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第十話 見に行くだけ!

 流石は大魔導師と言われただけはある。


 俺が読んでいた本に書かれていた超次元魔法言語は、簡単なモノから難しいものまで、およそ30個ほどの単語があった。


 その中でも攻撃に使えるような大規模なモノは5個。

 どれも試すのも躊躇うほど強力なモノだ。

 しかも、超次元魔法言語は、使用者のイメージを反映する。


 例えば、同じ〝爆発〟という言葉を発したとしても、俺とメルランとでは効果に差異が生じる。

 俺は現代的な爆弾の爆発なんかを想像するが、おそらくメルランは火系の魔法の爆発を想像しただろう。

 イメージの威力が違う。イメージ次第じゃ、この魔法はなんでも可能だ。


「とんでもないモノを作り出したもんだなぁ。あの神様。そりゃあ、神様にもなるわ」


 呟き、俺は本を閉じる。

 翻訳しようと思ったけど、止めだ。もしも俺以外にもこれが使えるような奴がいたらと思うと、とてもじゃないけれど翻訳できない。


 っていうか、全部の魔法がこういう規格外なんだろうか?

 だとしたら、申し訳ないけれど、どれも翻訳するわけにいかない。


 一つの魔法が世界のバランスを崩しかねない。


「あー、やだやだ。こういう面倒なことは考えるのも嫌だ」


 深刻な話というのは、非常に気が滅入る。

 先のことを考えたりするのは嫌いだ。まだ来てもいない未来を想像して憂鬱になるなんて、本当に面倒だ。


 俺は貴重本のスペースに本を戻して、自室に向かう。

 こういうテンションの上がらないときは、好きなことをするに限る。


「昼寝でもしよっと」


 時刻はもうすぐ十三時。昼寝にはちょうどいい時間だ。

 なにもかも忘れて、夢の世界へ。


 あんな危険な魔法は翻訳しないほうがいい。そんでもって、そのうち、メルランが書いた他の魔導書も出てくるはず。

 そこにもうちょっとお手柔らかな魔法が書かれているはずだ。


 それを翻訳すれば、神様も文句はいうまい。


 楽観的な思考をしたまま、俺はベッドの中へと潜り込む。

 そのときだった。

 外から大きな声が聞こえてきた。


黒霊こくれいが出たぞぉ!!」


 なに叫んでんだよと、思いつつ、目を閉じる。

 面倒ごとは御免だ。


 記憶が正しければ、黒霊というのは、ときたま発生する悪霊のようなモノで、実体を持った怨念だという。


 怨念の集合体のため、どこにでも発生する可能性があり、発生すると人を襲うため、天災のような扱いだったはず。


 そんなモノが現れたなら、叫ぶのも無理はないが、こっちは今から昼寝だ。できれば静かにしてほしい。


 どうせ、百戦錬磨の教師陣が解決するか、エミリアが直接出向いて解決するだろう。実際、過去に何度か発生したのは、エミリアを筆頭とした優秀な生徒や教師陣がすぐに対処しているという話だし。


