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防災ずきん

今回は赤ずきんのパロディです。

随所にネタをちりばめておりますので、その辺りも楽しんでいただけたら幸いです。

小学生の頃、誰もが一度はかぶったであろう防災ずきん。

 学校にいる時はいつも椅子の上にいて、座布団として有効活用されていた彼ら。しかし、元の目的であるところの“地震や火事の時、頭を落下物からの衝撃などから守る”ことにはめったに使われませんでした。

 ですが、ある所に、おばあちゃん手作りの防災ずきんをそれはそれは大切にして、大事にするあまり常に身につけている少女がいました。彼女は

「日差しよけにもなるし、寒さからも守ってくれる。その上安全まで保証してくれるなんて、こんな便利な物、ずっとかぶっていなきゃ! どうして皆が被らないのかが不思議で仕方が無いわ!」

という、要約すればたったそれだけの事を、たっぷりと3時間以上にわたって語ってくれました。最初は、この年の子どもによくある天の邪鬼か、もしくは一時の変なブームだろう、と思っていた大人達。しかし、目をキラキラと輝かせて話す様子と、何よりお風呂に入る時と洗濯する時以外は、寝る時でも学校にいる時でも家にいる時でもいつも被っているのを見て、彼らは彼女が本心で防災ずきんを有能で素敵な物だと思っている、と悟ったのでした。それまではどうにかこうにか被るのを止めさせようとしていた先生達も、いつか飽きる時が来るだろう、と放っておく事にしました。ああ、ご両親? 彼らは理解のある人で、はなから容認していましたよ。

 はてさて、前置きはこのぐらいにして。いよいよ本編を語る事にしましょう。

これは、そんないたいけな小学校低学年の夢見がちな少女、防災ずきんと、その魅力の虜となった狼の、小さな旅と恋の物語。



 ある所に“防災ずきん”と呼ばれている、いつも防災ずきんを目深にかぶっている少女がいました。少女はある時、お母さんにおばあちゃんのお見舞いに行くように言われ、そこから2時間ほど離れたプチ田舎へ、初めてのおつかいに行く事になります。途中、お土産にりんごとお花とペナントを買っていくように、とお金も少し渡されました。

 彼女は今まで、一人だけで出掛けた事というのはなかったものですから、大はしゃぎ。るんるん気分でおつかいに向かいます。勿論、影から見守るお母さんも、追いかけてくるカメラマンもいません。文字通り、一人でのおつかいです。

 その一人旅に、わざわざ片道2時間もかかる田舎へ行かなくてもいいじゃないか、とも思われるかもしれませんが、“可愛い子には旅をさせろ”という諺もありますし、何より防災ずきんは年頃にしては割としっかりした子どもでした。例えば、落とし物をきちんと1kmほど離れた場所にある交番に持っていく事も出来ましたし、消費税の計算は幼稚園の頃から出来たりします。もっとも、夢見がちな少女ゆえ、時折、

「わたしのところにはいつかおおかみさんがきて、わたしをたべちゃうのよ」

などという発言をして大人を困らせる一面はありましたが、それ以外は本当に良い子でした。だからお母さんも彼女を信頼して、一人で行かせたのです。それに、防災ずきんをかぶった女の子、というのは目を引くものですから、街ゆく人が注意して見てくれるとも考えたのでした。

 また、防災ずきんは街一番の可愛い女の子でしたけれど、それもずきんで隠れてしまうので、誰もそんな怪しい女の子をさらったりはしない、という思惑もありました。

 そう、そんなこんなで安全を保障してくれる防災ずきん。誰が、その所為で大変な目に遭うと想像出来たでしょうか。ずきんが裏目に出るなど、誰が予測出来たでしょうか?

 その出来事は、防災ずきんが家を出発してから1時間後、とあるお土産街で起こりました。

 彼女はその時すでに、りんごとお花は商店街で買い終えた後でした。しかし、ペナントだけがどうしても見つからず、駅前の店をあっちへうろうろこっちへうろうろ、行き来しています。

 何故この時代にペナント? と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これにはれっきとした理由があるのです。実は、ペナント集めは、おばあちゃんが病気でベッドから動けなくなってから唯一の趣味なのでした。昔、元気だったころはおじいちゃんと旅行に行く事が大好きだったおばあちゃん。おじいちゃんが亡くなり、自身も病気になってからは、旅行気分を味わえるそれを見る事が、楽しみになっていたのです。

