第十六話 結局起こされて
たぶん、今日中にもう一回更新します。
翌朝。
俺は心地よい睡眠を満喫していた。
睡眠の醍醐味といえば、一度起きてからの惰眠。つまり二度寝だ。
覚醒してからの二度寝は非常に満足感を刺激し、俺に幸福を与えてくれる。
その二度寝にそろそろ入ろうかなぁ、と思ったときに事件は起きた。
ガチャリという扉が開く音が、階下から聞こえてきたのだ。
こんな朝から俺の書庫に来るのは一人しかいない。
昨日、起こさないと約束した癖に、俺を起こしに来るとは。
エミリアへの悪態を心の中でつぶやきつつ、俺は徹底抗戦の意思を固めて、 布団を頭まで被る。
そのまま布団を剥がされないように、力いっぱい握りしめる。
これでエミリアの常套手段、布団剥がしにも対抗できる。
そう思っていると、エミリアらしくない軽快な足音が階段から聞こえてくる。
それになんだか、足音もエミリアのモノとは違う気が。
そう思っていると、扉が勢いよく開けられる。
「起きるのじゃ! ノブト! 朝じゃぞ!!」
ああ。妹のほうか。本当に俺との相性が悪い姉妹だ。
どうして、こいつらは朝なのにこんな元気なんだろう。体質的に朝に強いんだろうか。
そうだとすると、たぶん一生分かり合えない気がする。
というか、二度寝しようとしている人間を起こそうとする人間とは、分かり合えない。
「ノブト、ノブト。朝じゃぞ。朝じゃ」
俺を起こしに来たシャルロットは、ベッドの上に乗って、俺の体を揺らす。
エミリアとは違う手段とは。
耳元で子供の甲高い声を浴びせられて、けっこうな勢いで体を揺らされる。
これはこれで苦痛だ。
「起きるのじゃ」
「……起きない」
「起きるのじゃ。起きたらいいことがあるぞ」
「……いいことなんてない」
早起きは三文の得というが、それは嘘だ。朝は寝ているに限る。
だいたい、一日は二十四時間あるんだから、十二時間くらいは寝てていいはずだ。
そんなことを思っていると、シャルロットが溜息を吐く。
「そうか……。では妾とノブトはお別れじゃな。学院長が至急の要件があると言っておるのに、来ないとなると、ノブトはもうクビじゃな」
いかん。
それは確かに行かないとまずい。
けど、寝ることは俺にとって最も大切なことだ。それを放棄してまで学院長の下に行くべきだろうか?
だが、ここを追い出されたら安眠は保証されない。お金も職もなくす。
そう、つまりは安眠のために眠りを放棄する。それが今、俺がするべき選択だ。
苦渋の決断ではある。だがしかし、黒霊なんて物騒なモノがどこにでも出現する可能性がある世界で、野宿なんてありえない。
「おおおぉぉ!! 起きる!!」
「まぁ、嘘じゃが」
「……」
布団を蹴散らし、ベッドの上で立ち上がったあと、シャルロットがそんなことを笑顔で言う。
その笑みは邪気のない笑みで、普段なら和みそうなものだが、今の俺には悪魔の笑みに見えた。
「……嘘?」
「そうじゃ。まぁ、学院長が王都から帰ってきて、職員を集めているのは本当じゃ。さぁ、起きてしまったものは仕方ない。諦めて職員会議に出るのじゃ」
一発ぐらい殴るべきか、真剣に検討しつつ、俺は溜息を吐いた。
決死の覚悟で起きたせいか、目が冴えてしまっている。ここから二度寝をしようとしても、なかなか眠れないだろう。
こうなったら仕方ない。ヤケだ。
職員会議だろうが、朝食だろうが出てやるよ。
◆◆◆
朝食前の職員会議に出た俺は、そのまま朝食の席に顔を出した。
「……どうしたんです? キサラギ君。なにか悪いものでも食べましたか?」
「昨日はクリスさんの料理しか食べてませんよ」
俺が朝から席にいるのが珍しかったのか、クリスはそんなことを聞いてきた。
