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第九話 メルランの本

 さっそく書庫に戻った俺がしたのは保管されている本のチェックだった。


 この学院の教師たちは、様々な武勇伝を持つ者たちが多い。つまり体育会系というやつだ。


 魔法を使い、軍を吹き飛ばしたとか、強大なモンスターを一人で討伐したとか、そういうエピソードを持つ教師は片手の指じゃ足りない。

 そういう戦う力を持たない教師たちでも、回復系の魔法で戦地を渡り歩いたとか、魔法の新しい利用法を発明して、国の文明レベルを引き上げたとかっていうエピソードを持っている。


 つまり、彼らは実際に力を示し、ここにいるわけだ。

 スポーツのチームで例えるならば、選手が生徒で、コーチが教師。名門のチームになればなるほど、コーチは優秀じゃなければいけない。


 例外を除けば、コーチは選手時代に成績を残している者が多い。過去の実績があるからこそ、選手も言うことに耳を貸すからだ。

 そうでないにしても、最先端のコーチ学を学んだり、他のチームで経験があったりという過去がある。


 しかし、俺はその過去を持たない。もちろん、俺は教師じゃないから、過去なんて必要はない。なにせ教えないのだから。言葉の説得力なんて不要だ。

 けれど、それを不快に思う者もいるということは、さっきのクリスとの会話で理解できた。


 このアカデミアという学院に誇りを持っている者たちからすれば、俺の存在は看過できない。なにせ、俺は魔法を一切使えない。生徒以下の存在だ。

 そんな者が同僚というのが、嫌だという人の気持ちはわからなくもない。


 俺がやる気のないように見られるのはどうしようもないが、実績がない、魔導師としての実力がないという点については、どうにかできると思う。


 それは俺は認めさせるということだ。

 こいつは同僚に置いておいてもいいかなぁ、くらいに。


 そのために力を示さなければいけない。それも翻訳の力以外だ。

 翻訳の力は見せつけた。それだけでは足りない以上、どれだけ翻訳の力を見せようが、意味はない。


 とにかく魔法を使えるようになる必要がある。

 それも教師たちが納得する魔法だ。

 そして、そんな魔法に一つだけ心当たりがある。


 神様。大魔導師メルランの魔法だ。

 どうせ、それを翻訳してほしいといわれていたのだ。これを機に本を翻訳し、使えそうなら覚えてみるというのが、俺の考えだ。

 ただし、俺は魔法を使うエネルギー、魔力が少ない。


 消費する魔力が少ない魔法でなければ使えないから、そこらへんを考えて覚える必要がある。


「覚えていても、使えませんじゃ話にならないしな……ん?」


 独り言をつぶやいていると、赤い文字で書かれた気になるタイトルを発見する。


 俺が今、探しているのは二階にある貴重本のスペース。

 本は本棚に丁寧に収められているが、タイトルも古代語のため、置かれかたが適当だ。

 おそらくメイドたちが整理したんだろう。


 俺は気になったタイトルを手に取り、開いてみる。


「……ビンゴ」


 タイトルは〝魔法言語による世界への干渉〟。開いてみて、出てきた著者名はメルランだった。


 パラパラと読んでみると、意外に興味深い。

 メルランが開発した魔法言語〝超次元魔法言語〟の使い方が丁寧に記されており、その利点と欠点もしっかりと書かれている。


「魔力の消費は少なめか……けど、俺の魔力量でどうにかなるんだろうか?」


 とりあえず、本を持って一階へと向かう。

 一階の机には、乱雑にいくつかの書類が置かれており、その中に金色のカードが混じっている。


 アビリティカードと呼ばれるモノで、その人間の名前、魔力量、そして現在、使える魔法のランクが表示される身分証のようなものだ。


 開発されたのはつい最近だと言っていたが、それも遺跡から発掘されたものを解読した結果らしいし、魔力量の参考にはなるだろう。


 魔力量は最低がカテゴリーF。最高がカテゴリーSSS。

 俺はカテゴリーE。下から二番目というわけだ。この学院で最も低い生徒でもカテゴリーBだと言うし、平均値はDからCと聞くと、自分が並以下だと実感できる。


