第十三話 幼女現る
日刊8位になってました!
これも皆さまのおかげです。
日刊1位は厳しそうですが、5位くらいには頑張って届かせたいと思います。
駄文ではございますが、お付き合いのほどお願いします。
食堂での食事を終えた俺は、そのまま書庫に戻った。
エミリアあたりが超次元魔法言語の説明を求めてくるかと思ったけど、そんなことはなかった。病み上がりの俺に配慮したのかもしれない。
それは結構助かる。人の多い場所でする話じゃない上に、俺自身もあんまり理解できていない魔法だからだ。
「さてさて、前編がどんなもんか、読んでみますか」
机の上に置いてある分厚い本を取って、俺は椅子に座る。
病み上がりで翻訳はきついが、読むだけなら問題ない。
俺の翻訳スキルなら読むだけで習得できるし、簡単なモノを覚えられれば、エミリアの前で実践することもできる。
やっぱり実際に見せたほうが説明しやすい。
けど、疲れるのは嫌だから、消費魔力の少ないのがいい。
俺はパラパラと本をめくっていく。最初のほうは、著者であるメルランの紹介なため、飛ばしていく。
後半のほうになると、メルランの魔法がいくつか登場し、最後のほうになってようやく、お目当ての超次元魔法言語が出てきた。
「超次元魔法言語の基礎ねぇ……。んー? 超次元魔法言語はイメージと発音で成り立つ魔法である。それゆえに、簡単な作業に使うには適さない」
あー、これはわかるわ。
【来い】と発音して、物を取り寄せるくらいなら、普通に立ったほうがマシだ。魔力も精神力も消費して、いいことはなかった。
「超次元魔法言語が最も効果を発揮するのは、術者が想像の中でしかできないことをやろうとする場合である。イメージの強さはそのまま魔法の強さへと変わる。これが他の魔法と超次元魔法言語の最大の相違である……。他の魔法を知らないから、なんとも言えないけど、とりあえず扱い辛い魔法であることは確かだな」
超次元魔法言語は集中力を使い、頭の中でイメージする必要があるため、とっさには使いづらい。
つまりは、刻一刻と状況が変わり、自分自身も狙われる可能性のある戦闘では使いづらいということだ。
だが、かといって日常生活では役立たずだ。発動までの時間を考えると体を動かしたほうが早い。というか、ほかにもっと便利で魔力消費の少ない魔法があると思う。
使いどころが限られている。前回のように、数の多い相手に打ち込むか、普通の魔法なんか通じない、それこそ怪獣みたいな相手と戦うくらいしか使い道はない気がする。
「もうちょっと使いやすい言葉があればいいんだけどなぁ……おや?」
使いやすい言葉を探していたら、メルラン自身が使いやすいと説明しているモノがあった。
言葉は【転送】。
イメージ次第でどんな物でも飛ばせる上に、転送場所もほぼ自由らしい。そのうえ、魔力消費が少ないため、状況が変わりやすい戦闘では重宝したらしい。
たしかにこれは使える。最悪、戦闘のときにランダムに敵を飛ばすことができれば、その場での戦闘は避けられる。
どうしても戦わなければいけないという場合でも、転送場所を火山なんかに指定しておけば、一言で終わらせることができる。
これは確かに便利だ。
しかも消費魔力が少ないとは。
イメージが大切なため、見たことないモノや行ったことのない場所には転送できないという制約があるが、それでも効果的な魔法だ。
これ一つでだいぶ使い勝手が変わる。
「大魔導士もさすがに弱点に気づいて、それを補うモノを開発したわけか」
俺は呟き、周囲にある物を適当に見渡す。
ちょっと遠目にあった布に目をつけて、俺はそれに向かって右手を伸ばす。
【転送】
翻訳スキルのおかげで、俺は発音に戸惑うことなく唱えることができた。
それと同時に、イメージに区切りをつけるために指を鳴らす。この指を鳴らすのがポイントで、メルランもこれをトリガーとして使っていたようだ。
区切りがないとどうしてもイメージは瞬時に固まらない。
だから、自分で時間制限を設けているわけだ。
そんな魔法が発動し、瞬時に布が消えて、一瞬のあと、俺の手元に布が落ちてきた。
【来い】と唱えたときは、ずっと物を浮かせ続け、加速させて、と魔力を使う動作が多かったが、これは転送しているだけのおかげで、それほど魔力は消費しない。
ちょっとだけ回復した魔力を持ってかれたけど、まだ余裕がある。
たぶん、今の状態でも連発できるはずだ。
「これは使えるな……。上手く使えば、大規模な魔法よりも使えるかも」
