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第十四話 子供には甘い

 幼女、シャルロットを追い出し、二階の自分の部屋に入った俺は、気分よくベッドに潜り込んだ。

 シャルロットが外で騒いでいるようだが、気にしない。いきなりやってくるほうが悪い。

 俺は忙しいんだ。寝ることに。


 そんなことを思っていると、何かを叩く音が聞こえてくる。

 それはとても近くで聞こえてきていた。

 なんだか嫌な予感をして、薄っすらと目を開けると、先ほどの幼女が二階の窓をガンガンと叩いていた。


 どうやら魔法で空に浮いているらしい。結構大変なようで、何度も降下しかけては、浮上して窓を叩いている。

 その様子はかなり必死で、なんだか罪悪感が湧いてくる。


 けど、いちいち相手にしていては寝られない。体もダルいし、ここは構わず寝るとしよう。

 そのうち、諦めて帰るだろうし。


 そう思い、俺は布団を頭まで被る。

 それが窓の外から見えたのか、窓を叩く音が多くなる。

 聞こえない、聞こえない。


 耳に手をやると、音が遠ざかる。

 やがて、音はどんどん断続的になり、たまにしか聞こえなくなった。


 そうなると、どんどん眠気がやってきて、俺の瞼がどんどん落ちてくる。

 このまま、いつもなら寝るのだけ、最後にシャルロットが帰ったかだけを確認しようと、俺は頑張って眠気に抵抗し、布団から顔を出す。


 そして、ギョッとしたように目を見開いた。

 窓の外でシャルロットが必死に屋根にしがみ付いていたからだ。


 とっさに、浮遊する魔法が疲れて使えなくなったのだと思い至った俺は、仕方なくベッドから這い出て、窓を開ける。


「……なにやってるの?」

「……別になにもしておらぬのじゃ……ただ、ぶら下がるのにちょうどいい屋根があったから、ぶら下がってるだけじゃ!」

「それはよかった。じゃあ、入る必要はないね?」

「ま、待つのじゃ! 入りたくないとは言っておらぬ!」


 俺が窓を閉じようとすると、慌てた様子でシャルロットが手を伸ばす。

 そうなると、ぶら下がってる手は片手になる。


 小柄な体でおそらく相当軽いだろうが、当然、筋力も見た目どおりだ。

 シャルロットはバランスを崩して、落ちそうになる。


 そうなるだろうなぁ、と予想していた俺は、すぐに身を乗り出して、シャルロットの細い体を両手で掴み、部屋へと引きずり込む。


「まったく……」

「なんじゃ!? その呆れた顔は! 妾が悪いと言いたいのか!?」

「悪くはないけど、人の予定も考えて。俺には寝るっていう予定があったんだ」

「まだ寝るような時間ではないのじゃ!」

「俺には睡眠が必要なの。昨日の魔法で魔力を使い果たしたから、休まないとなんだよ」


 そう説明しつつ、俺はシャルロットを降ろす。

 シャルロットは不満顔のまま部屋を見渡す。


 そしておもむろにベッドに近づくと、何度か叩いたり押したりする。


「……埃っぽいし、堅いのじゃ」

「ほっとけ……。で? お礼がどうとか言ってたけど、俺にはお礼とかいいから。無理せず帰ってくれないかな?」

「そうはいかぬのじゃ。妾を友人と呼んでくれる数少ない人間を、お主は助けてくれた。これに礼をせねば、アストルム王家の名が廃るのじゃ」


 迷惑なお礼をするほうが、名が廃る気がするけれど。

 というか、褒美が遊んでやるってどういうことだよ。わけわらないよ。


「えっと……シャルロット。君と遊ぶのが何で褒美になるのか、理由を聞かせてもらえるかな?」

「ん? 皆、妾と遊べて嬉しいと言うぞ? 王女殿下と親しくなれて、とても光栄です、と」


 ちっ。周りのせいか。子供相手になに胡麻をすってるんだよ。

 エミリアの妹だし、利発な子であることは間違いないだろうけど、世間知らずでもあるわけか。


「はぁ……」

「どうかしたのか? ノブト。ため息を吐くと幸せが逃げていくと、姉上が言っておったぞ?」

「エミリアが?」

「違う。エミリアではない。第一王女、アルテシア姉上のほうじゃ」

「それはよかった。エミリアが言ったのなら、俺とエミリアの間には決定的な亀裂が入るところだったよ」


