最終デート
二年の交際を三ヶ月前に終えたヒロに、トモから連絡が入ったのは彼が研究室を出たところだった。LINEのメッセージ通知が見えたとき、きっとローソンかすき家の広告だろうと踏んでいたヒロはかなり狼狽えた。
『久しぶりー!今度いつ地元かえってくるん??』
文面を見る限り、ヒロに会うことを望んでいるのはすぐわかった。今更何の要だろうという疑念と、破局から拭うことができていないもやもやした期待が同時に湧き上がった。スマホで時間を確認すると、既に二三時を過ぎていた。同じ階の端にあるエレベーターに乗り、一階のボタンを押す。
『今週末から五日ほど帰るよー。えらい久しぶりやな!元気にしてた?』
三ヶ月ぶりのトモとのLINE。少し緊張したが、打つべき文章はほぼテンプレだったので、淡々と指が動いた。
『割りと元気やでー(*^^*)よかった!夏に帰ってくるんやったら、一緒にどっか行きたいなって思ってたからさ♪どう?』
三ヶ月前に、まるで万引きをするときのスリルと罪悪感を味わうように浮気相手と一夜を共にした彼女から発せられる言葉にしては、当然というべきか、薄っぺらく感じた。(もはや諦め、呆れ尽くしていたし)
『ん、そっちがよければ別にええよ(^o^)』
『おっけー!また近付いたら日時の連絡いれるね(*^^*)』
彼女からの返信を確認したときにはもう自宅に着いていた。こういう、人からのお願いは断れず、二つ返事で承認してしまうのがヒロの癖でもあった。それが元カノからで、傷つくのが分かっていてもだ。ただ、トモと会えるという、心のどこかにある矛先の分からない期待に沿うような成り行きを、少し嬉しがっている自分がとても嫌に思えた。
八月に入り、夏はより勢いを増していて、日中は干からびそうな暑さになるが、夜になってぬるま湯に浸かるぐらいには落ち着いていた。部屋の中は昨日降った雨のせいで、蒸し暑くジメジメしていた。無印良品で買った、人をダメにしそうなクッションに体を投げ出して、ヒロは内心の疑問と期待に面接をけしかけた。なんで向こうは声を掛けてきたのか、なんで自分は乗り換えた人に会いたがっているのか、再縁は無いって結果は自分で決めたはずなのに―――。それらしい答弁をしても、どれも不採用で、全くしっくりこなかった。
一日の疲れを剥ぎたくて、横になりながら大きく背伸びをした。クッションの上で寝返りをうったとき、溢れかえった本棚に、スローグッドバイ、という題が入った背表紙が見えた。いつ読んだのか、どういった内容だったか、誰の作品か、を思い出したときには、クッションから目一杯、腕を伸ばし、手に取ると、その本を捲っていた。「スローグッドバイ」。石田衣良の短編集で、ありそうでなさそうな出逢いと別れを甘酸っぱく、またアダルティに描かれている。それで、タイトルでもある、最後の短編が「スローグッドバイ」。同棲を解消した男女(これまた女性が男性を乗り換えた)が、別れを綺麗でセンチメンタルなものにするために二人の思い出の地を巡るデートをする物語。作中で、それは「さよならデート」と名付けられていた。
去年の春、友人に石田衣良の小説をオススメされ、いつもは人に勧められたものは逆に興味を無くしてしまうヒロだが、たまたま読みたい小説が無かったため、店頭で見かけたこの本を読んでいた。その頃は交際中だったので、物語の展開にいまいちピンとこなかった印象があったが、読み返していると今になって共感を得ることが多く、感情移入することができた。
物事に流されやすいヒロにとって、次のデートはさよならデートにしようと決意するのにそう時間はかからなかった。ただ何が得られるのか、何が目的なのかは、物語を読んでも、ヒロ自身に問いただしても、分からなかった。
テレビから流れるニュースは今年の酷暑について伝えていたが、冷蔵庫のように冷えた研究室にほぼ毎日缶詰めのヒロには無関係だと思った。その日は後ろに控えたスポーツニュースを見て、いつもより早く寝ることにした。
