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美女と野草

このお話は、美女と野獣を下敷きにしています。

原作版の方はあまりなじみがないかもしれませんが、知らない方でも楽しめるように、今回もコメディタッチでお送りします。

肩の力を抜いてお楽しみくださいませ。

 今は現代。あるところに、ソウジという若い王子がいました。彼は容姿端麗、気の弱い所が玉に傷ですが、そこがまたいい、と年上のお姉様方に大人気。毎日のように求婚される生活を送っていました。

 このお話は、そんな若い王子が運命の人と結ばれるまでの、激動の3時間を描いたものです。


カコン

 鹿威しが和みの空間を醸し出すは、とある料亭。そこに、若い男女と、その付添人が大勢いらっしゃいました。本日の主役であろうご両人は、どちらも大変美しく、似合いの二人に見えます。

「あの、王子様。御趣味は?」

「……が、ガーデニングが好きです」

「まぁ素敵!」

「いえ、それほどでも……」

 そう、今日は王子様の、もはや何百回目になるか分からないお見合いの日。しかも、その真っ最中です。

「いえ、素晴らしいですわ。今度、お庭に伺ってもよろしいでしょうか?」

「え……」

「王子様ご自慢のお花を、是非拝見したいですわ~」

 ずいずい、と言葉と態度と距離感を詰める事で攻めてくる女性。最近の女の人は、本当に押しが強いですね。王子もほとほと困ってしまっているようです。

――僕には心に決めた人がいるというのに。まぁ、おそらく一般の方なので多分認めてはもらえないでしょうけど。

 何回お見合いをしても、何人の女性に会っても、彼にはどうやら、忘れられない方がいらっしゃるようです。そんな訳で、今回もどうやってお断りしようか、と始まってからずっと、あれこれ思案しています。

「ねぇ、少しお散歩しませんこと?」

「あ、いや、僕はこれで失礼「さ、行きましょう」

「あーれー」

 お相手の女性は全く王子の話を聞かずに、むんずと腕をつかんで強引にお庭に連れ出しました。流石に、これには家来たちも吃驚仰天。すぐに後を追いかけます。

「ちょ、お待ち下さいませ!」


「ほら、王子様。綺麗でしょう? ここのお庭は、専属の方が手入れをして下さっていて、四季折々様々な草花が見られますのよ」

「ほ、本当ですね……」

「私とどちらが美しいかしら?」

「え、えええ、えと、その」

「ふふふ、そんなにお照れにならなくても宜しいのですわよ」

 いや、確かに、皆さんお綺麗な方ばかりなので、彼は毎回どぎまぎしてしまいます。

 特に、今回のお相手は、これまでお見合いした中でも特に愛らしく、魅力的な方でした。それは、王子の家来達だけでなく、その料亭の従業員も見蕩れる程でした。

「あ、王子様! あちらに可愛らしい鳥がいますわよ。あれは何と言うのかしら?」

「鴨……じゃないですか」

 いつの間にか、彼女のペースに乗せられて、お散歩デートになってしまいました。まぁ、こんな美人となら悪くはないかな、と王子も若干乗り気になったようです。彼女には一切非の打ちどころが無い訳ですし、そうなると散歩に付き合うぐらいなら別に良いかな、というお心もちだったのでしょう。それに、実際このお庭は本当に素敵だったので、参考になる物があるかもしれない、とよく見てみたくなったのです。

 お相手の方はあまり物事に詳しくないようで、初めて見るのであろう木々や動物達に興味津津。今は鴨に夢中なようです。着物の端が濡れるのもお構いなしに、池に近付いてもっとよく見ようとしています。その様子があまりにも可愛らしくて、つい王子もさりげなく隣に座ろうとしてしまいました。

 しかし、何気なく水面を見ると、その映った顔に吃驚仰天。なんと、美しい女の人ではなく、しわしわくちゃくちゃのおばさんではありませんか。驚いた王子は思わず、後ずさってしまいました。

