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Schnee wittchen

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰だ?」

「それは……」

 白雪姫冒頭、有名なワンシーン。

 少女はいつも、この場面を見る度に想う事があった。

“何故、鏡は嘘をつけなかったのだろう”

――ここで鏡が嘘をついて、継母に媚を売っていたら……。話はココで終わっていたのに。

 だが彼女は同時に、こんな事も考える。

――あー、でもここで終わっちゃったら、白雪姫は王子にめぐり会う事もなかったんだから、そこを考えると、案外“白雪姫が鏡をそそのかした”という事も在りうるかもしれない。……もっとも、それで割られちゃう鏡の使いっぱしりっぷりは、なかなか同情を誘うモノがあるけれど。

 それが彼女の、“白雪姫”に対する感想だった。

 今まで幾度となく童話を読み、アニメを見、劇を観賞してきたけれど、物心ついてからの感想はあまり変わらない。つまりは、

“童話なんて、ご都合主義も良い所”

という、冷めた、もっと露骨に言うならば、若干大人げないような、夢もへったくれもないようなものだった。しかし、これにはそれなりに理由がある。

 少女の名は氷野(ひの)()(しろ)。何となく、全体で見ると白雪姫を髣髴とさせてしまうその名前のせいで、幼い頃から苦労させられていた。

 そんな訳で、高校の文化祭で劇をやる事になってしまった時に、真っ先に危惧したのがそれであった。が、いくらなんでも高校の文化祭でそれはないだろう、幼稚園生じゃあるまいし、と半ば油断していたら、何故かトントン拍子に話が進んでしまい――

「あら、おいしそうなリンゴですね」

今、妃白は、人生で4度目になる白雪姫を演じている。

 そもそも、こんな名前をつけた親がいけないのだ、だから私は童話に縛りつけられているのだ、と考えた事もあったが、2つ下の妹は(ひめ)()なので、それよりはましか、と最近は思うようにしている。

 数年おき、とはいえ4度目にもなると、すでに台詞を覚えなおす必要も、ましてや練習をする必要すら、本来なら妃白にはない。にもかかわらず、こうして貴重な夏休みを削ってまで練習に参加しているのは、ただ単に、監督が彼女の大親友だったから、に他ならない。ついでに言うと、王子役がクラスで一番格好良いのではないかと噂され、彼女の好みのタイプの男子だったから、というのも少しはあったかもしれない。

 だがしかし、そうは言っても、退屈なものは退屈である。そこで、そんな事に思いを馳せるに到ったのだ。まぁ、そんな事を考えていても、大真面目に演技しているように見えるのが、自分の良い所である、と妃白は思っている。

