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第八話 メイド長

 俺がアカデミアに来てから、既に二週間が経った。

 今日は休日だが、俺は仕事をしていた。学院長から依頼を受けたのだ。

 生徒が休みなのに、俺が仕事とは、どうしたことかと思わなくもないが、お金のためだから仕方ない。それに仕事量もそんなに多くはない。

 

 毎日毎日、飽きもせずエミリアが起こしに来ることと、学院長が適度に仕事を押し付けてくるせいで、なかなか理想的な睡眠ライフを過ごせないのが難点だが、それなりに満足のいく生活を送れているといえるだろう。


 ただまぁ、人は強欲な生き物だ。

 より先へ、より良いものを、と求めてしまう。


 今の生活は確かに充実している。家なし、職なし、一文なしで生きていかなければならない可能性があったと思えば、かなり恵まれている。


 だが、家もあり、職もあり、お金もあるとなると、どうしても欲が出る。

 まず改善したいと思うのは、ベッドまわりだ。とりあえず、枕がほしい。


 枕がないわけじゃない。ただ、硬いから使ってないだけだ。俺は柔らかく、頭全体を包み込んでくれる枕が好きなんだ。


 それと布団。

 この季節は、まだ朝が寒い。にもかかわらず、布団が薄いのだ。エミリアに起こされて、仕方なく起きるのは、部屋よりも食堂のほうが断然温かいからだ。やはり温かさが肝心だ。


 最後にベッド。できれば柔らかく、大きいヤツがいい。ゴロゴロ転がれるヤツなら最高だ。


 これらをどうにか調達したい。けれど、相場がわからない。どれくらい稼げばいいのかわからないのだ。


 というわけで、とりあえず本を翻訳してお金を貯めることが、今の日課だ。


 学院長はノルマとして月に一冊と言っていたが、俺の翻訳速度が予想以上に速いため、ノルマとは別に翻訳する本を指定し始めてきていた。

 これは特別報酬がつくため、非常にやりがいがある。ただし、そこまで厚くないものの、短めの期間が設けられているため、結構辛い。


 ただ、学院長が指定する本は、研究に行き詰まっている教師の打開策が記されているだろうモノや、過去に料理人が記したレシピ本だったりするため、結構、周りから感謝されたりする。


 教師陣とは仲良くなれるし、食堂のスタッフには気に入られた。

 食堂がやっていない時間にいっても、食事が出たりするから、この関係はとても助かる。


 ただ、それのせいで長く眠れないというジレンマにも陥っている。

 眠たいが、お金を稼がなければ寝具を買えない。

 しかし、寝たい。


 そんなことをぐるぐる考えつつ、結局、寝具を買うまでは頑張ると決めて、翻訳を続けている。


 そして今日も本を翻訳し終えたところだ。

 黄文字で書かれたレシピ本。

 俺が翻訳するまでは、料理関係の本だろうと予想されていた本だが、料理は料理でもデザートに特化した本だった。


 これで学院のデザートがまた増えることになる。

 食堂のシェフたちは超一流だ。再現するのも簡単だろうし、そこに手を加えて、今風の味付けにするのも造作なくこなす。


 最近では、俺の要望に応えて、味の濃い料理も作ってくれるため、俺の食生活は非常に満ち足りている。

 いつか、ファーストフードを作ってもらおうと考えているところだ。


 そのためにも食堂に貢献しなければ。


 そう思いつつ、食堂へと入る。

 時刻は11時ちょっと前。


 まだ生徒たちは食堂には来ていない。

 そのため、食堂にはスタッフ以外、だれもいない。


「あら? キサラギ君じゃないですか」


 笑顔で俺に応対してくれたのは、茶髪の髪を結いあげている女性だった。

 整った容姿の持ち主で、エミリアと比べても遜色ない。大人っぽさがある分、この人のほうが好みだという人も多いと思う。

 特にプロポーションという点では圧勝だろう。服の上からでもわかるくらい、この人はスタイルがいい。


 そんな女性の名前はクリスティアーナ・ルーベルハイム。名前が長いので、愛称はクリス。この学院の給仕係を纏めるメイド長だ。着ている服ももちろん、紺色ロングワンピース、ホワイトブリムに白エプロン。つまりメイド服だ。