「な、貴女は……!?」

「? どうかいたしまして?」

 間違いなく、可愛らしいお嬢さんがそこにはいます。けれども聡明な王子様は、疑う事を忘れませんでした。何故なら。

「そ、その顔……。魔女……?」

 この国にはまだ、魔法使いが残っているからです。それも、聞く所によれば、彼らは自分達の世の中にする為に、王位の座を狙っているというではありませんか。ですから彼も、前々からよく言い聞かされていたのでした。

「くっくっく。ばれちまったら仕方が無い」

 すると、美しい顔は一転、水面に映っていたおばさんの顔になってしまいました。服も、先程までの綺麗な着物ではなく、真っ黒なローブになっています。これには、家来達も動揺しました。

――あ、危ない。危うく騙される所だった……。

「ま、魔女だ! 皆のもの、王子をお守りしろ!」

「はい!」

 彼らはすぐに王子を守ろうと近寄って、布陣を作ろうとします。しかし。

「ふっ、遅いわ! ルナニウクショウソ」

 魔女は杖を取り出すと、いかにも怪しげな呪文を唱えました。杖からでた光は、彼に命中してしまいました。

「!?」

「貴様! 王子に何をした!?」

「魔女がする事と言ったら、一つしかないじゃないか。王子、お前に呪いをかけてやったのさ」

「な、なんだって!?」

――何だろう、この悪寒……。

 王子はすぐに、自分がかなり危険な立場になってしまった事を悟りました。おそらく魔女は、この国を乗っ取るつもりなのでしょう。きっと王子を人質にとって、国王を脅したりする気なのです。自分達がついていながら何という事か、と自分を責め出す家来もいました。

 ところが。彼女の口から出た言葉は、あまりにもその予想の範疇を超えたものでした。

「いいか、この婚姻届が受理されるまでに相手を見つけられなかったら、その時は。お前は私と結婚するのだああああ!」

『えええええええ』

 これには、王子のみならず、家来達も、料亭の従業員達も、そろって口をあんぐりとあけました。だって、かたやバーゲンセールに命をかけているようなおばさん、かたや17歳と若い王子様。どう見ても、夫妻には見えません。というか、魔女がまだ女を捨てていない事に、一同呆然。

 いや確かに、それがもっとも合法的な方法ではあるのですが、でも魔女を妃に迎えたなんて知られたら、それこそ国の一大事です。何より、王子自身、あんなおばさんと結婚したくはないでしょう。

――やばい、何とかしないと。

 その場にいた魔女以外の全員の心の声が、一致した瞬間でした。

「我らは権力を手に入れられるし、私は可愛い男の子をものにできるし、まさに一石二鳥やね。さってっと、早速出しに行くかねぇ」

「こ、こいつを止めろー!」

「紙を狙うんだー!」

 そんな事をされてはたまらない、と家来達は次々に魔女に飛びかかります。そして、もみくちゃになりながらも、家来の一人が紙を手にしました。

「よし、これさえ破ってしまえば……」

「よくやった! でかしたぞ!」

「ふん、やれるもんならやってみんさね」

 もしこれが破れて脅しがきかなくなってしまえば、すぐに捕えられてしまうかもしれない絶対絶命の状況にも関わらず、彼女は余裕綽々です。

 家来達は家来達で、これで反逆者が一人減った、と楽勝ムードに包まれていました。けれども。

「な、この紙……破れねぇ、だと?!」

 いくら力を入れても、一向に紙が破れる気配はありません。

「何だと!? じゃあ、燃やすんだ!」

 彼らは持っていたライターで火をつけようとします。しかし、やはり燃えるどころか、こげる気配すらありません。その後も、水に濡らしてみたり、ぐしゃぐしゃに丸めてみたり、いっそのこと食べてみたりしましたが、どれも上手くいきませんでした。