 このように、適度に力を抜きながら、彼女なりにクラスに貢献していた。

 そんな、ある日の事である。


 この日も、いつものように練習に励んでいる、ふりをして頭の中では違う事を考えていた。ら、

「妃白……。ちょーっと、おいで」

監督に呼び出しをくらってしまった。

「さーて、妃白ちゃん。あたしが呼び出した理由、わっかるよねー?」

「さ、流石です、監督……! 申し訳ない。つい身が入らなくて……」

「ふむ、分かっているならいいのだよ。しかしな」

「?」

「廊下を見てご覧さ」

「・・・」

 廊下では、文字通り汗水流して、クラスメイトが装飾や衣装を準備していた。教室は劇の練習をしていて使えないので、彼らはずっと暑い中、作業していたのである。

「これでも、頑張らにゃいと言えるのかにゃ?」

「……すまぬ」

「うむ。反省しているようなので、ここらで一度休憩にしよう。その間、これを読んどく事。それで、許してやろう」

「はーい」

 手渡されたのは、一冊の本。多分監督が台本を書くときに使用したのであろう、童話集である。開かれているページは、勿論“白雪姫”。

――ふむ。初心に帰れ、という事か……。

 仕方なく妃白は、パラパラとページをめくっていく。すると

「たすけて……」

か細い声が、どこからか聞こえた。

「?」

 耳を澄ませて、神経を集中させて、音の出所を探る。

――もしかしたら、誰かが熱中症かなんかで倒れたのかもしれない。

「助けて……」

「……え?」

 すると、どう考えても、妃白の近く、しかも下の方から声が聞こえてくる事に気が付いた。

「……まさか、ね」

 そんな訳ない、と更に本を耳に近付けてみる。すると――

「あぁ、良かった。私の声が届いていて」

「え?」

 何やら妙な感覚と共に、目の前が真っ暗になった。


「……ここは……?」

 目を開けると、そこはまぶしいほどに光の溢れる空間だった。

「嗚呼、なんだ、病院、か。……え?」

 てっきり、自分も熱中症かなにかで倒れて病院に運ばれた、と思い込んでいたら、そうではなかった。光に目が慣れてくると、そこはお洒落なカフェのような所だったのである。

「何、ここ、どこよ……?」

 状況が飲み込めない妃白は、とりあえず辺りを物色する。

 すると、どうやらここが店である事に気が付いた。だが、同時に、ここが普通の場所ではない事にも気が付いた。

 いや、とりあえず、学校にいたはずの妃白が、突然訳の分らぬ店にいること自体がまずおかしいのだが、より問題なのはその店の方だった。何故なら、そこには薬草や粉末の粉の入った瓶、カラフルな液体など、普段お目にかかる事のないようなモノばかりが並んでいたからである。

「・・・」

 しばし、呆然とする妃白。そんな彼女に

「あ、あの……」

声を掛けるか細い声。

――あ、この綺麗な声、さっき聞こえた……。

 振り返ると、そこにはぬけるように白い肌をした美しい少女が、こちらをのぞき込んでいた。

「大丈夫ですか? 一応服のサイズは合わせたつもりだったのですが……、やはりお継母様のが元では、大き過ぎたかしら……」

「!?」

――そういえば、何か動きづらいと思ったら……。

 彼女はようやく、自分の服装を見た。すると、先程まではTシャツにジャージ、という劇練習用スタイルだったのが、いつの間にか丈の長い、黒いローブに覆われていた。まるで、ファンタジーに出てくる魔女みたいだ。

――どういうこっちゃ? ってか、何故服の心配?

「あ、あぁ、突然お呼びしてすみませんでした。申し遅れました。私は白雪、この世界では姫というポジションにいるようです」

「は、はぁ」

――何やら訳が分からない。だが、とりあえず私をここに呼んだのは、彼女で間違いないようだ。話もそこそこ、通じるらしい。

 彼女は自分で理解する事を諦めて、大人しく彼女の話に耳を傾ける事にした。

「えーっと、どこから話してよいやら……。あぁ、まず、この世界の構造からお話ししますね」

「はい」

「この世界は、皆様が普段読んでいらっしゃるような、お伽噺、絵本の世界です。でも……」

「?」

「最近、この手のお話を信じてくれない、というか純粋に楽しんでくれない人が多いみたいでして。その所為で、この世界がおかしくなってしまったんです」

「・・・」

――思い当たる節が多すぎる!

 妃白は初めて、童話に対して申し訳ない気持ちになった。しかし、はた、と気が付く。

「あの……。失礼ですが、白雪さん自体は、何もおかしい所が無いような気がするんですが……?」

 肩口でまっすぐに切りそろえられ、ボブのようになっている黒髪、頭の真っ赤なリボン、青を基調としたパフスリーブのワンピース。透き通るような白い肌、真っ赤な唇、くりくりとした眼。絵本の中の白雪姫そのものだ。口調も、年齢も、これと言っておかしい所は無い。だからこそ、彼女はここが本の中なのだ、と信じる事が出来たのである。

「それは、私が一応、この物語の主人公だから、みたいです。私までおかしくなったら、それはきっと、この物語の終わりを、意味しているのでしょうね……」

「あぁ、そういう……」

――確かに、これで姫までおかしくなったら、物語が成り立たなくなっちゃうもんね。

 妃白は妙に納得して、話を聞く態勢を作る。

「手短にお話ししましょう。この世界の歪みを。そして、私が貴女を呼んだ理由を」


「まず最初におかしい、と思ったのは小人たちです。昔は、ご存じの通り7人仲良く暮らしていたのですが、今では3人いたらいい方。誰かしらがどこかしらに出かけてしまって、酷い時は小屋に誰もいない事だってあります。次に、肝心の王子が、段々と年をとっていって、ついには目も当てられないほどのおじさんに……。挙句の果てに、魔法の鏡は小さくなって、そこにある手鏡になってしまいましたし、お継母なんて……。ものすごい良い人になられて、最終的には……」

