クリームシチュー
第一章 ~アクシデント~
僕は、柳原 和人神奈川の県立高校に通う高校2年生。
いつものように陸上部の練習が終わり自宅に帰る途中のある日、思いもよらない悲劇に遭遇してしまった。
家まであと500mのとこにある狭い交差点を渡っていると、右手側から猛スピードの軽トラックが僕目がけて斜めに突っ込んできた!!
「ドンッ! ドスッ!」
一瞬の出来事だった
僕はそのトラックを避けきれずにそのまま跳ね飛ばされてしまったのだ。
その後、どの位時間か経ったのか分からないが、意識が戻った時には病院の天井でそして、僕らしき人物が顔に白い布を掛けられ横たわっている光景を目にしていた。
一瞬、???
「どういうことだろ?
そしてなぜ、こんな高いところに浮いているんだろう?」
頭の中には幾つもの"?"が浮かんだが、整理もつかないまま真下の状況を眺めていた。
なぜ、"僕らしき"と思ったかと言うと、僕の母親や父親、更に一つ違いの兄が泣きながら僕の名前を叫んでいたからだ。 特に母親は、何度も大声で
「かずちゃん、起きてぇー目をさましてぇー」
と、僕の体を揺すりながら叫んでいた。
そこで、初めて自分が死んでしまったのだと気づかされたのだ。
でも、その事態にはびっくりはしたがなぜか悲しい気持ちはなかった。
体も痛くないし、そして何より今、自分は意識があり現実の世界を目にしている。
どちらかといえば、不思議な気持ちだった。
ただ、「僕はここにいるよ!」と声を張り上げても届かなく、姿も当然見えていないことが歯がゆがった。
これは、後で分かった事なのだが、何でもあの事故のあと乗っていた50代の男性運転手が救急車を呼んで、緊急手術をしたが頭を強く打った為に3日意識が戻らず、そのまま息を引き取ったらしい。
居眠り運転が原因だったらしい。
その後、また気を失ってしまった。 (死んでしまったのに気を失ったというのも変だが・・・)
次に、意識が戻った時はお葬式会場だった。
病院の時と同じように、会場の天井すれすれのところでそれ以上あがるでもなく、さがるでもないただただ宙に浮いた状態で会場の下を見ていた。 辺りには、むせ返るくらいお線香の匂いが充満していた。
多分、自分が入っているであろう棺の前に、両親に兄、親戚のおじちゃんやおばちゃん
更に、親友の星矢に、密かに憧れていた沙貴ちゃんの姿もあった。
みんな棺を囲むようにして立っていた。そして、すすり泣く声たけが微かに響いていた。
改めて自分が死んでしまったことを知らされた気がした。
星矢とは小中高一緒で、ケンカもしたが良く遊んでいた。 HなDVDも貸し借りしていた。 まぁ、親友というよりは悪友と言った方が正しいのかも知れない。
ふと、(この前借りた新作の"H"なDVD、まだ返してないなぁー)などと、この場にふさわしくないことを思い出してしまった。
また、沙貴ちゃんとは高校から同じクラスになり、最初から可愛いい人だなと思いなが、でも殆ど話しをしたことがなかった。
「こんなことになるなら、もっと話しをしておけばよかったなぁー」
そんな事を考えてる内にまた意識が遠くなる感覚がして、また気を失った。
再び意識が戻った時は、何かに抱えられていた。
それが、僕の母親だと直感的に分かった。
僕の母親は、僕が高校に入学前から近所のピザ屋でアルバイトを始めるようになり仕事から帰ると、ピザの匂いというか、焼けたチーズのいい匂いが母親から良くしたのだか、今も同じようないい匂いがしている。
恐る恐る顔をあげて見上げると、やっぱり思った通り僕の母親だった。
どうやら、仕事帰りのようだった。
何度も母に向かって、
「母さん、僕だよ!和人だよ!」と、話し掛けても母さんは、頭を撫でるだけだった。
その時ふと、ビルの入口の窓に映った姿にビックリ仰天した!!!
曇り空でそれ程明るい空模様ではなかったが、そのビルの窓にハッキリ映っていたのは母親とそして、なんと!
"猫"の姿になって抱えられている自分の姿であった。
瞬間、またまた"?"が幾つも出てきた。
(なんだ、なんだ?一体、どうなってんだぁー??)
