第十九話 流星
17、18、19と予定があるので、毎日更新が途絶えるかもしれません。
頑張って更新できるようにするつもりですが、更新できない場合は申しわけありません。
王都の近くにある砦。
ドゥルグ砦と呼ばれるそこは、王都防衛の要らしい。
といっても、実際にここで敵と戦闘になるのは、建造されてから初めてのことだという。
それだけで、今のこの状況がアストルム王国にとって、どれだけまずい状況なのか理解できる。
そんな砦の一室に俺はいた。
割り振られたのは小さいが個室だった。
軍の将校とか貴族とかが使う部屋らしい。
学院の職員にはこういう部屋が割り振られるそうだ。それだけ学院の職員を戦力として期待しているということだ。
「俺はあんま役に立たないけど」
つぶやき、学院長から先ほど言われたことを思い出す。
俺の役割は開幕の先制弾。
敵が接近してきたら、即攻撃するのが唯一の役目だ。
そのあとは邪魔にならないように下がる。
簡単な役目だが、俺以外にもそういう役目の人間はいる。
乱戦になれば大規模な魔法が撃ちづらいから、最初に出し惜しみなく撃つというのが、この世界の戦争の基本なんだろう。
「役割が簡単なのはいいことだけど……」
俺は聞かされている敵の接近時刻について、憂鬱さを感じていた。
なにせ、敵の接近時刻は午後八時。そのまま戦闘に突入すれば、絶対に日を跨ぐことになるという。
朝まで起きている自信は正直、ない。
「敵は敵で夜間戦闘なんて関係ないからなぁ……遅くなることはあっても、早まることはないだろうし」
黒霊は人間じゃない。つまりは人間の常識が通じない。
人間は夜目がききにくいから、夜の戦闘は避ける傾向にあるけど、黒霊はそういうことはないらしい。加えて、黒霊は疲れを知らない。
というか、本質的には亡霊だから、体は副産物。痛みも感じないし、食事とかもとらない。
疲れ知らずで、痛みも恐れもない相手というのは厄介極まりないだろう。おそらく乱戦になったら、人間側が不利だ。
だから魔導士を集めて、距離を取った状態で一方的に叩くってのがセオリーらしいけど。
「相手は一万だしなぁ。それこそ万が一とかあったら嫌だなぁ」
嫌だなぁ程度で済むあたり、やっぱりズレてるんだろうけど、実際、嫌だなあ程度にしか感じないのだから仕方ない。
戦うことよりも、寝れないことのほうが辛いし嫌だ。
ま、そんな性格だから流されるままにここまで来れたんだろうけど。
「まぁ、こっちは平気か……。心配なのは学院のほうだけど……」
どうして黒霊が一万も集まったのか。
そして周りを無視して、王都まで直進しているのか。
これまでは転移魔法で、誰かが黒霊を転移させていたと思っていたけど、それだけじゃ説明がつかない。
いきなり現れたのは、おそらく転移魔法だろうけど、黒霊を統率しているのには、おそらく別のなにかだ。
「操っているのか、従えているのか……どっちにしろ碌なことにならなそうだなぁ」
統率された軍と統率されてない軍。どっちが厄介かなんて、戦を知らない俺でもわかる。
そして黒霊を操れるのであれば、少数を率いての奇襲も可能だ。というか、ここまで大がかりなことをしたのに、力押しっていうことはないと思う。
まぁ、学院長がそう言ってたわけだけど。
「エミリアとアダムス先生の二人だけで大丈夫かなぁ」
そう呟いたとき、鐘を叩く音が聞こえてきた。
なにかあったら、鐘が鳴るとは聞いていたけど。
「まだ黒霊が到着する時間じゃないだろうに!」
言いつつ、部屋から出ると、慌てた様子の軍人がいた。
俺はその人の肩を掴んで事情を訊く。
「なにがあったんですか?」
「黒霊の先頭集団がもう姿を現したんだ! あんたも早く配置についてくれ!」
そういって、軍人は俺の手を振りほどいて走り出した。
配置につけと言われても、俺はついさっき到着したばかりで、なにも聞いてないんだけど。
「とりあえず後方いればいいのかな?」
「私と一緒に司令部に来なさい」
後ろから聞こえてきた声に、思わずビクッとなる。
振り返ると、そこには学院長がいた。
「司令室?」
「後方で指揮をする場所です。そこからでも魔法は使えますね?」
