閑話 神様の企み
天界。
そこでメルランが下界、アーウェルサの様子を、水の中に映し出して、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。
「ふむふむ。流石は儂の魔法じゃ。大活躍ではないか!」
ご機嫌な理由は、ノブトが使った超次元魔法言語だった。
ノブトが唱えた【流星】によって、千を超える黒霊は半分に減った。
その後は、少々、情けなかったが、初めての戦闘、初めての大規模な攻撃魔法としては上々だとメルランは判断していた。
「これを続けていけば、そのうち儂の魔法が大陸中に広がり、やがてはメルラン神を崇めるメルラン教団が出来上がるぞい!!」
聖女ルシアを崇めるルシア教団に憧れているメルランは、そう自分の願望を口に出し、そのまま近いうちに訪れると信じている未来に妄想を膨らませる。
しかし、そのためにはノブトの活躍が必要不可欠であることは、メルランにもしっかりと理解できていた。
「ノブトの奴め。一向に儂の魔法を広める気がないからのぉ……」
やや沈んだ口調でメルランはつぶやく。
期待をもって、ノブトを送り出したメルランとしては、ノブトがなかなか自分の本を翻訳しないこと。そして翻訳しても、広めようとしないことは、いたく不満だった。
ノブトにその気がない以上、メルランが期待するのはノブトの周り。
ノブトが活躍し、その活躍ぶりに周りが興味を示すことを期待しているのだ。
「まぁ、有効な魔法は無理をせずとも広がるじゃろうし、このまま静観するとしようかのぉ」
自らの魔法に絶対的自信と盲目的な評価を下しているメルランは、そう言って、何度も水の中でリピート再生をしていた、ノブトが【流星】を発動させる瞬間を消した。
そして、メルランは時間を見て、慌ててもう一度水に触れて、映像を映し出す。
そこに映ったのは、アカデミアのメイド長であるクリスだった。
クリスは着替え中なのか、いつもメイド服を手に持ってまま、下着姿だった。
上品なデザインの青色で、ガーターベルトを身に着けている。
その姿を見て、メルランは歓喜の声をあげた。
「おお!! 今日は成功じゃ! 毎日毎日、朝の時間を狙ったのは間違いではなかった! さすが儂じゃ!」
盗撮が成功したことに気分を良くしたメルランは、ルンルン気分で水の中のクリスを凝視する。
背が特別高いわけではないが、そのスタイルのよさは群を抜いていた。
華奢な体格に似合わず、凹凸がハッキリしている。
手足はすっきりと細く、顔も小さい。
モデルのように八頭身でありながら、ブラジャーで支えられた乳房は溢れんばかりの豊かさを誇り、まるで果物のようだ。
腰からお尻にかけての艶やかな曲線も素晴らしく、人間時代に多くの美女を見てきたメルランですら、唸るほどだった。
「いいのぉ、いいのぉ。若く、瑞々しいのに、体は成熟しておる……ノブトめぇ。こんな娘がおる学院に入るとは……。儂が代わりたいくらいじゃ」
そう言いつつ、メルランはクリスが映った水に触れて、映像を別のところで移し替える。
すると、次に映ったのは、これまた着替え中のエミリアだった。
純白の下着姿のエミリアを見て、メルランはガッツポーズを出した。
「今日はツイておる!! 今日はツイておるぞぉ!!」
そう叫びながら、メルランはこの機を逃してなるものかと、エミリアの着替えをマジマジと見始めた。
エミリアはエミリアでスタイルがいい。同世代の少女たちと比べれば、十分すぎると言っていいだろう。
ただし、クリスと比べれば、ボリュームという点では一歩も二歩も後れを取る。
しかし、逆に程よいメリハリとあふれ出る気品。そして体全体のバランスはクリスとはまた違った魅力を醸し出していた。
素晴らしい、とメルランは呟いた。
同時に、この学院にノブトを送り込んだことも後悔した。
「やはり、自分自身で行くべきだったかのぉ……。いや、天界から天使が派遣されるのは目に見えておるし、下手をすれば神の地位を剥奪されかねん……。じゃが、惜しい。あまりにも惜しい!」
自分好みな美女、美少女がいるのに、何もできない。
それはメルランにとっては、非常に苦痛だった。
今までは下界に興味を示さなかったため、そんなことを感じることもなかった。しかし、最近はノブトの動向もとい、自分の魔法の広まり具合が気になりすぎて、頻繁に下界を見ているせいで、下界の女性に興味が出てきてしまっていた。
人間のときは好き勝手やって楽しんでいたメルランである。見るだけでは物足りなくなのは必然だった。
けれど、神はたやすく下界に干渉してはいけない。つまり、天界に女性を呼び寄せたり、自分から行くことはできないのだ。
「この儂がこんなことで悩むことになろうとは……。くそっ! アカデミアが悪いのじゃ! あんな儂好みな子たちを用意しおって!!」
責任転嫁をしつつ、メルランは水に触れて、エミリアの映像を消す。
着替えが終わったというのと、ルシアに見られた場合、罰を与えられるのが目に見えているからだ。
メルランは座っていた椅子から立ち上がると、いつも仕事をする執務机へと向かった。
そこで一枚の紙に様々な案を書き始めた。
どうすれば、自分の願望が成就できるか。そのことに全神経を集中させ始めたのだ。
もとは天才魔導士。魔王すら操り、さまざまな魔法を開発し、大陸中にその名を届かした大魔導士である。
自身が望む答えに行き着くのに、さほど時間は掛からなかった。
「これじゃ! これならば儂が怒られることなく、儂の願望も叶えられる!!」
椅子から立ち上がったメルランは、興奮のあまり小躍りを始めた。
そのときに、ちょうどメルランの部屋にルシアが入ってきた。
「メルラン様。魔王の件について……相談が……」
「なんじゃ? 魔王がどうかしたか?」
メルランの奇行を見て、固まるルシアに対して、当の張本人は気にした様子もなく話に応じた。
ルシアはそんなメルランに何か嫌な予感を感じつつ、メルランがおかしいのはいつものことだと、自分の中で仕切り直して、話を切り出し始めた。




