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29. そうじゃない

 魔王様主催のお茶会の場に僕とリタが案内された時、その場にはヴィクトリカさんも来ており、椅子も僕の分を含めた四つが用意されていた。

「本日は陛下主催のお茶会にお招き頂きありがとうございます」

 リタが礼儀作法に乗っ取って頭を下げるのに合わせて僕も頭を下げる。


 魔王様はにこやかに二人ともよく来てくれたと言うと、そのまま僕らに席に座るよう促した。

 僕らはそれに従い席に付き、魔王様が僕らのカップに紅茶を注ぐ。

「ふふふ、驚いた?実は私がよく仕事でお世話になってるって言ってたカミルさんって実はこの国を治める魔王陛下だったんだよ」

「わあ、びっくりです」

 僕が棒読みで答えると、リタはもしかして知ってたの?と、不満そうな顔をした。


「まあ、薄々は」

 適当に言葉を濁しながら魔王様の方を見れば、いつになくにこやかだった。

 僕の分の席も準備されていたということは当然僕が来る事を知っていたということだ。

 ちらりと魔王様の隣に座るヴィクトリカさんを見れば、なぜか笑顔で頷いてきた。


 これは以前ヴィクトリカさんが言っていたように、魔王様の前でリタといちゃついて魔王様の心をへし折れということなのだろうか。

 恐らく魔王様の大事な話とはリタへのプロポーズだろうし、その話をされる前に婚約の報告をしてしまえということなんだろう。

「所で早速本題なんだが、ヴィクトリカから最近二人が婚約したと言う話を聞いたのだ。それは本当か?」

 しかし魔王様には既に話が届いていたらしく、いきなり笑顔で尋ねて来た。


「ええ、実はそうなんです。今日ヨミを連れてきたのもそれを報告するつもりだったからなのですが、既にご存知だったのですね」

「ああ、私もはじめて聞いた時は驚いたよ。それにしても、めでたいな」

 魔王様は相変わらずにこやかだが、目が笑っていない。

 流石に自分がずっと思いを寄せていた相手がいきなり結婚すると言って婚約者を連れてきたら面白くないだろう。


「それにしてもエッタ、ヨミ君と婚約した途端、連日のろけをしたためた手紙を送ってくるのはやめて欲しいですわ」

「だって本当に毎日が幸せすぎて、誰かに話したかったんですもの」

「日記にでも書いておきなさいな」

 ヴィクトリカさんがため息をついて不満そうに漏らすが、それが魔王様に対するけん制であることはすぐに解った。

 しかしリタの反応からしてどうやら本当に手紙は書いているらしく、内容が気になる。


「そうか、随分とヨミ君のことが好きなんだな。一体彼のどんな所が好きなんだ?」

 あくまで表面上は穏やかに、雑談をするように魔王様がリタに尋ねる。


「そうですね、やっぱり一番は可愛い所でしょうか。ヨミが小さい時から知っているので、余計にそう感じるのかもしれません。それから、素直で優しくて、だけどとても努力家で、最近だと一緒に狩も行ってくれるようになったり、たまにグリフォンに乗って遠出しようと誘ってくれたり、美味しい紅茶を淹れてくれて、料理がとっても美味しくて、食事の趣味が合うのも良いです。あと……」

 ニコニコと頬を赤らめながら楽しそうにリタが話す。

 後半はほとんど食事の話題ばかりになってしまっているが、リタが僕を好いてくれいているのはわかる。


 魔王様の方を見れば、氷のような笑みを浮かべている。隣のヴィクトリカさんを見れば対照的にいいぞもっと言えと言わんばかりに嬉しそうな顔をしていた。

 同じ笑顔なのにこうも違う物なのだろうかと僕は少し驚いた。


「なる程、君がどれ程ヨミ君を好きなのかは解ったよ。ところでそのヨミ君はどうやって君の心を射止めたんだい? 決闘で勝ったという訳でもないんだろう?」

「いえ、ヨミは私を決闘で打ち負かしましたよ? 私も本気でぶつかったのにまさか完敗してしまうなんて思いませんでした」


 リタがそう答えた瞬間、部屋の空気が凍ったのがわかった。


 ヴィクトリカさんも信じられない物を見るような目でリタを見る。

 以前魔王様に圧勝しているリタが本気で戦って僕に完敗するということは、結果だけ見れば魔王様より僕の方が強いと言う事であり、それを身内だけならいざ知らず、魔王様本人の前で直接告げるということは、魔王様にお前はもうこの国で一番強い奴ではないのでこの国を支配するに値しないと言っているも同然だ。


「…………ああ、なる程そういうことか。ではもし、私が君達の結婚に異議を唱えてヨミ君に死闘を挑んで勝った場合、君は私の妻になってくれるのか?」

 しばらくの沈黙の後、魔王様が不敵な笑みを浮かべてリタに尋ねた。


 多分、僕の力にリタは惹かれて婚約をしたが、もし不満があるならそれを力で示してみろと受け取ったのだと思う。

 リタがそんなことを考えるなんて到底思えないし、今のは完全にリタの失言だったとは思うが、それ以上の意味があるとは思えない。


「いいえ、もしその死闘でヨミが命を落とすようなことがあれば、きっと私はあまりに悲しくてそれどころではなくなってしまうでしょう。もしかしたら精神に異常をきたして魔法が暴発してしまうかもしれません」

