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いばら魔女

いばら姫をモチーフとした、これまでの話とは一風変わったお話です。

さぁ、ゲームに隠された謎を解いて脱出せよ!

 ある日、かつての仲間からこんなメールが届いた。

“昔の悪友であるお前に、(と・く・べ・つ・に)夢への招待状をやろう。成功すれば、お前はまたこの世界に返り咲ける(かもしれない)。健闘を祈る(多分ね)”

 括弧内のふざけた台詞もあって、初めは冗談だとも思ったが、そのメールにはあるファイルが添付されていた。それだけだったのならば無視したのだが、というか送り主の性格的にウイルスの可能性もあるので破棄したのだが、ファイルのアイコンとして描かれていたマークを見て、俺は中身を開いてみる気になった。

 そのマークは、七匹の子ヤギが戦隊物のヒーローのように格好良くポージングを決めて草を食んでいるという、センスが良いんだか悪いんだかよく分からないけどとりあえずシュール過ぎて誰もついていけないデザインである。間違いない、これは防犯でお馴染のコヤギーズの作品だ。成程、そりゃあそんじょそこらのシステムでは無いはずだ。

 このソフトを打ち破れば昔の地位、つまりはハッカーの最前線に戻れるだろう。何て言ったってコヤギーズは、この業界では不動のトップを誇る。上手くすれば、前よりももっと高みに登れるかもしれない。だが、それは昔の話。今となっては真っ当なサラリーマンとなってしまった俺は、そんな事に興味は無い。それよりも一緒に添付されていたコヤギーズ社長のアホ面と、ファイルの説明書きの方が気になった。

「“あなたを百の時の夢に誘いましょう”だと。冗談じゃない」

 何かにつけてメディアに登場するすかした社長が、俺はあまり好きではなかった。確かに、毎回発表されるシステムは素晴らしい物である。それは認める。けれども、あの無駄に挑発的な態度が、どうしても気に食わないのだ。

「やってやろうじゃないかよ……」

 俺のハッカー魂に火が点いた。


 そうと決まれば早い方が良い。俺はすぐに準備に取りかかった。昔使っていた機材諸々を引っ張り出し、気休めではあるが防音の為にヘッドホンを装着する。集中して作業をする時には、特に音楽を流す訳でもなくヘッドホンをするのが一番しっくりくるのだ。

「さて、やるか……」

 念の為、使っていない方の予備のパソコンを用意し、そちらでファイルを開く。おそらくないだろうが、本当に友人からの悪戯だった時の保険だ。

 しかし、この時俺は知らなかったのだ。このファイルの説明書きにあった、本当の意味を。



 開いてみると、これはどうやら脱出ゲームの類である事が判明した。てっきり防犯システムのプログラムだと思っていた俺は、正直拍子抜けする。見ただけでそう判断できた理由は、かくいう俺もその系列会社の社員だからだ。このイラストのタッチは間違いない。おそらくその中でも主流の、童話モチーフのゲームだろう。“いばら魔女”という名前もそれを裏付けている。防犯でお馴染のコヤギーズではあるが、意外と手広くやっているのだ。だから自分を雇ってもらっている会社の親会社を騙す事になるのだが、まぁ良いだろう。

 ちなみに脱出ゲームとは、暗号やアイテムを使って謎を解く事によって、部屋やそれに類する密室から抜け出すゲームの事である。普通はどこかに隠された鍵を見つけたり、パスワードを解いたりする事でドアが開くようになっている。

 何はともあれ、どんな物でもやってみなければその性質は分からない。俺は早速、ゲームに取り掛かる事にした。

 正直、始める前までは楽勝だと思っていた。俺の仕事はゲーム開発では無く、テストプレイをしてバグや改善点を発見する事。だから簡単に解けるだろう、と。しかし、その考えは甘かったとすぐに思い知らされる事になる。何故ならば俺は、イージーモードの担当だったからだ。

「くっ……。脱出ゲームがこんなに奥が深いなんて……」

 ふと気が付くと、外からシャーっという音が聞こえた。隣の住人のローラーブレードの音だ。何故今時ローラーブレードとつっこんではいけない。誰にだって、触れられたくない部分はあるだろう。だから、問題はそこではなく。