頭の中が"?"の大渋滞の中、
その後も、何度か話し掛けたが当然、"猫"の姿の僕は
「ニァ~ ニァ~」
の音しか出ず、その度に母さんに頭を撫でられながら、そしてその足取りはちょっぴり懐かしい我が家へと進んでいた。
第弐章 ~クリームシチュー~
母親に抱えられて懐かしの我が家へと戻った"猫"になった僕は、どうして猫になってしまったのか?と考える間もなくまず埃まみれの体を母さんに丁寧に拭かれた。
自分の意思とは反対に、猫の僕は拒絶反応をし必死に拭かれまいとした。
実は以前、(勿論、亡くなる前だが)母親に猫を飼って欲しくてねだったことがあったのだが、父親が強く反対したので飼ってもらえずに、変わりに動物図鑑を母親が買ってくれて良く見ていたので、猫の習性も少しは分かっていた。
なので、猫は大の水嫌いで体を拭かれるのも嫌がることも知っていたので、心の中で、「拭いてくれるのは本当は嬉しいんだけど、猫である今は嫌なんだ」と心の中で呟いていた。
そして、多少の格闘の末、何とか全身を拭き終わった母親は、僕に向かって、
「奇麗になったね、かっくん。ちょっとの間お利口にしててね」と言うと、そのまま何処かへ出掛けてしまった。
その"かっくん"という呼び名はきっと僕の「和人」から来ているのだと思うと、恥ずかしいやら照れ臭いやで...
でも、ちょっと嬉しかったり...
複雑な気持ちだった。
どうして自分が猫に生まれ変わった?のかは、とりあえず後回しにして、母親が出掛けてる間、しばらく振りであろう我が家を探索してみることにした。
我が家は、父親が中学校の先生ということもあり、ずっと教員住宅住いである。
築30年は超えてるであろう平屋のこの家は、10畳程の居間と、6畳の洋室が2つに4畳半の和室が2つの造りである。
古く多少カビ臭いところもあるが、部屋数はまずまずで、洋室の部屋は自分と兄の良人別々に部屋を使っていた。
そして、和室の一つは両親の寝室になっていた。
まず、居間を出てすぐ横の自分が使っていた部屋に向かった。
”始めての猫歩きでだ。”
思ったよりスムーズに歩けた。
ただここで問題が生じた。
部屋はドアが閉まっていて、尚且つ昔ながらの丸いドアノブなので猫になった僕の手では、いくらジャンプしても開けることが出来ない。
何度か挑戦したが、結局ムリだった。
体は猫でも、頭の中は人としての思考があるのでドアすら開けられないことが非常にショックだった。
すぐ隣にある兄、良人の部屋も同様のドアノブなので諦めて居間に戻ることにした。
居間に戻ると、その居間と繋がっている両親の部屋の襖がほんのちょっと空いていた。
「これなら開けられそう」と思い再び挑戦してみることにした。
両親の部屋を見る事には何となく罪悪感みたいなものを感じたが、それよりもさっきのショックと、猫になった自分がどれだけ出来るのかを試したい気持ちの方が優先して開けてみることにした。
襖は大体2センチ程度空いていて、僕は前足で力いっぱい横に引っ張った。なかなか動かない
それでも諦めずに、引っ張っているとほんの少し襖が空いた。
今度は、顔をその隙間にネジ込み鼻を使って襖を更に開けた。
その少しの隙間を利用してちょっとづつ体を入れてみた。 この時初めて分かったのだか、猫は非常に体が柔らかいのだ。
スルスルっと、体をくねらせながら無事に部屋に入ることが出来た。
部屋の中は、至ってシンプルで押入れに洋服ダンス、そして母親が使っている小さな鏡台があった。
僕はとっさに鏡台のイスの所まで行き、スッと飛び乗った。 今の自分の"姿"を是非!見てみたかったのだ。
恐る恐る鏡を覗くと、
やっぱり猫だった。
尻尾を除いた体長は大体20~25センチ位で、毛の色はお腹と顔の中央は白で他は茶系の3色でマーブル柄だった。
所謂、何処にでもいる三毛猫の代表的な猫である。
多分、まだ子猫なのだろう
目はクリクリしていて、右目の上の所はミルクティ色、左はチョコレートのような毛色だ。
実は以前、髪を染めてみたいと思った事があったのだが、校則で茶髪は厳禁で更に、父親も教師だった事もあり出来なかった。
まさかこんな形で実現するとは.....
しかも、頼んでもいないのに3色でカッコよくないし...
どうせなら、アッシュ系のブラウンにして欲しかった...
