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第十二話 目覚めてみたら



 黒霊を撃退した次の日。


 休日明けとはいえ、前日に黒霊と戦い、ほぼ魔力が空になった俺は昼を過ぎてもベッドの上にいた。


 エミリアもさすがに今日だけは遠慮したらしい。


 ここまで深い眠りというのも珍しい。黒霊が倒されたあと、書庫に戻って気絶するように眠ったから、時間に換算すると、20時間近く寝ていることになる。

 眠いとかそういうのを感じる前に、体が寝ないとやばいと警告してきたわけだ。


 結果的に、久々の濃い睡眠を取れたわけだけど、魔力が空になった影響か、妙に体がだるい。


「そういえば、エミリアが魔力が空になると、回復までに時間が掛かるとか言ってたな……」


 携帯の充電みたいなもんか。

 当分、これだと大規模な魔法は使えないな。


 ま、使う機会なんて早々ないけれど。


 そんなことを思いつつ、俺はベッドから抜け出す。

 ずっと寝ていたせいか、お腹が空いたからだ。


「クリスさんいるかなぁ」


 できれば、またクリスの手料理がいい。

 あれは美味しかった。寝ること以外に興味がない俺にそう言わせるのだから、さすがはメイド長だ。


 そんなことを思っていると、俺はなんとなく、貴重本室に向かっていた。

 なぜ、貴重本に向かっているのか、ちょっと自分でもわからなかったけれど、なんとなく貴重本室に向かったほうがいい気がしたのだ。


 そのまま、俺は迷わず貴重本室の端にある本棚の二段目に向かった。


「なんでだろ? なんか嫌な予感がするなぁ」


 二段目にあった赤い本。

 それに何だか惹かれてしまい、手に取ると、それはメルランが書いた本だった。


 書かれているのは、案の定、超次元魔法言語についてで、どうやら前回のが後編で、今回のが前編らしい。


 まぁ、後編よりは優しい内容な気がするけど、なんとなく貴重本室に向かって、なんとなく貴重本室の端の二段目を見て、なんとなく惹かれた本が、メルランの本というのは出来すぎな気がする。


「十中八九、神様の仕業だろうな……」


 なかなか翻訳しない俺に痺れを切らしたのか、それとも他の意図があるのか。

 どちらにしろ、神が介入してきたというのは拙い。


 どうやって俺をここに誘導したかは知らないけれど、誘導できる、介入できるということが拙い。

 加えて、それをやる神があの変人だということも拙い。


 下手をすれば、俺が望まないこともやらされかねない。


「まぁ、今日はこれを翻訳して機嫌を取っておくか……」


 ここでこの本を戻そうものなら、本気で天罰が下りかねない。

 

 俺はそのまま本を持って貴重本室を出ると、下の階にある執務机にそれを置き、ひとまず腹ごしらえをするために食堂へと向かった。




◆◆◆




 もう昼過ぎだというのに、食堂には多くの生徒の姿が見受けられた。

 その生徒たちが俺を見つけると、ギョッとしたような表情を見せる。


 どう見てもビビられている。なぜだ。


 疑問に感じつつ、職員の席へと行くと、アダムスとクリスがそこにいた。


「クリスさん」

「あら? キサラギ君。もう起きて平気なんですか? 昨日はだいぶ無理をしたと聞いてましたが」

「お腹空いちゃって」

「ふふ、そうですか。今はシェフの方々は休憩時間ですから、私が何か作りますね」

「ぜひ、お願いします」

「お任せくださいな。腕によりをかけて作ります。キサラギ君は、仲の良い生徒を救ってくださった恩人ですから」


 そういうとクリスは笑顔のまま厨房へと向かっていった。

 残された俺は、アダムスの隣に腰掛ける。


「体は平気か? 魔力はほぼ空だっただろ?」

「ダルいですけど、まぁ平気です。それより、今日は休みですか?」


 生徒の数の多さが疑問だったので、そこを尋ねる。

 すると、アダムスは肩を竦めながら。


「黒霊の軍団に学院が襲われたんだぞ? お前のおかげで生徒に被害はなかったが、これは一大事だ。今、学院長と主要な教師は王都に言って、国と黒霊への対策について話し合ってる」

「やっぱり結構、大事だったんですね」

「お前は暢気だなぁ……。俺たちは結局、事後処理や原因究明なんかでほとんど寝てないってのに……」

「俺のノブトって名前は暢気な人って意味ですから。それで? 原因はわかったんですか?」


 竜巻や地震にも原因はある。

 今回の黒霊の大量発生にも原因があるはずだ。


 その調査を一流の魔導士たちが受け持ったのだ。少しくらい情報が手に入っていても不思議じゃない。


「あんまりわからなかった。わかったことは、この付近では大量の戦死者なんかは生まれていないってことと、山のほうから来た黒霊は、山よりもさらに向こうから来たってことだ」

