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魔童  作者: 乱月
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序章

この小説には暴力的な表現があります。

 買ったばかりのナイキのスニーカーに黒い染みが付いているのをみて、北岡義春は苦笑した。

 おそらく。昨日の獲物に蹴りを入れたときに血痕が付いたのだろう。義春は路上につばを吐いて誰とはいわずに睨みを聞かせる。一瞬目が合った、サラリーマン風の男はあわてて目をそらした。

「あのボケが」

 小声で毒づくと、ジーンズのポケットに入れておいた携帯が振動する。ディスプレイを見ると、同じグループの仲間の健二からだった。

「おー、健二、なんや?」

「義春、すぐに公園まで来てくれや」

 公園とは、いつも義春たちが溜まり場に使っている場所だ。仲間内ではそれで通じる。

「なんやねん。いきなり。誰かおるんか他に?」

「とにかく来てくれ」

 あわてた様子で健二は一方的に要件を告げると電話を切った。乱暴に携帯を折りたたむと、義春は渋々公園に向かって歩き出した。既に、時刻は十一時を回ろうとしている。塾帰りと思われる高校生の集団を見て、義春は怒りと嫉妬が入り混じった感情が沸いた。義春はこの春に、通っていた高校を退学になった。それからはろくに家にも帰らずに、繁華街をうろついている。仲間も同じような境遇で、本名すら知らない連中だ。そんな社会のはぐれ者達が集まり、恐喝や窃盗、薬の密売をやっている。

 公園に近づくと、暗がりの中で、何人かがひそひそと話し込んでいるのが見える。しかし、いつもと違い、どこか逼迫した空気が伝わる。

「義春、悪いなわざわざ」

 健二が滅多にしないねぎらいの言葉を義春にかけたことも、一段と義春の警戒心を強めた。

「なにかあったんか?」

「哲が飛びよったんや。金原さんに渡すはずの金もってな」

「あのアホが」

 哲は義春たちのグループの中では下使いだった。顔がいいため、義春たちに女を調達するのが主な仕事。容姿と調子のよさだけで自分のポジションを維持するだけの男。

「それで、いくらや?」

「五十くらいや。金原さんの耳に入ったら間違いなく、俺ら半殺しや。その前になんとしても見付けなあかん」

 金原亮は広域系暴力団の傘下、真楼会の構成員で、義春たちにトルエンやエスを卸している。面倒見はいいが、キレた時の恐ろしさは誰もが知っていた。

「携帯もつながらんし、あいつがしけこんでそうな女のとこもいてない。明後日までに納めんとおれらまじでやばいで」

 健二の顔色が暗がりでも悪いのが見えた。健二は金原に一度、ヤキを入れられている。その際に、肋骨を五本も折られている。金原に対する恐怖が心の底まで張りついている。おそらく、健二は哲を見つけたら、執拗なリンチにかけるだろう。

「とにかく、手分けして探さんと、しゃあないやんけ。それでも、見つからんかったら、あいつの家から取立てたったらええねん」

 義春の意見に全員がうなずいた。中には見たことがない顔もいる。

「片っ端から知り合いに電話して、哲を見たか聞くんや。あいつがそんなに頭が回るとは思えへん。誰かのとこにたよっとるはずや」

 各々携帯を片手に散会して行った。平日の十一時過ぎ。人通りもまばらになり始める。

 義春は路地裏を歩きながら哲とつながっていそうな連中を思い浮かべる。思い出せない。そもそも、哲の姓すら知らない。自分たちの関係が以下に希薄か思い知った。

 掌の上の携帯が振動する。回数が少ない──メール。見たこともないアドレス。


 ウシロニキヲツケロ


 読んだ瞬間、全身に衝撃が走り、視界がブラックアウトした。




 ぼんやりと光が目に入る。頬に冷たい感触。手足の自由が利かない。

「気が付いたかい?」

 妙な反響。どこか人間離れした声。関西弁ではなかった。

「誰や。俺らにこんなことしてどうなるかわかっとんのか」

 力の限り、叫ぶ。恐怖から来る咆哮。薄暗い倉庫のような場所に監禁されているという事実。自分がこれからどうなるか、嫌でも想像が付く。

「君の方こそ、分からなかったのかい?警告はしたはずなんだけどね」

「なにいうてんねん」

「まあいい。僕らもまだ、それほど認識されてないんだね。こっちの方では」

 男のくぐもった声が響く。生の音声とは思えない。何かの機械を介したような印象。

 義春は恐怖と焦燥の中、必死で記憶をたどる。自分が拉致された理由。いくらでも思いつく。自分を拉致するような連中。それほどいない。

 意識がはっきりしだすと、周囲に何人かの気配があるのを感じる。一人の男を除いて誰も口を開こうとはしない。

 不意に一つの疑問が頭をよぎる。襲われる前に義春の携帯に届いたメール。あのメールが連中と無関係とは思えない。つまり、誰かが義春のアドレスを知っている。教えたのは誰か?

「まさか、哲を攫ったんはお前らか?」

「意外と頭は回るんだね。でも、彼からアドレスを聞いたわけじゃないよ。北岡義春君」

 義春は青ざめた。哲は義春のフルネームなど知らないはずだ。

「実家は千里にあるんだね。最近家には帰ってないみたいだし、高校も二年の一学期で退学か。原因は教師に対する暴力、喫煙、度重なる補導。窃盗、傷害、恐喝。そして今は薬の売買にも関わっている。その上納金を暴力団準構成員である金原亮に納めなければならないが、その金を持っていた斉藤哲也が失踪。捜索中にスタンガンで失神させられ、現在に至る」

 男の奇妙な声を聞きながら、全身に言いようのない恐怖が広がる。この連中は普段から自分たちが相手にしてるようなチンピラではない。連中は自分たちのように世間に拗ねて反抗しているような中途半端な存在ではない。その証拠に、義春を取り囲んでいる者たちは呼吸すらしていないのではないかと思わせるほど、微動だにしない。無音である。ただ、敵意のようなものを義春に向けているのみである。恐ろしく統制の取れた集団。

「お、俺をどうするつもりなんや?」

 威勢の消えた義春の声を聞いて、男は低く笑う。その声がぞっとするほど、慈悲の欠片もなかった。

「君みたいな人間は本当に自分の事しか考えてないんだね。どうして君がこんな目にあってるかまだ分からないのか。一つヒントをあげるよ。君の最新の犯罪は中学生に対する、恐喝と傷害」

 義春はスニーカーに付いた血痕を思い出した。昨夜ゲームセンターのトイレで、ヤキを入れたひ弱そうな中学生。財布の中身は以外にも二万円以上入っていた。上々の儲け。何か小声で文句を言ってきたから鼻に蹴りを入れた。

「あ、あん時の」

「まさか、自分が復讐されるとは思ってなかったのか?だとしたら君はこれからその恐怖を存分に感じる事が出来るね」

「ま、待ってくれ。金なら返す」

「今更いうのもなんだけど、君はついでだから」

「ど、どういうことや」

「大事の前の小事ってことだよ。じゃあね」

 無邪気ともいえる男の声がしなくなると、一瞬ノイズのような音が聞こえた。男はこの場にいなかったのではないか。義春の疑問はすぐに恐怖によって消え去った。先ほどまで無音だった暗闇から無数の足音が義春に近づいてきた。 

初登校です。少年犯罪ものです。

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