 それを知っていた防災ずきんは、おばあちゃんに少しでも元気になってもらおう、と必死で探します。そして、ようやくお店ののぼりに“ペナントあります”と書かれている所を発見しました。

「あ! あったぁ!」

 ようやくお店を見つけた防災ずきんは、猪突猛進、一直線にそのお店に向かいます。そうなれば、信号も車もお構いなしです。クラクションのけたたましい音も、彼女の耳には届きません。すると、一台のトラックが居眠り運転をしながら彼女の方へ向かってくるではありませんか。気がついた歩行者は必死に彼女を呼び止めようとしますが、ぱたぱた走っていってしまいます。そう、防災ずきんは確かに、彼女の安全を保証してくれはしますが、代わりに音が聞こえづらく、そして可愛い顔を隠してくれるが故に、視界が悪くなるという大きな欠点があったのです。

 このままじゃ彼女が危ない、と誰もが思いました。

 そこを、偶然何も知らない狼が通りすがりました。彼は、駅前のコンビニの肉まんが大好きで、この日もきちんと歩道で信号待ちをしながら、うきうきと向かう所でした。すると、何やら少女が歩行者用信号が赤なのにもかかわらず、道路につっこんで行くのが見えるではありませんか。更に、横からは止まる気配の無いトラックが。彼はとっさの判断で、猛スピードでダッシュ、すんでのところで防災ずきんを抱きかかえ、そのまま反対側の歩道まで一気に駆け抜け、助けてくれました。

 突然ふわっと体が浮き、抱えあげられている事が分かった彼女は、すぐに防犯ベルを鳴らします。しかしその音は、すぐ後ろを走り去ったトラックのブレーキ音によって、かき消されてしまいました。どうやら、運転手はようやく目を覚ましたようです。大きな音と、タイヤの焦げるにおい、横でぜーぜーいっている狼、群がる野次馬。それを見て彼女はそっと、その場に不釣り合いなベルの音を止めました。

「あ、あの……。ありがとう、ございました」

 小さくても聡明な少女は、きちんと状況を理解し、自分を助けてくれた人にお礼を言いました。

「いや、無事なら良いんだが……。っておい、お前! 前見て歩かなきゃ危ないだろう!」

 大きな声で怒鳴る毛深いおじさんは、彼女にとっては恐怖以外の何物でもありません。しかし、その声がどこか優しく、彼女を心配しての事だと、同時に悟りました。ですから彼女も、素直に謝ります。

「ごめんなさい……」

「怪我は?」

「だいじょうぶ。このぼうさいずきんがまもってくれたから」

 ここでも彼女は、自慢の防災ずきんを見せつけます。

「その所為で前見えないで、信号無視して道路に飛び出してちゃ、世話ねぇなぁ」

 今まで全幅の信頼を寄せていたこのずきんですが、確かに、非常時以外に被っている事は危ないようです。

「……ごめんなさい」

 彼女はまた、小さく謝ります。どうやら、今まで信じ切っていた防災ずきんに裏切られた事が、相当ショックだったようです。

 そんな事情は知らない狼は、自分が怒鳴った所為で彼女が悲しんでいる、そう思いこんでしまいました。元々、子どもが大好きな彼です。どうにか彼女の機嫌を直したいと思いました。そこで、こう提案します。

「仕方ねぇ。嬢ちゃん、どこに行きたいんだ? 俺が一緒に行ってやるよ」

 そっぽを向いて、照れながら言うその姿はもはやツンデレ以外の何者でもありませんでしたが、幼い彼女は、そこは気にも止めませんでした。それよりも、初対面のおじさんにこんなにも親切にされた事に、きょとんとしてしまいます。

「だーかーらー、どこに行くんだって聞いてるんだよ」

 その視線に耐えきれず、狼は少し乱暴な口調になって問い質します。

「んーとねぇ……」

 言葉の意味をやっと理解した防災ずきん。少し迷いはしましたが、彼に行き先を告げます。

「おばあちゃん家!」

「そっか。じゃあ、一緒に行こう」

「うん!」

 この時、防災ずきんはお母さんから“知らない人についていってはいけませんよ”とちゃんと教えられていました。ですが、狼が自分の命を救ってくれた恩人だったので、彼を信じる事にしたのです。