「ふっふっふ、無駄無駄。この紙は特別製でね。本当に心の底から王子を愛する者、現時点では私、にしかどうこうする事は出来ないのさー。ほれ、こっちにお戻り」

 魔女が紙に向かって呼びかけると、紙は何事もなかったかのように、新品同様に綺麗なまま、彼女の手の中に収まりました。

「仕方が無い……。皆の者、何とか足止めするのだー!」

 打つ手がなくなった家来達は、実力行使で彼女を止めようとします。しかし、流石魔女。兵力差は明らかでした。彼らは強大な魔法の前に、次々に倒れていきます。

「お、王子! 我々が何とか足止め出来るのは、せいぜい3時間程です! それまでにどうか」

「えええええええ」

「お前が王子である事は勿論、この呪いにかかっている事すら言えないからな。まぁ、せいぜい足掻け、未来の夫よ」

 そういって、彼女は王子に向かってウインクしました。彼は、目に見えない、けれども何か恐ろしい物から逃げるように、その場から駆け出しました。背中にぞくぞくする物を感じながら。

――うう、どうすればいいんだよう……。

“あと3時間で、自分を心から愛してくれる人を見つける”

 そんな無謀な事をいきなり課された王子はこの時、ある出来事を思い出しました。初恋とも言える女性との出逢いを。



 昔々――と言っても、それはまだ王子が成人にも満たない頃でしたから、そう感じるだけで、実際には6年前の事――、当時、義務教育真っ只中の12歳だった彼は、その頃から、お見合いお見合いお見合いの毎日を送っていました。

「ねぇ、まだ僕結婚出来るようになるまでにも6年かかるんだけど……?」

 もう何回目かになるこの質問を、毎日のように王子は違う兵士に聞いて回っていました。彼はまだ幼かったものですから、自分が何故こんな事をしなくてはならないのか、疑問で仕方が無かったのです。

「何をおっしゃいますやら。良いですか、一国の王子の結婚ともなれば、他国にも大きな影響を及ぼします。何より、我が国にとっては一大事です。王子はこの通り、美しいお顔立ちをしていらっしゃいますから、妃となる者にはそれ相応の美しさと、何より気品と明晰さがなくてはなりません。顔が良いだけの女性はたくさんいらっしゃるでしょうが、それだけでは我が国がダメになってしまいます。そういう所をふまえて、ふさわしいお相手を見つけなければなりません。それに、王子と結婚したものの一族は、未来永劫一流貴族であり続けるでしょう。ですから、それのみを狙ってくる輩も、見分けなければなりません。何より経済効果も半端ありませんからね。今我が国の景気が低迷している事はご存じでしょう? 国民達の士気を高める為にも、この結婚は」

「もういいよ。お前に聞いた僕が悪かった」

 しかし、返ってくる答えは皆一様。王子は段々、諦めると言う事を覚え始めていました。

「全く。本当は、我々としては王子が生まれる前から、根回しや相手探しなどに精を出したかったというのに……。国王様が恋愛結婚なものだから、その辺甘くって甘くって……。まぁ確かに、全く王子に興味が無い方では流石に困るのですが、しかしおかげで我らがどれだけ」

 兵士の口調が愚痴っぽくなってきて、長い話になりそうだな、どうしようかな、と困った時です。

「おーい、ちょっと来てくれー」

 別の兵士の声がしました。

「すみません、王子。話はまた後で」

 王子は、これで話が終わる、と内心喜んでいました。兵士は、声のした方へ駆け寄り、別の兵士とこそこそ話し始めます。彼は何事か、と思い聞き耳を立てる事にしました。

「どうした?」

「なんか、変なおっさんが城に侵入したらしいんだよー」

「あー、とりあえず牢屋ぶちこんどけ」

 どうやら、誰かが城の中に入ってしまったようです。当時王子はまだ、どうしてたったそれだけで捕まえられてしまうのかが、良く分かっていませんでした。ですから、ただ単純にその捕まったおじさんが気の毒になってしまったのです。

