、夢に干渉してくるなんて、本当に何でもありですね」

「そういいながら、あんまり驚いておらんな?」

「神様なんですよね? だったらこのくらいできるかなって」


 俺がそう答えると、神様、メルランはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 しかし、わざわざメルランが俺と話すためだけに夢に介入してくるとも思えない。


「それで、神様が俺に何の用です? 申し訳ないんですけど、俺、寝てる最中でして」


 俺は寝るということに関しては、真摯である。

 体は寝ているのに、意識は覚醒しているなどあってはならない。体も心も休まって、はじめて睡眠なのだから。


「相変わらず歪じゃな。お主は今、戦場にいるのじゃぞ? 睡眠の質よりも命の心配をせい」

「一度死んだ身ですし。しかもわざわざ天国行きまで拒否って睡眠をとったんですよ? 命よりも睡眠のほうが大切です」

「なるほど。しかし、そんなお主がなぜ戦場に出た? 学院で寝ていることもできたじゃろ?」

「そんなことしたらクビになりますよ」

「それはない。お主の力は貴重じゃ。お主が断固として拒否すれば、だれも無理強いはしなかったじゃろ。じゃが、お主はためらわずに戦場に出た。案外、今の居場所が気に入ったか?」


 メルランの問いに俺はしばらく押し黙る。

 どうだろうか。俺は学院を気に入っているのだろうか。


 エミリアというお邪魔虫のせいで、満足に寝ることはできないし、仕事もしなければいけないため、理想の環境とは言い難い。

 だけど。


「たぶん……気に入ったんじゃないですかね。少なくとも、今いる場所はそんなに悪くないと思ってます」

「そうかそうか。じゃが、そんなお主に悪い報告じゃ。お主の学院がちょいとピンチじゃ」


 メルランが本当に残念だ、と言わんばかりの表情で言った。

 性質の悪い神様だ。

 わざわざ俺に気に入っていると言わせておいて、こんな話をするなんて。


「学院にはエミリアたちが残っているはずですけど……それでもですか?」

「それでもじゃ。助けにいきたいと思っておるか?」


 俺は言葉に出さずに頷く。

 あそこは俺の居場所なのだから。

 学院が無くなったら、失業して家もなくなってしまう。


 それに。


「エミリアには借りがありますから。それは返さなきゃ駄目なものです」

「なるほど、なるほど。しかし、お主は魔力を使い果たして眠っている身じゃ。それでも行くかの?」

「こうして話をしに来たってことは、あなたには手があるんでしょう? あなたとしても、自分の本が失われたり、俺が翻訳する場がなくなったりするのは本意じゃないはずだ」

「まぁ、そうじゃの。これは確認じゃ。もしも、お主が望むなら、今から強制的に目を覚まさせて、お主に手段を授けることもできる。じゃが、いいのかの? 大好きな睡眠を邪魔されても」


