27. 絶対に渡さない
リタを抱きしめて、どれくらいの時間が経ったのだろう。
僕の腕の中にリタがいる。
……こんなに幸せでいいんだろうか。
まるで夢のようだ。
そんな僕の幸せな気分は山の麓の方から聞こえてきた
「頼もう」
という声に遮られた。
きっとまたリタへの求婚者だろう。
リタの家の結界すら破れない癖にリタに決闘を挑んでくる身の程知らずな人達は結構いる。
まして糧無山にすら入る度胸の無い人がどうしてリタに勝てるなんて思うのだろう。
そんなことするのは、大抵リタに会う度馴れ馴れしく口説いてきたりする連中だ。
たまに決闘を申し込んだりもするが、そのほとんどが冗談みたいに弱い。
あまつさえ自分のことが好きならわざと負けてくれなんて情けない事を言い出す人までいる。
当のリタは全く気にも留めていないようだったが。
まともに戦ってもリタには敵わないので、最初から本気でリタを倒そうとは思っておらず、それ以外のことでリタの気を引こうとしている人達だ。
僕も以前そうしようとしていたし、人のことは言えないのだが、僕はそんな彼らが気に入らなかった。
もともとリタに求婚しようと寄って来る男は、皆気に入らないのだが。
とにかく、僕が先程声を上げた彼の元へ向かおうとすると、リタにどこに行くのかと尋ねられた。
もう隠す必要も無いだろうと今までリタを訪ねようとしていた求婚者達をこっそり狩っていたことを白状すれば、急にリタの顔が真っ赤になった。
可愛い。なんて思いながらも麓の方へ向かおうと足を踏み出した瞬間、僕の目の前は真っ白になった。
頭がボーっとする中でリタの悲鳴が聞こえたような気はしたけれど、どんどん体中の感覚が消えていくような感じがしてだんだんそれもわからなくなっていった。
目が覚めると、僕はリタの部屋のベッドに寝ていた。
僕の部屋じゃないということは、多分さっきまでの事は夢では無いのだろう。
全く気付かなかったけれど、リタの言った通り僕の背中は本当に酷いことになっていて、僕が血を流しすぎて貧血を起こしたとか、そんな理由で倒れたのだろう。
体を起こしてぼんやりとそんなことを考えながらふと横を見れば、まだ明るいのにすやすやとリタが寝息を立てていた。
その時ふと僕の服が寝巻きになっている事に気付いた。
きっとリタが着替えさせてくれたのだろう。
急に、今リタは肩までかかっている布団の下に何を着ているのか気になった。
いつもの薄着か、それともこの前のあの扇情的な薄着か。
ドキドキしながらゆっくりと布団をめくれば、先程僕と決闘した時と同じ服を着ていた。
まあ日の高さを見ると決闘してからそんなに時間は経っていないようだし、僕の手当てをしてベッドに寝かせてついでに自分もちょっと横になっただけならそんなものだろうかなんて思いながら布団を掛けなおそうとすると、大きく目を見開いて僕の方を見ているリタと目が合った。
「お、おはようございます」
少し気まずく思いながらも、何とか平静を装ってあいさつをしてみる。
だけど次の瞬間、僕は勢い良く抱きついてきたリタに押し倒されてしまった。
「良かった。ヨミやっと起きてくれた。このままずっと寝たままだったらどうしようって私……」
涙ながらに僕を抱きしめて来るリタの様子に、どうやら僕は長いこと寝ていたらしいことを知った。
リタの背をさすってなだめながら、僕は何日寝ていたのかと聞くと、どうやらあの後、僕は三日間眠りっぱなしだったらしい。
「体の傷は全部治したはずなのに、全然ヨミが起きなくて、やっと両思いになれたのに、このままヨミが起きなかったらどうしようってずっと不安で……」
泣きじゃくりながら僕に抱きついてくるリタを見れば、随分やつれてしまっていることに気が付いた。
僕の怪我を治した後、ずっと僕のこと見てくれていたらしいリタに、申し訳ないやらありがたいやら様々な感情が溢れてくる。
「リタ」
ありがとう。と言いかけた僕の言葉は、リタのお腹の音によって遮られた。
そしてそれに続くように僕の腹の虫も鳴いた。
「……お腹すいた」
「何か、食べましょうか」
それから僕達は笑い合った。
なんでもいいから今すぐ食べたいというリタの言葉もあり、僕達はパンに適当にジャムやチーズ等を添えて食べることにした。
「リタ、ちょっと聞きたいんですけど、リタは僕の事、前から好きだったんですか?……その、異性として」
落ち着いてきた所で、さっきからずっと気になっていたことを聞いてみる。
