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第六幕:獲物と狩猟

フランスのマルセイユに船で降り立つ一人の男がいた。


黒い背広を着て、サングラスを掛けた男はサングラス越しに鋭い視線を前に向けていた。


黒いアタッシュケースを持っていた。


その男は船から降りると、停めてあった一台の車に乗り込んだ。


「スペインの仕事、失敗したって?」


「・・・・・・・・・・」


車の中には、一人の男が座っていた。


その男の問いに男は無言だった。


「・・・どうやら、俺はお前の実力を買い被り過ぎていたようだ」


「今度は、必ず・・・・・・・・」


「この世界で、今度は無い」


一度でも失敗した事を拭えない。


信頼とは得難い物だが、簡単に失う物である。


「・・・・・・・・・・・・・・」


「命までは取らん。だが、もうお前とはこれっきりだ」


降りろ、と男は言った。


「ま、待ってくれ。こ、今度の仕事は・・・・・・・」


「言った筈だ。もうお前とは縁を切る。碌に仕事をこなす事も出来ない奴を雇うほど金も無ければ暇も無い」


「ま、まって・・・・・・・・・・・」


「速く消えろ。そして、二度と俺の前に現れるな。伯爵の件は別の者に任せる」


男は肩を落としたまま車から降りた。


車から降りた男を残し、車は走り去った。


「くそっ」


男は舌打ちを漏らし、マルセイユへと向かった。


男の名は、ハンター・ティモンズ。


元フランス国家憲兵隊介入部隊、通称GIGNに所属していたスナイパーで、今はフリーの殺し屋。


今回もスペインで仕事を請け負って、向かったが依頼を完遂する事に失敗した。


そのため契約していた組織から“首を切られた”のだ。


と言っても、本来ならば“首を切る”のは本当に胴から跳ばす事だが、今回は大目に見られた。


だが、これは殺し屋として致命的であり、屈辱的でもある。


いっそのこと本当に首を切られた方が彼にとっては幸せだったかもしれない。


「くそっ。必ず見返してやる」


ティモンズは舌打ちをしながら、手を切った組織を見返そうと心に決めた。


GIGNでスナイパーとして活躍して来た彼だが、別に彼だけが優れた腕を持っている訳ではない。


GIGNは隊員全員がスナイパーとしての教育を受ける。


だから、その気になれば皆がスナイパーとして生計を立てる事も難しくは無い。


だが、この男は隊の中で狙撃の腕前が一番だった。


それと同時に常人よりもプライドも高かった。


ちょっとした事でも怒る癇癪持ちだ。


それには一種の驕りが含まれている。


GIGNに居た頃、彼はスナイパーとして何人ものテロリストを葬ってきた。


しかし、作戦を無視した行動とおよそスナイパーらしくない短気な性格から世間はおろか隊の中でも嫌われていた。


そんな癇癪持ちの彼が、暗黒街に足を踏み入れたのは、民間人を共に殺したからだ。


テロリストが民間人の背中に隠れた。


手にはリモコン式の爆弾が握られていた。


それを知っていた彼は、敢えて“一人の犠牲で大勢の命を救う”事を選び、何の躊躇いも無く引き金を引いた。


本人は称賛されて然るべきと思っていたようだが、現実はそうではなかった。


マスコミから叩かれ、隊の長からも民間人を殺すとは何事だ、と激怒された。


弁明するも、それは明らかに隊の風紀を乱すと同時に、危険な考えであった。


何より、彼の狙撃は命令違反だった。


GIGNは、作戦をする為に何度も情報を収集して会議を開いて人質に犠牲者を出さない事を旨としている。


それなのに彼は、独自の行動を起こした。


今までは大目に見てきた長も、民間人を躊躇いも無く殺した事で諦めたらしい。


彼から言わせれば、魔が差したという他ない。


だが、それ以外の言葉で表すならば、一つだ。


英雄願望。


そう、彼は英雄になりたかったのだ。


大勢の命を護る為に一人の民間人を非情に撃ち殺し、事前にテロを防いだ英雄。


本来ならば、そう新聞の一面を飾る筈だった。


だが、英雄ではなく、犯罪者として新聞の記事に飾られた。


その後の人生は坂道を転げ落ちるようなものだ。


妻には逃げられ、借金は嵩むし、仕事を失った。


典型的な転落人生と言える。


そんな彼は、世を憎み、今まで殺す筈のテロリスト側に立った。


そして暗黒街で最高のスナイパーとして君臨しようと考えた。


だが、こちらの方が表の世界よりも厳しかったのを身に染みる。


警察出身で、いま言われている犯罪者。


顔もデカデカと新聞に載せられている。


どう考えてもデメリットはあってもメリットは何一つない。


だから、殆どチンピラ上がりの組織しか彼を雇わなかった。


それも下の下。


三流の中の三流組織だ。


本来ならば、裏世界で薔薇色の人生を歩む筈だ、と彼は考えていた。


だが、現実は組織からも見放された。


この依頼を完遂すれば、今度は大物を狙撃するチャンスを与えられる筈だったのに自らチャンスを逃がした。


「俺が何をしたんだよ・・・・・・・・・・・・」


愚痴を零しながら、彼は無性に女を抱きたい、という衝動に駆られた。


こう言った時は女を抱いて、何もかも忘れるのが一番だ。


彼は、何処かに“春を売る女”は居ないか探した。


しかし、彼の眼に敵う女は見つからない。


ここでも彼は、自分の運の無さに苛立ちを覚えた。


「あ、あの・・・・・・・・」


ふと呼び止められ、振り返るティモンズ。


