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8. リタさんはずるい

 僕がリックさんの助言により、前以上に武術の修行に力を入れ始めてから一ヵ月が経ったある日、僕が山で薪を集めていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

 声のする方へと向かえば、僕より少し年上位に見える少年二人が食人植物に襲われていた。


 リタさんを呼ぶことも考えたが、最近はリックさんに連れられて魔物を狩りに行くようになっていたし、弱い魔物程度なら僕一人で倒せるようにもなっていたこともあり、僕はそのまま風下から回り込んでその食人植物に蹴りを入れた。

 その食人植物が少年達を離した後、急所である胴体を重点的に殴り続けたら、食人植物は逃げていった。

 完勝とまではいえないが、自分より一回り大きい魔物を一人で追い払えたという事実は僕に自信を持たせた。


「ありがとう、助かった」

「お前チビなのに強いなぁ!」

 先程まで食人植物に襲われていた少年達に感謝されるというのも悪い気分ではなかった。


 話を聞いてみると、背の高い方の赤毛の少年アベルは冒険家に憧れており、強い魔物がいるとされているこの山に友人のロニーを誘って腕試しがてら探検に来たらしい。

「で、早速襲われてたんだね」

「なんだよ、これでもその辺の魔物位なら簡単に倒せるんだぞ」


 アベルはバツが悪そうに主張したが、そりゃそうだろう。この山には危険な魔物が集まって生息しているが、それ以外の山や平原では子供でも倒せるような弱い魔物しか生息していない。

 この国には局地的に強い魔物が集まる場所がいくつかある。僕の住んでいた村の不帰山がそうだし、今僕とリタさんが住んでいるこの山もそうだ。

 しかしその代わりに周辺にはそれほど危険な魔物が現れないのだ。


 何でも昔は強い魔物があちこちに生息していてよく一般人が犠牲になっていたので、今から数千年以上前の魔王が強い魔物をおびき寄せ、その土地から離れられないようにする儀式魔法を国中のあちこちで施して一般人が住む安全な地域と、ある程度の戦闘力のある貴族の住む地域を分けたのが始まりらしい。

 僕も最近ローザさんに教えられて知ったのだけれど。


「とりあえず、怪我してるみたいだしウチに来なよ。怪我の手当てしなきゃ」

 大怪我、というほどでは無いが、アベルもロニーも体中切り傷や擦り傷だらけでボロボロだった。

 家に行けば、きっとリタさんがいつかの回復魔法ですぐに直してくれるだろう。

「おお、助かる」


 アベルと僕が話しながら歩いていると、突然一緒に付いてきていたロニーが後ろから僕の肩を叩いた。

 どうしたのだと振り返って尋ねれば、ロニーは後ろを指差しながら内緒話をするように僕に耳打ちした。

「ねえ、ヨミって結構強いみたいだけど、あいつらも何とかできる?」


 ロニーの指差す先を見れば、つい先程まで僕らがいた辺りにさっきの食人植物と同じような食人植物が四、五匹、そして僕の背丈の五、六倍はありそうな巨大な親と思われる食人植物がいた。

「流石に無理。気付かれないようにこっそり移動しよう」


 僕がそう話せば二人とも頷いてくれたが、その直後、ギャオギャオと鳴く骨と皮だけの以前リタさんがあんまり美味しくなかったと言っていた小さなドラゴンが僕らの頭上を飛びながら通り過ぎた。