 一方、狼は狼で、何故自分が行きがかり上とはいえ、こんな少女にかまっているのか訳が分からなくなっていました。

――俺は天下の狼様だぞ? 皆から恐れられ、逃げられる存在だ。それに、一人旅するクールな男だったはず。それがなんでこんな子どもと……

 しかし、にこぉっと無邪気に笑う彼女を見ると、ついつい頬がにやけてしまうのでした。

――まぁ仕方ない。乗りかかった船だ。最後まで面倒見てやらぁ。

 こうして、防災ずきんをかぶった少女とにやにや笑う狼という、世にも奇妙な二人組はおばあちゃんの家を目指し始めたのでした。

 それを見ていた野次馬の一人に

「なぁ……あれって、大丈夫なのか……?」

「いや、アウトじゃね……?」

と疑われていた事も知らずに。


 そんなこんなで、無事にペナントと、何故かついでに、よく観光地にありがちなその土地に何のゆかりも所以もなさそうなふくろうの置物を手に入れた防災ずきんと、そのお供狼は、電車を乗り継ぎ、ついにおばあちゃん家の最寄り駅まで到達しました。

 途中、彼女のずきんがぬげてその可愛い顔が露わになり、狼がどきっとしたり、疲れて自分の膝で眠ってしまった彼女にやっぱり何かよからぬ感情を抱いたり、という些細な事件はありましたが。公共の場だった、という事もあり、そこは流石の狼でも理性をフル活用して押さえこんだようなので、何もなかったということにしておいてあげましょう。実際、彼が何かした訳ではありませんしね。

 そんな事はつゆ知らず、相変わらずマイペースな防災ずきん。ようやく駅に辿り着いてからは特に、やっとおばあちゃんに会える! と大はしゃぎでした。

 その姿を、とても優しい目で、というかとろりととろけた眼で狼が見つめていた事は、もはや言うまでもありません。

 さて、駅に下り立った二人ですが、何分いつもは車でおばあちゃん家に向かう為、駅からの道など、防災ずきんには分かりません。そこで、駅員に住所をたよりに、道を聞く事にしました。幸い、住所だけはお母さんが紙に書いて持たせてくれていたのです。

「すんませーん」

「はいー、何でしょう? って、お、お、お、狼いいいいい!?」

 実は、この辺りでは野生の狼が村を襲うという事件が多発していたのです。叫び声を聞きつけた村人たちは、猟友会に電話をかけ始めます。

「た、大変だ! また狼が現れたぞ! ああ、一匹狼だ! すぐ来てけれ!」

「やべえ、逃げるぞ、防災ずきん!」

 野生の勘か、それともそこにいた人達の動揺を感じ取ったのか。何にせよ、ただならぬ気配を察知した狼は、防災ずきんの荷物を自分の懐に入れ、彼女を抱きかかえると大急ぎで、その場を離れました。

「あ、逃げたぞ!」

「そっちは村だ! また住人が襲われたら大変だ! 追えー!」


 程なくして、連絡を受けた猟友会の面々は、銃を装備し、万全の態勢で狼を追い掛けてきます。

「そっちへ行ったぞ!」

「待ちやがれ!」

 彼らもプロです。どうやれば獣を追いこめるか、その術は体が覚えています。狼の必死の走りも虚しく、最終的に二人は路地裏に追い詰められてしまいました。

 しかし、追い込んだはいいものの、そこが住宅街であり、何より彼の胸には防災ずきんが抱かれている、という事もあり、彼らは手出しが出来ません。助っ人の市役所の職員、及び獣医を待つしか、する事はありませんでした。

 その隙に、狼はここを突破する方法を考えます。

――くそっ、獣医が来て麻酔銃でも打たれたら、俺は一巻の終わりだ。どうしたら……。この子は、この子だけは何とか無事に、送り届けなければ。

「防災ずきん、お前だけは俺が守る……!」

 気がつけば、自分の決意を声に出していました。

「おおかみさん……」

 そんな狼を、防災ずきんは不安そうな眼差しで見つめます。

――仕方ない。一か八かだ。

 狼は、強行突破に打って出ようとします。

「お嬢ちゃん、しっかりつかまっているんだよ」

彼女にだけ聞こえるように、ぼそっと呟きます。

「なにをするの……?」

「なあに、大丈夫だ。こいつら蹴散らして、すぐおばあちゃんとこに連れてってやるからな」

「おおかみさん、わたしのためにけんかはやめて!」

 防災ずきんはそう言って、狼の首に抱きつきます。これには狼も、まいってしまいました。確かに、彼女の前では生々しい所を見せたくないのもまた、事実ではあります。しかし、そうでもしなければ、この局面を乗り切れない事も確かでした。