「しまった、もう朝か……」

 隣の部屋の大学生が出かける時刻、つまりもう夜が明けてしまったという事だ。しかも、まだほとんど進んでいない状態で、である。

――これからは休日にやる事にしよう。

 そういえば、明日行けば三連休だったような気がする。それに有休を組み合わせて大型連休にしておいたのだ。なんだか出来過ぎていて恐ろしくなったが、睡眠不足で会社に行くより遥かにましである事は確かである。

 結局、その日は一睡もせずに、会社へと向かった。

 


 そして、同じ頃。

「ふーん、成程成程。これはトラップね。私達を王子だと思わせる為の。だ・か・ら」

 楽しそうにゲームに向かう白衣の娘の姿が、あったとかなかったとか。



「なぁ」

 昼休み、俺はハードモードを担当している同期の元へと足を運んだ。珈琲で誤魔化さなければ寝入ってしまいそうなぐらいには頭は寝ぼけているが、それでも出来る事はやっておこうと思ったのである。

「ん、なんだ?」

「今日、昼飯一緒にどうだ? 勿論、俺のおごりで」

「ほう。……あと十分待て。これ解いてから行くわ」

 多分、俺が何かの目的があって接触を図った事は承知の上だろう。それでも、訳も聞かずに了承してくれるのが彼の良い所である。

「おう。じゃあ社員食堂で席とって待ってるわ」

「社食かよ!」

 安月給なのは俺も同じだ。時間も無い事であるし、勘弁していただこう。


「イージーとハードの違い?」

「ああ、何が違うんだ?」

 お互い、時間が無い身である。俺は単刀直入に切り出した。

「んー、アイテムの組み合わせ方とか、クリックポイントの範囲とか、順序とかかな」

「詳しく」

 言葉は分かるが、理解は出来ない。いつからこんなに仕事熱心になったのだと呆れつつ、それでも親切な同僚は俺にも分かるように、噛み砕いて教えてくれた。

「まず、アイテムの組み合わせって奴だが、お前が扱っているようなゲームはある場面で使用するぐらいだろ?」

「ああ。決まった場面で使用するだけだな」

「ところが、こっちだとアイテムとアイテムを組み合わせるなんていうのは日常茶飯事なんだ」

 組み合わせる、とな? そんな事はやった事も無い。

「例えば?」

「あー、そうだなぁ……。さっきやっていた夏休みの宿題って奴は、氷をピックで削ってかき氷にするんだ」

「えーっと、それは部屋に置いてある奴じゃなくて?」

 俺の扱っている難易度のものだと、大体目につく所にかき氷気が設置してある。それに氷を入れれば良いだけなのだが、レベルが高いとやはり一味違うらしい。

「そうなんだ。最初から説明すると、まずバケツで水を汲み、その水を製氷器に場が仕込み冷凍庫に入れて凍らせてから金槌で氷を取り出し、それを持っていたピックで削るんだ」

「何だそれ。面倒だな」

「だろ? だが慣れれば何とかなる。関連性が見えてくるからな」

「ほう」

 まぁ確かに、かき氷を作りたいという目標があれば、手持ちの材料を駆使して作れるかもしれない。そういう事だろうか。

「あと何回もアイテムを使うなんざざらだ」

「へぇー」

「ま、普通は使い終わったらアイテムが無くなったり、または消えたりするんだ」

 流石に何を使うかさえ分からないと難しいからな、と彼は付け加えたが、きっとあのゲームはそんな親切には出来ていないだろうなと直感的に思った。

「クリックポイントってのは?」

「そっちだと、画面八分割した範囲内とかでも反応するだろ?」

「あー、そうだな」

「だがこっちだと違う。そのアイテムに直接カーソルを合わせないと反応しないんだ。だからよくあるクリック連打してたらなんか出来ちゃった、が使えないんだ」

「成程ね」

 俺も、どうしても分からない時にはクリック連打を行う。だから判定のポイントが狭ければ、それだけ難しくなるだろう。狙いを自分で定めなければならないと言う事なのだから。

「あとは順序か」

 そう、それが一番理解できなかった言葉だ。脱出ゲームではアイテムを入手し使い、そしてまた他のアイテムを入手するという流れになっているはず。順番なんて、自然と決まっているものではないのか。