どれぐらいの範囲で使えるのかによるが、一つの軍団を丸々転移させることも可能かもしれない。
そこで俺は気づく。
もしかして、昨日の黒霊の出現は、これと同系統の魔法を使ったのでは、と。
転移系の魔法を用いて、遠隔地の黒霊を転移させれば、突然黒霊の大群が現れたことも理解できる。
どうして近くの町を狙わなかったのか、という疑問も、人が関わっているなら簡単に謎が解ける。
誰かがつかず離れずの距離で黒霊を山のほうに誘導すればいいのだ。たかが三人の中等部の生徒を大群で追うような黒霊だ。目の前に人がいれば、それを集団で追っても不思議じゃない。
「でも……超次元魔法言語を使える奴が他にいるとは思えないし、かといって、超次元魔法言語並みの魔法があるとも思えない」
超次元魔法言語は、大魔導士メルランが開発した自信作。
それこそ、神様になってまで気に掛けるほどの魔法で、その力は絶大だ。
それと同レベルの魔法が今の世の中にあるのだろうか。あったとして、それを使える者は何者なのだろうか。
「メルランの他の魔法か、それとも別の誰かの魔法か……」
これは調べてみる必要があるな。
そう思いつつ、俺は本を閉じた。
その手の話をするのは、エミリアに限る。しかし、今日というのはちょっと辛い。
せっかく回復した魔力を使ったせいで、クリスのゼリーのおかげで抜けていたダルさが舞い戻ってきていた。
今日は大人しく寝て、明日に備えるとしよう。
「とりあえず……寝るか」
呟き、俺は椅子から立ち上がる。
そのとき、書庫の扉が無造作に開けられた。
エミリアではありえない。エミリアはノックをしっかりすると、声もかけてくる。その順序を省いて入る無作法を、エミリアは行わない。
育ちが悪い奴がいたものだ、と思いつつ、俺は招かれざる客を見るために扉のほうへ向かう。
すると、そこには少女が……。
いや、幼女がいた。
着ている服は間違いなく中等部のモノだろうが、どうみても小学生くらいにしか見えない。
それもよくて高学年。悪ければ中学年だ。
そんな幼女の目を見て、俺は何となく見覚えを感じた。
意思の強さを感じさせる、ややつり目がかった大きな目。その奥に光る神秘的でいて、優しさを感じさせる緑色の瞳。
髪は金髪だし、この子はこの子で整っているはいるが、それほど似てはいない容姿。
けれど、俺にはその目がエミリアと似ていると思えて仕方がなかった。
姉妹というには似ていない。特徴的な赤髪じゃないし、目以外に共通点はほとんど見当たらない。
そんなことを思っていると、その金髪幼女が口を開いた。
「お主がノブト・キサラギか?」
「え、ええ、まぁ……」
「ふむ。今日は昨日の礼をしに来た。妾の友人を助けてくれたこと、礼を言うぞ」
そう言って幼女は尊大な態度のまま、俺が先ほどまで座っていた椅子へと向かう。
大人用の椅子に苦戦しつつも、なんとか登りきった少女は、ふぅと小さく息を吐き、俺へ視線を向けた。
「礼として、今日は妾が遊んでやるのじゃ。喜ぶがよい」
「いや、寝るから帰れ」
子供のお遊びに付き合っている暇はない。
いくらエミリアと目が似ているからといって、遊んでやる義理はないのだ。というか、いつもエミリアには安息の睡眠を邪魔されているし、エミリアと似ているというだけで、俺としてはノーサンキューだ。
ガーンという効果音が付きそうなくらい、幼女が落ち込む。
どうやら断られるとは思わなかったらしい。甘いな。世の中、思ったとおりに行かないから大変なんだ。
まぁ、これで世間の厳しさがわかったことだろう。大人はいろいろと大変なんだ。
「わ、妾の誘いを断るなんて……。わ、妾が誰かわかっているのか!?」
「いや、全然」
「ふ、ふむ。それならば仕方あるまい。心して聞くがよい。妾の名はシャルロット・アストルム。このアストルム王国の第三王女じゃ!」
あー、姉妹だったか。
どうしてこう、姉といい、妹といい俺の睡眠を妨害するのだろうか。
俺は溜息を吐きつつ、シャルロットの首根っこを摑まえる。
そのまま扉の方向へと引きずる。どうして、自分が首根っこをつかまれているのか、理解できないシャルロットは、困惑しながら成すがままになっている。
俺の気分としては、手のかかる子猫を運んでいる気分だ。実際、子猫がいてもこんな感じだろう。
俺はそのまま扉を開けると、シャルロットを外に放り出す。
「もう一度、言うぞ? 寝るから帰れ」
そう言って、俺は扉を勢いよく閉めて鍵をかける。
ふぅ。これでようやく眠れるな。
そんなことを思いつつ、俺は外から聞こえる声を無視して、二階へと上がっていった。