わたくしは、薔薇。
誤字報告ありがとうございます!
文章一部訂正しました。
わたくしは、強いモノが好き。
いいえ、強くあろうとするモノが好き。
たとえば雨に濡れる赤い薔薇。
花弁や葉の上の水滴はまるでその身を飾る宝石のよう。
濡れてさえ、自らを輝かせる。
「……美しいわね」
わたくしは、バルコニーから庭の花壇の秋バラをじっと眺めていた。
「お嬢様……、庇があるとはいえ、雨に濡れてしまいます……」
侍女が言う。だけど、わたくしは、返事もしないで一心に薔薇を見る。
そうして、決意をする。
わたくしも、雨に濡れた薔薇のように。
萎れるのではなく、雨のしずくさえも己の輝きに変えてみせよう……と。
***
「ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢。婚約者に小娘を侍らせたままで、あなたはよろしいのかな?」
「あら、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息。ごきげんよう」
貴族学園の放課後。
定刻通りに迎えに来るはずだった馬車の車輪がぬかるみに嵌ったため、ぽっかりと時間が空いてしまった。
仕方が無しに、わたくしはカフェでお茶を飲みながら、馬車の到着を待っていたのだ。
そこにやってきたのがルクヴルール公爵令息。
濃紺色の髪。
わずかに紫や黒を含む赤色の瞳。
一見落ち着いた感のある貴公子……に、見えるが。実のところ、彼の精神的な沸点は低い。
今も、抑えたはずの言葉にはイライラとする感情が含まれている。
「……ご機嫌はよろしくないよ。アレは見ていて不愉快になる」
わたくしはくすりと笑う。
「ルクヴルール公爵令息がお気になさることではないですね」
ムッとした彼の口元が、幼子のようで少々かわいらしい……なんて、言葉にしたら、ルクヴルール公爵令息はますます不機嫌になるのだろうけど。
「……ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢。君の婚約者である王太子殿下が、平民上がりの小娘と親密なお付き合いをしているのを見れば、この俺も幼馴染として不快になる。そう言っているのだが」
確かに、わたくしとクレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息は幼馴染と言ってもよいほどには、幼少のころからの付き合いがある。
もっと正確に言うのならば、このクレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息、もしくはブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子のどちらかの婚約者になるのだと、生まれたばかりのころから親に決められていたため、両者ともに、それなりに親密なお付きあいをしてきたのだ。
そう、幼いときには「ヴィーちゃん」「クーちゃん」と呼びあったこともある。
ちなみに王太子殿下は「ブーちゃん」だった。ものすごく嫌がられたが。
……幼い頃の、懐かしい記憶。温かな思い出はいくつもある。
だが、今のわたくしはブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子の婚約者だ。
懐かしさがあるとはいえ、付き合いには線を引かねばならない。「クーちゃん」と呼ぶなどはもっての外だ。
「ルクヴルール公爵令息がお気になさることではないですねと、繰り返させていただきます。王太子殿下が誰と親密になろうが、どうでもよろしい」
お前が関わることではないと、きっぱりと告げる。
クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息は傷ついたような表情になった。
……仮にも公爵令息が、そんなにも簡単に内心の感情を露わにするな……と、告げたいところではあるが……、わたくしは彼との間に線を引く。
もう、わたくしは子どもではない。
クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息は幼馴染ではあるが、わたくしの婚約者ではない。
わたくしの婚約者はブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下なのだ。
「わたくしは王太子殿下の婚約者。後に王妃となる……予定ですが」
「……ああ」
「王太子殿下との婚姻を結んだ後に、子が出来なかった、もしくは一人か二人しか子をなせなかった場合、側室や愛妾を王太子殿下に斡旋するということも承諾しております」
「ヴィクトリーヌ!」
「ジェモン侯爵令嬢とお呼びになって、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息」
線を引く。
わたくしと彼の間に。
彼が、勘違いをしないように。
「愛妾の斡旋も、王太子妃や王妃の業務の範囲なのですよ。あの小娘は身分的には側室にはできませんが、愛妾程度であれば、ちょうどよい。そう、わたくしが認めているのです」
わたくしは、王太子殿下と婚姻を結んだ後、最低三人は男子を産めと言われている。
仕方がない。
現在の国王陛下、そして陛下の一人息子であるブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下。
たった一人の後継者。
いざというときに、後継者が一人では困る。
うっかり死なせるわけにもいかなくなるのだ。