 うぅっ、と声を詰まらせる白雪。

「・・・」

――王妃に何があったんだ……? いや、今は私が王妃役らしいから、前任の、というべきか。兎に角、今居ない所を見ると、もしかしたら必要ないから、と消されてしまったのかもしれない。いずれにせよ……肩をがくがくふるわせている白雪の口からは、もうこれ以上詳しい事は聞けないだろう。

 妃白は先を促す事にした。

「……まぁ、その辺りはおいおい聞くし、後で実際に見れば分かる事だから、今はそれぐらいで大丈夫です。でも」

「あ、はい、何でしょう?」

「どうして私をここに呼んだのか、それだけ教えて下さいませんか?」

「あぁ! すみません、そこを先にお話しするべきでしたのに……。貴女をここに呼んだ理由は、お気付きかもしれませんが、この世界で継母の役……、つまりはリンゴ売りの魔女を演じてほしいのです」

「はぁ」

 妃白も馬鹿ではない。それぐらいはとっくに気が付いていた。だが彼女にとって問題だったのは、何故魔女役なのかでも、一体これから何をするのかでもない。

「いえ、そこはもうどうでもいいんです」

「?」

「ここまできた以上、やる事さえ教えていただければ、職務は全うします。きっと、そうしない事には、私は元の世界には戻れないのでしょうし。ですから、私が聞きたいのはそういう事ではないのです」

「……何故、“貴女”なのか、ですか?」

「はい」

「実は、その事にはそこまで深い意味は無いのです。ただ」

「ただ?」

「一度は物語を邪険にされた方の方が、私共の事を分かっていただけるかと思いまして」

「・・・」

――そうか、それが分かっていて、白雪は私を呼んだのか。ならば、協力を惜しむ訳が無い。

「分かりました。出来る限りの事はやってみます」

「! 本当ですか! ありがとうございます、氷野様」

「妃白、でいいですよ」

「では妃白さん。私の事も雪とお呼び下さいな」

「はい、雪さん」

「さて。では早速参りましょう。現状を理解された方がきっと、私が説明するよりも早いですわ」


 そう言って妃白が雪に連れてこられたのは、かの有名な山の中の小屋だった。

「ただいま戻りましたー」

「お、お邪魔します……」

――おお。これが小人の小屋か……。ん? でも何か違うような……

 こじんまりとした、可愛らしい外見の小屋。妃白のぼんやりとした記憶では、まぁこんな感じだったような気はしたのだが、それでも何かがおかしい、と直感的に彼女は思った。

――まぁ、継母の家があんなお洒落なお店風になっているんだから、何が変わっていても不思議ではない、か。

「おぉ、お雪。お帰り」

「遅かったねぇ。今お茶を入れてあげるからねぇ」

「あ、私がやりますよ! ゆっくりしていて下さいな」

「・・・」

――成程、これか、違和感。

 妃白はものすごい勢いでつっこみたくなったが、何となく雪の中での自分のイメージを壊したくなくて、自重する。だが、そのぐらいには、小人はおかしくなっていた。

 着物は綿入れ半纏、草履をはき、畳の上で茶をすすっているような小さなおっさんとおばさんが、この世界の小人だった。何故雪はここを問題視しなかったのか、甚だ疑問である。もしかしたら、彼女は時代劇を知らないのかもしれないな、と妃白はそんな少し的外れのような事を思った。まぁ、童話の主人公なので、知らなくて当然、と言えば当然なのだが。

――ってか、雪って時点で気が付けばよかったわ……。

 妃白は、すごく微妙な後悔をした。

「えーっと、妃白さん、大丈夫……?」

「大丈夫……。少しショックが大きかっただけですから」

「まぁ、吃驚しますよね。小人が私の為にお茶をいれてくれるなんて……」

「・・・」

 つっこむべき所はそこではない、と彼女は思ったが、そういえば確かに、白雪姫はそういう設定だったな、という事を思い出す。居候の肩身が狭いのは、今も昔も同じ、という事か。

「嗚呼、そうじゃお雪」

「はい、何でしょう?」

「言いづらいんじゃが……また、きておったよ」

「!」

 小人から差し出されたのは、一通の封筒。それを見た途端、青ざめる雪。

「それ……一体何なの?」

 その様子に、思わず、友人に話しかけるような気楽さで、妃白は尋ねた。

「あ、すみません」

「い、いえ。別に良いのです。妃白さんが話しやすい喋り方で……。それより、これの事でしたね。これは……えーっと、その」

「私からのラブレターだよ!」

バアンッ。

『!?』

 盛大にドアを開けて突然入って来たのは、何やらど派手な服を着た、40オーバーのおっさんだった。

「いわゆる、恋文ってやつだね」

――ま、まさか……っ!?