結局、シャルロットを帰したあとは、ずっと寝てたため、夕飯は食べていない。つまり昨日はクリスの料理しか口にしてないわけだ。
「では、私の料理でキサラギ君が真人間に」
「俺はそもそも真人間です」
クリスがズレたことを言い切るまえに突っ込みを入れる。
俺は寝るのが好きなだけで、人間的には普通だ。
「ふふ、冗談は置いておいて。どうしてこんな早くに?」
「本当に冗談だったんですか……? まぁいいや。エミリアの妹のシャルロットに起こされたんですよ」
「シャルが? いつの間に仲良くなったんですか?」
「昨日、いきなり書庫に来たんですよ。そのままなし崩しで、翻訳した本を読ませてたら、なんだか懐かれちゃったみたいで」
「珍しいこともあるものですね。あのシャルが……」
とても意外そうにクリスがいう。
昨日のエミリアといい、クリスといい。相当意外らしい。ということは、シャルロットは実は気難しい子供なのかもしれない。
俺の前ではそんな感じは見せないが、隠れた本性があるのだろうか。
そう思っていると、食事が運ばれてくる。
俺はクリスとの会話を切り上げて、運ばれてくる食事に集中した。
正直、昨日は一食だったからお腹が空いている。
今のお腹の空き具合ならどんな料理でも美味しくいただけるような気がする。
そんなシェフに失礼なことを考えつつ、俺は運ばれてきたサラダを口に運び始めた。
◆◆◆
「早起きなんて珍しいわね? どういう風の吹き回し? 悪いものでも食べたの?」
朝食後。
俺の席までやってきたエミリアがクリスと似たようなことを言ってきた。
エミリアの横にいるクリスも苦笑している。
「同じことをクリスさんにも言われたよ。単純にシャルロットに起こされたんだ」
「シャルが? わざわざ書庫まで? あの子は中等部だから、キサラギ君を起こしても、一緒に食事ってわけにもいかないのに……。本当に気に入られたのね」
「気に入ったなら起こさないでほしいよ。俺は二度寝を満喫する気満々だったのに」
「二度寝なんて怠惰ね。もう少しシャキッとできないの?」
「魔力が回復してないから無理」
「嘘ついても無駄なんだから。もう回復してるでしょ?」
ジト目でエミリアが顔を近づけてくる。
俺は目をそらすが、ついに圧迫感に負けてうなずいてしまう。
「ま、キサラギ君の魔力が回復したのは上々だわ」
「なんで? 朝起こせるから? もしかして、趣味だったりする?」
「違うわよ! この前使った魔法の説明! 約束だから、しっかりと説明してもらうわよ!」
うわぁ。覚えてたよ。マメだなぁ。
超次元魔法言語の説明をすると、たしかにエミリアに言った。
まったく、しっかりしてるなぁ。
「この前? ああ、黒霊の襲撃のときの、あの流星ですね?」
「はい。それを説明してもらおうと思うんです。見たことない魔法でしたから」
「でしたら、私もご一緒しても? 私も知らない魔法でしたから、興味があります」
クリスがそう提案すると、エミリアが笑顔で了承する。
この場合、了承するのは俺のはずなのに。
いや、まぁ、クリスは美人だし気が利くから嫌じゃないんだけど、超次元魔法言語は危険な魔法だ。
教える人間は絞るべきだ。
そう思ったときに、昨日のシャルロットの言葉を思い出す。
クリスはエミリアと同じく、全属性をハイレベルで使いこなせる魔導士だ。
エミリアと一緒に見てもらえば、もっと効率よく発動させることや、応用なんかも教えてもらえるかもしれない。
「じゃあ、放課後に書庫へ。そこで説明と実演をしますから」
俺がそういうと二人が頷く。
とりあえず、メルランが書いた本を用意して、適当に転送できる物も用意するか。
そのあとは昼寝だな。
今後の予定を適当に決めた俺は、席から立ち上がって書庫へと向かった。