 そこで、彼は監視の目をかいくぐり、おじさんを助けに牢へ向かいました。


「おお、何故こんな目に……。儂はただ、この発明品をみとめてもらいたかっただけなのに……」

「こんにちは」

 途中で鍵を拝借し、番人を騙し牢へ辿り着くと、そこには確かに、先程の話のおじさんらしき人が捕えられていました。

「誰だ、君は」

「おじさん、助けてあげる」

「いいのか」

 初めは警戒していたおじさんも、嬉しい申し出に、思わずガッシャーン、と鉄格子にしがみつきます。

「だっておじさん、間違えてここに来ちゃっただけなんでしょう?」

「ああ、そうだとも。断じて、何かおかしなことをしようと考えた訳ではないぞ。儂はな、ただこの発明品を認めてもらいたかっただけなんじゃ」

「だったら、僕がここから出してあげる。だから、上手く逃げて」

 王子は鍵を開けてやりました。

「ありがとう、名も知らぬ少女よ。だがしかし、儂一人で帰れるだろうか……」

「いや、僕は……」

「お父さーん!」

 その時、遠くから、若い女性の声がしました。

「おお、ベルか」

 あっという間にこちらに駆けてきた人影は、どうやら、このおじさんの娘のようです。家庭教師の先生と自分の母ぐらいしか女の人を見た事が無かった彼は、割かし自分と年の近い女性の登場に、思わずどきっとしてしまいました。

「あら、貴女が助けてくれたのね。ありがとう」

 そう言うと、彼女は王子を抱きしめました。

「いえ、僕は別に……」

「さぁ、早く。追手が来ちゃうわ」

「本当にありがとう、少女よ」

 いきなり女の人に抱きつかれてどぎまぎしていた彼をよそに、彼らはさっさと逃げていってしまいました。

 いえ、彼らを逃がす、という目的は達成したのでそれは良かったのですが、一番大事な事を訂正し損ねてしまったのです。

「……僕、女の子じゃないんだけどなぁ」

 まぁ、もう二度と会う事のない相手です。女の子だと思ってもらった方が、自分が王家の者だとは分からないだろう、と前向きに考える事にしました。

 しかし王子は、6年経った今でも、彼女の事を忘れられずにいたのでした。

――何故だろう。やっぱり僕は、あの人に会いたい。

 この一大事にも関わらず、思い出してしまった彼女。どうせ一か八かの勝負です。自分を好きになってもらうなら、自分が心から愛せる人の方が良いでしょう。

 そんな訳で、彼はベルという名の女性を、あてどなく捜す事にしました。



 その頃、何も知らないベルはというと。

「なーんか、どいつもこいつも魅力的じゃないわよねぇ」

「分かる分かるー」

 ちょうどお昼休みで、同僚達と恋の話で盛り上がっていました。

「今の会社、お父さんのコネで入ったはいいものの、全然良い男いないじゃん?」

「あ、そっか。あれ作ったの、ベルのお父さんだっけ?」

 あれ、とはこの会社の主力商品“想い紙”です。

 それをベルの父が発明したのも、やはり6年前の事。当時、父は発明にいそしむばかりで、ちっとも働いていませんでした。だから、彼女はアルバイトをかけもちして、何とか生活費を稼いでいたのです。そんな、ある日の事。



「出来た! ついに出来たぞ!」

「お父さん! やっと出来たのね!」

「ああ、これで儂は大金持ちになれるぞー。ノーベル賞だって夢じゃない!」

「それは大袈裟よ~」

 父が作ったのは、決して破れない紙、という物でした。ベルにはいまいち、その素晴らしさが分かりません。生涯をかけて開発した割には、ぱっとしない物だな、と思ってしまいました。彼女は大変正直者でしたから、思ったそのままを父に聞いてみます。

「まぁ、昔の万能黒板消しクリーナーよりはましだと思うけど……。でも、これが何の役に立つって言うの?」

「何だお前、そんな事も分からないのか? いいか。例えば、重要な会議、契約書なんかは、破れない方が良いに決まっているだろう?」

「ああー」

「それにラブレターを書く時なんかは最高じゃ!