 ちなみに魔法のランクはレベルで表記されており、レベル1からレベル10まである。

 属性ごとにレベルがあり、例えば火属性のレベル5の魔法が使えれば、火を表すマークが現れ、レベル5と表記される。


 俺はその欄は空欄だ。なにせなにも覚えていないから。当然といえる。


 そんなアビリティカードを引っ張り出した俺は、本をパラパラとめくる。

 アビリティカードで表示される魔力量と、本に記されている魔力量が同じであれば楽なんだけど。


「平均以下の魔導師の魔力量でも、大規模な発動が可能か……。ってことは使えるか?」


 カテゴリーという言葉は見つけられなかったけれど、この言葉通りなら、俺でも使えるはずだ。当時の平均と今の平均にそこまで差がなければの話だけど。


「どれどれ? 超次元魔法言語の特徴は、言葉自体に魔法的な力があることにある。特殊な発音の言葉に魔力とイメージを乗せることにより、魔法式や動作に頼らず、魔法を発動させることができる……結構、簡単そうだな」


 ようは発音とイメージさえしっかりできれば、誰でも使えるってことだ。

 これでどうして流行らなかったのだろうか。


 並以下の魔力でも、大規模な発動が可能ということは、小規模の発動ならば、さらに少ない魔力で済むということだ。

 これはとても画期的な魔法に思えるけれど。


 そう思いつつ、俺は次のページを見て、納得した。


 俺の翻訳スキルは言葉ならばどんなモノでも翻訳できる。赤文字だろうが、黄文字だろうが、なんでもだ。

 そして翻訳した言葉は俺の頭の中で、俺が理解しやすい言葉に変換される。つまり、日本語だ。


 それに付属する形で、イントネーションもしっかりと付随してくる。

 つまり、発音が大切なこの魔法に関しては、俺は読むだけで覚えられるわけだ。


 けれど、それで俺は流行らなかった理由を察した。

 開いたページに書かれていた魔法は、〝来い〟という単純な魔法だった。

 物体を引き寄せる魔法だ。


 しかし、頭に流れたイントネーションはとてもじゃないが、発音は不可能と思えるほど、難しいものだった。

 音の高低差が激しく、よほど慣れていなければ唱えることは不可能だ。


 もっとも、俺には自動翻訳があるから、ただ言葉にしただけで、勝手に声帯が動いてくれるだろうけど、俺以外の人間じゃ無理だと思う。


「これは広まらないわけだ……」


 本にしたということは、何人かに教えもしたはずだ。あれだけ後世に自分の魔法を伝えたがっていたのだから。

 それでも流行らなかった理由が、なにかあるんだろうなと思っていたけれど、いやはや、流石は神になるような魔導師だ。


 この魔法の難易度を理解できていない。

 開発した本人か、俺のように翻訳スキルを持っている人間以外は、そもそも発動できない。


 赤文字で書かれているというのも、流行らなかった原因の一つだけど、それ以前に難しすぎるというのが、一番の原因だな。


「まぁ、翻訳だけはしてやるか。可哀想だし」


 流行らせろとは言われてないし、そこまで面倒は見切れない。

 義理はあるから、翻訳だけはしてあげよう。


 ただし、その前に俺が使えるかを確かめてからだ。


 俺は少し離れた場所にある本へ手を伸ばす。

 どう頑張っても届いたりはしない。


 それをしっかりと見て、その本が俺の手に飛んでくるのをイメージする。

 何度もイメージを重ねたあと、俺は呟く。


【来い】


 ただそれだけで、本が凄い勢いで俺の手元に向かってくる。

 しかし、本は俺の手前で減速し、ピタリと俺の手の中に納まった。


 魔力を消費する感覚は、体力の消費に似ていると聞くけれど、今は軽くジョギングしてみたあとくらいの疲れが俺に襲い掛かってくる。


 ちょっと手の届かない物を取り寄せただけで、この疲れは割に合わないけれど、使う場面によっては有効に働くかもしれない。


「どうせあの神様のことだ。馬鹿みたいに攻撃的な言葉もしっかり用意してんだろうし、今日はそれを覚えるとするか」


 そう呟き、この世界に来てから一番の集中力を発揮して、俺は本を読み始めた。


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