第十七話 お告げが頭によぎってしまい……
放課後。
クリスとエミリアが書庫へとやってきた。
俺は二人を迎え入れ、さっそく超次元魔法言語の説明に入った。
説明といっても、メルランの本に書かれていることを、そのまま二人に伝えただけだけど。
「イメージをそのまま反映させる魔法……」
「そんな危険な魔法が存在するなんて……」
俺の説明を聞いた二人は、それぞれ驚いた様子でメルランの書いた本を見ている。
まぁ、通常の反応だろう。普通なら笑うところだけど、黒霊の襲撃時に俺の魔法を二人とも見ている。
信じられなくても、信じなければいけないだろう。
「それで、キサラギ君はどういう方針で行く気なの?」
「方針?」
「ええ。この魔法をどうするつもり?」
「どうするって言われてもねぇ。この魔法は発音が特殊すぎて、普通の人間にはまず唱えることは不可能。加えて、本に書いてある単語は結構、物騒なのもある。普通にここに保管したままっていうのがベターじゃない?」
ベストな答えなんて持ち合わせていない。
ただ、この魔法が危険で広まるのを避けたほうがいいというのはわかる。
そう考えると、ここに保管しておくのはベターな考えだ。なにせ、最高峰の魔法学院なのだから。
「処分はしないの?」
「処分は……」
神様のこともあるし、処分はちょっとしたくない。マジで天罰が与えられかねない。
たしかに処分が一番、手っ取り早い。いくら発音が特殊でも使える人間が出てくる可能性もある。
そう思っていると、クリスが首を横に振る。
「それはやめたほうがいいでしょう。ここまで強力な魔法を開発する魔導士です。本に何らかの魔法を仕掛けていてもおかしくありません。その可能性があるからこそ、古代語の本は書庫に置かれているのですから」
「確かに……すみません。軽率でした」
「いえ、こんな魔法が広まれば世界がひっくり返ってしまいますから。仕方ないでしょう。唯一の救いは本を翻訳し、使う才能もあったキサラギ君が人畜無害だという点でしょうか」
「人畜無害って何ですか、その評価。俺にだって人並みの欲望はありますよ?」
俺の言葉にクリスとエミリアが疑わしそうな視線を送ってる。
なんだろう。不安になってきた。俺って欲あるよな?
「例えばどんな欲望がありますか? 野望でもいいですよ?」
「一日中、寝ていたです。そのためなら、どんなことでもします」
「本当によかったですね。クリスさん。キサラギ君が人畜無害で」
「ええ、本当に。ここで王になりたいとか、世界征服とか言い出す人だったら、世界のためにドカンとやらなければいけなかったと思うと、本当によかったです」
「私もレーヴァテインでスパンとやらずに済んでホッとしています」
あれ?
人畜無害って評価で救われた?
非常に怖い擬音を使う二人から、俺は微かに距離を取る。
やろうと思えば、この二人はいつでも俺を料理できるのだ。そう思うと、ちょっと近い距離にいるのが怖い。
「そんな怖がられるのは心外です……」
「そう思うなら発言に気を付けてください……」
拗ねたような表情を浮かべるクリスに俺はそう告げる。
強者の冗談は弱者には冗談と映らない。
できれば、これからは気を使ってほしいところだ。
「さて、まぁ本の処遇は保留として。超次元魔法言語がどういったものなのか、実際に見てもらいましょうかね」
「この前みたいに流星を降らせるの?」
「そんなことしたら、また魔力が空になるだろ? もうちょっと大人しいやつでいく」
俺はそう言って、遠くに置いた自分の服を指さす。
「これから俺が使うのは転送という言葉。場所と物を認識していれば、自在な転移が可能って書いてあったけど、今の俺にできるのは物をどこかに送ることくらいかな?」
「覚えたてってこと?」
「超次元魔法言語自体が覚えたてだしね。ま、今回はあの服を俺の手元に転移させようと思う」
「失敗しないでね?」
「しないと思うけどね」
俺はそう答えると服を見た。
見ながらのほうがイメージができる。当たり前だ。目から送られてくる情報に頼ればいいのだから。
これが離れた場所で見えない、見えづらい物になると上手くいかない。まだまだイメージする力が足りないのだと思う。
そのまま深呼吸すると、右手を服に伸ばす。
指を弾く準備をしつつ、左手に視線を移す。
転移させる場所は左手。転移させる物は俺の服。
イメージは完璧だ。
通常、転移系の魔法は長い詠唱がかかるというが、超次元魔法言語に詠唱はない。あるのは言葉を発することと、イメージを固定する合図である指を弾く動作だけだ。
準備はできた。あとは指を弾き、言葉を発するだけ。
そう判断し、俺は口から【転送】の言葉を発しようとした。
けれど、その瞬間、俺の脳内に二つのイメージが流れ込んできた。
白い部屋と上下でお揃いの、大人っぽい女性物の淡い青の下着。
なんだかとってもリアルなイメージに流されたまま、俺は言葉を発してしまった。
【転送】
言葉と同時に指を弾く。
頭の固定されたイメージは白い部屋と女性物の下着だ。
これは絶対に失敗だな。
そう思い、俺は視線の先にある服を見た。
微動だにしていないそれを見て、俺は溜息を吐く。
「すみません。もう一回」
「本当に大丈夫なの? できないなら無理しなくてもいいわよ? 一回見ているし」
「いやいや、今のはたまたまだから」
後ろでは呆れた様子で椅子に座るエミリアと。
ん?