“僕の君への想いは、この紙のように消える事も破れる事も無い”

とか言ってみなさい。たちまち女はメロメロじゃ!」

「お父さん、なんか古い気がするよ……?」

――でもまぁ、そういう使い道だったらきっと、どこか取り上げてくれる会社があるかもしれない。

「まぁ兎に角、儂はこれから特許をとりにいってくるよ」

「いってらっしゃーい」

 特許を取得する事がどんなに難しいか知らない親子は、もうこれで極貧生活とおさらば出来ると大喜びでした。ベルもうきうきしながら、父の帰りを待っていました。


 ところが、何日経っても父は帰ってきません。心配になった彼女は、捜しに行く事にしました。すると、なんとお城に捕えられているというではありませんか。父は昔から方向音痴で、しかも思い込みが激しいものだから、きっと間違えてしまったのでしょう。ベルはこっそりとお城に侵入し、父を助ける事にしました。多少の戦闘は避けられない、自分が捕まるぐらいは仕方ないだろう、と覚悟も決めます。

 ところが。鍵はすでに、可愛らしい少女が外してくれた後。ベルはお礼を言うと、父と共に逃げるように、その場を去りました。

その後、牢屋から逃げ出した親子は、特許申請をしに行く途中、偶然出くわした今の会社の社長にアイディアを気に入られ、そのまま買い取ってもらう事になりました。こうして、ベルは営業、父は商品開発部で未だに雇ってもらえている、という訳です。

いわば彼女にとって、王子は自分たち親子を救ってくれた恩人だったのです。

――そういえば、今頃どうしているのかしら……? って、何で思い出しているのよ。あの子は女の子でしょうに。

 そんな訳で。ベルはベルで、中性的でどこか影のある少女の事が、忘れられずにいたのでした。

――あの子、男の子だったりしてくれないかしら。



「外回り行ってきまーす」

 お昼休みも終わり、営業部に属する彼女は、お得意様の所を回る事にしました。

――ふぅ、この時間が一番好きね。

 元々動きまわる事が好きな彼女は、るんるん気分で街を闊歩します。


 何の因果か。ちょうどその時、偶然王子がそこに通りかかりました。6年前とは言え、憧れの女性の姿を忘れる訳はありません。しかし、どうやって話しかけたらいいか、王子には全く見当がつきませんでした。

――あう、見つけたは良いものの、どうしよう……。

 結局王子は、彼女の行く方向へ先回りして、真正面からアタックしてみる事にしました。ところが、彼女まであと数メートル、というところで道路の隙間につまづき、転んでしまったのです。

――うわ、格好悪い……。

 現代人は困っておいる人がいても見て見ぬふりをする、と言いますから、きっと彼女ももう去ってしまった後だろう、すぐに追いかけなければ。と、強打してしまった膝をかばいつつ起き上がると、そこにはベルが立っていました。

「大丈夫? 随分派手に転んだみたいだけど……?」

「だ、大丈夫です!」

 突然、憧れの女性の顔が目の前にあったので、王子は気が動転してしまい、折角差し出されていた手を無視して、後ろに跳びのいてしまいました。

「痛っ」

「ちょ、そんなにいきなり立ち上がったら痛むでしょうに……。ほら、見せて」

 恥ずかしい所を見られた上に、手当までしてもらうとは何と情けない事か、とも思いましたが、これでどうにか話す口実が出来ました。しかし問題は、この後どうやって会話を続けるか、という事でした。