「使えると思いますけど、俺は一発撃ったら当分、魔法は使えないですよ? 魔力が少ないので」
「構いません。混乱したまま奇襲されるより、こちらが先制攻撃したほうが幾分かはマシです」
慣れた様子でそんなことを語る学院長を見ていると、この人も人生の中でこういう戦場を何度も経験しているのだとわかる。
「では行きましょう。記念すべき先制の一撃を賜るのです。心しなさい。一昔前なら、この最初の一撃を争い、騎士たちが剣を抜いたものです」
「そういう名誉とかどうでもいいんで。終わったら寝てもいいですかね? そういう特権をもらえませんか?」
俺の言葉に学院長はため息を吐いた。
その様子に俺は肩をすくめる。
今更ため息を吐かれても困る。
俺が名誉なんかを大切にする男だと思っていたのだろうか。
「わかっていましたが、あなたはこの世界の人間とはだいぶ違う価値観を持っていますね」
「まぁ、元の世界でもだいぶ変わり者でしたけどね。さて、じゃあ行きましょう。役目が終わったら、俺は寝ますから」
そう言って、俺は学院長を促した。
◆◆◆
司令室につくと、そこにはクリスと厳ついおっさんたちがいた。
軍服を着ているいかついおっさんと、メイド服のクリスという組み合わせは非常にミスマッチだ。
「コーネリア学院長。状況は切迫しています」
「わかっています。将軍。それで黒霊の先鋒は?」
「およそ二千。もうすぐそこまで来ています」
将軍と呼ばれたヒゲ面のおっさんが、水晶に触れて状況を映し出す。
そこには猛然とこちらに向かってくる黒霊の軍が映っていた。
数は俺が対峙した黒霊たちの倍。あのときも多いと感じたけど、今回はさらに多いな。
「ノブト。殲滅できますか?」
「地形への配慮をなくせば、なんとか」
「ではやってください」
前回の流星は、逃げている中等部の生徒たちを助けるために、流星に爆発なんかのイメージを加えなかった。
普通は発生する着弾の衝撃がなかったため、俺も至近距離で唱えられたわけだけど、その制限をなくせば、二千くらいならどうにかなる。
ただし。
「何度もいいますけど、一度きりです。次は期待しないでくださいね」
「わかってます」
「それと、終わったら眠ってもいいですか? ずっと馬車に揺られてたせいか、疲れちゃって」
「……好きになさい」
呆れた様子で学院長が呟く。
言質は取った。これで終われば寝てられる。
そう思えばやる気も湧いてくる。
俺は水晶に映る黒霊たちに、流星が落ちるのをイメージする。
当然、着弾の際には大爆発を起こすイメージだ。
たったそれだけで、同じ流星と唱えても効果がかわる。
これが超次元魔法言語のいいとこであり、悪いところだ。
よくも悪くもイメージ次第。
イメージに左右されるから、イメージができないときは途端に無力になる。
俺はゆっくりと深呼吸をして、水晶に向かって右手を伸ばす。
実際は離れた場所にいる黒霊たちだが、せっかく水晶に映っているのだから、それを使わない手はない。
そのまま大きく息を吐くと、俺は指を弾いて、言葉を唱えた。
【流星】
その言葉はすぐには効果を発揮しなかった。
数秒遅れて、空から無数の流星が降ってくる。
その数は数百。普通ならこんなピンポイントで落ちるはずはない。
超次元魔法言語が可能にした、超常現象だ。
その流星は勢いよく黒霊の軍に着弾し、周囲に爆発を広めてく。
それは同時に数か所の場所で発生し、時間が経つごとに増えていった。
結局、数百の流星が着弾し、広範囲に爆発を広めたおかげで、二千の黒霊は跡形もなく消え去った。
同時に俺の中にある魔力も跡形もなく消え去った。
せっかく回復したと思ったのに、また特徴的な怠さが俺を襲う。
もう寝ていいかどうか聞くのも億劫だ。前回とはちょっと違う。
多分、体から一切の魔力がなくなった。
ふらつく俺をクリスが支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか……。でも寝ないと無理です」
言いながら、俺は瞼を閉じた。
猛烈な眠気が襲ってきたからだ。元々、寝ることが大好きな俺である。
そんな眠気に抗えるはずもなく、素直に意識を暗闇に落とすことにした。