国王は、一人しか息子を作れなかったぼんくら……と言うよりはもっと迷惑な阿呆者。
そして、阿呆の息子も阿呆なのだ。
別に王が優秀である必要はない。
普通程度であればいい。
なのに、現国王陛下もブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下も、傀儡の王の役目すら果たせないほどの阿呆なのだ。
しかも、何をやらかすのか分かったものではない迷惑者。
たとえるのなら、手綱も鐙もない駄馬。
それに跨って、我がリンダークネッシュ王国を治めているのが我が父であるジェモン侯爵と宰相閣下だ。
父や宰相閣下の苦労は計り知れない。
ぼんくらな現王を陰から支える実力者……など、本当は父もやりたくないのだ。
だが、父が支えねば、多分、きっと、この国は瓦解する。宰相閣下お一人に任せるのも荷が重すぎるだろう。
少なくとも、父と宰相閣下にはこの国を保つ責任がある。
何故なら……。
現国王陛下は、若かりし頃、真実の愛とやらに感銘を受け、平民の、字も書けない小娘を王妃にしようとした。
さすがにそんな小娘を王妃にすることはできずに、ひっそりと小娘を闇に葬った。
はっきりとは明言はしないが、小娘を葬る指示を出したのは、父か、宰相閣下のどちらかか……、二人の合議でなのだろう。
真実の愛を失った国王は、朝から晩まで泣き続けた。
そんな傷心だった国王を慰めたのが、癒しの聖女様だ。
もちろん聖女様に下心などはない。
治癒の力を持つ聖女様は、傷や骨折、病気などは聖なる力によって、治療することはできる。
だが、愛する者を失った心を、聖女様のお力で治すことはできない。
聖なるお方は、心からの同情を、国王陛下に寄せたのだ。
神様は、陛下を見守っていらっしゃいます。どうか、お心を穏やかに。たった一人の相手に囚われ続けることなく、その深い愛を、この国の民に向けてくださいませんか……。
聖女として、国王をお慰めする。
そこに下心などはなかった。
清らかなお心。
誰に対しても公平で、誰しもの心に寄り添おうとした高貴なるお心の聖女様。
聖女様のお言葉に、国王は気力を取り戻した。
いや、違う。
阿呆は斜め上の回答を得たのだ。
真実の愛は失った。
だが、我には聖女との運命の愛があったのだ。
これが、当時の現国王の言葉だ。
我が国の聖女は、神の嫁だ。一生涯清らかでいていただかなくてはならない。
なのに……、運命の愛という愚かな妄想によって、国王陛下は聖女様に、実力行使にでた。
聖女様にとっては、青天の霹靂。
何が何だか分からないうちに、裸に剥かれて、行為に及ばれた。
そして……たった一回の行為で、聖女様は妊娠をした。
もう、それからのことは、聖女様にとっても、父にとっても、宰相閣下にとっても……悪夢のようなものだったことだろう。
運命の愛に浮かれる現国王。
精神崩壊寸前となり、祭壇の前で、泣きながら神に謝罪をし続ける聖女様。
そして、出産が決定打となり、聖女様の壊れかけた精神は、完全に崩壊した。
なんとかブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子をご出産することはできたが、生まれた子を、自分の子だと思いたくないのか。それともショックが大きすぎたのか。
聖女様は今では幼児退行していらっしゃる。
何もかも忘れ、神殿の最奥で、神に祈りを捧げる日々。
全てを忘れたことにより、取り戻した心の平穏。
決して、聖女様を現国王陛下に会わせてはいけない。
ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子にも会わせてはいけない。
このように、何をやらかすのか分かったものではない阿呆が現国王。
そして、国王の息子である王太子も、国王とよく似た阿呆であった。
わたくしは、その阿呆を制御するために王太子の婚約者となった。
……もちろん、父には迷いがあっただろう。わたくしを犠牲にしないで国を支える方法を考えただろう。
たとえば、わたくしをブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下の婚約者とするのではなく、この目の前の、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息と娶せて、わたくしを守るとか。
ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下を暗殺して、別の者を王太子に据えるとか。
方法は、いくつかあった。
ぼんくらな現王共々、その息子を弑することが出来れば、話は簡単だった。
だが、ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下は、聖女様の息子でもあるのだ。
聖女様が望んで妊娠や出産をされたわけではない。その証拠に、聖女様の精神は崩壊し、幼児退行されてしまった。
だが、聖女の血を引く、聖女の子なのだ。
王太子であるブライム・ガブリエル・リンダークネッシュを殺してはならない。
生かしておかなければならない。
聖女が身ごもったということ、つまり、それは神のご意思。
ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下は一生涯庇護しなくてならない。蔑ろにすれば、今度こそ、我が国は神の怒りを買うだろう。
教会関係者には、そのような妄信に囚われている者も多いのだ。
だから、ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下を暗殺することなく、飼い続けなくてはならないのだ。