目が覚めたのは朝の八時で、こんな時間に普段起きないヒロには少し体が重たく感じた。数時間後には、トモと会っているのかと思うと今からドキドキした。待ち合わせは三ノ宮駅の改札口。おしゃれな港町という雰囲気が好きなのと買い物がしやすいという理由で、よく二人で出掛けた場所だった。優しさや情熱に包まれた思い出達が、今も錆びることなく街を色付かせているが、ヒロはそんな街全体がこの上なく嫌いだった。
ボヤけた目で時計を確認し、実家の布団から出て、洗面所で顔を洗った。そのあと、姿見みたいなテレビを点けて、スマホを片手に、リビングのソファに横になった。休日なので、家族はまだ起きてこず、家の中は静かだったが、外で鳴いているセミの声がうるさかった。眠気に負けそうになりながらも、ヒロはさよならデートについて考えることにした。
乗り換えられた女と会うことで自分に何が芽生えるのか、泣いて出来た傷痕を更にえぐることになりかねないのか、未だに自分で何がしたいのかヒロにもよく分からなかった。それに、乗り換える前の男を遊びに誘う女の心情もよく分からなかった。人はよくわからないことをしたがる。恋愛に至っては特にだ。未練だの復讐だの、普段はやらないことを考えたり行動をおこしたりする(どの口がいうか)。恋愛のお別れなんて、売れない漫才コンビが知らぬまに解散するぐらいのしおらしさで丁度いいではないか。ただそれは別れがさっぱり綺麗なときだけで、一悶着あったときには、人気アイドルの卒業みたいに、裏切られたファンが後々引き摺ったりするようで、実に見苦しい。恋愛にもそれぞれ色々な事情はあるが、少なくとも自分はアイドルの卒業を泣く泣く見守るファンと同じ面持ちなのかもしれないとヒロは自虐していた。
朝の情報番組では、大島優子の卒業が伝えられ、最近よく見かける芸人がオーバーなリアクションをとっていた。サイダーの泡みたいに次々と浮き上がってくる芸能ニュースにヒロは一喜一憂していて、そのころにはもうすっかり目が覚めていた。
体を起こし、ソファから立つと、一階の自分の部屋に向かい服を着替えた。普段どおり、身だしなみを整えはしたものの、どうして彼女ではない人のためにこうもおめかししているのか、とやや不満を覚えはしたが、気が付けば洗面所の鏡越しにワックスと香水をたっぷり使っている自分がいた。
身仕度を終えた頃には、リビングからトーストの焼けた匂いがしていた。眠たい目を擦りながら家族四人分の朝食を簡単に作っていた母親に今日の出先を聞かれたが、友達とカラオケ、と下手な嘘を付いた。万が一、誤って、さよならデートと答えようものなら、失恋の事情を知っている母親からの尋問と説教は避けられないと思ったからだ。でも、そんな母親(だけでなく、ヒロが恋愛相談した人全員も同じく)の怒りたい気持ちも割りと妥当と思え、これから自分の行うワガママに後ろめたさを感じた。ヒロは嘘を付いた動揺に気付かれないよう、用意された入れたてのコーヒーを飲んで顔を隠した。
朝食を食べ終え、家を出たのは待ち合わせの一時間前。待ち合わせ場所の三ノ宮まで電車で十分着ける時間だ。ここまでは普段のデートとほぼ同じ――。
最寄りの駅までの道のりで既に汗だくになり、気が滅入ったが、タイミングよく電車に乗ることができた。汗をハンドタオルで拭き取りながら、久しぶりの地元の景色を窓越しに眺めていると、電車に追い抜かれていく、小学生の集団が見えた。これからプールか、それとも友達の家でゲームか、とヒロ少年に置き換えて妄想し、少しノスタルジックな気分になった。
ただ、電車が三ノ宮に近付けば近付くほど、ヒロの心の後ろめたさは、乗車してくる客同様増えていった。
待ち合わせの二十分遅れで、トモは現れた。駅から溢れ出る人々の中から、小動物みたいな小柄な体格のトモを見つけたとき、今まで霧散しそうだったトモの面影が一気に凝縮された気がして、ドキリと大きく脈を打った。
白を基調としたストライプ柄のワンピースに薄手でベージュ色のカーディガンを羽織り、夏らしい白のサンダルを履いていた。彼女は恥ずかしさからヒロにあまり目を会わせず、ニコニコしながら近寄ってきた。
