25. 決闘を教えて
「でしたら、その場の雰囲気に任せて襲ってしまえば良かったのではなくて?」
呆れたように深いため息を付きながらヴィクトリカさんが話す。
勢いで家を飛び出した僕は、結局他に行く当てもなく、早朝に失礼だとは承知しつつもヴィクトリカさんの家を訪ねた。
僕の顔を見たヴィクトリカさんは、なんだかんだ言いつつも僕を迎え入れてくれた。
ユダル地方と違って、王都の朝は酷く寒かった。
出されたホットミルクを飲みながら昨日の夜から今朝にかけて起こったことを話した直後の言葉ががさっきの一言だ。
「でもリタは多分、魔王様のことが好きで……」
「でもそれはエッタ本人が言った訳ではないのでしょう? 仮に例えそうでも、そのまま傷物にして責任を取るという事にすれば良いでしょうに」
ヴィクトリカさんはやれやれとでも言いたげな様子で淑女らしからぬ提案をしてくる。
「案外、エッタも本当にヨミ君を誘っていたのかも知れませんわよ?」
「そんなはずないです。だって、僕はリタにまったく男として見られて無いんですから……」
更にヴィクトリカさんは超希望的推測を述べるが、僕は首を横に振る。
本当にそうだったらどんなに良いか。でも僕はそれがありえないことだということをよく解っている。
きっと今朝のアレだって、リタからすればただじゃれているだけに過ぎないんだ。
「……まずヨミ君は、もう少し自分に自信を持った方が良いですわ」
しばらく話していると、ヴィクトリカさんは今日何度目かわからないため息を付いた。
「ヨミ君はもうそろそろエッタに決闘を申し込みなさいな。別に求婚の決闘は一度負けたとしてもその後何度でもまた申し込めるのですから」
それだけ言うと、ヴィクトリカさんは僕に少し待っているようにと言っていそいそと部屋を出てどこかへ行ってしまった。
それからしばらくして、ヴィクトリカさんは何冊かの分厚い本と数枚の羊皮紙をまとめたレポートらしき物を持って戻って来た。
「つい最近、またアイデアが浮かんでその裏づけをしてましたの」
その言葉にヴィクトリカさんが何を言おうとしているのかはすぐに解った。
僕達はこの数ヶ月、僕とリタの決闘を想定し、リタの魔法を封じるためには戦闘中に何としてもリタに触れる必要があるので、それを実行できるようになるための作戦を色々と考えては試してきた。
例えば妨魔石を身につけることによって僕の電撃を増幅できないかとか、武器を持ってみるとか、一時的な肉体強化の効果がある薬を試してみたりした。
結果、妨魔石を身につけたところで僕の電撃の強さは変わらず、リックさんに稽古を付けて貰っていた時から薄々気付いていたが僕に武器を扱う才能は乏しく、鬼族の体質のよるものなのか特に薬で僕の身体能力が飛躍的に上がることはないことが判明した。
魔法の発動妨害以外はあんまりにも失敗続きだったせいで僕はもう地道に体を鍛える以外に道は無いかと思っていたのだが、それでもヴィクトリカさんは何か良い方法はないかと考えてくれていたらしい。
今回のアイデアというのは、僕の電撃で肉体強化魔法を再現できないかという物だった。
そもそも肉体強化の魔法と言うのは実際には肉体そのものを強化するのではなく、脳の電気信号を魔術を使った微弱な電撃で意図的に操作することで身体のリミッターを解除して一時的に戦闘力を上げる物らしい。
説明を聞いてもいまいち内容が理解できなくて僕は首をかしげるとヴィクトリカさんは、つまり僕が電撃を上手い事操作出来れば強化魔法と同じ効果がそれで得られるかもしれないということだ。と噛み砕いて教えてくれた。
そんなことが出来るのだろうか。いや、それ以上に強力な電気が常に体内に流れる鬼族の血を引く僕に、それがどれ程の効果があるのだろうか。
僕がそんなことを考えているのを知ってか知らずか実際に試してみた方が早いと僕を寝巻きから着替えさせて屋敷の中庭に連れ出した。