「こ、これはこれは王子様。ご機嫌麗しゅう?」

 ひきつった笑顔を浮かべながら、雪は震えた声でおっさんに応じる。

――こいつかあああああああああああああああああ!

 妃白は雪の、王子に対する評価だけは、至極真っ当、正しい物であった事を知る。王子は、小太り・汗っかき・ベタついた髪・そこはかとない加齢臭・金縁眼鏡・往年の王子様服(カラーは金と赤がメイン)・白タイツ、というどれをとっても残念な感じのただのおっさんだった。

――っていうか今更だけど、何でラブレターを恋文って言い直したんだよ。古典文学だからか?

 おっさんは、額に脂汗を浮かべながら続ける。

「あれ? もしかして今帰って来たばっかりだったの? じゃあ仕方ないな、出直すか……。それとも、ここで待たせてくれるかい?」

「あ、あの、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「嫌だなぁ、ちゃんと手紙に書いておいたじゃないかー。って、あれ? もしかして僕が心をこめて書いた文さえ、読んでくれてないの?」

――だから何故わざわざ手紙を文と(以下略

「え、えぇ。申し訳ありません。何分、本当につい今しがた帰宅したばかりなので……」

「そう? まぁ、それなら仕方ないね。でも、おっかしいなー。ちゃんと2日前には出したはずなんだけど。ねぇ?」

「左様にございます」

「何でもっと早く届かなかったんだろう?」

『・・・』

 誰も、その王子、いや、おっさんの質問には答えようとはしない。妃白は気になって、こっそりと雪に問うた。

「ねぇ、ここからお城までって」

「……普通なら、3日はかかりますわ」

「・・・」

――飛脚頑張ったなー。よくやった。うん。お前に落ち度は無い。

 妃白の脳内まで段々と時代劇の世界に浸って来た所で、王子が一応、話を元に戻した。

「ま、いっか。よーするにね、可愛い君を早く妃に迎え入れたいから、今夜開かれるお披露目パーテげふんげふん、もとい、舞踏会に招待しにきたんだよ。という訳でお雪、僕と一緒にお城へきておく」

「お断りします」

「えー。何でさー。君、今夜は暇なんだろう? 今日はバイトが無い事ぐらい、分かっているんだよ?」

――お前はストーカーか!

 この小太りのおっさんに対するイライラがマックスに達した妃白は、つい口を出す。

「雪は今日、私との先約があるのです。わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、どうかお引き取り願えませんか?」

「? 君だぁれ?」

「王子様に名乗るほどの名前は、持ち合わせてございません」

「ふーん。……今回は随分可愛いじゃねぇか、お雪」

「そ、そんなつもりでお呼びしたのではありませんわ!」

 雪の言葉が耳に入らなかったように、今度は妃白の方に近寄ってくる王子。

「な、なんでしょうか……?」

「お雪がダメなら、あんたでもいいや。あんた、俺の妃にならねぇか?」

「!?」

――何言ってんだこのブター!!

「わ、私はそんな」

「いいじゃんいいじゃん。習うより慣れろだって。お城の生活は楽しいよー」

 逃げようとする妃白の肩をつかみ、にじり寄ってくる王子。その距離が近づくにつれて、独特の体臭と、生温かい息遣いが伝わってくる。

――無理むりムリー!! 何これ聞いてない!

 妃白があまりの出来事にパニックを起こしていると、

ドコッ。

 鈍い音がして、王子は床に倒れた。反射的に避ける妃白。

「妃白さん! 今のうちに!」

 雪は私を連れて、王子とその家来が乗ってきた馬車を頂戴し、その場から逃げた。


「た、助かった……」

――しかし、あのおっさん大丈夫なのか? 思いっきり殴られていたような気がするが……。

 雪のとっさの判断でおっさんの魔の手から脱出したは良いものの、果たしてそんな事をして大丈夫なのか、という不安が彼女の頭をよぎった。しかし、この世界では“その役目を全うするまでは何があっても死なない”、という事を妃白が知るのは、もう少しだけ先の事である。

「ご、ごめんなさいごめんなさい! まさか、初対面の妃白さんにあそこまですると思っていなかったので」

「一体どういう……。ま、まさか、雪のお継母さんって……」

「はい……。王子に……」

――やっぱりか。さっきの王子の言い方、どうも気になっていたんだ。

「失礼だけど、雪はいくつ?」

「14です」

「……お継母さんは?」

「42歳です」

――見境なしかああああああああああああああああああああ!