「結構待ったんやけど?」
「ごめーん!間に合うと思ったんやけどな…」
一度好きになってしまった女性の姿はどうして、こういつまでも魅了されてしまうのか。そう感じてしまう悔しさを抱きつつも、ヒロは浮き足立っているのを悟られぬよう、風邪もひいてないのに、鼻をすするそぶりを見せた。
「別れたらこの扱いかー。」
「そんなことなーい!」
「まあ、ええわ。久しぶりやな。」
「3ヶ月やね、久しぶり!」
「とりあえず昼飯いこか。」
「どこいく?」
昼食の場所は二人が初めて対面した、駅前のマクドと決めていた。店頭でそれぞれハンバーガーのセットを購入し、取っておいた二階の席についた。
正直、聞きたいことは山ほどあったが、今回は普通のデートではなく、あくまでも、さよならデートだ。いかに、湿っぽく、感傷的にさよならできるかが重要であるため、事情聴取や(トモの)現状報告よりかは、思い出話や世間話、誰かの愚痴などをしていくのが無難だとヒロはコーラを飲みながら考えていた。
研究の話、今朝のニュースの話など、適当に話題を選んで、提供する。トモはまだ恥ずかしがっていて、ヒロの話の切れ端を摘まんでは控え目に且つ丁寧に言葉を返していた。それは付き合っていたときの、猫を被ったトモではなく、あまり見ることがなかった、素の彼女の振舞いだった。
周りの客は休日とあって、家族連れやカップル、学生などで、沢山の人の賑やかな声が店を満たしていた。そんな中ヒロは、リア充カップル達に爆発を念じずにはいられなかった。
一時間程で店を後にして、次はセンター街のショップを回ることにした。商店街を縦にも横にも奥にも大きく伸ばした大通りで、両脇には靴屋、洋服屋、雑貨屋など、多くの店が並んでいる。三ノ宮のシンボル的な存在で、多くの人がここのゲートをくぐる。
二人は並んで歩いてはいるが、もちろん手を繋ぐことはない。ヒロとトモの間の微妙な距離感が、二人の関係をまさに示していた。手を繋ぎたいとは思わなかったが、トモと並んで歩いているのに、手を繋がないという妙な感覚が気持ち悪く感じた。
気軽に入ったセレクトショップで、洋服を吟味している彼女の、花の茎のような細い手を見たとき、ヒロは握った手の感触をにわかに思い出したりしたが、握っても握り返されなかった過去の経験がヒロをすぐに幻滅させた。
お互いが見たい店を数ヶ所回ったところで、センター街の丁度真ん中にある喫茶店に行くことにした。関西では有名な洋菓子屋で、そこで作られている洋菓子やケーキなどを一階で購入し、二階と三階で食べられるようになっている。三ノ宮に来たときは必ずと言っていいほど、ここでケーキセットを食べていた。
ヒロとトモはお互い違う種類のケーキセットを購入し、三階のガラス張りの壁に沿った席に座った。木目調のシンプルな椅子と机、模様が綺麗な絨毯、華やかな絵画やシャンデリア、クラシックジャズのBGMが店内の高級感を醸し出している。周りにヒロ位の学生客はおらず、神戸らしいおしゃれなマダム達がコーヒーを燃料に喋り散らしているのがフロアの所々で見られる。
ショコラケーキを食べながら、ヒロはようやく今回のデートの主旨を話すことにした。
「あのな、今回のデートはさよならデートにしようと思うんや。」
「ほうほう、さよならデートってなんなん?また何かに影響されたとか?」
見た目の幼さによらず、中々痛いところを突いてくる。ヒロは恥ずかしさを隠しながら、さよならデートについて説明した。
「…それで、今回のデートは思い出の地巡りっていうのは決めてて、こう…、言葉で表すと変なんやけど、2年も交際期間があったから、トモに時間をかけてゆっくりさよならしたい、というのは考えてんねん…」
「ふーん。たしかに、急に別れちゃった感じやったもんね。それでヒロくんが踏ん切り付けられるっていうんなら、いいんじゃない?」