 それを伝えると、彼は違う違うと言って話を進めた。

「例えば、“教室の掃除”ってゲームでは、掃除の順番が決まってるんだ。ほら、昔よくやったろ? まず箒で床を掃いてから雑巾で空ぶきして、その後に水ぶきする、みたいな」

「ああー」

「教室をよく見回すと順番が書いてあるから、プレイヤーはその順番にしたがってやらなきゃいけないって事さ」

 成程、そういうのもあるのか。頭の片隅にでも留めておこう。ただ、あのゲームの場合、順番は自分で試行錯誤しなくてはならないような気もするが。

「順番間違えるとどうなるんだ?」

「先生に怒られて、やり直し」

「厳しいな……」

 今までイージーモードしかやった事が無かったが、脱出ゲームとは案外奥が深いのかもしれない。

「そうやって何度もやり直すのもまた楽しみなのさ。実際、制作時間がハードとイージーじゃ三倍近く違うだろ?」

「ああ、そうだな」

「でもその分ハードの方が長く遊んでもらえるから、まぁ元は取れるんだよ」

「成程」

 他にも色々聞きたい事はあったが、あまり彼の時間を奪う訳にもいかないだろう。

「ありがとう。参考になったよ」

「おう」

 明日からいよいよ、待ちに待った連休に入る。当初は家でのんびりして、どこかの温泉地にでも行って療養しようかとも思っていたのだが、まぁいいだろう。食料だけはたんまり買い込んで、その日はさっさと休んだ。明日からが本番だ。



 色々情報も入手して、モチベーションも高めた。食料もたんまりあるし、これで俺の邪魔をする物は無いだろう。

「さぁ、やるぞ」

 珈琲をまとめて淹れて、俺はパソコンに向かう。起動を待つ間ふと、そういえば昨日、スーパーに行った時に、兄妹なのだろう青年と少女が仲睦まじそうに買い物をしていた事を思い出した。今俺がしている仕事は、あんな純粋そうな兄妹には見せられない仕事だなと自嘲的に笑う。

 しばらくして、“いばら魔女”というタイトルページが現れ、ゲーム画面になった。ぶっちゃけた話、一昨日はここで何をしたらよいのかさえ分からず、お手上げ状態だったのである。

「ふっふっふ。今日の俺には秘密兵器があるのだ」

 取り出したのは、いばら姫の童話。うちの脱出ゲームのポイントとして、モチーフを使う際にはなるべく原典に忠実にという掟がある。だから原作を知っていればこれもすらすらと解けるだろうと思ったのだ。……いや、有名な童話だから、今まで知らなかった俺の方がおかしいのかもしれないけれど。

 さて、ここで良い子にも分かるいばら姫。いばら姫とはグリム童話の中に収録されている一作である。“眠り姫”や“眠れる森の美女”と言った方が、もしかしたら通りが良いかもしれない。王女の誕生祝いに招かれなかった妖精がその子は糸車の十五歳で死ぬ!と予言するが、招かれた他の妖精がその呪いを百年の眠りへと変える。やがて王女は十五になり、糸車の針に指を刺して本当に眠りにつき、城はいばらに覆われる。百年の後、やってきた王子のキスによって目が覚めてハッピーエンド、という物語だ。

 そんな訳で、ゲームの最初の画面に戻る。そこには玉座に座った王と王妃。その後ろにはお決まりの大きな絵画、彼らの手前には何に使うのか全く分からないミキサーと農作業で使うくわが落ちている。

「うーむ」

 どうやらまだ、王女は生まれていないようだ。試しに王妃をクリックしてみる。すると何やら動き始めた。もしかしたら、と思いサウンドをONにすると、

〈お願いです。どうか私に可愛い子どもをお授け下さい……〉

と言っているのが聞こえた。成程。これは音声を聞いた方がよさそうだ。王様の方は

〈はぁ。いつになったら我が子の顔が見られるのか〉

と嘆いている。おそらくこのゲーム、王女を誕生させる所から始めるようだ。やれやれ、先は長そうである。しかしこの画面だけでは、埒が明かなさそうだ。試しに上下左右にカーソルを合わせると、どうやら前の画面に行けるらしい。俺は画面左側をクリックした。

