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1. その人は花のような香りがした ※

「もういい加減あきらめなよ~」

 ボロボロになった僕の傷を回復魔法で癒しながら、リタが呆れ気味に諭す。

「いいえ、絶対に諦めません」

 僕は、当然のようにそれを跳ね除ける。


「しょうがないなぁ、それじゃ汗もかいたことだしお風呂入ろっか」

「じゃあ、リタお先にどうぞ」

「えー、一緒に入ろうよ」

 そしてこの人は当たり前のように一緒に風呂に入ろうとしてくる。


 きっと未だに僕のことを子供として見ているのだろう。


「僕は、今年で十六歳になるんですけど」

 そう、十六歳だ。人間だったら既に成人している年だ。

 結婚だってできる。


 魔族の中には成人の姿になるまでに五十年程かかる種族もいるそうだが、僕は人間と魔族の中でも成長の早い鬼族のハーフということもあり、見た目的にも十六歳位の人間と同じ位だし、リタの身長だってとっくに追いこしている。


 第一、僕の住んでいた鬼族の村でも人間と同じ十五歳で成人だったはずだ。

 魔族全体では一番成長が遅い種族に合わせて五十歳で成人らしいが。

 そのため、魔族にとって十六歳というのはまだまだ幼子の年齢らしく、未だにリタは僕のことを子ども扱いしてくる。


「それなら、ヨミが先に入りなよ」

「僕が先に入ったらリタが途中で入ってくるじゃないですか」

「……ダメ?」

 上目遣いで縋るような顔をしてリタが言う。同時に心臓が跳ね上がり、脳内を良からぬ妄想がよぎるが僕は必死でそれを追いやる。

 もしその誘惑に負けてそんなことを実行しようとすれば、僕はきっとこの人に嫌われてしまう。


「ダメです」

「ええ~それじゃあ先に私は入るけど、いつでも入ってきて良いからね」

「絶対行かないので大丈夫です」

 そう言いながら、僕はリタに早く風呂に入るように促す。


 人の気も知らないで酷い話だ。

 僕がリタに対してどんな感情を抱いているのかも知らずにリタは無自覚に煽ってくる。

 別に僕が本気でリタを押し倒そうとした所で、あっさり返り討ちにされるのは目に見えている。

 それ位リタは強いし、実際今日もリタにコテンパンにのされたのだ。だからどうあがいても間違いは起こらない。


 だけど、そんな形で僕のリタに対する思いが露呈してしまえば、きっとリタは僕のことを気持ち悪く思うだろう。

 今まで我が子同然に愛情を注いできた僕がリタを押し倒したりしたら、リタはどう思うだろうか。

 もしかしたらリタなら未熟な子供のすることと何事も無かったかのように水に流してくれるかもしれない。

 でも、そんなことされたらリタから嫌われるよりも辛いかもしれない。


 つまり何があってもリタは僕のことを男として見てくれないということなのだから。


 だからこそそうならないために、少しでもリタに男として意識してもらいたくて、貴族式の求婚方法に習って今日も僕はリタに決闘を挑んだ。

 どうやらリタは自分よりも強い男が好きらしいから。


 だけど結果は今日も惨敗で、やっぱりリタは僕を十年近く経った今でも変わらず子ども扱いしてくる。





 僕の父親は人間らしい。

 鬼族の母さんは村長の娘として大切に育てられ、同じ鬼族の許婚がいたにも関わらず、僕の父親と恋に落ち、駆け落ちしようとしたらしい。

 結局、それは失敗に終わり、母さんだけ村に連れ戻された。

 だけど、母さんは既に僕を身ごもっていた。


 婚約は破談になり、母さんの父親、つまり僕にとっての祖父は僕を何とかして流産させようとしたみたいだけど母さんは何とか僕を守りきり、産んでくれた。

 母さんの家族は僕をそのまま捨てさせようともしたらしいけど、母さんは頑として譲らず、村の外れに僕と二人だけで住むことになった。


 僕の容姿は父親に似てしまったらしく、母さんは僕のことをとても可愛がってくれたけど、村に下りれば子供からは石を投げられ、大人達からはいつも忌々しそうな様子で罵られる。

