12. あと一週間
「こんにちは」
ノフツィの街角で、不意に後ろから僕は呼び止められた。
振り向くと、小柄な女の子が顔を赤らめながら立っていた。
町で見かけたことはあるけれど、まだ話したことはない女の子だった。
「はじめまして?」
失礼にならないように、僕は女の子に挨拶をする。
「あのね、ヨミ君。収穫祭のことなんだけど……ちょっとこっちへきてくれる?」
そういうと、女の子は僕の服の袖を引っ張って路地裏へ連れて行こうとした。
視界の端に驚いた表情のアベルが映った。
この町で年に一回行われる収穫祭にはちょっとした言い伝えがある。
それは、祭りの最終日である三日目の夜、町の中心にある広場に灯された炎を囲んで一緒に踊った男女は深い縁で結ばれるという物だ。
転じて、今の時期は年頃の男女が収穫祭の最終日に一緒に踊る相手を探すためにあちこちで意中の相手にアプローチをする。
そのおかげで町全体がそわそわとした空気になるらしい。
別に祭りで一緒に踊る事が直接愛の告白に繋がる訳では無いが、それは意中の相手に親しくなりたいとアピールするにはもってこいの機会なのだそうだ。
ロニー曰く、毎年祭りの後はカップルがあちこちで出来上がるらしい。
ちなみにリタはこちらに越してきてから一度もダンスに誘われたことは無いそうで、祭りの最後のダンスが始まる頃には、それに合わせて帰っていた。
一応本人は隠してはいるが、明らかに庶民の出ではなく、しかも事あるごとに地位も名誉もありそうな男達からの求婚を蹴散らしているリタさんにそんなことをする勇気のある男はいないのだろう。
しかし、毎年ダンスが始まる前に帰っていたこともあり、いつもリタと一緒に祭りに来ていた僕が収穫祭のダンスの話を知ったのはつい最近だった。
「……そう、ありがとう」
「うん、がんばって」
路地裏で女の子との話が終わり、女の子と別れて当初の目的通り、借りていた本を返しに図書館に向かう。
最近、僕は魔物避けのお守りをつけなくても普通に襲ってくる魔物は撃退できるようになったし、山道も慣れればどうということはなかったので、リタさんにわざわざ転移門を開けてもらわなくても、自分で麓の町位までなら移動できるようになっていた。
歩けば確かに結構な時間はかかってしまうが、走ればそれなりに時間も短縮できるし、足腰も鍛えられる。
リタさんはそれでも当初とても心配していたが、山に生息していた巨大な木に顔が付いた魔物を僕が倒して持ち帰り、リタさんに魔法でこいつを切り刻んで薪に出来ないだろうかと相談した辺りから何も言われなくなった。
「おいヨミ、今の子と何話してたんだ!?」
路地裏から出ると、待ち構えていたらしいアベルに声をかけられた。
「ロニーにはもう彼女いるのかとか、収穫祭で踊る相手はもう決まってるのかとか聞かれただけだけど?」
「うおぉぉ、そっちか~」
僕が素直に答えれば、アベルが唸るように座り込んだ。
「なに、アベルはあの子好きだったの?」
僕が尋ねれば、アベルはふるふると首を横に振った。
「いや、可愛いな~とは思ってたけど」
立ち上がりながら、別に強がった様子も無くいつもの調子でアベルが答える。
「なら、いいんじゃない?」
「良くない! 俺も昨日違う女の子に同じ様なこと聞かれた! 何で俺は全然声かからないのにお前等ばっかもてるんだよ~」
どうやらアベルがさっきショックを受けていたのは自分は全く女の子から誘いがかからないのに友人ばかり誘われているのが気に食わないらしかった。
しかし、それよりも僕はアベルの言い方が少し引っかかった。
「お前、等?」
「ああ、昨日花屋の娘のマリーって子、ほら、茶色い髪でまとめ髪のチャキチャキした感じの子だよ。その子から同じ様にヨミの事聞かれた」
気になって尋ねてみれば、どうやら僕も別の女の子に気にかけられていたらしかった。
そのマリーという子には全く心当たりがないが。
「それでなんて答えたの?」
「ヨミはああ見えてもリタさんにべったりのお子様だから、まだリタさん以外の女には興味無いと思うって言ったら、なんか納得してた」
「え」
アベルが僕の事をどう答えたのか聞いてみると、あんまりな答えが返ってきた。
しかもその声をかけてきたマリーという子もアベルのその回答に納得してしまったらしい。
「悪い、あの時は直前にロニーの事を別の子に聞かれてむしゃくしゃしてたんだ。ヨミが興味あるならこれから一緒にその子の所行ってみるか?今ならまだ他の相手決まってないかも」
「いや、いい」
アベルがすまなそうに言ってきたが、実際アベルのマリーに返した返事もあながち間違っていないので僕は申し出を断った。
それにしても、ロニーはすごい人気だ。
去年までは全くそんな話題を聞かなかったのに。
やはり去年の終りから急に身長が伸びて大人っぽくなったからだろうか。
「くそぅ、それにしてもなんでお前等ばっかり……」
「多分、あと頭二つ分位身長が伸びたら、アベルにも一杯誘いが来るんじゃないかな」
悔しそうにぼやくアベルの頭をポンポンと軽く叩きながら言えば、アベルは今にお前等の身長なんか抜かしてやるんだからな!と息巻いて走り去っていった。
まあアベルはかなり悔しそうではあったが、アベルの父親も結構背が高いので、成長が遅くても、もう何年かすれば結構アベルもそれなりに身長は高くなるのではないかと思う。
しかし、どうやら僕は端から見てもリタにべったりに見えるらしい。
……それならいっそ、リタさんをダンスに誘ってみるのも良いかもしれない。
「姉上は基本的に寂しがりなんだ。いつ孤独に耐えかねて男の趣味が変わるかわからない」
以前リックさんが言っていた言葉を思い出す。
僕は、リタが他の男と結婚するなんて我慢ならない。
できることなら、リタの夫というその立場にも僕がなりたい。
だから、これから少しずつリタに僕がリタの事を異性として好きなのだと伝えていこう。
いきなり、我が子同然に育ててきた僕が自分のことを男としてみてくれなんて言っても、きっとリタは困惑するだけだろう。
だけど、今回みたいに収穫祭のダンスにリタを誘ったり、これからどんどんリタにも僕の気持ちが伝わるようにアプローチしていけばいい。
リタは基本的に僕に甘い。これは自惚れでもなんでもなく客観的な事実だ。
リタは、完全なる親馬鹿だ。
僕が何かする度、それがいかに平凡なことであってもまるで物凄い事のように喜んで褒めてくれる。
僕が今まで欲しいと口にした物で、リタが僕に与えてくれなかった物は魔法の才能以外には無い。
だから、きっと大抵のお願いは聞いてくれる。
家に帰ってから僕は早速リタさんに収穫祭の話題を振ってみた。
「リタ、収穫祭もうすぐですね!」
「うん、ヨミも知っての通り私はこっちに住むようになってからは毎年収穫祭にはドラゴンの肉を丸ごと差し入れしているのだけれど、ヨミも最近は随分強くなったし、今年はヨミがそのドラゴン狩ってみる?」
収穫祭から最終日のダンスの話題に持って行って、そのまま流れでリタを誘おうと思っていたのに話はドラゴンの方へと向かってしまった。
しかもそのままリタは楽しそうにドラゴンの美味しい食べ方についての持論を展開し始めたので、その日はとうとうリタに収穫祭のダンスの話をリタにすることは出来なかった。
大丈夫、まだ収穫祭には一週間ある。
僕は心の中で自分に言い聞かせた。