表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

プロローグ

皆さん、初めまして。

初めましてじゃない人は、ありがとうございます。


タンバです。


今回のお話しは異世界でのんびり睡眠ライフを送りたい少年のお話しです。

これからお付き合いしていただけると、幸いです。

 俺は走っていた。

 視界の端には中世っぽい城の城壁。

 三重に建てられたそれらは、非常に分厚く、とても頼もし気だ。

 ただし、その内側にいればだが。


 現在進行形で、その外側にいる俺としては、頼もしいとかどうでもいい。


 目指す場所は、百メートルほど先。

 黒い異形から逃げてきている少女たちの下。


 別に少女たちと関わりがあったわけじゃない。

 一度も話したことないし、顔も知らない。


 けれど走っていた。どうしてかと訊ねられると困ってしまう。なにせキャラじゃない。

 俺は寝るのが好きで、だれよりも寝ることに拘る男だった。

 それは筋金入りだったはず。


 天国すら拒み、ただ寝ることを求めてまで、ここに来た。

 寝るということに純粋だったのは確かだ。


 そんな俺が昼寝を中断してまで走っている。

 自分自身が一番、驚いている。


 黒い異形。〝黒霊こくれい〟と呼ばれる自然現象。

 この世界で無念の内に死んだものたち。つまりは悪霊やら亡霊やらの集合体。

 実体のある幽霊のようなものだ。


 それらはときおり、前触れもなく現れるという。


 そして、それが今日だった。偶然、外に出ていた生徒のことを知っていた俺は、他人事と思い、寝ていたのだけど。

 寝れなかった。生まれて初めて、寝ようと思って寝れなかった。


「まったく……! 俺はただ寝たいだけなのに!」


 気になってしまったのだ。外にいる少女たちが。

 だから、仕方なく、様子を見にいけば、軍隊と呼べるほどの数の黒霊から逃げる少女たちが見えた。


 あの数が相手じゃ、俺一人じゃ無茶だろう。

 俺には力があるけれど、そもそも戦うための力じゃない。

 あくまで、副産物的に戦おうと思えば戦えるけど、それはあくまで副産物。


 そうわかっていて、冷静に助けが来るのを待っていればいいはずだったのに。

 俺の体は走り出していた。


 もうこうなっては仕方がない。俺が寝れないのは、少女たちの安否が気になるから。ならば、それを何が何でも取り除いて、もう一度寝るまでだ。


 少女たちと、それを追う黒霊の姿がしっかりと見えてくる。

 少女たちが着ている制服は中等部のもの。黒霊は黒い靄の掛かった兵士みたいだ。


 無念の内に死んでしまった霊の集合体。すでに自我はなく、ただ動くモノを襲う天災。それでも人の形をしているものを攻撃するのは、気が引ける。


 だけど。


「俺が寝れないのは、元を辿ればあいつらのせい! 俺が危険地帯にいるのもあいつらのせい!」


 全部あいつらのせい。

 そう思うと、ふつふつと怒りが込みあがってきて、

 攻撃することに迷いがなくなった。


 両手を胸の前で合わせて、合掌する。

 それと同時に空を見る。

 空は晴天。雲ひとつない。


 けれど、見たのは雲でも空でもない。さらにその上。


「いけるか……?」


 ここは地球じゃない。空を飛行する者はほとんどいない。

 一部の人間は飛べるだろうが、それは例外。

 迷惑がかかることはないだろう。


 問題なのは、今からしようとしていることをすると、俺が力尽きるということだ。

 