 とにかくデカいこの学院は、中等部と高等部を合わせれば生徒数が三千人を超える。そんな人数を収容する城の部屋の数も半端ではなく、正直、掃除をしようなんて気はさらさら起きないのだが、それを日課として給仕係の人たちはやっている。


 掃除だけが給仕係の仕事ではなく、食事の支度から生徒たちの服の洗濯など、だいたいの日常生活のサポートを行い、必要とあれば、授業の手伝いまでこなす。


 さすがに手作業ではなく、魔法を使っての仕事になるが、それでも大変なことは間違いない。

 当然、メイド長となれば更に大変なのだけど、クリスはいとも簡単にこなして見せてしまう。それでいて、年齢はまだ十九歳。

 学院内の職員の中では、まだまだ若手の分類だ。


 そんなクリスだが、優秀なだけでなく人当たりもいい。

 優しく面倒見がいいため、生徒から姉のように慕われている。ほとんどの教師より慕われているのだから、その人気ぶりがわかるだろう。

 教師陣にろくでなしが多いというのも理由の一つだけど。


 魔法の実力も確かで、エミリアの話では、こことは違う魔法学院を首席で卒業しているらしい。

 生まれもかなり高位の貴族であり、クリスがメイドをしているのは学院の七不思議となっている。


「こんにちは。クリスさん。依頼されてたものです」

「まぁ! 昔のレシピ本ですね? もうできたんですか?」

「結構薄かったですからね」


 書かれていた文字は黄文字だったが、俺にとっては文字の難易度よりも厚さのほうが問題なのだ。薄ければすぐに終わるし、厚ければ時間がかかる。


 しかし、それは俺の感覚であり、ほかの人は違う。


「流石は天才翻訳家。言うことが違いますねぇ。では、シェフにお渡ししてきますね」

「お願いします。あ、それと」

「早めの昼食ですか?」

「はい。お願いできますか?」


 遅めの朝食、遅めの昼食なら間違いなく対応してもらえるが、早めとなると難しい。

 なにせ高等部だけでも千人を超す学生がいるのだ。今は食事の用意でてんやわんや状態のはず。


 といっても、せっかく来たのにもう一回来るのは面倒だ。できれば、今、済ませておきたい。


「そうですねぇ。シェフの方々は忙しいでしょうし、私でよければご用意しますが?」

「え!? 本当ですか!? 是非!」


 クリスはあまり食事を作ったりしないが、噂じゃシェフ並の腕前だという。

 そんなクリスの食事が食べられるのは、シェフが倒れたり、急用でいない場合。もしくは、個人的に仲が良い人間だけだ。


 こんなチャンスはめったにない。何度も頷くと、クリスは笑いながら食堂へと向かっていった。




◆◆◆




 少しして、俺の目の前に出されたのは、卵焼きや唐揚げなどだった。


「これは?」

「今朝、中等部の女の子たちがピクニックに行きまして、お弁当を作ってほしいと頼まれてたんです。これはその材料を使って作ったものです」


 なるほど。どうりでお弁当の定番のようなモノばかりなわけだ。

 しかし、いくら材料があったとはいえ、こうもあっさり作ってしまうあたり、手際のよさに感心してしまう。


「ピクニックに? ピクニックする場所なんてあるんですか?」

「近くに綺麗な山があるんです。ここらへんでは隠れた名所といったところです」

「ふーん、俺には縁がなさそうな場所ですね」

「綺麗なところをお嫌いですか?」

「汚いところよりは、綺麗なところが好きなのは確かですけど、わざわざ山登りしてまで行きたいとは思いません。その時間、寝てたほうが健全です」


 俺の言葉にクリスが苦笑を浮かべた。


「寝ることが体にいいことは否定しませんけど、休日に寝てばかりというのが、健全というのはどうでしょうか」

「俺にとっては健全です。あれだったら、一日中寝てたいくらいです」

「じゃあ、本日のご予定は?」

「寝ます」


 分かりきった答えを聞いて、クリスはクスクスと品よく笑う。

 こういう何気ない仕草に、この人は上流階級で育ったのだなぁというのを認識させられる。


 やはり、この人がメイドをやっている理由が気になる。