でも、顔は自分でいうのも何だがなかなかイケメンだ!
などとあれこれ考えていると、鼻をつくいい匂いがしてきた。
(さすがに猫だ!鼻がきく!
多分、人間だった頃なら感じられなかったくらいの匂いだ)
そう思いながら、その匂いがする方に顔を向けると、そこには仏壇があった。
僕は鏡台のイスを飛び降りると、仏壇に向かって歩いた。
その仏壇には、自分の写真が置かれていた。 所謂、遺影である。 一瞬にして、変な言い方だが現実に引き戻された感じだった。
分かってはいたが、改めて自分は死んだのだと実感した。
(その遺影の写真は、僕が中学3年の時の県大会の100m走で2位に入賞いた時のものだった。一番自分が輝いていた頃だ)
ただ、そのことを悲しむ事よりさっきのいい匂いの元に興味をそそられていたので知らず知らずの内に、仏壇に供えてある物の匂い嗅いでいた。
仏壇の上には、ご飯に卵焼き、小さなハンバーグそして、何よりも大好きな"クリームシチュー"が置かれていた。
うちの母親は、僕が小さい頃から働いていたので、夕食は簡単に出来るものが良く出ていたがこのクリームシチューだけは僕の大好物という事もあり、時間をかけて作ってくれた。
そして、一番美味しかった!
久しぶりのクリームシチューを目の辺りにしたという事もあったが、なにせ腹ペコだった僕は、そのクリームシチュー目がけて前足を伸ばした。
「もう少しで届きそう」
というところで、
「キィー バタッ!」
と玄関のドアの開く音がした。 母親が帰って来たのだ。
僕は、とりあえずクリームシチューを諦めて大急ぎで居間に戻った。
今度は、初めての”猫走り”で
第三章 ~新しい生活~
急いで居間に戻った僕は、3人掛けの低いソファーに飛び乗りうつ伏せになった。
そこへ戻って来た母親は、
「あらぁ~、かっくん偉いわね。 お利口にしてくれてたのね」
そういうと両手一杯に持っていた紙袋を床に置いて、頭を撫でてくれた。
( 何度やられても、照れくさい)
よくその紙袋を見ると、近くのホームセンターの物だった。
頭を撫で終えると、母親はその紙袋から大きなブラスチックの箱のような物と、砂利っぽい物が入ったいる袋を持って洗面所の方に歩いて行った。
何をするのか興味があった僕はその後をついていった。 我が家の洗面所は、僕と兄の部屋の向かいにありお風呂場も兼ねていた。
洗面所に到着すると、母さんはさっきのブラスチックの箱を脱衣所の隅に置き、砂利の袋を開けてその箱に敷き詰め始めた。
よく見ると、砂利ではなく細かくした軽石みたいだった。
一通り敷き詰めると僕を抱えて、その中に座らせながら、
「かっくん、いい? 今日からここがあなたのおトイレよ。 ここで、オシッコとウンチをしてちょうだいね」とまるで赤ちゃんにでも言うみたいに僕に言った。
(まぁ、今は子猫のようだから仕方ないが...)
「なるほど! これが、猫のトイレか。 でも、丸見えでちょっと恥ずかしいなぁー」
などと考えていると、そのまままた母さんに抱えられて居間に戻った。
居間に戻ると今度は、別の紙袋を開いて、5缶一パックの缶詰と、豆菓子のような物そして、ブラスチックの小さな皿のような容器を取り出した。
母さんは缶詰を一つ取り出すと蓋を開け、一緒に取り出した皿の容器に移した。
豆菓子みたいのも同じように容器に移すと、
「かっくん、お腹空いたでしょう? 沢山食べてね」と言って、僕の前に差し出した。
何せ腹ペコだった僕はわき目も振らずにその缶詰の中身にかぶりついた!