――まさか、僕の事を覚えているはずもないしなぁ……。

「よし、これでいいわ」

「ど、どうもありがとうございます……」

「しっかし、着物汚れちゃったわね。折角綺麗なのにもったいない……。って、あら、そういえば、貴女、あの時の……?」

「え、覚えていてくれたんですか!?」

 王子は彼女も自分の事を覚えてくれた事に、とても嬉しくなりました。

「勿論。だって、父の恩人だもの。貴方も逃げてきたの?」

「え、えぇ、まぁ」

「って、その声、まさか……。貴方、男の子?」

「は、はい。一応……」

 長年の誤解は、こんな所であっさり解けてしまいました。

――うそ、この子……。めっちゃタイプなんですけど。

 ベルは内心でガッツポーズをしました。

――よし、袖振り合うも多生の縁だ。ここはひとつ、この子と過ごしてみようじゃないか。

 今年で25歳になるベルには、不思議な事に今まで一度も恋人らしい人はいませんでした。いくら時代が晩婚化の傾向になりつつあるとはいえ、そろそろ婚活しなければなりません。そうなれば、仕事は二の次。

「そんな格好しているから、女の子なのかと思っちゃったわ」

 実は王子、抜け出す際目立たないように、と従業員に衣服を着せ変えられていたのです。しかも、サイズが合わなかったので、仲居さんが着る女物の着物に。

「そうか、どこかで奉公しているのね。よし、分かった。一緒においで。服買ってあげる」

 女性の着物を着てする奉公って、とも思いましたが、こんな事で折角のチャンスを失ってはいけないので、彼はつっこみませんでした。しかし、会っていきなりプレゼントをもらう、というのは流石に気がひけます。特に王子は、今まで何人もの女性に、下心という名の強い想いが入った贈り物しかいただいた事がありませんでしたし。

「え、そんな悪いで「いいからいいから」

「あーれー」

 しかし、いかんせん断り慣れていない王子は、簡単に押し切られてしまいます。こうして、何故か彼は憧れの女性と、お買いものデートする事になりました。


 二人はいろんなお店を、喋りながら見て回ります。また、ベルは本当に王子の為に服を見つくろって、プレゼントしてくれました。王子はきちんと丁寧に断ったのですが、確かに服が汚れたままでは他の方の迷惑にもなりますし、何より変装とはいえ女性の服をいつまでも着続けるのは躊躇われたので、何度も何度もお礼を言って、ありがたくいただく事にしました。

 しかし、その代わりに、後のベルの買い物の量がすさまじかったのです。王子は

「いいのよ。これから買い物に付き合ってもらうお礼だから♪」

という彼女の言葉の意味を実感しました。

 彼はすっかり荷物持ちにさせられ、ついには両手がいっぱいになってしまいました。


「べ、ベルさん待ってー」

「もう、だらしがないわねー。先行って待ってるから」

――うーん、ちょっと失敗だったかしら。

 確かに、王子は彼女の好みの顔をしていました。が、いかんせん気弱で、頼りない感じがします。

――草食系が流行っているとは聞いていたが、まさかここまでとは……。

 こりゃ、今回も外れかねぇ、と半ば諦めながら、彼女は彼を放ってすたすた歩いて行きます。

 まさか、後ろから彼女を狙う男達がいるとも知らずに。


 王子は大量の荷物を抱えたまま、やっとの思いで店の前まで辿り着くと、そこでとんでもない光景を目にしました。なんと、彼女が屈強な男二人に囲まれているではありませんか。

「ようよう、ねーちゃんよう。俺達とお茶でもしなーい?」

「えー、今買い物してるんだけどー」

「何が欲しいんだい? 言ってごらんよ」

――た、大変! からまれてる! 助けなきゃ!

 彼は生まれてこの方、あのように男の人が女性に絡んでいる所を見た事はありませんでした。ですから、所謂ナンパ、という物がよく分からず、純粋にこのままでは彼女が男達に攫われてしまう、と考えたのです。そこで、大好きな彼女の為、勇気を振り絞って、声を張り上げました。