 気になるけれど、それはちょっと聞けない。少なくとも、もう少し仲良くならないと踏み込んではいけない気がする。


 聞くだけなら聞けるだろうが、誤魔化されると思うのだ。誤魔化されれば、もう聞けない。もやもやを抱えたまま接することになる。

 それは御免こうむりたい。


「あまり寝てばかりいると、反感ばかり買ってしまいますよ?」

「平気ですよ。生徒と絡みはありませんから」

「教師の方々も、あまりキサラギ君をよく思っていないようですけど?」

「……え?」


 それは初耳だ。というか、俺は好かれていると思っていたのに。

 どうしてだろうか。表面上だけど、上手くやっていたつもりなのに。


「その反応を見る限り、気付いていなかったんですね」

「いや、嫌われることをした覚えはないので……」

「まぁ、キサラギ君はそもそも実績がないのに雇われるという例外ですから、妬まれる要素は満載なんですけど、とりあえず、態度が気に食わないんだと思います。このアカデミアは、関わっているだけで自慢できる名門校です。私たちのようなメイドでも、アカデミアにいると言えば、さぞや優秀なんですねって言葉が返ってくるくらいですから。当然、教師の方々には自負があるわけです。そこで魔法を教える魔導師としての自負が」

「それは理解してます。だからできるだけ、尊重してるつもりなんですけど……」

「キサラギ君は優秀すぎるんです。ただの職員なら、教師の方々も相手にしませんが、キサラギ君は翻訳の腕前に関しては群を抜いていますから。ライバル意識を持つ教師の方が何人かいるようです。けれど、キサラギ君は眼中にないかのように、いつも寝ていますから。気に食わないんだと思いますよ?」

「そう言われても……」


 睡眠は俺にとって唯一の楽しいだ。それをしないということは、生きていることに意味がなくなってしまう。

 だから、それは譲れない。譲れないが、ここでの生活が気分の悪いものになるのも困る。できるなら、気分がいい場所で寝たいからだ。


「教師も人ですし、合わない人とは所詮、合いませんから。無理はする必要はないですけど、努力はしてみてはいかがですか?」

「努力って……たとえば?」

「コミュニケーションを取ってみたり、魔法を練習しているところを見せてみたりするのはどうでしょうか? 教師の方々はキサラギ君のことをほとんど知らないのでしょう? 基本的に知らない人のことは目に見えて、感じられる部分だけで判断するしかありませんし、やっぱり魔法学院ですから。魔法に興味あるところ、魔法が使えるところを見せるのはポイント高いかと。なんだかんだで、魔法が大好きな人ばかりですから」


 クリスのアドバイスに俺は顔をしかめた。

 なにせ、コミュニケーションと努力というのは、俺が嫌いなことのベスト5に名を連ねる行為だからだ。


 そんなことをするくらいなら、居心地が悪いほうがいい。


「嫌そうですね……」

「嫌なんです。人と関わるとか、自分が好きでもないことを頑張ることが」

「あらあら……。まぁ、教師の方々も学院長の手前、なにか表立って嫌がらせなんかはしないと思いますけれど……」

「けれど?」

「睡眠を妨害する魔法をバレないように使ったり、朝に鳥たちを操って、大音量で鳴かせたりなんてことをしそうな人に、何人か心当たりがありますね。睡眠を邪魔されたら、キサラギ君が出ていく確率は高いですし、本当に実行しそうですね」


 いかん。それはいかん。

 至急教師たちと仲良くなる手段を考えなければ。


 よくよく考えれば、ここの教師たちは間違いなく一流の魔導師ばかりだ。

 今、クリスが言った以外の方法で嫌がらせをしてくる可能性もある。


 何日も寝れなくなる薬を飲ませたりとか、いきなり歯が痛くなる魔法をかけたりとか。


 考えただけでも恐ろしい。できそうだから、なお恐ろしい。


「ちょっと、今日の予定は変更します……」


 そう言うと、クリスは笑顔で、頑張ってください、と言ってくれた。


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