 ちょうどその時、

「おーい、援軍が来たぞー」

皆の注意が、後ろから来た役所の人々にいきました。その一瞬の隙を狙って、狼は野次馬の群れに紛れこもうとします。

 しかし。

「おい、動くな!」

バアンッ

 猟友会の一人が、突然動きだした狼に驚いて、銃口を向けました。威嚇射撃のつもりだったのでしょう。ところが。

「う、うぐっ……」

 銃弾はちょうど、狼の胸に命中してしまいました。彼が倒れた事で、手をひかれていた防災ずきんも共にしゃがみこみます。

「! おおかみさん!」

「おめ、なんつーことを……」

「し、仕方ないだろう。体が反応しちまったんだから……」

「まぁ、周りの人に怪我が無かったのは幸いだなぁ」

「おらたちの仕事はこれで終わりだー。帰るベー」

 狼が倒れてしまったので、もう猟友会の出番はありません。代わりに、後から駆けつけてきた役所の人達が後片付けを始めます。

「こりゃ、結構な大物だな……。とりあえず荷台まで運ぶぞ、いっせーの」

 役所の人達は慣れた手つきで、狼の体を運び出します。

「おおかみさん! おおかみさん! やだっ、おじさんたちちかづかないで!」

 そうすがりつき、彼をかばうように前に立ちふさがる防災ずきんも、

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからね。あの狼に何言われたか分からないけれど、もう恐い事はないよー」

突然の事で錯乱しているだけだと思われ、職員に軽くあしらわれてしまいます。

「さぁ、こっちへ来て。お父さんお母さんにお迎えに来てもらうからね」

「おや、それじゃ顔が見えないな。お嬢ちゃん、ずきんをとっておくれ」

「いーやーっ!」

「ほら、ちょっとお顔見るだけだから」

「たすけてー! おおかみさーん!」

 すると、今まで意識を失っていた狼が

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

すさまじい雄叫びを上げ、がばっと立ち上がりました。

「!? こいつ、死んだんじゃなかったのか!?」

 驚愕とする職員達を欺き、狼は防災ずきんをかっさらうようにしてその場を駆け抜けていきました。

 そうして、混乱に乗じ、二人は袋小路からの脱出に成功したのでした。


「おおかみさん、けがは……?」

「ああ、こいつが守ってくれたみたいだ」

 狼は懐から、防災ずきんの荷物を取り出します。その中には、銃弾がめり込んだあのふくろうの置物がありました。

「どうやら、お前の気紛れが、俺を助けてくれたみたいだな」

「けががなくてよかったー!」

 彼女は嬉しさのあまり、彼の首に抱きつきます。

「お、おい。よせやい」

 突然の事に、狼は顔を真っ赤にして照れています。

――しっかし、このお嬢さんに助けられるとは思わなかったな。さっきも、ロリか……いや、いくらこの子が幼いからって、別に“ロリ”と付けなくても良かったな、うん。普通に格好良いと言えば良かった。か、可愛いと言えば良かった。

 こうして、何とか窮地は乗り越えた二人でしたが、その先には更なる困難が待ち構えていたのでした。


「お前……指名手配犯の狼だな!」

 気を取り直し、住所を頼りに歩いておばあちゃんの家に向かおうと思った途端、なんと、たまたま街を巡回していた警察官に見つかってしまったのです。これには、流石に焦りました。

――まずいな。さては、さっきのマタギが自分達じゃ勝てない事を悟って、チクったのか?それとも、俺とこいつがいる所を見た誰かが、サツに通報したのか……?

 公権力に勝てないのは火を見るよりも明らかでした。何より、見ず知らずの少女をここまで連れまわしている(実際には連れまわされている)訳ですから、状況も圧倒的に不利です。狼はここまでか……と観念する気になりました。ところが。