 俺なんかが気にする案件じゃない。


「王都と山の方からバカみたいな数でこっちに来てやがる! こんなの初めてだ! 早く城門を閉じて、先生たちを呼んで来い!!」


 焦った声が耳に届く。

 それを聞かないように布団にくるまり、俺は目を閉じる。


 意識を暗い場所に沈ませて、体から力を抜く。

 そうすれば、いつだって寝ることができた。どんな場所でも、どんな精神状態でも。


 不安があろうと、楽しかろうと、俺が寝れなかったことはない。


 けど、寝れなかった。

 理由ははっきりしている。気になってしまったからだ。


 クリスが言っていた中等部の子たち。目的はピクニックで、目的地は近くの山だという。


 このアカデミアの近くにある山は一つしかない。そこから来るということは、そこにいた子たちはどうなったのだろうか。


 気になってしまう。知っているからこそ、どうしても考えてしまう。


 すでに帰ってきている可能性は十分にあるし、魔法学院の生徒たちだから、上手く逃げている可能性もある。

 けれど、同時に黒霊に追われて、こちらに逃げてきている可能性もある。


 そんな可能性があるなら、黒霊に襲われて、山の中で最悪な状況になっている可能性もあるわけだけど。

 頭の中で、追われている可能性が消えてくれない。


 もしも、気づいているのが俺だけならば、対処できるのも俺だけということになる。

 一秒の遅れで、もしかしたら、少女たちの命が失われるかもしれない。


 すべてが可能性。俺が動かなくても、誰かが動く可能性もあり得る。


 だけど。


「くっそ! 面倒だな! まったく!!」


 これでもしも少女たちが犠牲になったら、後味が悪いじゃ済まない。

 行かなくても俺のせいじゃない。なにせ、俺には力がない。


 俺には生徒を守る義務も義理もない。ただのしがない雇われ翻訳家だ。

 数週間前までは日本で暮らしていて、ただの高校生だった。


 この世界に愛着もなく、この学院にも愛着はない。

 ましてや、生徒を守らなければ、なんて正義感も持ち合わせていない。


 ただ、気になることだけは確かだから。


「見に行くだけ! 見に行くだけだ!」


 自分に言い聞かせるようにして、俺はベッドから起き上がった。

 寝れないというのは辛すぎる。


 俺は寝るという行為に真摯な男だ。寝るという行為に障害があるならば、できるかぎり排除したいと思っている。


 確認するだけ。確認して、少女たちが無事なら問題ない。また寝るだけだ。


 なにかトラブルに巻き込まれているならば、エミリアあたりに伝えて、上手く対処してもらおう。


 大丈夫。なんとかなるはずだ。




◆◆◆




 城壁に向かい、山のほうを見る。

 城壁の内側では、生徒たちが混乱した様子を見せている。


 まぁ、この光景を見れば確かに混乱もするか。


「すごい数だな……」


 城壁から見える黒霊はざっと一千は下らない。


 黒霊の姿はどれも人型で、土煙をあげながら、こちらに迫ってきている。パッと見じゃ軍隊が攻めてきたように見える。

 これと同じ規模の黒霊が、反対側の王都方面からも来ているとならば、確かに異常事態だろう。


 台風がピンポイントで、どこかを狙うことはありえない。なにせ、無差別ゆえに天災だからだ。

 その天災と同列に扱われている黒霊が、今までにない数で、アカデミアに迫ってきている。


 明らかにおかしい。

 けれど、そういう難しい考察はエミリアや教師たちに任せておけばいい。


 今、俺がしなければいけないのは、少女たちがいるかどうかを確かめることだ。


 目を凝らしていると、黒霊の軍団よりも少し先に走る人影を見つけた。数は三人。

 遠目からでも、少女だとわかる。


 この状況から察するに、ほぼ間違いなくピクニックに行っていた中等部の生徒だろう。


「マジかよ……」


 呟き、俺は城壁に寄り掛かった。

 そのままズルズルと下がって、地面へと座り込む。


 最悪だ。最悪すぎる。

 この展開が一番、最悪だったのに。


 山で襲われているのなら、諦めもつく。

 すでに帰ってきているなら、安心できた。


 けれど、現在進行形でピンチというのはまずい。

 なにせ、王都方面をまず対処するという方針だったせいで、こちらにはまだ教師たちが来ていない。

 王都方面が片付かない限り、こちらは後回しだろう。


 呼びに行くにも、時間がない。

 よっぽど早く増援が来ないかぎり、彼女たちは追いつかれるだろう。

 今の速度からざっと予想すると、たぶん、城壁の手前で追いつかれると思う。


 そう思ったときには、俺の足は動いていた。

 城壁から駆け降りると、混乱している周囲の生徒に声をかけた。


「急いで生徒会長を呼んで来い! 外に生徒がいる!」

「え? ええっ!?」

「いいな!? わかったな!? 急げ! 走れ!」


 それだけ言うと、俺は閉じられている城門の横にある、守衛用の出入り口に向かって走り出した。

 戦闘用に使える魔法は、頭の中に入っている。

 魔力が少ない俺では、一発が限度だけど、その一発で何とかするしかない。


 もう走り出した以上、止まることはできない。


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