 メルランは悪戯好きの少年のように笑う。

 たぶん、こっちの答えはわかって聞いているはずだ。

 だったら、こんな質問は時間の無駄だ。


「無理やり起こして構いませんよ。こんな話を聞いたら、気持ちよく寝てられませんから。それにここで眠りに入っても、どうせ目覚めが悪いですし」

「目覚めが悪いか……。お主らしい答えじゃな。なら、必死に頑張ってくるがいい。命より大切な睡眠を中断してまで助けに行くのじゃ。失敗は自分への否定じゃぞ」


 そういうとメルランはゆっくりと姿を消す。

 それと同時に白い部屋が崩れていく。

 俺の足元も徐々に崩れていき、俺も部屋の残骸とともに下へと落ちていく。


 夢のはずなのに落下する感覚が大変リアルで困る。

 微妙な浮遊感に身を任せ、俺は目を閉じた。


 どうせ夢の中だ。

 なにがあろうと気にすることはない。

 終着地点は決まっているのだから。




◆◆◆




「お目覚めですか?」


 心地よい女性の声が耳に届く。

 どうも聞いたことのない声だ。


 違和感を感じて目を開くと、寝ている俺の横に知らない少女がいた。


 年は俺とそう変わらないだろう。

 金と茶を混ぜたような色の長髪が特徴的で、白いローブを身に纏っている。


 綺麗な少女だと感じた。エミリアやクリスとは違う。なんだか透明感がある。

 同時に本当に同じ人間なのか疑ってしまう。人間味が薄いといえばいいのだろうか。

 ここにいることに非常に違和感を感じる。それこそ、神がいる世界にいれば、まったく違和感を感じなかっただろう。

 それくらい少女は神々しかった。


「……あなたは?」

「フィリスと申します。ルシア教会にて、高司祭を務めています」

「……ルシア教会?」


 聞きなれない言葉に眉を顰めると、少女、フィリスがクスリと笑って説明してくれた。


「女神ルシアを奉じる教会です。私はそこで女神のお告げを聞いて、ここに参りました」

「……よくわからないんですけど。とりあえず、俺がどれくらい寝ていたか教えてもらえますか?」

「どうでしょうか? 私も詳しい時間は存じ上げませんが、たぶん二時間ほどでしょう。先制攻撃からさほど時間は経っていませんから」

「二時間……だから体が怠いのか……」


 今すぐにでもこのまま寝てしまいたい欲求に負けそうになる。

 それをどうにかするために、先ほどから体に力を入れようと頑張っているのだけど、どうしてもうまくいかない。


「魔力が底をついていますから、仕方ないでしょう。当分、動くのは無理だと思います」

「そういうわけにもいかないんですよ……女神様はお告げでなんと?」


 考えてみれば、学院長のお告げに出てきたのも女神らしい。

 たぶん、俺の助けになることをしてくれている人なんだろう。その女神様は。


 今回もおそらく。


「教会が保管する魔道具をあなたに渡せ、と。ただ、とても貴重なモノなので少々手間取ってしまいました」

「それはそれは、お手数をおかけしました」


 手間を思い出したのか、小さく溜息を吐いたフィリスに俺はそう言って頭を下げる。

 下げるといっても、ベッドに横になったままなので、首を軽く曲げるだけだけど。


「いえ、これで学院が救われるというのなら安いものです」


 そう言ってフィリスは自分の後ろに置いてあった長い包みを手に取る。

 それが肝心の魔道具だと察して、俺はなんとか体に力をいれて上体を起こした。


「これが魔道具ですか?」

「はい。女神ルシアが生前、使ったといわれる杖、ケリュケイオンです。魔力を貯蓄しておける杖で、これがあればたとえ魔力が尽きても戦えます」

「なるほど。予備バッテリーみたいなものか。俺にはピッタリだな」

「よびばってりー?」

「こっちの話です。使い方を教えてもらえますか?」


 フィリスは頷き、包みを解いてケリュケイオンを取り出した。

 先端に水晶のついた白い杖。それがケリュケイオンの外観だった。


 長さは一メートルほど。白い鉄のような材質で作られているようで、フィリスが持っている様子を見る限り、軽そうだ。


「ケリュケイオンは持ち主の思考に反応します。魔力が足りないならば、自動的に補充してくれますし、限界以上の魔力がほしいと願えば、あるだけの魔力を補充してくれます。もちろん、ケリュケイオンが魔力を生み出すわけではないので、事前にケリュケイオンに魔力を貯めておく必要はありますが」

「……便利なんですね」

「教会秘蔵の魔道具ですから。大事に預かってください」


 そう言ってフィリスが俺にケリュケイオンを手渡す。

 すると、一瞬で俺の体に活力がみなぎった。

 魔力が戻ってきたのだ。それも完全に。


「私の魔力を込めておきましたので、これからの戦闘分くらいは魔力は溜まっていると思います。ただし、無駄使いはしないでくださいね? 大技を乱発してはすぐに魔力が切れてしまいます」

「気を付けます」


 フィリスの忠告に俺は神妙にうなずいた。

 ケリュケイオンにはまだまだ十分すぎる魔力を感じるけれど、それはすべてフィリスの魔力だ。

 無駄使いなどできようはずがない。


「では、私はこれにて。私は私で自分の役目を果たさなければいけませんから」

「役目?」

「この砦への援軍。それが私の役目です。ご心配なく。この砦は私が守ってみせます。あなたはあなたが行くべき場所へ」


 フィリスはそう言って、俺に優雅に一礼すると部屋から出ていく。


 さて、問題が一つある。

 どうやって学院まで行くのか、ということだ。


 なにせ馬車で半日の距離だ。

 今から行っても、手遅れの可能性は高い。

 どうにかして、一瞬で行ける方法が必要だ。


 そんなことを思っていると、俺の頭の中に二つのイメージが流れ込んできた。

 一つは慣れ親しんだ書庫。もう一つ俺自身だった。


「転送で俺自身を送れってことか……ん?」


 呟き、俺はあることに気づく。

 このイメージが送られてくる感じ。

 前にもあった。


 エミリアとクリスを呼んで、転送を実演しようとしたときだ。


 そこまで思い至ってすべてがつながる。


「まさか……すべてあの神様の差し金か!?」


 今更気づいたところで遅いし、エミリアたちにも説明できないけれど。

 今度からは気を付けよう。こういうイメージを送って、俺の転送に介入してくるというのさえわかっていれば、対処のしようもある。


「くっそぉ……いつか仕返ししてやる」


 そういいつつ、今は時間がないことを思い出して、さきほどのイメージに集中する。

 目的地は学院の書庫。

 標的は俺自身。


【転送】


 呟き、指をはじく。

 同時に俺の視界は暗転した。

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