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9. 常夜の山

 その日、いつものように僕が午後のローザさんの授業を終え家に送ってもらうと、なんだか機嫌が良さそうなリタさんが出迎えてくれた。

「おかえり、ヨミ。帰ってきて早速なんだけど、これからメアリーのお店に行かない?」

 何でも先日助けたアベルとロニーが僕に会いたがっているらしく、リタさんは今朝僕が出かけてからメアリーさんの店へ雑談目的で行った所、丁度ロニーと会って僕に会わせてくれないかと頼まれたらしい。


「何でリタがそんなに嬉しそうなんですか?」

 リタさんが妙に楽しそうだったので尋ねれば、リタさんは調子を崩さず、

「ふふっ、なんでもないよ」

と、笑っていた。




 早速リタさんとメアリーさんの店へ向かえば、人もまばらな店内の隅の席にアベルとロニーがいた。

 アベルは僕達が店内に入ると、すぐに気付いて手を振りながら僕を席まで呼び寄せた。

 リタさんは、じゃあ私はこっちでメアリーと話してるからと言ってカウンター席へと座った。


 僕が席に着けば、三日ぶりだなとアベルが上機嫌に話してきた。

 アベルは挨拶もそこそこにテーブルの上に地図を広げる。

 ユダル地方一帯の地図らしい。


「この地図のプーリャって所のノフツィって町が俺達の住んでる町だ。この辺は温泉地で観光業で結構栄えてるんだけど、ユダル地方にはもう一つ観光業が盛んな町がある。町って言うかもう都市なんだけど」

 アベルはノフツィの南西あるビウラという町を指差す。

 宝石採掘と観光業でノフツィ以上に栄えている一大都市らしい。

 ここは辺りに宝石を体から生やす魔物や岩、植物が大量に生息しており、僕達が住んでいる『糧無(かてなし)山』と同じ様な位置づけの『常夜とこよるの山』では魔法石も取れるらしい。


「明日、そのビウラに宝石を採りに行こうと思うんだけど、ヨミも一緒に行かないか?ビウラだったらドラゴンの定期便が出てるし日帰りで行けるしさ。都合が悪いなら他の日に変更してもいい」

 じゃんじゃん宝石採って儲けようぜ!とアベルが目を輝かせながら言う。

「でも僕お金持って無いし」

 リタさんに言ったら出してもらえるだろうか。


「じゃあ交通費は俺が貸してやるから行こうぜ。それで宝石採ってその金で返してくれよ」

 アベルはそう言うが、宝石集めとはそんなに儲かる物なのだろうか。というか、そもそもドラゴンの定期便とやらの一人当たりの片道の運賃はいくらなのかもわからない。

 そんなことを考えていると大丈夫だって、何とかなるって。と、しきりにアベルが言ってくる。

 まあそこまで言うのなら言葉に甘えてみても良いのかもしれないが、どうしてそんなに僕を誘いたがるのだろう?


「魔法石じゃなくて普通の宝石なら結構簡単に手に入るみたいだし、リタさんは原石からでも魔法で磨き上げてブローチとかペンダントとか作れるし、プレゼントしたら喜ぶんじゃないかなぁ」

 僕の心がビウラに行く方へ傾きかけていた時、隣でロニーがダメ押しのように僕に囁いた。

 今僕の首から下がっている魔物避けのお守りを見る。

 確かにこの青い石だってビクトリカさんが持ってきたときはまだただの青い石だった。

 それが今ではすっかり磨き上げられ、丁寧な装飾が施されて実に見事な物に仕上がっている。


 ……僕が原石をプレゼントしたら、リタさんは喜んでくれるだろうか。




 結局僕は翌日、リックさんとローザさんの授業を休んでアベルとロニーと一緒にビウラに行くことにした。

 リタさんにその事を話すとなぜか嬉しそうだった。

 朝、リタさんは僕を町まで送ってくれると、僕に小さな布袋を渡してきた。

 布袋は大きさの割りにはずっしりと重かった。


「あげる。いざという時使ってね。夕方になったらメアリーのお店まで迎えに来るから、暗くなる前には町まで帰ってきてね。あと危ない目に遭ったらすぐ球を砕いて私を呼んでね」