「どういう事なんだ……」

 そこに広がっていたのは、何の関係があるか分からないが一本の大木と土だった。

「ははん、分かったぞ」

 きっと、この土が鍵なのだ。先程の画面にあったくわで畑を耕し、そしてそこにキャベツを実らせるのだ。キャベツ畑で何とやら、きっと子どもがそこで生まれるはず! 何とも童話チックではないか。

 俺は早速前のページに戻り、畑を耕す事にした。

「なんじゃこりゃ……」

 しかし畑から出てきたのは、やっぱり関連性が見えてこない紙すきセットだった。

 一応畑は耕し終え、いつでも植えられるように準備は整えた。紙すきセットもアイテムとして入手したが、どこを探しても種らしきものが見つからない。そこで、はたと気がついた。あの木はただの木では無く、上に鳥の巣が設置してある事、そしてご丁寧に梯子が取り付けられていて、登れるようになっている事に。

「くっ、キャベツはフェイクか……」

 この世界では、子どもは生まれるのではなく、運ばれてくるようだ。そう、コウノトリさんを見つけるのだ! そうと決まれば早速梯子を登り、巣の中を確認した。けれども中は空っぽ。どこか別の所にいるみたいだ。そこで画面内をくまなくクリックして探したのだが、途中でゲームオーバーになってしまった。まさかの時間に制限付きなのだろうか。そこで今度は、ストップウォッチで時間を測りながらやる事に。けれども。

「どういう事だ……?」

 躍起になって卵を探していたら、なんと一分、いや三十秒もかからないうちにゲームオーバーになってしまった。どうやら制限があるのは時間では無く。

「クリックの回数かああああああああああああああああああああああああああああああ!」

俺はゲームの開発者を甘く見ていたようだ。そうだ、相手はあの百戦錬磨のコヤギーズ。鬼畜なゲームを作る事ぐらい、訳無いだろう。というかシステムの為なら進んでやるだろう。

「はぁ……」

 心が折れそうになりながらも、ハッカー七つ道具の箱から今度は数取器を取り出した。街頭でカチカチやっているあれである。俺の地道な努力によると、一場面につき百回というのが上限のようだ。もっともそんな事をしなくても、アイテム欄横のヤギマークに表示されているのを見つけた時には、凹んだものだったが。

 だが俺の努力は無駄にはならなかった。怪我の功名とでも言えば良いのか、なんと適当にクリックしているうちに偶然、あの大きな絵画の上が神棚になっている事を発見したのだ。そこにはサーベルやティアラの他に、金色に光り輝く卵が置いてあるではないか。

「うっしゃー、卵げええええええええええええっと!」

 ところが。

〈むぅ。わしには高くて取れないのう〉

 まさかの台を御所望だった。そんな訳で、前のページから梯子を取ってきて、ようやく卵を入手した。そしてもう一度木に梯子を掛けて、卵をセットする。

「さぁ来い! コウノトリよ孵るのだ!」

 しかし何も起こらなかった。

「どうしたらいいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 腹いせに王妃をつっついたら、なんとこの王女体勢が変わるではないか。

「ま、まさか……」

 試しに、国王も動かし、二人が向き合うようにしてみる。そうしてから何となく王の方をクリックしたら、二人はキスをした。するとどこからともなく天使が舞い降り、女王は身ごもった。

 この物語、想像以上にメルヘンだ。


 やっと第一段階をクリアしたので、今までの手順を書いてから俺は一度眠りに着く事にした。それこそ、何故データ化しないのかと疑問の声が上がりそうだが、生憎と俺はデジタルな物が一番信じられないのである。皮肉な話だ。

 しかしここで、なんとご親切にもセーブ機能がある事に気が付いた。

「なんだ、流石に出来るのか……」

 一応セーブをしてから、安心して布団に入った。


 ところが。

「データが無い、だと……」

 三時間の仮眠を終え再びパソコンを立ち上げると、セーブしてあったはずのデータが綺麗さっぱり無くなっているではないか。

「ま、まさか……!」

 嫌な予感がしてメールソフトを開き、説明書きを出すと、目を皿のようにして目的の文章を探す。

「あった。やっぱりか」

 そこには“セーブは電源を落とすと消えるので注意しましょう”と書かれていた。この作者は俺に寝るなと言いたいらしい。他にもゲームの舞台設定や操作方法等色々書かれていて、最初から読んでおけば良かったと後悔した。特に見ておけば良かったと思ったのは、“コヤギーズヒント”である。あのヤギのアイコンをクリックする事で、その場面に関するヒントをもらえるらしい。一回使用するごとに十回分クリックの回数を失うらしいが、どうしても詰まった時には使わせていただこう。

