未来への約束 第2話
静香は学園の校門を過ぎてからも闇雲に走った。
走っている最中思い出したくもないのに静香の頭の中では、
流が言った言葉が繰り返し、繰り返し流れていた。
『アイツまたさぼったんだな』
(やめて)
『結局アイツも他の女と変わらねえ、出来もしねえ事言う、口だけの女だ』
(イヤ)
『幼馴染なんて言うんじゃねえ、あんな女』
(お願い…思い出したくないの!!!!)
静香は無意識にいつも落ち込むことがある時に行く、
ベンチとブランコしかない公園まで来ていた。
ドンッ!
「きゃあ」
無我夢中で走っていた静香は公園を出ようと歩いている男がいるのに気づかず、
そのままぶつかってしまった。
「っと!」
ぶつかった反動で後ろに転びそうになった静香を、男は右手で軽々支える。
静香の顔は丁度男の肩口にあったが、男は気にせず静香の耳元で話し掛けた。
「前も見ずに走ると危ないぜ、大丈夫か?」
普段の静香なら、すぐさま謝罪とお礼を言って走り去っただろう。
だが流の言葉にショックを受けた今は、目の前の男から体を離す事も忘れていた。
「…………」
「おい!」
返事もせず身を任せている静香を不審に思ったのか男は、多少大きな声で呼び掛けた。
「…あっ」
その声で漸く(ようやく)思考が晴れた静香は、ゆっくり男の体から離れる。
「すみません、ありがとうございました」
頭を下げ1度男の顔を見てお礼を言うと、俯き公園の奥に行こうと歩き出す。
すると先程まで静香を支えていた右手が伸び、そのまま静香の左手首を掴む。
静香は手首を掴まれ驚き、男の顔を見た。
すると男は何処となく嬉しそうな顔をしていた。
しかしその表情は一瞬だけで、すぐに感情の読み取れない顔に変わる。
「アンタ宝聖野球部のマネージャーだろ?」
静香は手首を掴まれた時よりも驚いた。
「あ…あの」
「やっぱりな」
静香の様子を見て確信を持ったのか、男は手首を離し、
ニヤッという効果音が似合うような、口の端を上げた笑みを見せ話し出した。
「俺は城両学園のサッカー部の部長やってんだ。宝聖は近いからな、何度も練習試合に行ったぜ。最近だと…1週間前だな。野球部はサッカー部と隣り合わせでグラウンド使うだろ?休憩中なんかはよく野球部見ててな。お前はマネージャー達の誰よりも働いてたから、覚えてたんだよ。この前宝聖行った時も野球部の様子見たが、今いるお前以外のマネは何だ?前にいた何人かはマシだったと思うが、今いる奴等はただグラウンドを見てるだけでやる気が全く感じられなかったぜ?いいのかあれで?」
いきなり弾丸のように話し出した男の言葉を、静香は呆然と聞いていた。
(ああ私と会った事もないこの人は、私達をちゃんと見て分かってくれるのに、どうして流は気付いてくれないんだろう…)
男の言葉はとても嬉しかった。
けれどその言葉を言って欲しかったのは目の前の男ではない。
そう思った瞬間、静香の目から涙が次々零れ落ちた。
「あっ……お、おい…どうしたんだ?」
男は余裕のあった顔を崩し、静香に手を伸ばしたり引っ込めたりと、
どうしたらいいのか分からず慌てていた。
「チッ!とりあえずこっちに来い!」
またもや左手の手首を掴まれ、公園のベンチまで連れて行かれる。
「…座れよ」
男は自分の言葉通り静香が大人しく座ったのを見届けると、静香の左隣に座る。
「…………」
「…………」
お互い何も話さず無言の時が過ぎる。
男はチラチラと静香を見ていたがしばらくすると、ポケットを探り始め何かを取り出す。
そして取り出した物を、静香に差し出した。
「………ほら」
男が静香に差し出したのは、青い無地のハンカチだった。
「これは?」
「使え、汚くないねえ」
そう言って男は静香に無理やりハンカチを持たせる。
「ありがとうございます」
静香はそのハンカチで涙を拭いた。
静香にハンカチを渡した後また男は黙ってしまったが、
意を決したように静香のほうを向いた。
「悪かった」
「えっ?」
「さっき俺はお前を傷付けるような事を言ったんだろ?…俺はダチに口が悪いから気を付けろって言われるんだが、なかなか直らねえ。俺が傷付けたなら謝る。だから…泣くな」
今まで自分の事だけで手一杯だった静香は、最初どうして男が謝っているのかわからなかった。
しかしよく考えれば、静香が泣いた時側にはこの男しかいなかった。
しかもこの男が話しをしている時に泣いたのだ。
男が静香を傷つけていると思っても可笑しくない。
「ち、違います!」
静香は思わずベンチから立ち上がった。
「私…あの…さっき…悲しいことが、あって…だから、貴方は何も悪くないんです、その…誤解させちゃってごめんなさい!」
男と目を合わせ勢いのままに話し、そのまま頭を下げる。
「止まったな」
男の声が頭の上から聞こえ、頭を上げた。
男は初めて静香の顔を見たときの様な、嬉しそうな顔をしてる。
静香の涙は止まっていた。
「俺が勝手に解釈して謝っただけだ。お前が悪いんじゃねえ」
自分を気遣う男の優しさに静香は嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「お前は礼言ってばっかりだな」