 正直、一つひとつの言葉の意味はよくわからなかったが、態度や様子から悪く言われているのだろうということは解った。

 父のことを母さんに聞いても、人間だったとか素敵な人だとかの断片的な話しかしてもらえなかった。

 村には僕の居場所なんて無く、母さんだけが僕の世界の全てだった。


 その母さんが死んだ。


 一緒に山へ山菜を取りに行っていた時、突然、後ろで鈍い音がした気がして振り向いたらさっきまでそこにいたはずの母の姿が無く、変わりに崖の下に赤い花を咲かせている母さんの姿が小さく見えた。

 どうも崖から足を滑らせたらしい。どこか他人事のようにそう思いながらしばらくその場で放心していた。

 しばらくして我に帰り、慌てて安全そうな道を選びながら崖の下に降りて母さんのもとへと駆け寄った。

 頭から潰れたその姿に、子供の僕にも母さんは即死だった事は解った。


 でも、そんなこと認めたくなかった。


 母さんは酷い怪我をしているけれど、きっと気を失っているだけでちゃんと手当てをすれば、またいつものように僕に笑いかけてくれるのだと思いたかった。


 その後は、村の母さんの実家だと聞いていた村の中でも一際立派な家に向かった。

 すぐに追い返されそうになったけど、母さんが崖から足を滑らせて大怪我をしたので助けて欲しいと大声で何度も話せば、家の奥から女の人が出て来て早くそこに案内するようにと僕に駆け寄ってきた。

 その人は家に戻ったらすぐに手当てできる様に家に医者を呼んでおくようにと最初僕を追い返そうとしていた人に指示を出した後、何人かの男の人を呼びつけた。


「早くその場所に連れてって頂戴」

 女の人の鬼気迫る様子に僕は気圧されつつも母が倒れていた場所へと僕は走った。

 遠目にも倒れた母の姿が見えてくると、女の人は僕を追い越して母さんの下へと走って行った。

 そして、しばらくその場に立ち尽くし、僕が追いつくと同時に女の人は振り向きざまに僕の腹を殴った。

 その衝撃の強さにそのまま僕の体は後ろに立っていた木に叩きつけられ、木も大きくたわんで葉を揺らした。


 腹の中身が逆流して僕はその場で嘔吐してしまったが、女の人はズンズンとこちらまで来たかと思うと、僕の吐しゃ物が付いてしまうのを気にも留めず、僕を引き倒して馬乗りになり、引き続き僕を殴った。 


「この状態を!どうやって!助ければ良いのよ!私にもう手の施しようの無い娘の死体を見せてどうさせたかったのよ!!」

 そんなことを言っていたような気がする。


 そこで一旦僕の意識は途切れた。



 次に目を覚ました時には、夜が明けて日が昇り始めた頃だった。

 地面には赤い染みがあるだけで母の遺体は見つからない。

 起きあがろうとして激痛が走り、体を起こすこともままならず、それから更に一昼夜僕はそこから動けなかったが、二回目の夜明けを見る頃には何とか体が動かせるようになったので体を引きずるようにして家に戻った。


 何とか家に辿りつくと土間に足を踏み入れた辺りで気力が尽きて再び僕は倒れ込んだ。

 体がまるで岩にでもなったかのように重く、全く動く気がしなかった。

 その場には沈黙だけがあり、唯一僕を可愛がってくれた母さんがもういないことを物語っていた。


 本当は、そのままずっと眠って、もう二度と目を覚めなければいいのにと思った。

 だけど気が付けば僕の体の怪我はすっかり回復していて、喉は渇くし酷く空腹だった。

 それから裏の川の水をすすり、家の畑で作っている芋を掘り起こして生のままかじった。

 母さんがいなくなって悲しいのに、もうこの村に僕の居場所なんて無いのに、僕の体はそれでも生きたがっているようで、余計に涙が出た。


 体が大分回復した後、僕はもう一度母さんの実家に行った。

 母さんがあの後どうなったのか聞きたかった。せめて墓の場所だけでも聞きたい。

 というのは建前で、本当は今度こそ、あの女の人でも誰でもいいから僕を殴り殺してくれないかと期待してのことだった。


 しかし結局、墓の場所は教えない、母さんは僕のせいで不幸になり、僕のせいで死んだ。というようなことを言われ、追い返される程度で終わってしまった。

 僕はそのまま母さんが死んだ山の、母さんが死んだ崖の上に向かった。

 ここから飛び降りれば母さんに会えるだろうか、そんなことを考えていると、そこで何をしているという男の人の声が聞こえた。


 振り向けば、母さんと顔立ちの似た男の人が立っていた。

 目が合うとほぼ同時に殴られ、同じ場所、同じ死に方でわざと死のうとするなんてお前はどれだけ自分の母親を辱めれば気が済むんだと罵られ、その時に今後お前には北の不帰山かえらずのやま以外は使わせないと言われた。