 妃白がやり場のない怒りに肩を震わせていると、

「こんな世界になってしまったからこそ、お雪ちゃんは貴女を呼んだんですよ」

聞き覚えのない声が聞こえた。

「?」

 今まで、隣で妃白の手を握って謝り続けている雪しか、彼女には見えていなかったが、この馬車には他にも二人、王子の家来であろう兵士が同乗していた。

「えーっと、貴方達は……」

「初めまして、妃白さん。僕達は怪しいものではないですよ。お雪ちゃんの味方です」

「俺が弟のヨウ、こっちが兄貴のユウです」

「は、初めまして」

 兄弟は雪とそれほど年の変わらないぐらいの、少年兵だった。

――しかし、王子の配下だろ、こいつら……。あの、王子の家来となると……。油断は出来ないな。

 そんな穿(うが)った見方が伝わってしまったのだろうか。雪の方からフォローが入る。

「そんなに警戒しなくて良いですよ、妃白さん。彼らは私の幼馴染でもあるんですから」

「と同時に、兄貴と雪姉は恋人同士でもある、と」

「な、何言ってんだお前!」

 一気に顔を赤らめてあたふたする二人。どうやら、ヨウの言った事は本当らしい。

「まぁ、そうじゃなきゃ雪姉は馬車奪ったりしないさ。だろ?」

「確かに……。ふむ、雪に免じて君達の事は信用しよう」

「それに、さっき貴女を助けたのも俺らさ。ちなみに、あの手段はいつも使用していて、その都度何故だか知らないがあのおっさんは復活するので、ご安心を」

「へ、へぇー……」

――ほっとしたような、むっとしたような。

「まぁ多分、“役目を果たすまでは死なない”ように出来ているんだろうねぇ。……今回は延髄を狙ったんだが……。多分生きてるんだろーなぁ」

「・・・」

 注:延髄えんずいとは、脳の一部で消化や呼吸など、生命維持に不可欠な中枢を担っているところ。そこを殴ったら……まぁ、想像つくよね? 良い子はまねしないように。

「で、妃白さん、大体状況は飲み込めた?」

 まだあたふたしている二人をよそに、勝手に話を進めるヨウ。どうやら彼にとっては、いつもの事らしい。妃白もそれに倣い、話を続ける。

「はい、何となく」

――この世界の狂いっぷりが、身にしみて。

「で、貴女の役割も、分かってきた?」

「……この世界の狂った部分を、元に戻せ、と?」

「そーゆーこと。そこで、だ。当事者の俺達からと、妃白さんが感じた違和感が違うと、俺達の間でも意見が食い違っちまう。ここらで一度、間違い探し、やってみないか?」

――ふむ、成程。この、ヨウという少年。年は若く、言葉遣いはなっていないが、なかなかしっかりしている。目の付けどころも良い。

「分かりました。では、まず私、“姫”の立場から見たおかしな点をお話ししましょう」

 いつの間にか復活した雪は、本来のしっかりした口調に戻り、また仕切り始めた。


 雪が感じていたのはやはり、“原点との不一致”が主だった。まぁ、配役が配役なので、そうならざるを得ないだろうが。内容は、最初に話してくれた事とほぼ一緒だった。

 一方、ユウとヨウの兄弟、主体となって喋っていたのはヨウだったが、の違和感は、私が感じていた物とほぼ同じだった。それを雪に告げると、

「あら。じゃあやっぱり、私の感性の方がおかしかったのね……」

と、少しショックを受けていた。

「まぁ、それは仕方ないよ。お雪ちゃんはなんてったって、この世界のヒロインなんだから」

「ユウ君……」

「とまぁ惚気は置いといて。さて、妃白さんよ」

「何だい? ヨウさんや」

「あんた、いける口だな。っと、そうじゃなかった。多分、この世界の歪みを直して、出来るだけ原典に近い形でこの物語を一旦終わらせれば、俺達は元通りに、貴女も元の世界に戻れると思うんだ」