「ら、乱暴は止めて下さああい!」

「え? ソウジ君?」

「あ? なんだ、お前」

「よく見ると可愛い顔してるじゃねぇか」

「じゃあお前で良いや。一緒に来いよ」

「えええええええ」

 先にも述べたように、王子は大変可愛らしいお顔立ちをされています。ですからこのように、男性から声をかけられる事も少なくはありませんでした。

彼らの興味はすっかり彼に向いてしまい、助けに入ったはずが、逆に捕らわれの身となってしまいます。

「ったく、この子に、手出してんじゃないわよ!」

 これには、流石のベルも怒り心頭。男二人を怒鳴りつけ、退散させてしまいました。

「ごめんなさい。大丈夫ですか……?」

「いいのよ。ってか、あーゆーのはちょっと脅したら、良いお小遣い稼ぎになたんだけどねぇ」

「え、そうだったんですか? ごめんなさい……」

「いいのよ。ありがと。格好良かったわ」

――ただの気の弱い子だと思ってたのに……。意外にちゃんと男の子なのね。

 彼女はますます、王子の事が気に入りました。

「さ、気を取り直して、買い物の続きしましょう」


 それから、1時間ほど、王子はベルとショッピングを楽しみました。勿論、早く自分の事を愛してくれる人を見つけなければいけないのは分かっています。それでも、久しぶりに会えた彼女と一緒にいる事が嬉しくて、少しだけ、その事を忘れる事にしました。

――まぁ、どの道こんな僕を本気で好きになってくれる訳ないし。良い思い出があればあれとも……。いや、それは無理かな。どうしよう。

 しかし、いくらこの事を彼女に伝えようとしても、言葉が出てきてくれないのです。これが魔女の呪いか、と改めてその恐ろしさを実感したのでした。


「ん、なーんか言いたい事があるのに、言えないって顔ね」

 心を見抜く力があるのか、それとも、王子がずっともじもじしていたからかは定かではありませんが、ベルは途中で、彼の異変に気が付いてくれました。

「……うにゅう」

 しかし、やはり言葉にはなりません。王子はただ俯く事しか出来ませんでした。

「よーし、お姉さんに任せなさい」

「?」

「じゃーん。これね、私の父が発明した、“想い紙”って奴の応用版。私が改良を加えた、試作品なんだけど、まぁ試してみて」

「試すって……?」

「言葉で言えなくても、この紙は触れただけで相手の想いを文字にして出してくれるの。だから、私に言いたい事があるなら、それを考えながらこの紙に触れてみて」

 王子は出来るだけ、その置かれている状況を簡潔に脳内でまとめてから、差し出された紙に触れました。

 そして、浮かびあがった文字を見て、彼女はこう叫びました。

「魔女のショタコンめえええええええええええええええええええええええええええええ!」



「くっくっく、そろそろ限界かね?」

「ここまでか……」

 ついに、王子の家来達は皆、魔女にやられてしまいました。彼女はたった一人でしたが、魔力の量がすさまじかったのです。知識と経験も半端無かったようで、あっという間に兵力は殺がれていきました。