「……それだけですか?」

「それだけだ。けど、それだけでもだいぶ推察はできるだろ?」

「……説明してもらってもいいですか?」


 アダムスが俺の要望に呆れた表情を浮かべた。

 なんだかムカつくけど、わからないのだから仕方ない。


「しょうがねぇなぁ。俺がわかりやすく」

「黒霊は怨霊の集合体。つまり、怨霊がいなければ発生しないってこと。この付近で発生した怨霊ではないってことは、移動してきたか、移動させられたか。どちらにしろ、普通の発生の仕方じゃないわ。そして、山の近くには町があるの。黒霊に意思はない。近くにいる人を襲う天災。けれど、わざわざ遠いほうの学院に来た。これはなにかしらの意図が推察できるわ」


 ご丁寧な説明をしてくれたのは、昨日、疲れ切った俺に説教を食らわせるという非人道的行為をした生徒会長兼王女様。

 エミリアだ。


 そんなエミリアに説明を取られたアダムスは、何度か口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。


「え、エミリア……俺とノブトとの会話にいきなり入ってくるなよ……ちょっと失礼だぞ?」

「私に仕事を押し付けて、自分はさっさと寝てしまったアダムス先生にはこれくらいで十分です。だいたい、今の推察だって私がしたもので、アダムス先生は私の報告書を読んだだけでしょう?」

「うっ……」


 冷ややかな視線を浴びせられて、アダムスは言葉に詰まった。

 本当に最低な教師だな。さっきの寝てない発言も嘘だったわけだ。


 俺も冷ややかな視線をプレゼントして、話を再開する。


「話を戻すけど、原因はわからないけれど、いつもとは違うってことがわかったってこと?」

「まぁ、そうなるわね。私は誰かの作為を感じるけれど」

「作為?」

「学院を狙ったんじゃないかと思うの。それが誰の意思かはわからないけれど」

「それはありえないぞ。エミリア。お前の話を成立させるためには、黒霊を操れないと意味がない。そんでもって、黒霊を操るなんて魔法は存在しない。そんなことができれば、どこの国も苦労はしない」

「そこが問題です。けれど、これが一番しっくり来るんです。黒霊は自然発生するモノで、生み出すことはできない。それゆえに予測ができない動きをする。けれど、今回の黒霊は明らかに統率された動きを感じました」


 エミリアの言葉に、アダムスも確かにな、と頷く。

 けれど、黒霊を操る魔法は存在しない。


 では、やっぱり自然発生で、すべてが偶発的なのか、と考えると、それはそれで不自然だ。

 そもそも、黒霊はあそこまで大量に発生しない。俺が聞いた話じゃ、多くて百体くらいらしい。


 それに対して、今回は山のほうから千体。王都のほうから千体。合計二千体だ。ちょっとおかしすぎる。


 そんなことを考えていると、クリスが料理を運んできてくれた。


「今ここで考えても仕方がないですよ。それを話し合うために、学院長たちが王都に行っているんですから」

「クリスさん……確かにその通りですね。今は考えても仕方ないですよね」

「ええ。というわけで、エミリア。お茶はいかがですか? いい茶葉が入っていますから」


 エミリアはクリスのそんな誘いに頷き、俺の向かいの席に座った。

 そのまま、俺の前には料理が、エミリアとアダムスの前にはお茶が差し出された。


「では、お召し上がりください」

「いただきます」


 クリスにそういうと、俺は目の前に出された小さくカットされたステーキに齧り付く。


 二十時間も寝ていたせいか、お腹がペコペコだし、魔力が空のせいで体は怠いし、正直、肉料理は助かる。


 量自体はそこまで多くはなかったため、俺はすぐに平らげてしまう。

 腹六分目くらいか。もうちょっと食べたいところだけど。


 そう思っていると、透明なデザートが出てくる。


「魔力が回復しやすい果物を使ったゼリーです。これでだいぶ体は楽になると思いますよ」

「クリスさん……。あなたは本当にいい人だ。どこかの王女にも見習わせたい」

「私がいい人じゃないって言うの!?」

「さぁ? エミリアとは言ってないよ? 自覚があるの?」


 怒って腰を浮かしたエミリアにそんな言葉を返しつつ、俺はゼリーに向かってスプーンを伸ばす。


 冷たくて、甘い。けど、ほんのり苦味あって。

 美味しい。疲れた体に染み渡る。


 いやぁ、これで神様の本の翻訳も頑張れそうだ。


 そんなことを思いつつ、俺はさっさとゼリーを平らげてしまった。

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