 なにせ、エミリアのせいでため息を吐くことが多いのだ。

 朝、起きたくもないのに起こされて、聞きたくもない説教を聞かされる。

 俺の母親より厳しいのだ。これではため息も吐きたくなる。


 俺の言った意味が理解できなかったのか、シャルロットは怪訝な表情を浮かべつつ、俺の部屋にある唯一の椅子に歩いていく。


「これも粗末な椅子じゃのぉ」

「余計なお世話だ。嫌なら座らないで帰りな。俺もそれなら安心して寝れるしね」

「どうして、ノブトは妾を邪険に扱うのじゃ? 妾がなにかしたか?」

「寝るのを邪魔した」

「それは寝ているノブトが悪いのじゃ。というか、勝手に起きたのはノブトじゃ」

「君があんな場所で、あんな危ないことをしてなければ、寝ていられたんだけどねぇ……」


 呟き、言っても仕方がないとあきらめる。

 結局は起きてしまったのだ。寝ることより、子供の安全を取った。それは間違いではない。むしろ正しい行いだ。

 昔から子供にだけは甘いと思っていたけど、今、確信した。俺は子供に間違いなく甘い。寝ることよりも、シャルロットを優先したのがいい例だ。


「自分が情けない……子供なんかのために、寝ることを諦めるなんて……」

「妾は子供ではない。先月、十の誕生日を迎えたのじゃ」

「それは十分、子供だよ。っていうか、なんで十歳で中等部にいるの?」

「飛び級したのじゃ。今は中等部二年じゃ」

「ってことは、九歳のときに入学したわけね……。末恐ろしいな」


 流石はエミリアの妹というべきか。それとも流石はアストルム王家というべきか。

 魔法に関しては、間違いなく天才の家系だ。


「ノブト。お主は翻訳家じゃろ?」

「そうだけど、それがなにか?」

「古代語の面白い本はないのじゃろうか? 妾はとっても気になるのじゃ」

「面白い本? ここにあるのは魔法関連の本ばかりだよ。君が喜びそうな本はないと思うけど」

「む。馬鹿にしおって。妾は魔法関連の本を所望するのじゃ! 妾はいつもそういう本しか読まぬでな」


 マジかよ。

 こんな小さいのに、本格的な魔法の本しか読まないなんて……。

 将来がとても心配だ。


 小学校の頃に数学の本を愛読書にしているようなもんだぞ。

 十歳なら童話とか小説とか、ほかに読むのが色々とあると思うけど。


「読みたいっていうなら、読ませるけど……。楽しいかどうかは保証しないよ?」

「問題ないのじゃ。妾は魔法が大好きじゃから」


 胸を張ってシャルロットはそう宣言する。

 どうやら、本当に魔法の本が読みたいらしい。


「よく変わってるって言われない?」

「子供らしくないとはよく言われるのじゃ。エミリアに」

「確かにエミリアなら言いそうだ。っていうか、エミリアは呼び捨てなの?」

「エミリアがそう呼べと言ったのじゃ。姉上なんて堅苦しいのは嫌だと」

「それもエミリアらしいね」


 まったく、姉妹なのに似ているのは目だけだな。

 シャルロットはしゃべり方から考え方までお姫様って感じなのに、エミリアはせいぜい良家のお嬢様ってところだ。


 どうしてこうも差が出るのだろうか。

 今度聞いてみるとするか。


「じゃあ、下に行こう。翻訳済みの本なら読んでいいよ」


 俺はそう言って、シャルロットを下の階に誘う。

 読んでいいと言っても、それしか読める本はない。

 基本的に、この書庫には翻訳家以外、読み解けない本ばかりが置いてあるのだから。


「適当に見繕ってきてほしいのじゃ。妾は疲れた……」

「無理して二階の窓まで上がってくるからだろ? 頑張って下まで来な。そしたら、読ませてあげる」

「……ノブトのケチ」

「どうとでも。動くことが嫌いな面倒くさがりよりマシだしね」

「わ、妾は面倒くさがりではないのじゃ! ただ、ちょっと疲れていただけなのじゃ!!」


 顔を真っ赤にして、シャルロットは勢いよく椅子から降りると、俺の後についてくる。

 こういうところはエミリアにそっくりだな。


 俺は苦笑しつつ、シャルロットを伴って一階へと降りて行った。



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