「ふむ。では、どこから直していくか、か」

「幸い、今継母役、というか魔女役、といった方が良いか。は妃白さんだから、そこは問題なし。あとは」

「小人と王子」

「そーいう事。でも、もっと忘れちゃいけない事がある」

『?』

「ハッピーエンドで終わらせる、って事だ。雪姉が幸せにならない結末なんて、俺は認めない」

「ヨウ、お前……」

「って訳だ、妃白さん。そういう感じで、何か案は無いか?」

「……無い事も、ない」

「!? ほ、本当? 妃白さん」

「えぇ、まぁ」

――何しろ、聞かれる前から、いや、この世界にきた時から、ずっと考えていたからな……。もっとも、彼らの話を聞くまでは、ふわふわとした曖昧なものだったが……。

「お願いします、教えて下さい、妃白さん。僕、お雪ちゃんの為なら、何でもやりますから」

 妃白に注がれる、六つの目。そのどれもに宿った、期待と熱意。

――こうなりゃ、腹くくりますか。

「では、これから話すわ。……皆、私の掌で上手く踊って頂戴ね?」


 妃白は3人に、自分の謀を伝えた。

「そ、そんな綱渡りみたいな事……」

「でも、これしか多分、方法が無い。それに、あの王子の様子だと、迷ってる時間も、ない。そうでしょう?」

「しかし……」

「俺は乗るぜ」

「ヨウ!?」

「流石だ、妃白さん。あんたやっぱり、最高だよ」

「そりゃどーも。で、雪はどう? 私の作戦、どう思う?」

 雪はずっと、皆の言葉に耳を傾けながら、目を瞑って考えていたようである。しかし、妃白に促された事により、覚悟を決めたように目を開けた。

「そうですね。確かに、危ない橋もありますが……。元より、危険は承知の上。やってみるしか、ないでしょう」

「決まり、だな」

「じゃあ早速、行動に移ろう」


 そこからは、妃白と雪、ユウトヨウの兄弟都に分かれ、それぞれの任務にあたった。

 まず、当面の大きな問題は、“小人が七人いない事”と“王子がおっさんである事”である。そこで、妃白は下準備として、その二つをどうにかする事を考えた。

「でも、まさか魔法で人形を動くようにするなんて……。思いつきもしませんでしたわ」

 感心したように、手さばきを見る雪。

「嗚呼、これ、正確には魔法ではないんだけどね……。まぁ、雪が分かりやすいように理解してくれればいいわ」

「?」

――まぁ、私もまさかこんな事をやるとは思っていなかったけどね……。ここが時代劇に影響されてなきゃ、思いもつかなかったわ……。

 要するに、重要なのは“小人が七人いる”とこの物語をおかしくしやがった何者かに、思わせる事である。だから、“動くモノが七体あれば良い”と、彼女は考えたのだった。

 つまり、“生きているか生きていないか”、より、兎に角“人数をそろえる事”に重点を置いて考えてみたのだ。その結果、辿り着いたのが……

――いやぁ、でも流石の私も、からくり人形なんて作るとは思ってもみませんでしたよ。

 歯車の組み合わせで動く、昔ながらの仕掛け人形である。

 流石に、妃白にはそこまでの技術は無いし、ましてや彼女にはそういう魔法は使えない事を、薄々感づいていた。どうやらこの世界の“魔法”とやらは、俗に言う、杖を振り回し特殊な呪文を唱えると火がぼーっと出てくる、みたいなのではなく、薬草を煮込んで毒薬を作ったり、魔法陣を描いて対象者を呪う、みたいな、陰陽師的なやっぱり古風な呪術、らしい。

 そこで、一か八かで“からくり人形を作れる式神”を呼び出してみる事にしたのである。式神の呼び出し方は、店にある本に書いてあったので、期待半分で呼び出してみた。ら、

「本当にいたのか……。何でもありだな……」

ちまっとしたおっさん達が姿を現した。という訳である。

――っていうかおっさん率高いな……。童話なのに。

 おっさん達は元になる木を切り、削り、せっせと人形を作り始める。そんなこんなで、小人の数合わせは順調に進んでいた。

「……あの二人、大丈夫かしら?」


 一方、お城に戻ったユウとヨウは――

「おい、こんなんで良いのか?」

「おっけーおっけー。じゃあ、行きますかね」

「……どっちが選ばれても、恨みっこなしな」

「まぁ、それはね。仕方、ないよね……」

 かつてない恐怖に、身を縮こませていた。

「しっかし、妃白も恐ろしい事を思いつくものだね、全く……」

 妃白が目を付けたのは、兄弟の美しさだった。兄のユウの方は、紺の短髪、藍色の目に全体的に優しそうな雰囲気の、青年と少年の両面を併せ持つ15歳。弟のヨウは、金の肩口ぐらいまでの髪に、空色の瞳を持つ、フランス人形のような13歳。しかも、二人とも声変わりをしていない所が、大変魅力的だった。