"ガブッ"
"ムシャムシャ クチャクチャ"
もう無我夢中で食べた。
中身はシーチキンにささみを練り混んだような味がした。
少し生臭ったが、味はなかなか美味しかった。
(味覚もやっぱり猫なんだなぁーと改めて感じた)
母さんは、僕が食事が終わるとニコニコしながら、キッチンへと歩いて行った。
「ふぅー満足したぁー」
お腹一杯になった僕は、ひょいっとソファーに飛び移りまたうつ伏せになった。
何気にソファーの正面の壁に目を向けると、前と変わらずにデジタル時計が掛けてあり6時10分を指していた。
(どうりで、お腹が空いていたはずだ)
ふとその時計の右横に見ると、前には無かった日めくりのカレンダーが飾ってあった。
よく見てみると、2010年の4月25日になっていた。
僕があの事故にあったのが、2008年の6月16日だったのでもう2年近く経っている計算だ。
陸上の100mの県予選の2日前だったので、今でもはっきり覚えていた。
「あれから、もうそんなに経ったのかぁー。 その間、自分はどこにいたんだろう? そして、なぜまたここに来ることになったのだろうか?」
などと考えている内、激しい睡魔に襲われいつの間にかそのまま眠ってしまった。
「おい!どうしたんだ、この猫」
その声で"はっ"とし、目を覚ました。
そう、父親が仕事から帰って来たのだ。
僕はとっさにソファーの上で身構えた。
"きっとまたあの時と同じように、反対されて、猫である自分は追い出される"と思ったからだ。
すると、キッチンにいた母さんが父さんのそばに来て事情を説明し始めた。
「今日仕事から帰る途中に、ビルとビルの隙間でじっと私を方を見て寒そうにしてたから何だか可哀想になって、それで思わず抱っこして連れて来てしまったの。 和人も小さい頃、描を飼いたがっていたのもその時思い出してね」
すると父さんは、
「まだ、和人のことを引きずっているのか?」
と、ちょっと強い口調で母さんに聞いてきた。
母さんは、首を横に振りながら
「そうではないけど、良人も東京の大学で一人暮らしだし、私も正直一人の時は寂しくて...
世話は私が全部します。 お父さんには迷路はかけませんから、この子を家に置いて下さい。 お願いします」
と、父さんに向かって頭を下げた。
どんな時も、父さんには逆らった事などない母さんだったが、この時ばかりは自分の意志を押し通した。
迫力負けするかのように父さんは、
「まぁー、分かった。 お前の好きなようにしなさい」
と、僕を飼う事を認めてくれた。
僕は、"ホッ"としたのと、父さんも少しはまるくなったのかな? と思っていると
続けて父さんが、
「でも、俺は面倒は一切見ないからな」
と、一言付け足した。
僕は、
"あ~やっぱり変わってないなぁ~" とちょっとがっかりだった。
でも、母さんは笑顔で父さんに
「お父さん、ありがとうございます」
と、また頭を下げた。
一部始終を見て聞いていた僕はちょっと複雑な気持ちだったが、何とかまたこの家に住める事が素直に嬉しかった。
ただ、今度は"猫"としてだが.....
こうして、僕の新しい生活がスタートした。
第四章 ~習性~
猫としての新しい生活は、朝5時からの起床から始まる。
人間だった頃は、部活の朝練の為に渋々早く起きた事はあったが、猫になった今は、自ら起きるようになった。
まぁ、大体寝ている時間が猫になってから格段に増えたせいでもあるが、とにかくお腹が減っているのだ。
居間の出窓の棚に母さんが用意してくれた籠の中か、ソファーが今の僕の寝床なのだが、朝5時になると両親が寝ている部屋に行き、まず"ニァ~ ニァ~"と母さんを起こすのだ。
その鳴き声で母さんは目を覚まし、顔を洗って身支度を済ませると、まず僕の食事の用意をしてくれる。
(わかり易くいうと、猫の"エサ"なのだがその"エサ"とはどうしても言いたくない)
母さんはその後、自分達の朝ご飯を作り始める。
ご飯の炊ける匂いや、魚を焼く香ばしい香りが、効きが良くなった鼻に容赦なく迫ってくる!
食べたい気持ちはあるのだが、体が受け付けない。 そう、猫だから好きなものは決まって猫用のエサである。
後は、人が食べるものでは、たまに出るシャケかシーチキンがこの体は受け付けるようだ。
特にシーチキンには目がない!
そして、決まって母さんがいつも作る"クリームシチュー"は猫になった今でも大好きだ!
(そのクリームシチューは、僕の遺影の前に毎日置かれている)
良く"猫舌"という言葉があるが、熱いのがダメというより普通、野生では熱いものを食べる習性がないので、慣れてないだけなのだ。
クリームシチューは、猫の僕が懸命に食べたいアピールを毎日した事でスープだけ冷まして母さんがくれるようになった。
母さんは初め「猫なのにシチューが好きなのねぇ~。 面白い子ね」と言って良く笑っていた。
僕はそれを尻目に毎日毎日、無我夢中で啜った。
いつ食べても美味しい!