なんだか赤い顔でスカートを押さえているクリスがいた。
どうやら混乱しているようで、視線があちこちへと飛んでいる。事態を受け入れられない人、つまりパニックってる人にしかみえない。
どうしたんだろうか。そんなに俺の魔法はダメだっただろうか。
いや、まぁ失敗したけどさ。
それでも一回じゃないか。
そんなことを思いつつ、俺は気を取り直してもう一回右手を服に向ける。
今度こそ失敗しないために、入念にイメージする。
場所は左手。物は俺の服。
場所は左手。物は俺の服。
イメージが固まったのを確認して、言葉を発する。
すると、また別のイメージが脳内に浮かんだ。
先ほどと同じ白い部屋に、今度は清楚さを感じさせる白い下着。これも上下セットだった。
こんな下着は見たことないはずだけど、どうしてこんな鮮明に。
というか、このタイミングで下着が頭に浮かぶなんて、俺は変態か。
自己嫌悪しつつ、俺は言葉を発して指を弾いてしまう。
【転送】
もう発動前からわかってた。
やっぱり服は動いてないし、左手には服の感触はない。
しかし、魔力はしっかりと消費されており、二回分の魔力の消費で俺は怠さを感じていた。
いくら魔力消費が少ないといっても、二回も空振りすれば精神的に来る。
「いや、なんか今日は調子が悪い……みたい……なんだけど……」
後ろを振り返り言い訳を口にして、俺は顔を引きつらせる。
なぜか後ろでエミリアがレーヴァテインを抜いていたからだ。
まだ封印は解除されていないようだが、頬を赤く染めつつも俺を怨敵のように見る目から察するに、封印を解こうか真剣に検討しているところだろう。
「ど、どうした……?」
「ど、ど、どうしたですって!? どうもしないわよ!!」
「なら、なぜ剣を抜いた……」
エミリアの言葉に突っ込みを入れつつ、俺は両手を挙げた。
俺としては無抵抗の意思を表示しようとしたのだけど、それにエミリアとクリスが過敏な反応を見せた。
まるで戦闘中のように二人は俺から距離を取ったのだ。
さっき、クリスが心外だと言ったけど、確かに本当に攻撃する意思はないのに距離を取られると傷つく。
二人は華麗な跳躍を見せつつ、空中でハッとした様子を見せ、スカートを押さえたまま床にへたり込むような形で着地した。
「あのぉ……」
「手をこっちに向けないでください! 目も閉じて!」
「えー……」
クリスの要求に俺は嫌そうな表情を浮かべた。
今の二人の前で目を閉じたら、なにをされるかわかったもんじゃない。
二人ともなんだか目が戦闘モードだ。
「なにがあったかわかりませんけど、そんなに魔法が失敗したのが気に障りましたか?」
「当たり前です! よ、よりにもよって、あんな物を飛ばすなんて! どこに飛ばしたんですか!?」
「あんな物?」
俺は少し考える。
どうして、なにも飛ばしていないのに魔力がしっかりと減っているのか。
失敗したならば、なにも飛んでいないから魔力の消費は微々たるもののはず。
答えは簡単。なにかを飛ばしたのだ。
そのなにかとはなんだろうか?
飛ばす瞬間に俺がイメージしたものは。
そこまで考えて、俺は二人の様子に合点がいった。同時に体中から嫌な汗がブワッと溢れてきた。
まずい。どう考えてもまずい。
あのイメージした下着が二人の物だとするなら、現在、二人は下着をどこかに飛ばされた状態だということになる。
そして飛ばしたのは俺だ。間違いない。十中八九、俺だ。
下着泥棒とかの比じゃない。なにせ身に着けてる物を奪ったのだから。
これはもうれっきとした犯罪だ。
つまり、俺は二人の目からは犯罪者に映っているわけだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解がある! これは偶発的な事故であって、俺が意図したことではないんです!」
「さ、察しがついているなら早く返しなさい!!」
「どこに飛ばしたかなんかわからないよ! 事故なんだから!」
「偉そうに言わないで! 斬るわよ!」
「馬鹿! 動くと危ないぞ!!」
ロングスカートのクリスはともかく、エミリアのスカートは膝丈だ。
日本の高校生のように短くはないが、激しく動けば事故が起きる可能性は十分にある。
「誰のせいでこんなことになったと思ってるの!? 私とクリスさんをこのまま寮に戻す気!?」
エミリアの言葉にクリスが顔を真っ赤にして首を横に振る。
たしかに露出性癖でもない限り、この状態で寮に帰るのは苦痛でしかないだろう。
けど、俺にはどうすることもできない。
いや、一つ手がある。
「あ、代わりの下着のデザインと場所さえ教えてくれれば、転送で持ってこれると」
「死になさい!!」
言葉の途中で俺は宙を舞っていた。これは完全に俺が悪いな。
俺と一緒に大量の本も宙を舞っている。
どうやらエミリアがなにかしたらしい。
まぁ、エミリアのことだ。死なない程度に手加減はしてるけど、しっかりと苦痛は与えるような魔法か技で攻撃してきたはず。
死ぬことはないだろう。
まぁ、気分的には死にたいけれど。
そんなことを思いつつ、俺は地面に叩きつけられて、そのまま意識を失った。