 不帰山はドラゴン等の危険な魔物が生息する山なので絶対に入ってはいけないと、昔、母さんにきつく言われた場所だった。

 多分僕がそのまま生きていくのも許せないけど、直接身内の子供に手を出すのは憚られたのだと思う。

 それ以降、僕はしばらく山には入らず家の畑を耕して生活した。芋といくらかの野菜、それに裏の川で取れる魚だけでも一人で生きていくだけなら何とかなった。


 しかしその年の冬、僕はどうしても山に入らなければならなくなった。

 薪が必要になったのだ。それまではその辺の雑草を乾燥させた干草を燃やしたり薪の代用にしていたけれど、冬になる頃には辺りの草もあまり伸びなくなり、干草の蓄えも尽きてしまった。

 僕の生まれ育った村は冬は雪に覆われるので、本格的に寒さが来る前に一年を通して冬篭りの用意をするのが普通だった。

 雪がひどい日に外に出たきり雪が溶ける春になるまで死体が見つからないなんてこともよくあるため、村では毎年春先に誰かの葬儀が行われていた。


 このまま薪が手に入らなければ、冬の間に凍え死んでしまうのは明らかで、かといって不帰山以外は使わせてもらえない。

 前にこっそり安全な山に薪を拾いに行った時には村の大人に見つかり酷い目に合わされた。

 今までは母の言いつけを守って不帰山には入らなかったが、山で魔物に見つからないように行動するのも村の連中に見つからないよう行動するのも、さして変わらないのでは無いかとその頃には思うようになった。


 何より、それまで生きてきた中でその危険な魔物と呼ばれるものは一度として見た事が無かったので、それがどんな物なのか想像が付かなかったというのも大きい。


 だから、僕が母さんからどんなにきつく止められていても、きっと遅かれ早かれいつかは不帰山に入っていたのだと思う。

 山の中は異様に静かで昼なのに背の随分高い木が生い茂りうす暗かったが、しばらくは僕はどんな魔物にも遭遇することがなかった。


 僕がアイツの気配に気付いたのは、既に山の奥まで入り込んでしまってからだった。


 見られている。何か得体の知れない何かがこちらの様子を窺っている。

 直感的にそう思った。気のせいかもしれないと思ったけど、危険な魔物がいると言われた不帰山で、僕を家に引き返させるのには十分な理由だった。


 僕は目標の半分程度しか集まっていない薪を抱え、来た道を戻った。

 ふと何かが迫ってくるような気がして振り向けば、僕の体の何倍もある巨大なドラゴンの顔が僕の体を掠めた。


 それからはせっかく集めた薪も投げ出し、ドラゴンが簡単に入ってこられないような大きな木が密集して生えている所を縫うように走った。

 途中、僕よりも目線が高い狼や鋭い爪とくちばしを持った鳥に襲われながら、僕は道を踏み外して急な斜面を転がり落ちた。





 目が覚めると僕は知らない部屋のベッドにいた。


 体を起こすと、酷い怪我をしていたはずなのに体は全く痛まず、見れば体中の痣や傷が全てきれいになくなっていた。

 部屋の中の調度品を見ても、どれも僕には縁の無さそうな上等そうな物ばかりでますます僕は何が起こったのか解らなかった。


 しばらくベッドから動けず辺りを見回していると、不意にガチャリとドアの開く音がして、振り向けばそこには身なりの良いきれいな女の人がいた。

「気が付いたのですね、良かった」

 そう言って僕の様子を見るなり駆け寄ってきて優しく微笑むその人からは花のような良い香りがした。


「そう、それは大変でしたね…………じゃあ、私の所に住む?」

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