僕が目を覚ましてリタが抱き着いてきた時、リタはやっと両思いに慣れたのに、と言っていた。
まるで今までリタが僕にずっと片思いしていたかのような言い方だ。
僕が尋ねたると、リタは顔を赤くして下を向いてしまった。
「…………私は、本当に好きな人相手にしか、あんな恥ずかしい格好してベッドに潜り込んだりなんてしないです」
食事の手を止めて、下を向いてもじもじしながら言うリタは耳まで真っ赤になっていた。
もしかして、リタが言っていた気になる人というのは僕の事だったのだろうか。
「ということは、もしかして前にリタが僕の部屋を訪ねてきたのって、その、本当に誘ってたんですか?」
「あんな格好でそれ以外に何があるって言うんですか。私がどんな思いであの色仕掛けをしたと思っているのですか!」
急に立ち上がったかと思うと、リタはそのまま一気に捲くし立てた。
「私は、ヨミに女の人として意識してもらいたくて、わざわざ絶対に知り合いがいないような遠い町にまで出向いて、恥を忍んで店員さんに相談して男の人がドキドキするような下着を一緒に選んでもらったんですよ!」
それなのにヨミは全く興味を示さないし挙句の果てには怒られますしね。と、堰を切ったように捲くし立てるリタに、僕は思わずこれはまた僕の都合のいい夢では無いのかとこっそり太ももの辺りをつねってみた。
痛かった。
一通り僕の反応への文句と自分がいかにそれで傷付いたのかを言い終わると、リタはやっと我に帰ったらしく、
「えっと、以上です」
と、消え入りそうな声で言ってまた席に座った。顔は相変わらず耳まで真っ赤だった。
考えてみれば、ちょっと露出の高い服を着るというだけであれだけ恥ずかしそうにしていたリタが、あんな薄着をわざわざ自分で買いに行って人前で着る、というのは相当に勇気のいる行為だったのかもしれない。
そしてリタは、そんな思いをしてまで僕の気を引こうとしていたらしい。
なんだかむずがゆいような僕の方まで恥ずかしくなってくるような気がした。
「……じゃあ、次は僕の言い分も聞いてくれますか?」
なんだか今のだけ聞くとまるで僕がリタの気も知らないで悪戯につれない態度を取ってきたみたいなので、今度は僕がリタが僕の部屋を尋ねてきた時の僕の気持ちも語らせてもらった。
「なんですか予行演習って! アレが本番ですよ!」
しかしリタの怒りは収まらないらしく、僕が言い終わった後もプリプリと怒っていた。
なんだか釈然としないものの、僕はすいませんと謝ると、リタはふふっ、と一瞬笑い声を漏らした物の、すぐに不機嫌そうな顔に戻った。
「いいえ許しません。罰としてやり直しを要求します」
リタの顔を見れば、怒っているというよりは、拗ねたような顔をしている。
「やり直しとは?」
「ふふふ、今夜また私があの薄物を着てヨミの部屋へ行くので、今度はちゃんと私の相手をしてくださいね」
僕が聞き返せば、今度こそリタはクスクスと楽しそうに笑い出した。
もちろん僕はその罰を喜んで受けることにした。
「とりあえず、私の実家とノフツィで仲良くさせてもらってる人達には結婚の報告は必須だよね」
「ヴィクトリカさんにも色々と良くしてもらってますし、ちゃんと報告はしたいです」
翌朝、僕とリタは結婚式を挙げるにしても貴族風に豪勢にやるのか庶民的に馴染みの店を貸しきって知り合いを呼ぶ形にするかだとか、事前に誰にあいさつに行くべきなのかを話し合った。
「そうだね、後は……カミルさんにも報告しておかないと。本当にお世話になってるから」
リタはなんでも無いように魔王様の名前を挙げるが、その人こそが最大の障害だ。
貴族の婚姻において、それを認めないと異議を申し立てられた場合、それは大体決闘によって解決される。
例えばある男が好きだった女が他の男と結婚した場合、新郎は新婦に思いを寄せている男と死闘で決着をつける必要がある。
ローザさんに聞いた話では、最近ではそんなことをする男の人なんて滅多にいないらしいが、多分魔王様は多分その滅多なことをする人のような気がする。
魔王様と死闘を繰り広げたとして、魔王様に勝てる気はしないが、だからといってリタを魔王様に渡すなんてもっての外だ。
僕は魔王様に勝たなくてはいけない。
屍族については以前から本等を読んで勉強はしていたが、万が一の時のために今日にでもまた図書館に行って調べてみよう。
いつものように美味しそうに僕の作った朝食を食べるリタを見て、絶対に渡してなるものかと強く思った。