中庭に着くとヴィクトリカさんは何やら呪文の詠唱を始め、僕達の目の前に僕と同じ位の高さで正立方体の黒い物体が現れた。
「防壁を作成する魔法を応用して作った、即席のとにかく硬い岩ですわ」
とヴィクトリカさんは説明すると、僕にまずこの岩を砕くつもりで思い切り殴ってみてくれと言われた。
言葉に従い僕は渾身の力を込めてその岩を殴ったが、表面が軽くへこんだだけだった。
「流石に硬いですね」
「ええ、まさかほんのわずかでも傷をつけられるとは思ってませんでしたが」
僕が拳の痛みをこらえながら言えば、ヴィクトリカさんは苦笑していた。
「では今からヨミ君に私が先程言った電気信号を操作するタイプの強化魔法をかけますわ。肉体強化系の魔法では一番効果がありますが、その使用中一切魔法が使えなくなります。まあ最初から使えない人には関係ないことですわね」
軽口を叩いた後、ヴィクトリカさんは呪文の詠唱にかかる。
強化魔法を施された直後、僕は目の前にあった岩をいとも容易く粉砕する事が出来た。
不思議と痛みは感じず、気分が高揚して体は軽かった。
しかしヴィクトリカさんにその強化魔法を停止された途端、急に体がだるくなり右手に酷い痛みを感じて見て見れば、拳の直接岩にあたった部分から骨らしき白い物が見えていた。
「ただしこの強化魔法は効果は絶大ですが、無理矢理肉体の限界の力を引き出すので、あまり長時間使用すると最悪死ぬこともあるので注意してください。あと今のように痛みにも鈍くなりますので、戦闘が終わったら致命傷をいくつも受けていたなんてことにならないように注意してください。……最悪即死するような物でなければエッタならすぐ治せるでしょうけれど、過信は禁物ですわ」
僕の右手の怪我を治しながらヴィクトリカさんが先程の魔法について説明する。
確かにリスクも高そうではあるが、その分戦果も十分に期待できそうでだ。
「少し休んだらまた同じ魔法をかけますので、今度はその感覚を憶えましょう。そしてゆくゆくは自分でその感覚を再現できるようになるのです」
それから僕はヴィクトリカさんに強化魔法の原理やその使い方に関してヴィクトリカさんが出勤する時間になるまでまで指導を受けた。
ヴィクトリカさんが仕事に出かけてからはお屋敷で強化魔法について復習したり実際に電撃を自分に流してヴィクトリカさんが庭にいくつか作ってくれた岩で試してみるなど練習させてもらった。
怪我の回復はヴィクトリカさんの計らいで回復魔法が使えるメイドさんが側で待機してくれていたので特に問題はなかった。
しかし、原理ややり方は解っても、中々自力でその強化魔法を再現することは難しく、結局その日は何も成果は得られなかったが、それでも何か目的に向かって打ち込んでいる時は、これからリタにどんな顔してあったら良いのだろうというすぐ目の前の心配はかき消された。
日が沈んでヴィクトリカさんが帰ってくると、今日の成果を聞かれた後、そろそろ帰ってリタと仲直りして来いと言われた。
ためらう僕にヴィクトリカさんは、
「今朝の話からすると今日はいつ帰るかも言わずに飛び出して来たのでしょう? きっとエッタはヨミ君が帰ってこなくて心配しているでしょうから、つけこむチャンスですわ」
とウインクしてきた。
最後の一言で台無しだが、確かにいつまでもヴィクトリカさんの所でお世話になる訳にもいかないので、僕は今日のお礼と強化魔法の再現は自分でももっと色々試してみるということを話して僕はググに跨った。
だけど結局家に帰ってからリタに何と言っていいのかわからず、結局僕が家に帰ったのはリタが完全に寝静まってからだった。
水を飲もうと足音を潜めてランプをもって台所に向かえば、途中通るリビングのテーブルの上に一人分の食事が用意されていた。
きっとスープは僕が帰ったらその場ですぐ温めてくれるつもりだったのだろう。
スープ以外にもパンやチーズ、ジャムや燻製肉等が並べられていた。
気付けば僕はランプをテーブルの上に置いてそのテーブルの食事を食べていた。
