僕の愛しいお馬鹿さん
愛しいお馬鹿さんが僕の屋敷に来て3日経つ。
意外にも、才能に溢れ、クレッシェンテらしい僕の可愛いお馬鹿さんは、裁縫ばかりはあまり得意ではないようだ。そこが尚更クレッシェンテらしいのだが。
「スペード、この服袖が邪魔で動きづらい」
「慣れなさい。慣れれば武器も隠せていかさまもしやすいクレッシェンテにはもっつこいの服なのですから」
「別に帰化するつもりはないんだけど」
そう、僕を睨む姿でさえ愛しい。
どうやら僕はこのお馬鹿さんのような気の強い礼儀知らずに惹かれるようだ。
「今日は買い出しに行ってきて下さい」
「はぁ? 今日は朔夜に文字の読み書きを教えて貰う予定なんだけど」
「それまでに帰って来ればいいでしょう」
このお馬鹿さんを虐めるのも楽しい。
貶されるのも嬉しい。
最近は我ながら変態だという自覚はあるものの、止めることなど出来そうにない。
「スペードは朔夜の怖さを知らないんだ」
「読み書きくらい、僕が教えてあげますと言っているのに何故朔夜に頼むのですか」
「スペードは嘘を教えるから嫌だ」
信用が無い。
職業柄だろうか。
「僕はお前には嘘は吐きませんよ」
「どうだか」
疑うような視線すら心地良い。
「僕が愛しているのはお前だけですよ。僕の可愛い愛しいお馬鹿さん」
耳元で囁いてやると顔を真っ赤に染める姿がなんとも可愛い。
「ほら、買い出しに行って下さい。茶葉も茶菓子もありません。朔夜が来ても何も出せませんよ」
「行ってくる」
「こら、忘れ物です」
まったく……。
財布も持たずにどうやって買い出しに行くのです。
やはり、ただの馬鹿なのかもしれない。
「知らない人について行ってはいけませんよ」
「前にも聞いた」
「宮廷騎士、特に宮廷騎士団長ユリウスには近付いてはいけません」
「ジルはスペードに近付くなって言うけどね」
親しそうにあの男の名を口にする。そのことに苛立つ。
「彼の名を親しそうに呼ばないで下さい」
「ん?」
「お前が口にするのは僕の名だけで十分です」
そう言って、腕に閉じ込めれば耳が赤く染まるのが後ろからでもわかる。
「い、行ってきます」
僕を突き飛ばしたのは照れ隠しだろう。
愛しいお馬鹿さんの消えた扉の前で、しばらくぼんやりとあの子の帰りを待った。




