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二ツ家先輩のいるBar  作者: 叡 太郎
学内Barへようこそ
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学内Barへようこそ 1

シャカシャカシャカシャカ――

高等学校の放課後の校舎で響くには、実に小さい音だったけれど、この耳に心地のいいリズムは、マラカスでもなく、ふりかけをかけて振るファーストフードのポテトの音でもなかった。

何か硬いものが軽い金属に断続的に当たっている印象を受ける。

正確には「シャカシャカ」と「ジャカジャカ」の間で、さ行に半濁音が付くのならぴったりの表現が出来る気がする。

わたしはこの不思議な音の正体を知るべく、家庭科準備室の扉を開けた。

「ようこそ。バーストレイシープへ」

……ばー?

家庭科準備室の扉を開けたはずじゃあ……

脳細胞達が「ばー」という単語に礼拝する為に働くのをやめた。



脳細胞同士の電気のやり取りが行われていない間に、事の経緯をお伝えします。

この立花(たちばな)高校に入学して、早三週間。外の土砂降りも助けて、胸中の華やかな高校生への期待が薄れてきたお昼休みの教室。個人差はあれど、新しい級友、新しい環境に慣れ始めたクラスメイト達は、会話を一つの雑音にかえ、ぞろぞろとグループを作り始めた。

中学の仲良しグループに新メンバーを加入するマイナーチェンジが主な中、わたしの仲良しグループは、中学校を最後に同じ学び舎につま先を向けることはなく、「祝・卒業!! ずっと一緒!!」と書かれた四人のプリクラを冠するラインのグループは、入学式を境に使用頻度が減っていった。

しかし、引っ込み思案のわたしにも旧友ならぬ親友ならぬ新友が出来た。実際には声をかけてもらったのだが。

「雨すごいね」と隣の机の椅子をこちらに向けてくる癒し声は、富士宮美麓(ふじみやみろく)ちゃん。どことなくお嬢様の雰囲気が漂う。ような気もする。

「本当だよね。やむのかなぁ」

わたしは鞄からお弁当を出しながら応える。

「天気予報士のお姉さんが、三日間続いた雨も夕方までにはやむでしょうー。って言ってたよ」

わたしの知らない天気予報士のモノマネをする美麓ちゃん。それは似ているのだろうか。似ているとは思えないのだけれども。

お弁当をあけると甘さと少し焦げた醤油の混じった匂いがする。

「それは?」モノマネのクオリティを気にしないマイペースな美麓ちゃんの小さくて可愛い鼻にも匂いが届いたのか、そう尋ねてきた。

「すき焼き弁当らしい」母よ。半つゆだくの弁当内部では、真っ白い米が、茶色くぶよぶよに太っていた。秋田美人はもういない。

「そういえば、(ひびき)さんは?」まるで絵画の様に補色を駆使した美しい富士宮家のお弁当。栄養価も基準値を越えていそうで申し分ない。

「響ちゃんなら、購買部にパン買いに行ったよ」箸で米を掬う。

和実(なごみ)。美麓。聞いてよ」雨で滑りやすい廊下をもろともせず走ってきたのか、少し息を切らした角元響(つのもとひびき)が、わたしの前の席に座った。お昼休みが始まってまだ十分。なかなか早いご帰還だ。それとも、噂をすればなんとやら。それを体言する為に急いで戻ってきたのか。しかしわたしはその言葉が似合うヤツを他に知っている。

(わたくし)、一目惚れしました」わたしたちの顔を見る響ちゃんは、半開半閉する鼻から息をもらしながら、宣言した。

「えー本当。すごいすごい」リアクションのとり遅れたわたしの横で美麓ちゃんは、音楽には存在しないであろう間で拍手をしていた。

「えへへ、ありがとう。城崎太陽(しらさきたいよう)って先輩。購買部で思わず声掛けちゃった」

「ワトソン!」美麓ちゃんの「なんて声掛けたの?」の質問は、教室の入り口から聞こえた大きな男子生徒の声で掻き消された。美麓ちゃんだけではなく、この空間の声は掻き消されてしまった。手の届きそうな場所にある濃雲から放たれた雨が校舎を打つ音だけが残る。

一瞬の間を置いてわたしはその声の発信源に駆け寄り、その有機性発声装置を入り口から廊下の反対の窓際へ追いやった。打ち付ける雨が彼に当たればいいのに、と思う。

「ワトソン、なんだよ。怖い顔すんなって」

「ワトソンって呼ぶな。てか何しに来たのよ?」わたしは声を出来るだけ小さく、でも確実に届く低い声を出した。あの人誰、かっこいい、背が高い、とかピカピカの一年生の好奇心を背中で受ける。

「いいだろよー。戸村和実(とむらなごみ)和戸村(ワトソン)じゃん」百八十センチくらいあるコイツは、ヘラヘラしながらわたしを見下ろしてくる。腹が立つ。

「実はどこにいったのよ」

「細かいねぇ」

「てか何しに来たのか聞いてるの」噂をされたから来たのだろうか。噂をすればば影が差す、この言葉はコイツを表すために現代まで残ってる。そう思ってしまうほど、コイツはどこにでも出没する。それとも人知を越えた地獄耳なのだろうか。

「怖い顔するなよって。可愛い顔が台無しだぜ」思ってないくせに。「用ね。ついさっき面白い話聞いてさ。放課後、家庭科準備室に来いよ」

ヤツは、その言葉とわたしの肩に手形の感触を残して、雨の匂いのする廊下を奥へ歩いていった。次の噂でもされたのだろうか。その背中に罵詈雑言を浴びせてやりたい気持ちがあったが、これから共にする麗しき仲間の前では、笑顔を作り手を扇形に振るのが最善の選択だった。


教室に戻ると「誰」「彼氏か」「ワトソン」等と視認出来そうな疑問符が教室の宙を浮いている。

こういう目立ち方はしたくなかったのになぁ。本当にヤツに関わるとろくな事がない。

「さっきの方は誰ですか?」湿気が多くて滑りの悪い椅子を引き座るわたしに美麓ちゃんは聞く。

「白崎太陽先輩」響ちゃんは無表情ですぐに答えた。口を開いたわたしは言葉を出せず、まぬけな顔をしていることだろう。

「確かに格好のいい方でしたね」独自の時針を持つ美麓ちゃんがフォローする立場を選ぶなんて。と、驚いている場合でもない。間が悪すぎた。いや、間が悪いヤツめ。

「響ちゃん。幼馴染と言うか腐れ縁なんだよね。切ったつもりだったのに、なかなか切れないもんだね」これは苦しいか。

「そうなんだ。じゃあ紹介してよ。紹介」

意外にも明るい口調で。いや、なんと前向きで逞しい子なんだろう。この曇天からの最初の晴れ間は、響ちゃんに降り注いで欲しいものだ。

「うん。言っておくね」でもやめといた方がいいよ。とはさすがに言えなかった。実際、人望も厚く、ルックスもよく、スポーツ万能、成績上位、何をとっても完璧な人間ではあった。しかしわたしはそりが合わないのか、昔からからかわれている思い出しかない、何がワトソンだ。

思い出は感情と手を繋いでいるらしく、膨れ上がった癇癪玉はわたしの皮膚の内側をごろごろ転げ周り、集中力を根こそぎ持っていってしまった。お陰で気が付けば放課後になっていた。

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