朝ご飯を食べ終えると、自分の爪を研いで家の中を一通り歩いて、ソファーにまた横になる。 そして、また眠りにつく。
ところで、この爪を研ぐ行為は、長さを調整する意味があるのだが他に、イライラ防止も兼ねているのだ。
それが証拠に父親がいる時に良くやる事が多い。 猫になった今でもどうしても父さんが苦手なのでちょっとイライラする。
後、猫は体を良く舐めるのだが、まず水をかけられるのが非常に嫌なので自分の唾液でキレイにする目的と、体の体温調整にもなっている。
なので、暑い日はひたすら舐め回している。
平日は、母さんも父さんも仕事なので夕方近くまで大体寝ている。
猫は、お腹が空けば食べて、満足したらまた寝る。
その繰り返しだ。
でも、頭の中はまだ人としての認識や考え、知識はあるので、例えばテレビ番組を見ても理解出来るし、当然人の会話も理解出来る。
テレビは特に、朝のドラマ(15分の)にハマっていた。
母さんが、いつも見てるので、いつの間にかハマってしまった。
(人間だった時は絶対見なかったのに....だ)
ただ、喋る事は出来ないのでいつも歯がゆくなる。
伝えたい事は山のようにあるのに.....
そして、夕方5時前になると決まって
「ただいまぁー」
と、ビザ屋での仕事を終えた母さんが帰って来る。 すると、まず僕は母さんの足にまとわりつく。
そうすると、母さんは小さなブラシをテーブルから手に取り
「今日もいい子にしてましたか?」
と言いながら丁寧にブラッシングしてくれる。
いつもこの掛け声は照れ臭いが、この瞬間はまさに
至福の時である!
とにかく気持ちがいいのと、自分の足では届かない所を良くブラシッングしてくれるので、毛玉が出来にくくなる。
一通りブラッシングし終わると母さんは、僕の(エサではなく)食事を用意して、僕のトイレを掃除し、洗濯を始める。
猫になってずっと家に居るまで分からなかったが、主婦の仕事はかなりハードだ。 おまけに、仕事まで...
因みに、トイレの回数は猫になってからかなり減った。 オシッコは、一日、4回位でウンチは1回だけ。
普段は、水も用意してくれているので飲むのだが、猫の舌はギザギザしていて、飲み込むというよりは舌の中に溜めているので、それ程オシッコは出ないみたいだ。
トイレ以外ではした事がないが、一度だけウンチが脇から外れた事があり、下に敷いているマットで隠そうとしたが猫の力ではちょっとしか動かず、後で母さんにバレてしまった。
バツの悪そうな感じで玄関先にいたら、母さんが
「あら、ちょっとはみ出ちゃったのね。 自分で隠そうとするなんてなんか人間みたいね」と言いながら床を拭いていた。 そして、ニコニコしながら僕の側に来て頭を撫でてくれた。
怒られると思っていた僕は、内心"ホッ"としたと同時に
(やっぱり母さんは優しい人だなぁ)
と改めて感じた。
こんな感じで、毎日がゆっくり流れて気がつけば4ヶ月が経とうとしていたある日のお昼、思いよらない出来事に遭遇する事になる。
第五章 ~突然の訪問者~
ジリジリと焼けるような真夏の日差しの中、いつものように出窓の籠の中で僕がウトウトしていると、
「お~い、起きろー
お~い、起きろー...」
と、誰かが話しかける声がした。 その微かな声に寝ぼけながら薄目を開けると、
宙に人らしき”物体”?が浮いていた。
”ハッ”と思い再び目を開いてみると、
なんと!!!
小さな人間が”フワフワ”と日差しに照らされて浮いていた。
大体の推測で、身長は12~3センチだろうか。 こげ茶の小さなバックをを脇に挟み、薄紫色のスーツを着て顔はエラが張っていて目は細く、髪はオールバックのパッと見厳つい感じの昔で言うとこの”ヤンキー”のような男の人間のだった。
その厳つい”男”は、僕がビックリする間も与えないかのように
「やっと起きたかぁ~
ビックリしたかい? オイラはね、[ヘブンス カンパニー]ってとこから派遣されて、今度お前の担当になった”レン”ってもんだ。 まぁ、この世でいう会社みたいなもんかな。 これから、ちょこちょこ顔出すからヨロシクな」
一通り説明が終わるると、小さな右手を差し出してきた。
突然の事で僕は混乱しながらも、右の前足をちょんと上げて握手?をした。
”これは何かの夢なのか?”と思って、握手したばかりの前足で頭を掻いてみた。
すると、確かに感触があった。
(夢じゃないな...)