 魔法と呼ばれる超常の力を使うには、魔力と呼ばれるエネルギーが必要になる。

 俺はその魔力が並以下しかない。

 魔法を一発撃てば、それで終了というわけだ。


 外すとか、そういうことはない。そういう次元の魔法じゃないからだ。

 気がかりなのは、すべてを倒しきれるかということだが、それも心配しても仕方ないか。


「ま、失敗してもなんとかなるか」


 そんな楽観的な考えを口にしながら、俺は動かしていた足を止めて、立ち止まる。


 これから使う魔法の名称は〝超次元魔法言語〟。

 ただ、その言葉だけで超魔法的な事象を発現できる究極の言語だ。


 かつて大魔導師が作り出し、その大魔導師を文字通りの最強たらしめた魔法。

 今では廃れ、扱う者がいなくなった魔法。


 使用者の言葉へのイメージを忠実に反映するため、非常に扱い難いが、威力だけは折り紙つきだ。

 詠唱不可。溜めも殆ど必要ない。簡単なイメージと発音だけ気を付ければ、いとも簡単に発動できる。

 その発音が難しいのだけど、俺にはあんまり関係ない。


 文字、言語。俺にとって、それらは障害にはなりえないのだから。


 とはいえ、攻撃に用いるのはこれが初めて。文字通りのぶっつけ本番。

 外せば、俺も逃げている少女たちも終わりだ。


 けど、やらなければ結局お終い。ならばやるしかない。

 意を決して、俺は言葉を発する。


【流星】


 常人には何を言っているのかわからないだろう。


 けれど、それは確かに力ある言葉であり、世界に作用する。


 言葉と同時に、空へ右手を掲げ、指を鳴らす。

 それが合図となり、体中の魔力が持っていかれる。

 血が抜かれていくみたいに、手足から感覚がなくなる。


 意識すら飛びそうになるが、なんとか堪える。

 少しして、微かに何かが飛んでくる音が耳に届く。


 それは空から〝あるモノ〟が降ってくる音だ。

 その音はやがて大きくなっていく。そして、音を発しているモノが一つではないことも知らせてくる。


 逃げている少女たちは必死すぎて気付いていないようだが、黒霊たちは気付き始めた。


「気付いたところで遅いけどな」


 避けるなんて不可能。

 狙いも黒霊だけに絞ってある。

 落ちてくる進路上ならともかく、地面にいるかぎり誤射はありえない。


 まず第一発目が少女たちに一番近い黒霊を打ち抜いた。

 それは光の弾だった。

 正確にいえば、魔力という膜でコーティングした小さな隕石だ。


 もちろん、宇宙からそのまま落ちてきたわけじゃない。

 俺のイメージに従って、言葉が世界に影響を与えた結果だ。


 おそらく宇宙から上空まで転移させられた隕石を、魔力でコーティングしているんだろう。

 まぁおそらくだけど。

 この魔法の仕組みなんて俺にはわかりっこない。


 わかっているのは、イメージを反映すること。そしてイメージが確かであるほど強力であること。

 聞いたことのあること。見たことのあること。それらはただ想像するより、よっぽどイメージしやすい。


 ただ、イメージゆえ、少々、普通の流星より強力だけど。


「おぉ……いっぱい来たな……」


 空を見上げると、続々と流星が落ちてくる。

 それらは正確に黒霊を打ち抜いていく。

 

 抵抗など不可能で、命中した黒霊たちは霧散していく。もともとは霊の集合体だ。実体が保てなくなれば、やがては消えていく。


 だが、数が多すぎて、流星だけじゃ足りない。

 落ちてくる流星は数百を下らないが、周囲への被害を抑えるために、一つ一つが強いイメージで発動していない。


 わかりやすくいえば、流星は弾丸であって、爆弾じゃない。倒せる敵は一発につき一体だ。


 それに対して、黒霊は千を超えていそうだ。

 もう一発、流星を撃つ魔力はない。


 だいぶ数は減ったが、それでも足りない。

 近いところから狙ったから、少女たちが逃げ切る時間は稼げるだろう。


 けれど、今度は俺が逃げ切れない。体力がもうないからだ。


 少女たちが心配そうな顔で俺の横を通り過ぎる。


「気にしないでいい。走るんだ」


 そう言って、少女たちを送り出すが、俺に手はない。

 

 魔力は使い切った。体力もそのせいで底をついている。

 もう立っているのもつらい。


 まったく、どうしてこんなことをしているんだろうか。

 俺はただ寝たかっただけなのに。


「あぁ……寝たいなぁ」


 本心から口にしつつ、空を見上げる。

 どうしてこうなったかなぁ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