壁の隙間から、胸元が大きく開いたドレスを着た女が立っていた。


髪は黒で、胸も大きいし、腰のくびれも魅力的だ。


見た目は、儚げだ。


彼の好みだ。


年齢は20代後半から30代前半。


女と言う果実が一番、熟れた年齢と言える。


ティモンズは舐め回すように女を上から下へと見下した。


「わ、私を、か、買って・・・・くだ、さい・・・・・・・」


女は初めてなのか、声が何処か震えていて、落ち着きが無い。


「・・・・幾らだ?」


「50、ユーロで、良いです」


「ほぉう。随分と安いな」


先ず安さにティモンズは惹かれた。


50ユーロで身を任せる女など高が知れている。


だが、目の前に立っている女は少なくとも1000ユーロ以上出しても可笑しくないのに、だ。


「わ、わたし、は、はじめて、で、あの、それで・・・・・・・・・・・」


「なるほど・・・良いぜ。買ってやる」


ティモンズは女に近付いた。


女は怯えた眼差しを浮かべる。


それを見て、彼の中に燻っていた嗜虐心が昂ぶる。


「お前の家は?」


「こ、こっちです・・・・・・・・・」


女は先を歩き出した。


ティモンズは女の背中を見ながら、この女をここで抱いても良い、と思った。


だが、それでは彼が好んでいるストリップが見れない。


そう思うと自然と理性が働いた。


連れて行かれたのは、粗末なアパートだった。


「ここが、私の家です」


どうぞ、とドアを開けて女は横に移動した。


「いや、お前が入れ」


「え?」


「他人に背を向けるのは、嫌いなんだ」


女は、おどおどしながらも先に入った。


続いてティモンズも入る。


女が部屋の明かりを点ける。


中は3LDKほどでベッドと厨房、洗面所があるくらいだ。


しかし、小まめに掃除をしている様子で、綺麗だった。


「良い部屋だな」


ティモンズは部屋を見回しながら、ベッドに腰を降ろした。


「さて、早速だが、ストリップをしろ」


「す、ストリップ・・・・・・・・」


「客の命令が聞けないのか?」


懐から50ユーロを出すティモンズ。


「これが欲しいなら、速くやれ」


ピラピラと紙幣を振り強要を敷くティモンズの瞳は獲物を痛ぶる糞の眼つきだった。


「・・・・・・・・はい」


女は観念した様子で、音楽も掛けずにドレスを脱ごうとする。


それをティモンズは欲情の眼差しで見つめる。


女がドレスに手を掛けて、胸を見せる。


張りのある良い胸だ。


スルスルと怖気づく小鹿のように脱ごうとする。


下の方まで脱ごうとした時だった。


ガーターベルトに挟んでいた小さな物が電光石火の如く動き、ティモンズに向けられると同時に引き金が引かれた。


小さな音がすると同時に、壁に小さな穴が空いた。


ティモンズは口を開けたまま動かない。


女の手には小型オートマチックのFNブローニングM1906が握られていた。


ティモンズの口から血が流れて、ベッドに仰向けに倒れた。


「・・・・呆気ないわね」


女は、ブローニングをガーターベルトから抜いて、煙を吐く銃口に息を吹き掛けた。


煙は直ぐに消えた。


直ぐにティモンズに近付いて、額に残りの弾を撃ち込んだ。


「・・・・・・・・・」


撃ち終えたブローニングM1906をガーターベルトに戻し、ドレスを着直した女は部屋を出た。


そして何食わぬ顔で路地に出て、停めてあった車に乗り込む。


「任務完了です」


「了解したわ」


運転席に居た茶髪の女が携帯を徐に取り出して掛けた。


「私。ガブリエルよ。獲物は仕留めたわ。無論、親子揃って・・・ね」


それだけ言って携帯を切るガブリエル。


車を道路に出す。


「どうだった?ティモンズは?」


「大したことはありません。私の脱ぐ所を見ているだけで、欲情していました」


「そうなの?相手もそれなりに出来るから、手こずると思っていたけど」


「私も拍子抜けです」


あそこまで簡単に仕留められるとは思ってなかったと女は話す。


「まぁ良いじゃない。これで、あの人も貴方の腕を認める筈よ。ザミエル」


「・・・・はい」


ザミエルと言われた女は頷いた。


徐に黒髪を手で引っ張った。


すると黒髪から金糸の髪が出て来た。


カツラだった。


「やっぱり、貴方の髪は金髪の方が似合うわ」


「私もそう思います」


ザミエルは、苦笑しながら傍らに置いてあるSIG SG550を見た。


これでつい先ほど、ティモンズを雇っていた組織の長を殺した。


ティモンズが車から降りて、徒歩で街へ行く途中、車の中に居る長を窓ガラス越しに狙撃した。


それから即座に衣装に着替えて、先回りしてティモンズを待ち構えたのだ。


「出来るなら娼婦の格好は嫌でした」


「あらそう?結構、画になっていたし、様になっていると思うけど?」


ガブリエルは意地悪そうに答えた。


「・・・・・・ガブリエル様は、意地悪ですね」


天使なのに、とザミエルは言う。


「お生憎様。私は天使だけど、“堕天使”なの」


だから、意地悪で、冷酷なの。


ガブリエルは声を上げて笑った。


何故かその笑い声が、ザミエルの仕える主と似ていた。


そのためザミエルは、まるで主が笑っているように見えた。


『貴方様の笑顔を、隣で見ていたい』


ふとそう思った。


その後、ザミエルは、本格的に裏世界へと道を歩み始める事になる。


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