閑話 エミリアとアダムス
エミリアとアダムスは、砦に向かうノブトたちを見送ったあと、生徒たちへの事情説明と、部屋での待機を命じた。
黒霊の討伐に教師が駆り出されること自体は、初めてのことではなかったため、これといった混乱も起きずに、生徒たちは自室での待機を受け入れていた。
「これからどうするんだ?」
「生徒会には事情を説明してあります。今は、生徒会が選抜した優秀な生徒たちに事情を説明しているところです」
「おいおい、生徒を使うのか?」
「私も生徒ですけど?」
「お前は特殊で、特別だ。いくら戦う力を持っていても、生徒には実戦経験がほとんどない。防衛に参加させれば、俺たちの足を引っ張るぞ?」
アダムスの意見にエミリアは頷く。
その点については、エミリアも考えていたのだ。
けれど、エミリアは生徒の力が必要だと考えていた。
「素人でも城壁の上から魔法を撃つくらいはできます。私たちでフォローすれば形になると思います。防衛戦はもっとも簡単な戦ですから」
「確かに守備を固めての防衛戦は素人でも参加できるだろうが、向こうが少数で攻めて来たらどうする?」
「私たちで対処するだけです。私がもしも、人手がいなくなった学院を攻めるなら、正面からの攻撃と少数での奇襲を両方取ります。敵に考える知恵があるならば、の話ですが」
そんなことを言いつつも、エミリアは敵に知恵、知性があることを前提にして話を進めていた。
そもそも、大軍で教師を引き付けて、手薄な場所を攻めるという手段を実行してくるならば、知性がなければ説明がつかない。
それらを総合して、エミリアは敵に人間が協力しているか、自我や知性に目覚めた黒霊がいるのではと睨んでいた。
「黒霊はあくまで怨霊の集合体。自我や考える力はないはずだが……」
「そうですね。それが一般的な考え方です。けれど、もう一般的に起こり得ないとされていた黒霊の大量発生や周りの人間を無視する行動などが確認されています」
「すでに一般論は崩壊しているか……。わかった。常識的な考えを捨てるとしよう。じゃあ、エミリア。奴らが知性に目覚めたとして、敵が学院を狙う理由はなんだ?」
「憶測になりますが……魔導師が邪魔なんだと思います。人間の主力は魔導師。それを生み出すのは魔法学院です。そこを狙うのは戦略的に正しいと思います。そして、弱い所を狙うのは自然界の鉄則。ましてや、学院の魔導師は未熟な学生が大半です。私が黒霊側なら真っ先に狙います」
王族として戦術だけでなく、戦略にも通じるエミリアの言葉にアダムスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そんな考え方ができる黒霊がいるならば、それはまさしく脅威である。
天災が意思を持って襲ってくる。
あってはならないことではあるが、ありえている。
「黒霊は亡霊の集合体。発生しているのはこの国だけじゃない。それに魔法学院はほかにもある」
「ええ。もしも、黒霊が意思を持つ何かに統率されているならば、大陸中の学院が狙われている可能性があります。それがいつなのかはわかりませんが……」
「最悪、俺たちと同じ状況になっている可能性があるってことか……」
「そうなれば大陸中の国が黒霊に侵攻されたことになります。こうなってくると、もう黒霊は天災というよりは、領土を持たない国、軍です。人類の敵といえるでしょう」
「軍か……どっちかっていうと、山賊か盗賊なんかに近い感じがするけどな」
言い得て妙だと、エミリアは感心する。
だが、黒霊は山賊や盗賊よりも性質が悪い。物を奪わないかわりに、確実に命を奪いに来る。
また話し合いが通じない。彼らの本質は恨みや嫉妬だからだ。
生前、命を落とすことになった恨み。生きている者たちへの嫉妬。
それらが彼らの原動力であり、本質でもある。
「なんにせよ……備えておきましょう。学院長の読みが外れるとは思えませんし」
そうエミリアはつぶやき、王都方面へと目を向ける。
その向こうには、ノブトたちが戦っている砦がある。
「心配か?」
「心配ですよ」
「へぇ。今日はやけに素直だな?」
「いつも私が素直じゃないみたいな言い方ですね?」
「事実、いつもノブトに厳しいだろ? あいつ、お前に嫌われてると思ってるぞ。絶対」
「厳しくするのは、キサラギ君がだらしないからであって、キチンとしてれば、それなりに扱います」
アダムスの言葉に、心外と言わんばかりの表情でエミリアが答える。
しかし、アダムスはそんなエミリアに忠告する。
「これは先輩としての忠告だが、あんまり厳しくするな。そのうち、お前を見たら逃げるようになるぞ?」
「そしたら、追いかけて捕まえます。それで、逃げることの失礼さを説けば納得してくれますから」
エミリアの言葉にアダムスはげんなりしたような表情を浮かべる。
どうあってもノブトへの対応を変える気はないらしい。
「まぁ、それでいいならいいけど……人間は優しさを求める生き物だから、たまには優しくしてやれ」
「そうですね。砦から帰ってきて、活躍してたら褒めてあげます」
「褒めるだけかよ……頑張り甲斐のない女だな」
アダムスはそう言って、砦方向に視線をやる。
せめて自分だけは何かご褒美になる物を買ってやろうと決意しながら。