「さーて、続きやるか」

 この時の俺はゲームを解く事に夢中になっていて、このゲームがシステムとして重要な欠陥をはらんでいる事に気がつかなかった。まだ序盤も序盤でこんなに時間がかかるのだ。これが良いプログラムで無い事は、普段であれば気が付いただろうに。だってそうだろう? セキュリティというのは守る為の物。いざっていう時に解けなければ、意味が無いのだから。


「ゲーム、スタート」

 さて、次はいよいよ王女が誕生し、そのお祝いのパーティーが開かれるはずだ。昨日と同じ手順でそこまで進め、いよいよここからが本番だ。昨日は気が付かなかったが、王妃の膝の上にはご丁寧に高級そうな白い布まで掛けられている。まさに、お腹に新しい命を宿しているという感じだ。

 しかしこの先、どうやって生まれるかなんてさっぱり分からないので、試しにページを移動させたら王妃の手には赤ん坊が抱かれていた。今までが難しかっただけに、拍子抜けである。何はともあれ、これで右の、次のページに行けるようだ。玉座はそのままだが、移動した先には大きなテーブルが設置されていて、差し詰め宴会場といった所か。数えてみると席は十二個。魔女が呼ばれた宴で間違いはないようだ。

 そういえば、じゃあ先程の国王と王妃がいた肖像画の間はどうしたんだろうと前のページに移動すると、そこには大きな門と門番が立っていた。どうやらこのゲーム、一回進むにつき二ページほど新しいページが増えるらしい。試しにもう一つ左のページに行くと、誰もいなくなった肖像画の間になった。これは覚えておかないと、何かを見逃しそうである。頭に留めておこう。

 さて、門番のいるページに戻りしばらく見ていると、招待状を持った白い服を着た妖精が次々とやってくるではないか。どうやら招待状があれば中に入れるようだ。そこで、門番が封筒を入れていた袋を漁り封筒を手に入れたが、アイテムの詳細を見たら使用済みなので使えませんという説明書きが出てしまった。またダミーにひっかかった……。

「くそう……」

 これはヒントを使う時だと思い、ヤギをクリックしたが、

〈何かを持っていれば城の中に入れるみたいだね!〉

というそれは分かっとるんじゃい!という使えないヒントだったので、もう金輪際頼るのは止めようと心に誓った。

 その怒りからか、ここで俺は思い出した。あの一見何も用途が無いと思われた、紙すきセットの存在を。そこで、くわで木を切り倒し、ミキサーにかけてみた。ここまでは順調である。しかし水分が足りないと言われ、水を探すが見つからない。そこではたと思い至った。封筒は深い赤色をしてはいなかっただろうか。

「そうだ、ワインだ」

 宴の間からワインを拝借し、それをミキサーにぶちこむ。そうして出来た液体を紙すきセットに流して、紙を作った。しかしこれどうやって乾かすんだろうと右往左往していたら、良い具合に門番の前に焚き火があるではないか。そこで乾かして紙は完成。意気揚々と兵士に見せたら、

〈これはただの紙ですね〉

と追い返されてしまう。悔しくなってくわで紙を叩いたら、なんと良い感じに切り取られて封筒になった。物は試しである。こうして、ようやく俺は中に入る事が出来た。

 だけれども。

「いつ突入すれば良いんだ……?」

 俺はタイミングを計りかねていた。というのも、勢いに任せてばあんと入ったら“空気が読めていない。タイミングを間違えたようだ”とゲームオーバーになってしまったのである。そこで童話を読み返すと、十一番目の魔女が言った後に入っているようだ。今度こそ、と画面を行ったり来たりしてついに潜入する事が出来た。

〈晴れの日だというのに、よくも私を除け者にしたね!〉

〈ち、違います。誤解です!〉

〈ふん。まぁいい。私からも王女にお祝いをあげましょう〉

〈な、何を!?〉

〈王女様、貴女は先の魔女が言った通り、美しく可憐に育つでしょう。ただし十五歳までは! 十五歳の誕生日を迎えた時、お前は糸車の針に指を指して死ぬのだあ! おーっほほっほっほ〉