 そこまで言うとリタさんはそれじゃあ楽しんできてね、とニッコリ笑って僕を送り出してくれた。

 今僕の首からはいざという時にリタさんに助けを求めるための球しか下がっていない。

 今回は魔物を追いかけたりもするので魔物避けのお守りは置いてきたのだ。


 布袋を鞄にしまいながら宝石を体から生やす魔物やそこらに宝石が生えている洞窟というのはどんな物なのか思いをはせた。

 なんだかんだで僕も日帰りとはいえ知らない場所へ冒険に行くというのは結構楽しみだったようだ。


 メアリーさんの店に着けば、アベルとロニーが既に店の前で待っていた。

 どうやら二人も楽しみにしすぎて、大人しく店の中で待っていられなかったらしい。

「よし、全員揃った事だし、行くか」

と、アベルが言って僕達はドラゴンの定期便が出ているという停留所まで向かった。


 停留所は今まで僕が行った事がない区域にあり、町には何度も来ているはずなのにまるで知らない町のようだった。

 ドラゴンの定期便というのでてっきり乗る時は直接乗る物かと思っていたそれは実際にはドラゴンの体に括りつけられた籠に乗車するタイプの物だった。

 今回僕達が乗るドラゴンは決まった区間だけを複数の人を乗せて移動する比較的格安な物らしいが、停留所の近所には指定した場所まで直接飛んでくれるが乗れる人数は少なく割高な物もあり、そちらの方はドラゴンではなく羽の生えた様々な魔物達がいた。


 時間になり、ドラゴンが翼を広げて飛び立てば、町並みや人がどんどん小さくなりながら遠ざかっていった。

 前方から吹いてくる風が気持ちよかった。


 ビウラに着いて最初に驚いたのは、人の多さだった。

 ノフツィもそこそこ栄えている観光地なのでそこそこ人は多いが、ビウラはその比じゃない。

 どこを見渡しても人、人、人だ。

 ドラゴンで上空から見たときも町がノフツィと比べ物にならない位広く、大きな建物が多かった。


「ビウラの周辺には宝石を生やした魔物が生息していたり、近隣の山や洞窟に当たり前みたいに宝石が生えているらしい。そしてこの町には採集した宝石の原石を買い取ってくれる問屋があるから、そこで換金すれば良い」

 簡単だろう?とアベルが言うが、今言ったことは全て停留所にある看板の受け売りだ。


 試しに地図に『初心者向け』と記載されていた洞窟へ入場料を払って3人で行ってみる。

 採っていいのは、採掘用に渡されたノミよりも直径が大きい物だけだ。

 辺りはカップルや家族連れで賑わっていたが、それでも取りつくせない程洞窟の壁には宝石が鈴なりに成っている。

 宝石を傷つけないように赤い宝石の周りの岩を削り、宝石を採った。


「な、簡単だろ」

 アベルが得意そうに言う。

「こっちにもあるよ」

 ロニーが青い宝石を見つけてはしゃぐ。


 2時間ほどで3人がそれぞれ両手に持ちきれないほどの宝石を掘ることが出来た。

 その中でも各自一番気に入ったものを除いて買取屋に持っていくこととなった。

 

「ちょろかったな!」

  アベルが満足そうに言うと、ロニーも勢い込んで

「早速、買取屋に持っていこう」

 と返した。


 30分後、僕達は厳しい現実を知る。

 あんなにたくさん掘ったのに、宝石の買取価格は1人分のドラゴン利用料にも満たなかったのだ。

 というか、入場料の元さえ取れていない。


 困った。

「このままだと帰れなくなるんじゃ……」

 僕は二人に聞いてみる。

「仕方ない」

 アベルが意を決したようにつぶやく。

「こうなったら、安い宝石じゃなくて高い魔法石を採りに行こう」

「まあでも、確かに」

 アベルも同意して、僕のほうを振り向いた。

「ヨミさえいれば、なんとかなるかも」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 僕は、魔法はからきし使えないし、武術もまだ少し強いくらいでとても一人でモンスターを倒してどうこう出来るレベルじゃない。

 二人に思いとどまるように言ってみる。

 しかし、ロニーの次の言葉で僕の提案は取り下げることとなる。


「ヨミは、今日ノフツィに帰れなくなってもいいの?」


 最悪の場合、お金がなくてもノフツィへ帰れないことはない。

 今僕の首から下がっている石を砕いてリタさんを呼べば、きっと転移門を作ってすぐに駆けつけてくれる。

 事情を話せば呆れて怒られるだろうが、リタさんは僕達をノフツィまで連れ帰ってくれるはずだ。

 だけどそれはその分リタさんに要らない心配や手間をかけさせることになるし、新しく作ってしまった転移門の管理も最低でも一年はやって貰うことになる。

 そんな迷惑かけられないし、かけたくない。

 やっぱり僕達は自力で帰る以外ないのだ。


 アベルが、入り口近辺で狩をして危なくなったら街へ戻れるし、強いモンスターが街の近くに来ることは少ないはずだというので、10分後、『上級者向け』と表示されている結界が張られた常夜(とこよる)の山へ、なけなしのお金をはたいて入山料を払い、僕達は向かった。


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