 同時に食人植物達がこちらを向いた、ような気がする。


 まあ、全員でこちらに向かってきたので僕達のことを見つけたのだとは思う。

 小さなドラゴンは寄ってきたもう一匹の小さなドラゴンと一緒に仲良くどこかへと飛び去って行った。

 僕はすぐに首から下げていた緑の球を砕く。


 これでリタさんには僕達の場所は伝わったはずだ。とにかくリタさんが来るまでは逃げ切らなくては。


 アベルとロニーに声をかけて走り出そうとした瞬間、食人植物達は一瞬にして凍りついた。

「大丈夫!?ヨミ」

 声の方を振り向くと同時に抱きしめられて姿は見えなかったけれど、この声は間違いなくリタさんだ。


「あれ、アベルとロニー?何でこんな所にいるの?」

「えっ、ああえっとその、アレだよな、ロニー」

 後ろでアベルの焦ったような声が聞こえた。

「母さん達が前にヨミ君のこと話してたのに、全く会えないから会いに来ました」

 そんなアベルの声を受けて淡々と説明するロニーの声が聞こえたけれど、そんなの初めて聞いた。


 多分、今考えた言い訳なのだろう。


「そうだったの。でもこの辺はさっきみたいな魔物がうろついてるから子供だけできたら危ないよ?」

 リタさんは僕を離してアベルとロニーの怪我を魔法で治しながら注意する。

 二人は反省した様子で謝った。

「じゃあ二人とも家まで送るから付いてきてね」

 そう言うとリタさんは僕達の前に転移門を開く。通り抜ければ家の庭に出た。


「……もしかして、僕の所に来るためにわざわざ新しく転移門作ったんですか?」

「そうだよ?ヨミに何かあってからじゃ遅いもの」

 さもリタさんは当たり前のように答える。

 転移門は作るのは簡単でも、色々その後の扱いが面倒だと前に言っていたのに。

 きっと球が割れた気配を感じた後すぐに庭に飛び出して転移門を作ってくれたのだろう。


 その後リタさんは僕も連れてアベルとロニーと一緒に家の外の転移門から町に行き、アベルは実家の精肉店へ、ロニーはメアリーさんの店まで送り届けられた。

 リタさんが二人の親に事情を話すと、二人共こってりと叱られていたが、その様子からは子供のことを心配している様子が見て取れた。


 二人を家まで送った後は、せっかく久しぶりに二人で町に出てきたのだからと、リタさんは饅頭を買ってくれた。

 町の広場でリタさんと二人並んで食べる。

「リタさんは、僕のことは叱らないんですか?」

 それはポロリと勝手にこぼれ出た言葉だった。

 別に叱られるようなことはした憶えは無いのだが。


「うーん、ヨミがあの魔物達に襲われてるのに全く私を呼ぼうとしなかったら怒ってたかな。それでヨミが怪我したり、万が一にも命を落としてしまうようなことは、絶対に嫌だもの。だけど、今回はちゃんと私を呼んで頼ってくれたから、それでいいかな」

 リタさんがいつものように僕の頭を撫でる。


「ヨミが無事で、本当に良かった」

 そう言ってふわりと笑うとリタさんは僕を抱きしめてくれた。

 リタさんの温もりを感じながら、ああ、僕はこの言葉が聞きたかったんだなと納得した。

 リタさんを守りたいと思っているのに、結局僕はリタさんに守られて、甘えているのだ。


 僕はリタさんを守るなんて考えていても、結局リタさんに守られて、与えられてばっかりだ。




 リタさんがいつも僕にあれこれしてくれるように、僕もリタさんに何かしてあげたい。


 そうは思っても何をしたら良いのか解らないので、翌日僕はリタさんにして欲しいことはないか聞いてみた。

「じゃあ紅茶が飲みたいな」

 リタさんはニッコリと笑って言ったが、それは既にいつもしているし、何か僕の目指す物と何か違う気がした。


「……紅茶以外には?」

 なので、尚も食い下がってみる。

「それじゃあ今日は買出しに行こうと思ってたから、荷物持ちお願いできる?」

 荷物持ち、リタさんが一人じゃ持ちきれない荷物を代わりに持つというのはなんだか頼られてるような、役に立っているような気がする。

 僕は二つ返事で了承した。


 町に着き、いつものように目に付いた物を適当に買い食いした後、リタさんが今日は本に載っていた夕食を作ってみようと楽しそうに話すので、普段の買い物に加えて料理に必要な物を買い、荷物を二つに分けてそれぞれに持って帰る。

 現在、僕がパンの入った紙袋を持ち、リタさんがバスケットに油や野菜、果物等を入れて持っている。

 これではいつも通りじゃないか。


 今日は僕が全部荷物を持つとリタさんに言う。


「そう?じゃあお願いね」

 そうして渡されたバスケットは、異様な程軽かった。

 なんで油や野菜、果物が溢れんばかりに入れられたバスケットがパンを入れた紙袋よりも軽いのか。

 そこで僕はやっとリタさんが魔法を使って荷物の重さを変え、僕に配慮してくれているのだと気付いた。


 そういえば、そもそもこの人は自分の身の丈の何倍もあるドラゴンを一人で山から運べる人だった。

 さりげないリタさんの優しさに、僕は妙な敗北感を覚えた。



「女傑殿、やっと見つけました。是非私と決闘を!」

「いいですよ~、でもそろそろ夕食時なので、早めにけりを付けさせてもらいますね」

 本当に瞬殺だった。



「今日の夕食は図書館で借りてきた本のレシピ通りに作るものですし、僕が一人で作ります」

「でも下ごしらえをしたり、メインの料理を作ってる時に平行して付け合わせ作ったりするのは二人の方が早いんじゃないかな。私もうお腹空いちゃって……」

 結局、いつも通り二人で作った。



「今日の洗い物は僕が僕が一人で全部やります」

「え~、二人で話しながらやった方が楽しくない?それともヨミは私と一緒に洗い物するの嫌?」

 結局、いつも通り二人で一緒に洗った。




「リタはずるいです」


 寝る前の勉強の時間に呟けば、リタさんは何が?不思議そうに首を傾げた。

「リタがこうやって勉強教えてくれたり、前みたいに魔物から助けてくれたみたいに、僕もリタに何かしたいです」

 半ば愚痴のように言えば、頭を撫でられる。


 顔を上げれば、リタさんは間の抜けた笑顔を浮かべていた。

「えへへ、そんなことヨミが思ってくれてたなんて嬉しいな。でも、ヨミはいつも私に紅茶を入れてくれたり、買い物について来てくれて荷物持ってくれたり、一緒にご飯食べてくれたり、洗い物を手伝ってくれたり、十分私はヨミから色んな物をもらってると思うんだけどな」


 リタさんはそう言ってくれたけれど、僕はなんだか納得がいかなかった。

 だけどそれが嫌なわけではなくて、嬉しいのだけど上手く説明できないモヤモヤが残った。

「やっぱりリタはずるいです」


 説明できないモヤモヤを抱えたまま尚もぼそりと呟けば、

「ああもう、可愛いなぁ」

と、リタさんに抱きしめられた。


 僕は少しムッとしつつも、結局リタさんの匂いに顔をうずめて今日も夜は更けていった。

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