暗がりの中で一人食べる食事は、ここ十年近く忘れていたような味気無さだった。
僕はかなり遅い夕食を済ませた後、そのままベッドへともぐりこんだが結局目が冴えて眠れず、とうとう一睡も出来ないまま外がうっすら明るくなりだしてしまった。
そのままじっとしていても仕方がないので僕は昨日の食器を片付けや朝食の用意をしながらリタに何と言ったら良いのだろうと悩んだ。
謝るにしても、何に対して謝ればいいのか。
そんなことを考えながらテーブルに料理を並べていると、廊下の方から音がして、振り向くと目を丸くしたリタがいた。
咄嗟に何を言っていいのか解らず、おはようございます。とだけ言うと、
「うん、おはよう」
とリタは優しく笑った。
その後のリタはまるで昨日何も無かったかのようにいつも通りだった。
結局僕もそれに乗っかって、僕とリタは特に何か言い合うこともなく表面上は元通りだった。
それからリタが僕に何かしてくることは無くなったが、それでも僕はしばらくリタと目を合わせられなかった。
「私って、女の人として魅力無いのかなぁ」
リタがそんなことを言い出したのは僕がちょっとした家出から帰って三日目の夕食時だった。
どうしたのかと尋ねれば、僕の質問には答えず僕はどう思うかと更にリタは尋ねてきた。
そんな訳ないというか、むしろ魅力的過ぎて僕は色んな意味で困っている。
気になる相手でもいるのかと尋ねれば、リタはためらいがちにそれを肯定した。
やっぱりか。と僕は思う。
やはり相手は魔王様だろうか。もしかしたら他のリタに決闘を申し込みに来た人だろうか。最近はどんな相手でも予選で落とすことができるようになったが、以前僕が負けた事のある人は予選免除だ。
その後僕の目に触れないところでリタに何度も会っている可能性はある。
「そうですか。じゃあとりあえず今度その人紹介してください。その人が本当にリタにふさわしいかどうか見極めますから」
無理矢理にでも理由をこじつけて予選を設ける。
相手が魔王様以外だったら多分大体の人には勝てるので絶対に叩き潰す。魔王様だったとしても死闘以外なら実際に相手を殺してはいけないルールを最大限に活用して何としてでも叩き潰す。
まるで条件反射のようにすぐに浮かんできたその考えに、内心苦笑する。
きっと最初から僕はこうしたかったのだ。
リタの恋焦がれる相手が誰であれ、絶対に成就なんてさせてやるものか。
最近決闘を申し込みにくる求婚者がぱったり来なくなって寂しいというリタに、貴族式の求婚の仕方を教えて欲しいと頼めば、リタは目を丸くして随分と驚いていた。
「ど、どうしたのですか急に、まさか結婚を申し込みたい人でも出来たのですか」
リタは随分動揺しているらしく、話し方が素に戻ってしまっている
「はい。その人はとある名門貴族の方で、今まで何人もの人が結婚を申し込んでは蹴散らされています」
「まさか、ヨミの言う好きな人ってヴィッキーのこと……」
「違います。ついでに言うとローザさんでもないです」
あらぬ誤解をかけられる前に先に断っておく。
ちなみに、僕が知っている名門貴族の女性なんてこの二人を除けば後はリタとリタの母親であるクレアさんだけだ。
「もしかしてその人は、私の知っている人ではないのですか?」
「…………内緒です」
しかし、僕の遠まわしなヒントにもリタは全く気付く様子の無かったので、もうこうなったら最後の最後まで黙っていようと思う。
「わかりました。こういう物は実際に実践してみて体で覚えるのが一番の近道です。明日から私が稽古をつけてあげましょう」
「はい、お願いします」
そして驚いてはいるものの、快く僕の応援をしてくれるリタに、改めて僕がリタの中では僕はどうあっても子供以上の存在にはならないことを自覚させられた。
早速明日からリタが実践形式で稽古をつけてくれるそうなので、なんとしてでもリタに僕の事を認めさせてやると僕は密かに意気込んだ。