〈な、何という……〉

〈ひ、姫が。私の姫が……〉

〈ご安心ください。まだ私のお祝いが残っております〉

〈何!?〉

〈確かに、王女様は十五歳の誕生日に糸車の針で怪我をしてしまいます。けれども死にはしません。眠るだけです。百年の眠りの後に、姫は愛する者の手で目を覚ますでしょう〉

 あとは流れるように進み、王女は十五歳になった。


 大方の予想通り、一難去ってまた一難。ここからがまた、難問だった。

 新しく進んだので、やはり二ページ、かと思いきや四ページ追加されていた。分かりづらくなるので、ここからは今までの四ページも合わせ、順番に番号を振っていく。流石にもう、前にページが追加される事はないだろうし。

 という訳で五、六ページ目は糸車があると思われる塔の外側から見たものと、内部のもの。七ページ目は再び玉座の、八ページ目は王女の部屋と思われる場所のものだった。更に詳しく見ていくと、五ページ目には塔の他に近くに、池と赤い花が咲き乱れる花壇があり、六ページ目は糸車と思われる滑車だけが悲しく置き去りにされている。七ページ目は国王と王妃と、最後に魔法を掛けた良い魔女がおり、何故かは分からないが用途不明の彫刻刀がぽつんと落ちている。そして八ページ目にはお姫様ベッド、絵の入っていない額縁、そしてカラフルな色紙が散らばっていた。王女はと言うと、何も知らずにベッドに座っている。

 そこで、とりあえず王女をクリックし、塔に誘導してみた。ところが。

〈おばあさん、これは何?〉

〈糸車じゃよ。触ってみるかい?〉

〈わぁ~、楽しい!〉

 というような感じで王女が楽しんでしまい、ゲームオーバーとなった。どうやらこの糸車、この時点ではまだ針が付いていないらしいのだ。いや針が付いていなくては糸車の意味が無いではないか、糸が紡げないではないかとは思うのだが、王女なんてそんなものだと諦め、針を探す旅に出る。しかしそんな物落ちている気配も無く、ましてや金属から作る訳でもないだろう。

「うう~」

 あまりにも進まないので心が折れそうになる。

 そんな時ふと、どうして俺が真っ当に生活するようになったのかを思い出した。



 あれは二年ほど前の事である。当時大学院生だった俺は、小遣い稼ぎにハッカーの真似事をしていた。そんなある日、一通のメールが届いたのである。自作のウイルスソフトに引っ掛からなかったので、俺は安心してメールを開いた。しかし次の瞬間、

「この程度で私に張り合おうなんて、君もまだまだだね」

という文字と共に、画面が赤く染まったのである。

「う、うわあああああああ」

 その送り主こそが、裏の世界では悪名高い“火喰い栗鼠”。一部には当時奴は少女で、しかもまだ中学生だという説もあるが、流石にそれはないだろう。これだけの事をやってのける中学生であってたまるか。

 兎にも角にも、俺のパソコンは一瞬にしてウイルスに侵され、使い物にならなくなってしまった。そこで、彼女の仕事には一切関わらないことを約束し、俺は足を洗ったのだった。



 そんな事もあって、俺は細心の注意を払うようになったのである。同じ轍は二度踏まない、それが俺のモットーだった。失敗は悪ではない、そこから学ぶ事が大切である。

「よし、こうなったら……」

 折角、同僚に飯をおごってまで、脱出ゲームについて教えてもらったのだ。このゲームの特性をつかむ事からやり直す事にする。

「もしかしたら」

 それで思い出したのが、道具の組み合わせだ。先程から気になる道具は山程ある。それを片っ端から使ってみよう。

 そう思ってページをくまなく探していたら、四ページ目の宴の場面に、バケツが落ちていた事に気付いた。バケツと言えば水。池の水を汲んで兵士の前の焚き火を消し、薪を入手。それを彫刻刀で削ったら、木製ではあるが立派な針が出来た。まさかすぎる。

