終幕:幸福と祝福を
アガーテは、主と二人切りで食事をしていた。
場所は彼が愛するマルセイユの老舗レストランで魚料理が絶品だ。
2階を全部、貸し切りで舞台ではシャンソンをプロの音楽家たちが演奏していた。
「・・・見事だったな」
主である伯爵はフォークを刺したフォアグラを噛み砕いて、喉に通してからアガーテの仕事ぶりを褒めた。
「お褒めの言葉を預かり光栄です」
アガーテは黒いイブニングドレスを身に纏った格好で小さく一礼した。
その間も音楽が奏でられている。
「今回の仕事の報酬は今日中に振り込んでおいたから確認しておけ」
「分かりました」
それと、これは俺からの報酬と伯爵は指を鳴らした。
小さな箱を持った執事風の男が現れて、アガーテに渡した。
アガーテは箱を開けてみた。
中身は銀色の指環だった。
ただの変哲もない指環だったが、アガーテにはどんな宝石を散りばめた指環より大切な指環に思えた。
「その銀の指輪はお前さんにやる」
お守りにでもしてくれ、と伯爵は言った。
「ありがとうございます」
アガーテは指環を取った。
指環の内側には小さな文字が彫り込まれていた。
『我を護る忠実な狩人にして、高貴な女神でもある。故に祝福と加護を』
「嵌めてやろう」
伯爵は椅子から立ち上がり、片膝を着いてアガーテの左手を取った。
薬指に指輪を嵌めてくれた。
まるで結婚したような錯覚をアガーテは覚えた。
指環を嵌めたアガーテは伯爵に礼を述べた。
その後、ザミエルことアガーテは裏社会へと本格的に足を踏み入れた。
後にザミエルと言う名は、暗黒街で知らぬ者はいないとされ、狙われたら何処に逃げても仕留められると言われた。
まさしく魔弾の射手となったのだ。