投げ遣りな返答に少し呆れたヒロだったが、二年間付き合って彼女の性格はほぼ認知していたし、今更驚くことはなかった。ヒロは、別れてからというものの彼女に反省の色を見出だせたことはなかった。ヒロの心のバケツが涙でひたひたになっていても、平気で(トモ本人はあまり意識していないと思うが)、余計な水を加えて溢れさせるような言動は何回もあったからだ。きっとこの先も、男遊びしたことに対する反省や後悔が彼女の内面から生じることはないだろう。
ヒロとしては、反省と後悔をしてくれることが彼自身の唯一の救いであると思っていたが、大きな口を開けてパクリとケーキを食べる愛くるしい姿を見るたびに、ヒロの心は陽炎のように揺らめいた。
お互いケーキを食べ終え、控え目で、下投げの、言葉のキャッチボールを一時間楽しんでから店を出た。外に出てから、夏のど真ん中にいることを思い出し、すぐに汗が滲んだ。太陽は絶賛稼働中で、日光を浴びたオフィスビルは今にもチョコレートのように溶け出しそうだった。
「次はどこにいくの?」
「内緒!ってか分かるやろ?」
ヒロは無意味な意地悪をしたが、彼の言葉通り、トモも少しは察しがついたようだ。二人はセンター街と中華街を通り抜け、海際のハーバーランドに向かうことにした。
十五分ほど歩くと建物の間からポートタワーを見ることができた。赤く、湾曲したトーチのような構造が印象的で、神戸を象徴する建物だ。海際の味気ない景色に、新鮮さを加えてくれる存在であり、ヒロはポートタワーと共に描かれる神戸の景色が一番好きだった。
ホテルとホテルの間を抜けて、ポートタワーの真下に来たとき、太陽を手で遮りながら塔を見上げた。いつもなら、思い出の一部を切り取るために、風景やトモの写真を適当に撮るのだが、今となっては写真に残す意味も価値もなくなってしまっていて、トモと、景色や思い出を共有することは今後無いと思うと、もの寂しく感じられた。
二人は微妙な距離を保ちながら、ポートタワーを通り越し、メリケンパークオリエンタルホテルに向かった。
海に浮かんでいるように見え、横から見ると三角型をした変わった形の高級ホテルである。泊まったことも、食事をしたこともなかったが、二人にとってお気に入りのスポット(ここをデートコースに加えるカップルはまずいないだろう)であった。
入り口の回転ドアをくぐると、広々としたエントランスホール、高く開けた吹き抜けがあり、フロアの真ん中には大きな噴水が空気を落ち着かせてくれる。カラフルな電飾が幻想的なムードにしてくれていて、それらを肌で感じながら、噴水の回りのふかふかしたソファに二人で座って談笑するのが三ノ宮デートの恒例だった。ヒロにとってもここは特別な場所で、いつか二人で宿泊したいと思索していたが、それは次の相手に持ち越しとなってしまった。
ホテルの入り口でポーターとドアマンに一礼され、恥ずかしさを感じながらホテルに入ると、心地よい風と水の音が二人を包み、再び夏を忘れさせた。噴水のすぐ横にある二人掛けのソファに座って、ヒロとトモは一息ついた。
結婚式が終わったところなのか、派手な髪飾りを付けた女性やスーツ姿の男性が多く見られた。二人の正面のソファには、参加者の子どもだろうか、正装をした小さな男の子と、可愛らしいドレスを着た女の子が大声で笑いながら騒いでいた。
子どもが好きなトモは子ども達を見て、微笑んでいる。釣られて、ヒロもつい笑ってしまう。子どもたちからすれば、僕らは若い夫婦に見えるのかな、とヒロは妄想を巡らした。でも、隣にいるトモの横顔はもうヒロのものではなく、ヒロより優しくて素敵な人のものとなってしまった。認めなくてはいけない現実が目の前にあるのだが、こうトモを横にすると否定したくなってしまう。が、心の中で首を横に振りまくった。
「やっぱここは来ると思ったんよねー!お気に入りの場所やったし、相変わらず居心地めっちゃいいしね!」
「バレてた?ここは外せないよなー。」
正面の子どもたちは、ソファで跳ねて遊んでいる。少し間があってから、トモが話始めた。
「…私、今回でヒロくんと会うのを最後にしようと思っててん。」
「うん…。」
この空間の雰囲気が、トモとヒロをより素直にさせた。予想していたがそれでも、トモの言葉一つ一つに、ヒロの鼓動が反応した。