「そういえば…そうですね」
静香も目の前の男も、何時の間にか笑っていた。
静香はこんなに親身になってくれる、この男の事が知りたくなっていた。
「あの、貴方の名前教えてもらえませんか?」
「そういえば教えてなかったな、俺の名前は川神巧だ。お前の名前は?」
「私は神城静香っていいます。よろしくお願いしますね」
涙はすっかり乾き、静香は巧に笑顔を見せた。
「………」
しかし巧はいきなり黙ってしまう。
「……そういえばお前…何でずっと敬語なんだ?」
「いや…初対面ですし、先輩かもしれないじゃないですか?」
巧の様子に静香は慌てた。
「俺は高2だ。静香は?」
「…高校2年生です」
「なら問題ねえだろ?敬語止めろ。もし敬語で話しかけたら返事しねえ、あと名前も!俺を名字なんかで呼ぶんじゃねえぞ!」
口調は荒っぽいが言っている事は子供のようだ。
笑いそうになるのを耐え、ここは自分が折れるしかないと考えた静香は、
言葉を探り巧に話しかけた。
「これでいい?…巧くん」
敬語を止め名前で呼んだのだが巧はまだ納得しなかった。
「…呼び捨てじゃねえのか?」
「……呼び捨てじゃなきゃダメ?」
(でも…)
静香は密かに呼ぶか呼ばないか格闘していたのだが巧はそれに気づかず、
仕方ないとでも言うかのように、静香の頭に手をポンポンと軽く叩いた。
「今はそれで許してやるか。だけど、いつか呼ばせるからな」
「…うん」
静香は複雑な思いのまま頷いた。
「静香悪い、俺はこの後学校に行かなきゃなんねえんだ」
「今から?」
静香が公園の時計を見ると、時計の針は10:00になっていた。
「今日は朝連がなかったからな、サボってた。でも3限は、出ないと単位がヤべえから、休めねえんだ。静香はこの後どうするんだ?」
「私は…家に帰るよ」
静香にはこのまま平然と、学校に行く勇気はなかった。
「そうか…なんなら送って行くぜ?」
「まだ昼間だし、大丈夫だよ!そんなに心配しないで」
送ってもらう様な面倒はかけたくなかったが、
これでもう巧と会えなくなるのかと思うと、静香は妙な寂しさを感じた。
「分かった…なら今、お前の携帯貸せ」
「何で?」
「いいから貸せ」
静香は鞄から携帯を出すと巧に手渡した。
巧は静香から受け取った携帯を弄り、自分の携帯も取り出し操作し始めた。
(もしかして…)
一通り終わったのか、巧は最後に2台の携帯を見て静香の携帯を返す。
「俺のアドレス登録しといたから、いつでも連絡しろよ」
巧は用は済んだとばかりに去っていく。
「巧君?!待って!」
静香は展開に追いつけず巧を呼び止める。
巧は足を止め振り返り。
「またな、静香」
それだけ言うと足早に行ってしまった。
(強引な人)
静香は巧が見えなくなると、自分も家に向かい歩き出した。
そして数歩、歩いた時鞄を持つ手に違和感を感じ、鞄を持ち替える。
すると鞄以外の物を握っていたことに気づいた。
(巧君のハンカチ…今度洗って返そう)
静香は思わず笑みをこぼしていた。
手に持っていたハンカチを綺麗にたたみ鞄に仕舞うと、もう一度家に向かい歩き出した。
「静香~起きなくていいの?」
翌日、静香の母は毎朝静香が起きる時間に娘を起こした。
静香はベッドから起きてリビングに行きキッチンにいる母に声を掛けた。
「おはよう」
「おはよう、お母さん」
昨日母には、体調が悪くなり早退したと嘘を吐いた。
信じたのか信じてなかったのかは分からなかったが、
静香は意外と体が強くいくら体調が悪くなっても、
1日寝ていればすぐに治ってしまうので、さすがに今日も仮病を使うことは出来ない。
「もう体調は大丈夫よね?朝ご飯出来てるわよ」
「うん」
仕方なく静香が椅子に座ると、テーブルにトーストとサラダが置いてあった。
静香はトーストが大好きでいつもは喜んで食べるだが、
これから学校に行かないといけないと思うと、
いくら口に入れても美味しいと感じられなかった。
「ごちそうさま」
朝食を食べ終え玄関に向かい席を立つと、今起きたばかりの父とすれ違う。
「行ってらっしゃい」
「静香、もう行くのね、行ってらっしゃい」
父が静香を送り出す声が聞こえたのか、
皿を洗っていた母も遅れて静香に声を掛けた。
「…行ってきます」
憂鬱な気分だが両親共送り出してくれたのに、行かない訳にはいかない。
ゆっくり玄関に向かい靴を履こうとすると、なぜか呼吸が荒くなり始めた。
(…何?)
不思議に思った静香だったがそれでも無理やり靴をはき、
玄関のドアを開け1歩踏み出したところで、崩れるように地面に膝をついた。
(息が、出来ない?)
首元を両手で押さえ息をするが、いくら息を吸っても体に入ってこない。
浅い呼吸を繰り返す。
心臓はバクバクと激しく鳴る。
(苦しい、苦しい、苦しい、誰か…助けて…)
静香の意識は、そこでプツリと途絶えた。
主人公のもう1人のお相手の巧が登場しました。
今度は流の存在が、空気ですね(笑)
この先の展開は何となく決まっていますが、
実は、ラストだけ、全く決まってないんです!!
なので、流と巧のどちらとくっつくか、私もまだわかりません(笑)
ラストが近くなったら、考えようと思います。
お読み下さりありがとうございました。