 リタは静かに首を横に振ると、急に悲しそうな顔をして言った。


「こんなにも胸がドキドキしたり、苦しくなったり、温かくなったり、心が動かされる事は初めてなのです。きっとこれが恋という物なのだということは解ります。だけど解っていても自分の心を上手く制御できないんです。おかげで攻撃魔法に思ったような威力が出なかったり、無意識にコップの中の水を沸騰させたり凍らせたりしてしまうんです。だからもしヨミが私のせいで死んでしまったり、大怪我をしてしまうことがあれば、どうなってしまうか……」


 リタは幼少の頃、既に無詠唱で岩山に巨大な大穴を空ける程の力を持っていた。

 そして魔法の発動を阻害する妨魔石はリタの魔力が強大過ぎて役に立たない。

 更にリタは自力で魔力を魔法石を使うことにより回復も増幅も自由自在だ。


 糧無山の僕達が住んでいる家にはリタだけが入ることの出来る結界が張られた貴重品を保管する部屋があり、その中には以前魔王様がリタに贈った鞄一杯の最高級の魔法石達が眠っている。


 リタが本気になれば一人で国を滅ぼす事だって出来るというリックさんの言葉が頭によぎった。


 まさかリタはこの国を人質にして魔王様が僕に死闘を挑む可能性を潰そうとしているのか。

 魔王様も事の重大さは理解しているようで、苦笑いを浮かべるその顔に汗が伝った。

 僕が恐る恐るリタの方を見れば、目が合って優しく微笑まれた。正に今、僕はこの人に守られているのだと知った。


「私は今まで通りヨミと静かに暮らしたいだけなのです。もちろんヨミを魔王に据えよう等とは微塵も思っておりませんし、有事の際にはヨミ共々駆けつける事をお約束します。ですから陛下、どうか私から可愛いヨミを取り上げないでください」

 リタはそこまで言って魔王様に頭を下げた。


 対してリタに頭を下げられた魔王様はと言えば先程までの笑顔が完全に消え、呆然としたようリタを見ていた。

 今にも泣きそうな目をしていた。

 それから少し間を置いていつもの何を考えているのかわからない笑みを浮かべると魔王様は解ったと頷いた。


 その後は表面的かもしれないが和やかなお茶会だった。




 家に帰った後、僕はリタにいつから魔王様の気持ちに気付いていたのかと聞けば、僕がリタを決闘で倒したときに予想は着いたとの返事が返ってきて、なんだか会話がかみ合っていない気がして、僕は更にリタを問いただしてみた。


 結果、判明した事は、やっぱりリタは魔王様がリタを好きだと言う事は理解していないらしいということだ。

 どうやら魔王様はリタと初めて会った当初、相当に好戦的な性格だったらしく、未だにリタの中では魔王様はその印象のようだ。

 つまり僕がリタを決闘で倒したと知れば、自分より強い奴が現れたと喜び勇んで魔王の座を賭けて死闘を申し込むのがリタの中の魔王様像らしい。


 最近は丸くなったものの、僕がリタを決闘で倒したと知った時に目の色が変わったのが未だに魔王様が非常に好戦的な性格であることの動かぬ証拠だとも言っていた。

 僕は半ば呆れつつもそれならなぜわざわざ魔王様の前で決闘の話を出したのかと聞けば、いずれは噂で魔王様の耳に入ることなのでその時になってごまかしたり、事態を揉み消そうとするよりは、先にちゃんと話をつけておいた方が良いのだという答えが返って来た。


「ヨミも陛下も肉弾戦が得意なタイプだし、やっぱり心配だもの。それに、ヨミのことを考えると魔法が上手く使えないっていうのも本当だし嘘は言ってないよ」

 リタは僕の頭を撫でながら言ったが、ただのはったりだと思っていたリタの言葉に耳を疑った。


「大丈夫なんですか? それ」

「大丈夫大丈夫、上手く集中できなくて全力の魔法を使おうとしても思ったような威力が出なかったりするけど、そのおかげで私は後悔しないで済んだし、日常生活にはそこまで問題は無いから大丈夫だよ」

 僕の頬を撫でながらリタは目を細める。


 魔法の発動には精神状態が強く影響するというし、リタが僕の事を考えて心を乱して上手く魔法が使えてないなんて、本当はもっと僕は罪悪感を感じるべきなのだと思う。

 それなのに、今の僕を支配しているのはどうしようもない幸福感と少しの優越感だった。


「リタ、大好きです」

 抱きしめてそう囁けば、くすぐったそうに身をよじって、僕の唇に触れるだけのキスをして恥ずかしそうに笑うリタにより一層愛おしさがこみ上げた。




 翌日、魔王様からは変わらず贈り物が届いた。リタが昨日のお茶会で美味しいと言っていたお菓子だった。

 

 その日の夕方、ググのブラッシングを終えてきゅう舎から出ると、視線を感じて僕は振り返った。

 視線を感じた先には見覚えのある真っ黒な梟が家の外の木に止まってこちらを見ていた。

 僕が家の門を出て梟のいる木下に行けば、例のごとく梟は僕の腕に止まってきた。

 きっとこれは素手で腕に止まらせる類の鳥では無いと梟の鋭い爪を見ながら思った。


 梟の足についていた僕の名前が書かれた筒から手紙を取り出して目を通す。

 手紙には明日、指定の時間、場所に一人で来るようにと書かれていた。

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