「じゃないと、ヒロくんまた電話してくるやろ?」
「…たぶん。」
「それじゃあ、ヒロくんはずっと、前を向けれへんやん。振っといてこんなん言うのもアレやけど、ヒロくんはずっと、大切な人やし、忘れられない人やねん。幸せになってほしいんよね。だから、お互いの為にも関係を断ち切るのが一番いいんじゃないかと思うねん…。」
振られた相手に説得されて、惨めに感じたが言っていることはあながち間違いではなかった
「せやな。それがいいよな…。俺な、別れてすぐのとき、週末になるとさ、裏切られて沢山傷付いたはずやのにさ、あー今頃イチャこらしてんのかなとか考えてしまって、よく電信柱蹴ってたんよなー。そういうのがあって、結構辛かったんやけど、最近、よくよく考えてみたら、俺はトモのことを外見でしか見てないんやないかって。あくまで好きなのは、俺のことを好きなトモなわけで、思い出の中のトモに勝手に好意を抱いてたのかもしれへん。てかそうやろな。ずっと、トモの愛情で自分の価値を測ってて、もう少し報いを求めてもいいんじゃないかって考えるようになったんよ。」
ソファで遊んでいた子どもたちは、やって来た両親と手を繋いで楽しそうに去っていった。レストランの大きな窓からは琥珀のようにオレンジ色に輝いた海が遠目に見えていた。
「いまいちわからんけど、ヒロくんの中で腑に落ちたのなら、よかったよ。お互い幸せになろうね。」
「がんばるわ。俺は、めっちゃ稼いで、いいお嫁さん貰って、いつかきっとトモを後悔させたいしな。あの時振らへんかったらよかった、って。」
ハナミズキとかいう歌のように、相手の幸せを願えるなんてどんだけお人好しなんだ、とヒロは以前から痛感していて、少なくともそれが出来る余裕はヒロには無かった。
「そかそか、うん…。期待してるよ、そろそろいこか。」
トモがソファから立ってから遅れて、脱け殻をその場に遺すようにヒロはゆっくりと立ち上がった。この空間がそれを浄化してくれることを願って――。
オアシスだったホテルを出て、砂漠のような夜の神戸を二人は歩き始めた。体力は回復していたが、熱帯夜に身を置くのは苦だった。
ライトアップされたポートタワーが蝋燭に灯された火のようで綺麗だった。それを見上げながら、ぬるいタイルの上を歩く。並んで歩くのもこれで最後かな、と二人の感情は一致していた。一歩一歩踏み出す度にトモとの分岐点は近付いて来ていて、ヒロはトモの姿を胸に焼き付けようと今更努力した。その視線に気付かれてトモに顔を覗かれたが、恥ずかしくてそっぽを向いた。
限られた時間の中でヒロは、トモとの思い出が自然と回想された。アルバムのページを捲りながら、何が悪かったのか間違い探しをしたが、映るのは美化された笑顔だけだった。
トモの顔を覗き返したとき、トモも物思いに更けているのが分かって少し嬉しかった。駅までの道のりはあっという間で、昼食を食べたマクド前で足を止めた。人の声や車のエンジン音などの混ざった音が何処かから耳に入ってくるが、回りに人はいなかった。
「見送りたいから先に電車乗ってくれへん?」
「分かった。じゃあ、改札までやね。」
お互い券売機で切符を買って、広い東改札口の前に来た。
「二年間、どうもお世話になりました。」
ヒロは深々とお辞儀をする。お世辞ではなく、感謝からでた生身の言葉だった。
「こちらこそ、二年間お世話になりました。」
トモが顔を上げたとき、目が光り、口がヘの字に曲がっていた。ヒロは鞄からハンカチを取って、トモに渡した。
「楽しかったよ。素敵な二年間をありがとう。」
「うん。ごめんね。ありがとう。」
「それじゃあ、さよなら。」
「うん、バイバイ。」
改札を通って階段を上がるまでにトモは数回振り返り、名残惜しそうにヒロを見回した。階段を登りトモの姿が見えなくなったとき、ヒロは自分の頬が濡れていることに気が付いた。それは、トモと縁を切った喪失感からではなく、二年の恋愛が完結した達成感からのものだと信じたかった。
初めての執筆でしたので、お見苦しい部分が沢山あると思いますが、優しく批評していただけると嬉しいです。