「さーて、邪魔者もいなくなった事だし? 早速、こいつを出しに行きましょうかね。これで、地位も名誉も若い伴侶も私のものだ……」

 兵士達が全滅し、魔女がとうとう役所に向かおうとした、その時です。

「何しとんのじゃぼけええええええええええええええええええええええええええええええ」

 とうっ、と見事なとび蹴りと共に、ベルが叫びながら登場しました。彼女の攻撃は、魔女の顔面にクリーンヒット。うぎゃあ、という効果音と共に、その場に崩れ落ちます。

「うう……。おのれ、何奴!?」

「話はこの子から何もかも聞いたわよ! 何その理不尽! そんな紙きれ、あたしがずたずたにしてやるわ!」

 そう言って、彼女は魔女からひったくるようにして、紙を奪いました。

「ふん、誰かは知らんが、こやつから話を聞き出すとは大した奴だ。だが、お前ごときに破れるはずが無いわ!」

 今まで誰にも、どんな方法でも破れなかった紙です。魔女は奪われた所で痛くも痒くもないようで、逆にふんぞり返っていました。

 しかし。

「えいっ」

びりびり、びりびりびりびり。

 ベルが少し力を入れると、紙は普通に破れました。

「なっ!?」

 魔女が驚いたのを見て、にたぁ、とベルは笑うと、これでもか、とばかりに細かく引き裂き始めます。先程まで最強を誇っていた紙は、無残にもぼろぼろになってしまいました。

「くっ、この婚姻届は、本当の愛が無ければ破れない……。という事は、お前」

「私は年下好きなのよ! 悪いか!」

 まさかのカミングアウトに一同唖然としましたが、しかし争点が違う事は誰の目にも明らかです。そこをとっかかりにしてどうにか諦めさせよう、と魔女が畳み掛けにいきます。

「そうじゃない。お前、この方が王子だと分かって言っているのか? 知らないからそんな大それた事が言えるのだろう? 見たところ、お前はただの娘っ子、とてもじゃないがふさわしいとは」

「ふさわしいって何さ! そんなに身分が大事? 貴族は貴族同士じゃないと結婚しちゃいけないって言うの? 好きになっちゃいけないって言うの? あたしはそんなの認めない。良い、よく聞きなさい、おばさん。愛っていうのはね、そんな紙きれで束縛するもんじゃない! 押し付けるもんじゃないんだ。相思相愛なんて無い? ふざけんじゃねぇ。めったにない事だから、奇跡のようなもんだから、だからこそ、想いが通じた時、嬉しくなるんじゃないか! 誰が誰を好きになろうが関係ないだろ!? だって、好きになっちゃったんだから!」

 正直でまっすぐな彼女の性格は、魔女の意地悪にも屈する事はありません。

「べ、ベルさん……」

 王子は彼女の勇ましい姿に、心を打たれました。

「くそう、こうなったら……!」

 口では勝てないと思った魔女は、杖を取り出し、実力行使に打って出ようとします。

「べ、ベルさん危ない! 逃げて!」

「逃げる……? 誰が?」

『え?』

 魔女が杖を構えた時にはすでに、ベルはその懐に入って、父直伝得意のアッパーカットをおみまいした後でした。ぐはあっ、という唸り声と共に、その場にしゃがみこみます。

「何故……、お前のような娘っ子が、高速移動の魔法を……?」

「ま、一芸に秀でてないと、世の中生きてはいけないのさっ」

 実は彼女、魔法の心得がありまして、それを使って極貧時代をしのいできたのです。確かに、魔女の方が魔力は上でしたが、若さには勝てなかったようです。何より、ベルの愛の前に、彼女は完敗したのでした。

 こうして、王家、そしてこの国最大の危機は、一人の強き女性の手によって救われたのです。



「あの、僕……」

「私は、貴方の事大好きよ?」

 ベルは今日一日で、すっかり王子の事を好きになったようです。

 しかし王子は、この通り照れ屋ですから、おいそれと“好き”とは口にできませんでした。その代わりに。

「……あの、今度一緒に、僕の庭に来て下さい」

 今まで王子以外誰も入った事のない庭に、彼女を招待する事にしました。



「ベルさん、これ……」

 後日、王子は本当にベルを城に招き入れます。そして、色とりどりの花が咲き乱れる庭園で、大切に育ててきたバラを花束にして、差し出しました。気の弱い、しかし誰よりも優しい彼の精一杯のプレゼントです。

「まぁ、綺麗……」

 これには彼女も、しばしうっとりと見蕩れていました。そんな様子を、王子は今までのどんな時よりも、また誰を見るよりも、柔らかく温かい笑顔でご覧になっていました。

 彼らはしばらく、たわいもない話に華を咲かせ、幸せな時を過ごしました。心なしか、周りの草花達も彼らを祝福するようにきらきらと輝いているように見えます。

「ところで、ソウジ君」

「はい」

「私と結婚しちゃう?」

「……はい!」

 結果的にはそれが、プロポーズとなりました。



 気が弱いように見えて、芯はしっかり持っている野草と、勇敢な美女の物語は、こうしてハッピーエンドでその幕を閉じたのでした。めでたしめでたし。


もはやどこが童話のパロディなのか分からないぐらいになっておりますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

ではまた次回、他の物語でお会いしましょう。

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