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第十八話 急変



 俺が魔法を失敗してから数日が経った、ある日の放課後。

 急遽、職員会議が開かれることになった。


「で? どうしてエミリアも出席するんだ?」

「呼ばれたからよ。私は生徒の代表である生徒会長だもの」

「でも職員会議だぞ?」

「学院の職員会議は大抵、重要なときにしかやらないわ。前回も学院の警備の話だったでしょ? そういう重要な話のときには、生徒の中から有力な者を参加させたりするのよ。戦力としてね。つまるところ、私は頼りにされてるの。わかった?」

「なるほど。けど、自信満々で頼りにされてるって言っておいて、しょぼい仕事任されたらかっこ悪いぞ?」

「女性の下着を吹き飛ばすような失敗をする翻訳家よりは、絶対に頼りになるし、学院長も認めてくださってるはずだからご心配なく!」


 エミリアが俺をにらみながら、きつめの口調で告げてきた。


 まだあのときのことを引きずってるらしい。

 あのあと、部屋から下着は発見されたし、しっかり事故だと認めてくれて、クリスもエミリアも許してあげると言ってくれたのに。


「謝っただろ?」

「謝ったらそれで済むと思ってるの!? せめて一月くらいは申し訳なさそうにしていなさい! あなたがしたことは、それくらい罪なことよ!」

「悪かったとは思っているし、申し訳ないと思ってるよ。けど、ちょくちょく話題に出すのはやめない? 居心地が悪くなる」

「そういう考えが反省してないって言うの! 私からの小言くらい甘んじて受けなさい!」


 エミリアにそう説教されて、俺は肩を落として溜息を吐いた。

 この様子じゃ、当分、この態度は続きそうだ。


 やったことを考えれば、この程度で済んでいるのは奇跡といってもいいけれど、できればもう許してほしい。


 こんなことを言えば、反省していないとまた怒られるんだろうなぁ、と思いつつ、俺は職員会議が開かれる大部屋に入った。


 中には学院長をはじめてとして、教師やメイドのクリスもいた。

 ほぼ職員は全員集合だな。


「これで全員揃いましたね。では、会議を始めましょう」


 俺とエミリアが端の席に座ると、学院長がそう切り出した。

 なんだか雰囲気が険しい。ちょっと嫌な空気だ。


「厄介ごとかな?」

「黒霊絡みのことだと思うわ」


 エミリアがそう予想していると、学院長が静かに言い放つ。


「これから見せる映像は、アストルム王国の王都近くの映像です。心して見てください」


 そう学院長はいうと、手を振る。

 すると、職員たちの席の中央にあった水晶に映像が映し出された。


最初に反応したのはエミリアだった。


「これは……!?」


 俺は水晶に映った黒い軍団に目を細める。


 水晶に映ったのは黒霊の大軍団。どう見ても、学院を襲った数よりも数倍は多い。

 これが王都付近にいるってことは、とんでもない一大事だ。


「察しがついていると思いますが、我が学院に王直々に援軍要請がありました。王は集められる戦力を王都手前の砦に集めて対応するつもりのようです」

「黒霊の到着予定は?」


 一人の教師が冷静に学院長へ質問する。さすがというべきか、この状況で動揺している者はほとんどいない。

 王が援軍を要求するくらいの魔導士たちの集まりなのだから、当然といえば当然か。


「砦までおよそ一日。なので時間がありません。王の要請に従い、我々も砦に向かいます。ですが、この学院の守備も考えなければいけません」

「なるほど。じゃあ、俺が残っても?」


 いつもと変わらず気の抜けた表情でアダムスが手を挙げた。

 面倒ごとを嫌っているように見えるけれど、教師から反対の声は上がらない。


「あなたならそう言うと思いました。生徒のことを任せます。アダムス先生。それともう一人残ってもらいます。二人いれば、たいていのことには対処できるでしょう」

「俺ですか?」


 どうせ俺でしょ、といった雰囲気で俺は口を開く。

 しかし、学院長は首を横に振った。


「今回は敵の数が多いですから、広範囲への攻撃魔法を持つあなたには一緒に来てもらいます。残るのは……エミリアです」

「なっ!? 待ってください! 学院長!」


 エミリアが席から立ちあがって、抗議の姿勢を見せた。

 当たり前か。

 どう楽観的に見ても、この事態は王都陥落の危機だ。


 黒霊の軍勢に王都の目と鼻の先まで接近されているのだから。

 下手したら、他国の軍勢に接近されるよりもやばい状況かもしれない。


 その防衛戦に王女であり、実力もあるエミリアが参加できない。確かに抗議をするところだろうな。


「……俺よりもエミリアのほうが役に立つと思いますけど?」

「あなたは一対一で戦う術を持っていません。真価を発揮するのは集団戦でしょう。エミリアなら双方に対処できます。もちろん、それはアダムス先生にも当てはまります」

「ですが! 私は王女として!」

「私はあなたをこの学院の生徒会長として呼んだのです。あなたのことは信頼しています。ですから、この学院を任せるのです。今ここではっきりさせておきますが、私を含めた教師の見解としては、この学院が狙われる可能性は十分あります」