「ああ! あのコヤギーズの最高傑作、7個の錠前を打ち破ったという」

「え? あの7ケタの暗証番号解除から始まり、指紋・声紋・顔認証、カード、シリンダー錠、最後にはアナログの極みダイヤル式で締めくくるあの鍵の事か?」

「一つ順番を間違えただけで、仕掛けが稼働して、対象者の命を奪うようなからくりが施されていると言われているのに……」

「あれを破った大泥棒と、こんな所で出逢えるとは……」

 警察官が言ったのは、あまりにも的外れな事でした。

「感動している所悪いけど違うよ!」

 キラキラと目を輝かせ、ある種の興奮と敬意を持って熱っぽく話す彼らに、たまらず、狼もつっこみます。

「なんだ……」

 折角大物を見つけた、と喜んでいた彼らは、一気に落ち込みます。ですが、彼らはそんな所では諦めませんでした。

「じゃあ、あれじゃないか? ほら、この前KOBUTAカンパニーに押し入った……」

「社長室に辿り着くまでに3つの扉を計3回、正しく選んで開けなければならないという、あの会社を強請った奴か」

「一歩間違えたら、突風が吹いて何百ヤードと飛ばされたり、あげくの果てには熱湯釜茹での刑という、江戸時代の拷問方法かよ、と言いたくなるぐらいの厳しい刑に処せられるのに……。大した運と度胸の持ち主だな、お前」

「いや、もしかしたらこの前、美女を襲ったっていうあいつかもしれない」

「あいつはほら、すぐに野獣さんに追い払われて、刑務所行きになったじゃないか」

「あー、そうだったな。あの人には捜査協力に感謝するって、警視総監賞が贈られたんだっけか?」

「俺達ももらってみたいなー。夢のまた夢だよなー」

「そうだなー。まぁ、いずれにせよ、強盗、住居不法侵入及び恐喝、傷害か。なかなかの大物だな」

「あ、でもまてよ。もしかしたら、少年を育てたっていう伝説の良い奴かもしれん」

「成程。それは盲点だったな……」

 彼らはある種楽しそうに、自分達で妄想をふくらませます。田舎町の警察官ですから、大きな事件に遭遇するという経験に乏しかったのでしょう。そのため、刺激を求め、都会の大きな事件を調べ漁っていたようです。警察官になったからには、大事件の一つや二つ解決してみたい、とか思ってしまったのでしょう。もし彼らが、一度でもそのような事件に関わっていたら、こんな事考えもしなかったでしょうに。事件はない方が平和だというのに、何とも皮肉な話です。

 一方、狼の方は、ただ狼だ、というだけでこれだけ悪く世間の人から思われている事を知り、悲しくなってしまいました。怒った狼は、彼らを叱責します。しかし、それが迂闊でした。

「だーかーらー、盛り上がってる所悪いけど、全部俺じゃないって!」

「そうだよー、おおかみさんはわたしをたすけてくれたいいひとだよー?」

 防災ずきんも、狼を援護します。

――ぼ、防災ずきん、お前……!

 狼はこぼれ落ちそうになる涙を、必死にこらえました。

「そ、そうだったのか……」

「これは失礼した」

 彼女の後押しもあり、警察官はすっかり、狼を良い人だと見直したようで、態度を改めてくれました。彼はこれに気を良くしたのか、さらに続けます。

「そうだよ。俺はただ、この子をさらって幸せに」

「って、なんだと!?」

「こんな小さな子を誘拐しようとしていたのか、貴様!」

 防災ずきんから良い人だと言われ、警察官からも感心され、調子に乗ってしまった為に、自分の欲望のおもむくままにさらけ出してしまったのです。これほど分かりやすい自滅が、他にあるでしょうか?

「いや、その、違」

「○時○分○秒、誘拐の現行犯で逮捕する!」

 警察官はそこの所優秀でしたから、聞き逃すはずはありません。すぐに手錠を取り出して、がしゃんと彼の手首にかけました。

「違うんだ、違うんだって! なぁ、防災ずきん!」

「バイバイ、ロリコンの狼さん」

「ロリコン言うなああああああああ」

 彼の最後の言葉が、このような断末魔の叫びだった事は、何とも悲し過ぎて涙で前が見えなくなりそうです。いや、まぁ最期ではないのですが。


 その後、狼は本当に逮捕されてしまい、刑務所に閉じ込められてしまいました。

「はぁ、どうしよう……」

 これから自分はどうなってしまうのか、あらぬ罪を着せられて裁かれてしまうのか。普通だったら、自分の行く末を思い悩む事でしょう。しかし、彼が案じていたのはその身ではなく。

「……大丈夫かな、無事におばあちゃんの家までたどり着けたかな……」

 先程まで自分と一緒にいた、可愛い可愛い女の子の事でした。警察官と一緒にいるはずなのですから、そこら辺は安全が確保されたと言っても良いはずなのですが、どうしても心配になってしまうのです。