飼うのであれば、優秀な飼い主が必要になる。
たとえば、このわたくしのような。
「ルクヴルール公爵令息。あの小娘も、わたくしが王太子殿下のために手配したうちの一人……と言ったら、どうします?」
「はあ⁉」
「ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下のお好みは、父王陛下とよく似ていらっしゃるの。礼儀などわきまえない身分の低い小娘、聖女様のように清らかな娘。わたくしがリストアップし、手配した何人もの娘の中で、アレが、今の王太子殿下のお好みに合致したのです」
あの小娘との間に子を儲けてもらっても構わない。
わたくしが用意している他の娘たちに心を移してもらっても構わない。
王太子殿下に媚薬でも盛って、わたくしに種をつけてもらっても構わない。
父の、宰相閣下の長年の苦悩を思えばその程度、大したことはない。
頭に羽の生えている阿呆な王太子と閨を行わなければならないと思えば、多少腹も立つが。
幼き日の「ブーちゃん」を思えば……、まあ、なんとか、許容はできる範囲だ。幼き日の温かな思い出を胸に、天井の染みでも数えていればよい。本音を言えば、あまり進んで閨は共にしたくはないが。これも義務だ、仕方がない。
優先事項は、王位継承権を持つ者が複数いること。
その中から、御しやすい者を次代の王とすること。
優秀でなくてもいい。
平凡でいい。
だが、複数人、王位継承者がいれば。
現国王も、現王太子も……、どこかの離宮にでも閉じ込めて、そのまま一生を過ごさせることができる。
必要なのは王位継承者。
質は問わない。
わたくしの子でなくとも、小娘の子で構わない。
「アレに飽きる頃にはまた別の娘を用意しております」
「ヴィクトリーヌ……。君はそれでいいのか⁉」
「ええ、もちろん。それがわたくしの仕事です」
選択肢は、わたくしにもあった。
責任など考えずに、父や宰相閣下の苦労なども見ないふりで。
クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息、あなたと生きる道もあった。
でも……。
父も、老いた。
宰相閣下も、老いた。
誰が、いつまで、あの阿呆どもの治世を支えるのか。
クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息には無理だろう。父の、宰相閣下の苦悩の一割も理解ができないだろう。
王太子の不貞を咎める程度には真っ当な精神は有している。
けれど、阿呆を支えつつ、国政を担うような責任感は……残念ながら、ない。
わたくしは冷笑をする。
「婚約者である王太子殿下が、わたくしを蔑ろにして、小娘と遊ぶ。ねえ、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息。わたくしに文句を言う前に、王太子殿下を咎めたりはしたの?」
返事はない。
ただ、きょろきょろとクレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息の目が動く。
殿下、あなたのしていることは婚約者であるヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢に対する不義ですよ。小娘とは別れて、婚約者と真摯に向き合って下さい。
その程度のことすら王太子に言えずに、わたくしに不満を漏らす。
文句を言えば、わたくしが対処するとでも思っているのかしらね?
それで、わたくしがあなたの手を取るとでも?
笑わせないでいただきたい。
王太子殿下は阿呆だけど。
あなただって、かわいそうな姫君を助ける勇者などではない。
現実は、物語ではない。
ねえ、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息。
わたくしを愛している程度は言葉にするかもしれないけれど……、聖女様の血を引く王太子殿下を弑してまで、わたくしを手に入れる勇気はないのでしょう?
あなただって、その程度だ。
文句をつけるだけで、自ら動こうとはしない。
ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子よりマシというだけで、最上ではない。
わたくしはそんな男の手を取りはしない。
わたくしは、わたくしの意志で。
父に代わり、宰相閣下に代わり、ぼんくら王太子の飼い主になると決めたのだ。
父と宰相閣下の罪を引き継ぎ、国を支える。
もう二度と、聖女様のような犠牲は出させない。
「王太子殿下が小娘と戯れるのが嫌なのであれば、あなた自身で王太子殿下を変えるなり、弑するなりしても良いのよ?」
「そ、それは……」
「できないのなら、わたくしのすることに文句はつけないで。不愉快よ」
さあ、そろそろ馬車が直り、迎えが来ることでしょう。
わたくしは立ち上がり、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息に向かって、にっこりと微笑む。
「さようなら、クレメント・アンドレ・ルクヴルール公爵令息」
「ヴィクトリーヌ……」
振り返らずに、歩く。
わたくしは、薔薇。
雨に濡れても輝く薔薇。
終わり
お読みいただきまして、ありがとうございます。
この話の長編版『霧雨と薔薇 ~侯爵令嬢ヴィクトリーヌの恋と決意~』の連載を始めました。
恋愛ジャンル。
設定や外見、その他もろもろ色々短編版と長編版では異なりますが、違いをお楽しみいただければ幸いです。