 なるほど。

 だから、エミリアを残していくのか。

 教師たちが出払えば、この学院は手薄だ。そこを狙われる可能性がある。そう学院長は考えているわけだ。


 前回も学院が狙われた。今回のことも、学院を狙った作戦の一つと考えているのだろう。


 けれど。


「陽動にしては数が多すぎませんか?」

「報告では一万近い黒霊がいるようです」

「こっちに全力を注がなくてもいいんですか? 砦を抜かれたら、結局学院も危ないですよ?」

「平気です。学院の教師陣は猛者ぞろい。それに援軍もこちらに向かっていますから。ですから、エミリアとアダムス先生にこの学院の防衛を任せます。油断しないように。生徒たちは任せましたよ。ほかの職員はすぐに移動を」


 とんとん拍子で話が進む。

 どうやら、俺は戦場に駆り出されるらしい。


 話は終わりとばかりに学院長は立ち上がる。

 それに続いて、教師たちも立ち上がった。


 俺の意見とか、そういうのは聞いてはくれないようだ。


「心配しなさんな。お前さんは一発、デカいの撃てばそれでお役目ごめんだ。あとは他がなんとかする」


 俺の様子を見に来たアダムスが、そんなことを言って、俺の隣の席に腰掛けてきた。

 すでにほかの職員は動き始めている。動かないのは、俺とエミリアだけだ。


「わかってますよ。そこは心配してません。適当にやってきます。問題は」


 俺は横にいるエミリアに視線を投げる。

 エミリアは唇をかみしめて、俯いたままスカートを握っている。


 頭じゃ学院長の言葉を理解できても、感情が理解できていないらしい。


「学院に残るのは嫌?」

「……嫌じゃないわ。けど、絶対に戦場になる場所と、もしかしたら戦場になる場所。どちらに居たいかと言われたら、絶対に戦場になる場所よ。私はこの国を守るために強くなったのに……」

「気持ちはわかるけど、そろそろ気持ちを切り替えたほうがいい。ねぇ、アダムス先生。黒霊ってそんなに頻繁に発生するものですか?」

「いや、頻繁に発生したら人間が持たない。たまに発生するくらいだ」

「ってことは、エミリアの推測は合っていたってことにならない? 誰かの作為を感じるってやつ」


 俺の言葉にエミリアが顔をあげた。

 その目には零れてはいないけれど、かすかに涙が溜まっている。よっぽど悔しかったのだろうな。


「まぁ、これを自然発生っていうのは無理があるな」

「ええ。ってなると、なにか裏がある。敵国の策謀か、秘密結社の暗躍か。それともこの国に恨みを持つ誰かか……。まぁ、なんにせよ。俺なら手薄なところを狙う。学院長たちの考えは間違ってないと思うよ」

「……なにが言いたいの?」

「ここが一番の激戦地になる可能性があるんじゃないって話。一万の大軍を陽動に使うなら、本命は一万以上の大軍か」

「精鋭揃いの少数か……。だから、私とアダムス先生が残されたってこと?」


 俺がうなずくと、エミリアは眉を顰める。

 たぶん、俺に諭されたのが気に食わなかったんだろう。


 普段のエミリアならすぐに気づくはずだ。なにせ、最初に敵の存在を疑ったのはエミリアなんだから。


「つまりは、一番期待されてる俺とエミリアだからこそ、任されたってわけだ。知ってるか? ノブト。俺はこの学院の教師陣の中じゃ、一位、二位を争ってる感じの武闘派なんだぞ?」

「それは初耳です。じゃあ、エミリアにばかり任せないで頑張ってくださいね」


 アダムスのドヤ顔がイラッと来たので、俺はそう返しつつ、エミリアに視線を移す。

 先ほどのように沈んだ様子は見られない。いつものエミリアだ。


「じゃあ、俺も行くよ。面倒だけど、学院長に来いって言われた、行かないわけにもいかないし」

「そうね。砦までは半日くらい。黒霊よりは早く着くと思うけど、すぐに戦闘になると思うわ。寝れるなら、馬車の中で寝たほうがいいわよ」

「言われなくても寝るよ。なんだったら、戦闘中も寝させてもらうよ」


 そんなことを言いつつ、俺は立ち上がる。

 俺は支度するようなものはないから、ゆっくりしていたけれど、そろそろ行かないとまずい。


 それがわかっているから、エミリアも俺を止めたりしない。


「武運を祈るなんて言わないわ。あんまり頑張ると死んじゃうから、ほどほどにね」

「わかってるよ。俺の役目は後方砲台だし、そんなやる気だしても仕方ないし。行ってくる」

「……行ってらっしゃい」


 これから戦場に行くという雰囲気ではない別れだった。

 実際、俺にそういう気負いはない。


 黒霊の大軍がいくら現れようと、たぶん食い止められると思う。

 それくらい学院の魔導士たちは強いし、エミリアの話じゃ王都にいる精鋭も向かうはずだという。


 つまり、こちらの戦力も相当数になる。

 だから不安はない。


 問題なのはその間、無防備になる学院だ。

 王都と砦は近いけれど、学院は遠い。

 半日も移動してたら、事態はすべて終わってしまう。


「ま、それは俺の考えることじゃないか」


 冷静に考えて、学院長はアダムスとエミリアを残した。

 その判断を信じるしかない。


 俺は俺で死なないように、そして邪魔にならないようにするだけだ。


 そう考えて、俺は歩き出す。


 戦場に向かうのに気負わないあたり、やっぱり俺は変わってるらしい。

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