その姿をみて、”レン”と名乗る男は、
「ははあぁぁ~」
と笑ったあと、「急な事で訳がわかんねぇ~か。 オイラあんまり説明すのが上手くないから、お前の方から質問してくれてもいいぞ。 お前の言葉は分かるから」と鼻の頭を人差し指で擦りながら言った。
そう言われた僕は、
「あなたは何のために来たんですか?」と本当に通じるのか半信半疑で一番聞きたいことから質問した。 勿論、言葉は「ニャア~ニャア~」しか出ないが、心の中の言葉で聞いてみた。
すると、男は「まず、堅っ苦しいのは苦手だからオイラのことは、「レンさん」って呼んでくれ。 それと、会話は敬語はじゃなくていいぞ。 でだ、なんでオイラがお前のとこに来たかっていうと、オイラのこの世でいう会社は、この世とあの世と呼ばれている所の中間地点みたいな所にあって、お前のようにこの世とあの世の間に彷徨っている人間を正しい方へ誘導するために来たんだ。
何かに未練があったり、やり残した事があってどっちの世界にも行けなくなった人のな。 まぁ、簡単に言うとアドバイダーってとこだ」
僕は、籠の中でCの字の形で(アドバイダーじゃなくて、”アドバイザー”だろとツッコミを入れたくなったが、黙って聞いていた。 このレンさんという人は失礼だがあまり勉強が出来るタイプじゃないな。 漫画や小説とかで出てくる天使でもなさそう...
羽もないし...話し方も乱暴で怖そう...
あと、[ヘブンス カンパニー]って名前もなんかちょっとダサくて怪しいな)
とか考えながら、次の質問をした。
「レンさんはどうしてこの会社?に入ったの?」
「オイラにも良く分かんねぇ~けど、気が付いたらヘブンス カンパニーにいたんだ。 多分、お前と同じように突然死んでしまって”あの世”に行けなかったんじゃねぇ~かな。 それで、意識が戻った時には今の会社の社員になってた。 みたいな。 でも、その辺も推測だけどな」
「どんな人が社長なの?」
「オイラも直接会った事はないんだけど、噂ではえらくデッカイ人で凄く厳しいらしい。 ただ、お互い会社の中では姿は見えないからあくまでも噂だけど」
「へぇ~、姿はみえないんだ?」
「そう。 まぁ所謂、魂同士で会話してる感じだな。 で、派遣先が決まると人間の姿を与えられてこうして会いに来るって訳だ」
「じゃあ、色んな国の人の所へも行くの?」
「当然、アメリカでも、ヨーロッパでも命令が出ればどこへでも行くさ。 この世でいうサラリーマンだからな。
で、行き先によってその国の人間になるのさ。 言葉も喋れるようになって」
「そうなんだ。 そっちの世界でもサラリーマンってのは大変なんだね...」
「まぁでも真面目にやってればいい事あるみたいだからな。
おっと、いけねぇ~これからお得意様のとこに行かなきゃならねぇ~からまた来るわ」
レンはそう言うと、窓をすり抜けてフワフワと、まだジリジリ焼けつくような青空へ向かって飛んで行った。
僕は、今起きた出来事にまだ困惑していたが、眠気の方が勝っていたようで、そのまま眠りに就いてしまった。
第六章 ~課題~
まだ、残暑が続く9月の最初の日曜日の午後、兄の良人が急に家にやって来た。
何でも、勉強が忙しくて僕の命日の日に墓参りに来れなかったからバイトを休んでお線香をあげに来たらしい。
両親の部屋にある僕の遺影にお線香をあげ、手を合わせると居間に戻りソファーに横たわっている僕に向かって、
「へぇ~この子が”かっくん”かぁ~。 毛もフサフサで可愛い猫だね」と僕の頭を撫でながらキッチンで洗い物をしている母さんに向かって言った。
すると、母さんは、「そうでしょう。 目元なんか和人のようにクリっとしてて。 それよりお腹すいてないの?
ソーメンならすぐに出来るわよ」
「そう。 じゃあ、いただこうかな」と良人はまだ僕の頭を撫でながら返事をした。
僕は、内心《こんなに、兄貴は穏やかで優しかったかなぁ~》と思いながら、でもゴツゴツした手で撫でられるのは嫌だった。