 一方、警察に保護された防災ずきんは、と言えば。

「おーまわーりさんっ」

「うわあ、後ろからいきなり飛びついちゃ危ないだろう!」

 おまわりさんと何やらいちゃいちゃとお話をしていました。

「ごめんなさーい。ところで、おまわりさん」

「なんだい?」

「あのわるーいこわーいおおかみさんって、いまどこにいるの?」

「どうしてそんな事を聞くんだい?」

「だってね、もしすぐにでてこられちゃうようなところにいたらこわいんだもん!」

 真剣な眼差しで訴えるように言う防災ずきんを見て、おまわりさんもつい口を滑らします。

「あははー、大丈夫だよ。あいつは今、地下に閉じ込めてあるからね。手錠もしてあるし、部屋には鍵がかかっている。その鍵は僕と、それから部屋の前にいるおじさんが管理してあるから、絶対に逃げられたりしないよ」

「そっかー、じゃあ安心だね!」

「うん。よーし、じゃあおばあちゃんの家まで行こうか?」

「あ、そのまえに……。といれ、いってきてもいい?」

「ああ、いいよ。じゃあ、ここで待ってるからね」

 トテトテトテトテ。

「……にやりーん」

 こうして、抜群の演技力で上手い事警官をだまくらかし、手錠の鍵を手に入れた防災ずきん。同様の手口を用いて、何食わぬ顔で独房に侵入しました。薄暗い狭い廊下を慎重に音をたてないように歩きながら、オオカミを捜します。

「おおかみさーん」

 彼女は小さく呼びかけます。

「ぼ、防災ずきんか……?」

 そんな馬鹿な、彼女がここにいるはずはない。そう思いましたが、自分が彼女の声を聞き間違うはずもない、必死で目を凝らします。

「オオカミさん!」

 その声を頼りに、彼女はようやく、彼を見つけ出す事が出来ました。

「さっきはひどいこといってごめんね、いまかぎをあけるからね」

「お前……どうして……」

ガシャン

「ほら、はやくにげて!」

 彼女にとって、狼は自分を助けてくれた王子様。彼を逃がす為に、彼女はここまで必死に嘘をついていたのでした。

「……ありがとう。俺、お前の事が……」

 彼女と会うのは、もうこれで最後かもしれない。そう思うと、狼は自分の想いを伝えたい、そんな衝動に駆られました。しかし、場違いだと思い、そっと胸にしまいこみます。その代わり。

「……逃げ切ったら、お前を迎えに行くからな。必ず、だ」

 そう言って、彼は去っていきました。

 ちなみに、その事件をきっかけに指名手配犯の狼が増えた事は、言うまでもありません。

 また、防災ずきんはその後、何食わぬ顔でパトカーに乗っておばあちゃんの元へ向かい、当初の目的だったお見舞いというミッションを無事、コンプリートしました。

 しっかり者、というか、ちゃっかり者、というか。兎に角、防災ずきんは最初から最後まで、自由奔放、マイペース。その愛らしい小悪魔っぷりが、狼を虜にしたのでしょうね。



 それから、8年――

「ねぇねぇ、ちょっと聞いたんだけどさ、昔防災ずきんをずーっとかぶってたって本当?」

「く、黒歴史よ黒歴史。ってか誰から聞いたのよ」

「誰でもよくね?」

「そーそ。ってマジだったんだ。何この子痛いちょーうける」

 ギャハハハハハ、と下品な笑いを立てる友人達。防災ずきん曰く、心根は優しい良い子達なのですが、こういう所は玉に瑕なのだそうです。

 この手の掛け合いにもう慣れてしまったのか、頬を膨らませて恥ずかしがりながらも、彼女はあの時の事に想いを馳せます。高校生になった彼女にはもう随分昔になってしまった、でも忘れる事の出来ない、あの出逢いに。

――そう、あの時。あの狼さんに会ってから、私は防災ずきんをとった。もう必要ないと思ったからだ。だって私にはもう、守ってくれる人がいるから。

 それまで彼女を守ってくれた大切な防災ずきんは今、おばあちゃんの手によって、ぬいぐるみに生まれ変わり、彼女の枕元にいつもいるそうですよ。え? 何のぬいぐるみかって? それは決まっているじゃないですか。


 それから更に数年後、時効を終えた狼が彼女の元にプロポーズへ行ったりするのですが、それはまた、別の物語。


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