 王子をどうにかするにあたって、流石に、雪本人を刺客として送り込むのには抵抗があったし、それでは何より王子役の交代が出来ない。そこで、妃白は彼らを女装させて、王子に近づかせる事を思いついたのだった。

 という訳で。現在二人は、ユウは白を基調とした、ヨウは淡いピンクが可愛らしいドレスを着て、結局行われる事になった舞踏会(その事を聞いてようやく、妃白は物語の中でいかに“役割”というモノが重要なのかを悟った)に、潜入中なのであった。


 妃白の作戦はこうだ。まず、二人のどちらかが王子に気に入られる。(出来ればこれはヨウが望ましい、と思っていたが、彼女は口には出さなかった)次に、ユウなら妃に、ヨウなら妹にしてもらえるように、王子に進言する。そして、無事に契約が成立した所で、妃白が鏡に、

「この世で最も美しい者を持つ者は誰だ?」

と問う。すると、否が応でも鏡は

「それは王子様です」

と答えるだろう(ユウでもヨウでも美しいし、ましてや雪なら当然なので)。そして、妃白が毒リンゴを持って王子に面会を求め、王子を亡き者に。この時点で、ユウは王子の地位にのし上がる事が出来る。あとは、悲しみに暮れるユウの元へ雪が出向き、キスをして心を慰め、二人はそのままゴールイン。式は小人が執り行う。

 これで一応、ハッピーエンドであるし、王子も小人も魔女も、その役目を果たした事にはなる。問題は、これが何者かに受け入れられるかどうか、そして、王子が上手い事妃白の策略に乗ってくるか、だったが……。


「お、王子様。お止め下さい!」

「よいではないかよいではないか」

「あ―れ――――」

「……。僕じゃなくて良かった。本当に、良かった」

 妃白の読みは完全に当たった。しかもこのおっさん、予想をはるかに凌駕した、見境の無さだった。なんと、13歳の(下手したら10歳ぐらいにも見えるぐらい幼い)ヨウに手を出そうとしたのだ。これには流石に、ユウも、勿論ヨウも驚いた。

「まぁ、何となく予想はしていたけどさ……」

 一応、王子にヨウが妹になるように書類は書かせ、それは公式文書として処理された。ので、今ここで勝手に亡き者にしても良いのだが、というかヨウの身の安全を考えると、そうしたいのは山々なのだが……。

「でも、それでは物語は成立しなくなってしまう……」

 そればかりか、下手をすると雪か、あるいは妃白が、あのおっさんの毒牙にかかってしまうかもしれないのである。

――くそっ、俺はどうしたら……。

「ちょ、ちょっと、何を!?」

――いかん、そろそろ本格的にヤバい! 妃白さんはまだなのか……。仕方ない。物語よりも、弟の方が俺は大切だ!

 意を決して、ユウが手に持った短剣を一層強く握りしめた時、

「ご機嫌麗しゅう、王子様」

トントン、というノック音と共に、ようやく魔女が現れた。

「妃白さん……」

「な、何しに来た?! 僕の許可もなしに勝手に入ってくるとは、無礼な!」

「あら、そうですか? では出直しましょう。折角、王子にとっておきの商品をご用意してきましたのに……。残念ですわ」

「!? ……話を、聞こうじゃないか」

「光栄です。ですが、その前に……」

「?」

「せめて服を着ていただけませんか?」



「兄貴―!」

「よしよし。恐かったろう、もう大丈夫だよ……」

「うぅ……。気持ち悪かったよぉ」

「何もされてなくて本当に良かった……」

 醜き憎き王子から、可愛く愛らしい弟を奪還した俺は、ある事に気が付く。

「しかし妃白さん、一体どうやって、王子に毒リンゴを食べさせるつもりなんだ……?」



「で、その商品とやらは何なのかね? もったいぶらずに早く教えたまえ」

「えぇ、此方ですの」

 彼女が籠から取り出したのは、勿論真っ赤な、血のように紅いリンゴ。

「何だ、これは。ただのリンゴじゃないか」

「いいえ、これはそんじょそこらのリンゴではありません」

「?」

「食べると、意中の者を確実にモノに出来る、特殊な薬品が入っているのです」

「!?」

「先程の感じですと、あまり状況は芳しくないようでしたので……。いえ、ただの思い過ごしならば良いのですが」

「……何でリンゴなんだ?」

「それは、カムフラージュですわ」

「カムフラージュ?」

「えぇ、実はこの薬、あまりにも効き目が強くて、発売禁止になってしまったのです」

「それを、どうして僕に?」

「それはほら、他ならぬ王子様だから、ですわ」

「……ありがとう。僕、これ食べて頑張るよ!」

ガブッ。

「うん、案外味は普通……もぐもぐ、むしゃむしゃ、ごっくん。……うっ!」

バタッ。

「……みっしょんこんぷりーと☆」



 こうして、最大の障害、“小人”と“王子”は乗り越えられた。あとは……

「さて、これでようやくフィナーレね」

 二人の結婚式を残すのみ、となった。

「妃白さん……」

 倒れている王子を前に、達成感に酔っていた妃白の元へ、雪が現れた。

「あぁ、雪。終わったよ」

 雪は何も言わず、駆け寄り、抱きついてきた。

「雪……?」

 雪は、きっと知っていたのだろう。役目を果たした妃白が、ここで消えてしまう事を。だからこそ、ユウではなく、妃白の所に先に来たのだ。最後にして最大の、サプライズを起こす為に。

「ありがとう、本当にありがとう」

 チュッ。

 そこで、また目の前が暗くなった。


「ん……?」

 妃白が再び目を覚ました場所は、またしても真っ白い空間だった。しかし、今度は見覚えのある場所だった。

「ここ……保健室?」

「そーよ。ようやくお目覚めね、眠り姫」

「監督……」

「大丈夫? あんた、いきなりぶっ倒れたのよ? しかも、その本持ったまま。覚えてる?」

「うーん、何となく、かな?」

「しかもその本抱いたまま離さないし……。何があったよ」

 確かに。起き上ってみると、妃白は監督に渡された本を抱いたまま眠っていた事に気付く。

「あー、あれじゃないっすか。“絵本にもすがる思い”」

「……とりあえず飲み物あげようね、ストロー付きで」

「あざーす」

ごくごく。ぷはー。

――うん、生きた心地がする。良かった、戻ってこれた。でも……。雪は大丈夫かしら。ユウと幸せになれたかな?

 結局、最後に立ち会えなかった妃白は、そこだけが心残りだった。

――まぁ、私の役目があそこで終わりだったから、なんだろうけれど。

 彼女が後にも先にもたたぬ後悔に打ちひしがれている時、監督はじっと、妃白の手の中にある本を見ていた。

「……。ちょい妃白ちゃんや、それを此方へ寄こしなさいな」

「?」

 言われたとおり、友人に本を渡す妃白。

「やっぱり……。何でだ……?」

「どうかしたの?」

「嗚呼、いやな、ここのページ見てくれよ」

「?」

 監督が開いたのは、白雪姫の最後のページ。小人たちが姫と王子の結婚を祝っている絵が描かれている所だ。

「何か……違和感無いか?」

「・・・」

 そこには、3人の小人と4人のからくり人形、そして雪とユウ、更には小さくヨウも写っていた。

――嗚呼、良かった。あの世界は無事、元に戻ったんだ……。

 思わず、笑みがこぼれる。

「……おい、妃白ちゃん。何で泣いてるの?」

 こぼれたのは、笑みだけではなかったらしい。慌てて涙をふく。

「ちょっとあくびが……。何分寝起きなモノで」

「ふーん。まぁ、良いけど。さて、立てそうかい?」

「うん、もう大丈夫」

「さて、ではもうひと頑張りと行きましょうか」


 その後、妃白達の劇は好評価を受け、文化祭は大成功で幕を閉じた。

 そして同時に、彼女の夏も終わった。

 高校3年生だった彼女が突然、理系から文系に大きく進路を変え、やっとこさ入った大学で古典文学の研究にいそしむようになるのは、また別の物語。


今回は白雪姫のパロディでしたー。

次回は“かぐや姫”を予定しております。


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