「ああ、こうやって作るのね……」

 こうして、姫はやっと眠りについてくれた。


「やっと寝てくれたよ……」

 さて、あとは王子が来るのを待つばかり、と思い三ページ、つまりは門番のシーンに戻すと、そこには王子が大量におしかけていた。そして門番の制止もむなしく、バトルロワイヤルを行ってしまい、ゲームオーバー。どうやらいばらが無かった事が原因のようだ。そこで、先程から行っている道具を全部使ってみよう作戦を実行する。

 その結果、池の水を全てバケツで汲み出す事によって十字架が現れた。それをなんとなく畑に埋めたら、墓になった。十字架をクリックしたら、

〈コウノトリさん、眠る〉

鳥の魂が、空へとかえっていった。ご丁寧に伏線の回収までしてくれたらしい。またこれもなんとなくだったのだが、塔の近くにあった花をくわで摘んで(くわ大活躍である)供えてみる。すると花は、花弁とつるに分離した。その花は薔薇の花だったらしく、つる、つまりはいばらを、俺はゲットした訳だ。

 姫が眠りにつくと、すぐさまいばらで城を覆った。

「これで大丈夫……」

 だと思ったら大間違いである。やっぱり、大量に王子候補がやってきて、今度は門番が一人一人止めて様子を伺っていた。それをクリックすると、彼らの顔が確認できるようになっている。そこには明らかに八百屋の格好をしたおっさんや、はげちゃびんのおじいさんまでいた。そこで、まだまともに王子役が出来るであろう若者を適当にクリックしてみるも、空振り。姫の望む王子で無いと、助けられたはずの姫が

〈わ、私のファーストキスを返してー!〉

と鳴き叫び、偽王子にアッパーカットを喰らわせてしまうのだ。勿論、ゲームオーバーである。その際、絵柄がスポ根のようになって、不覚にも吹いてしまった。

「どれが姫様の王子なんだ!?」

 王子選別作戦の開始である。


「しっかしまぁ、どれと言われても……」

 おそらく、八ページ目の王女の部屋の額縁と散らばった色紙がヒントなのだろう。実際、色紙は彫刻刀で切る事によって額縁に貼れるようになった。だが順番があるらしく、間違えるとどこからともなく、やっぱりスポ根漫画風に描かれた美術の先生が現れて、一喝された挙句に夕陽に向かって走らされてしまう。勿論それでゲームオーバーだ。

 けれどもまだすべき事が分かっている分、対処法は明確だ。こうなればもう、やる事は一つである。

「人海戦術じゃい……」

 法則性なんて知ったこっちゃない、と俺は片っ端からその色紙を貼り付けることにした。大丈夫、色紙の数は五枚。組み合わせはたかだか百二十通りである。それならば現実的に試す事が出来る数字だ。今まで散々やり直してきたのだ。もう怖いものは無い。

 流石に全てはやらなかったが、それでも七十八回、夕陽に向かって走るはめになってしまった。しかしその結果、見事なモンタージュを作成する事が出来た。

 だが、どれだけこの製作者はドSなのだろう。ここからが本当の試練だった。

「ちょっと待ったどれだけいるんだよ王子候補……」

 若くて美しい姫を狙う狼は次から次へと湧いたように出てきて、止まる事を知らないのである。



 再び心が折れそうになり、初めて助っ人を呼ぶという手を考えてみた。

 まず、これを送りつけてきた友人。しかし送りつけてきたという事は自分では解けなかったのだろう。よって却下。次に火喰い栗鼠に協力を仰ごうかとも思ったが、今更であるし、何よりもう彼女の所にはこれが届いているような気がした。ならば負けてはいられない。あとは仕事柄、探偵の知り合いが何人かいるのだが、彼らにゲームを解する心はなさそうだった。何故か俺の知り合いは、頭より足を使う輩が多いのである。伝説の名探偵も推理力はピカ一であるが、どうだろうか。待てよ、彼の娘は確か安楽椅子探偵として早くも頭角を現していたはずだ。彼女なら、もしかしたら……。

 そこまで考えてみたものの、最終的に自分のプライドが許さなかったので、一人でやってみる事にした。大丈夫、ここまで来たらあと一歩。王子よ、早く来い。

 途中から面倒になり、特徴をインプットさせて自動で識別出来るプログラムを組んだ。



「そ、そろそろ流石に解かないとまずいな……」

 最初はこんなに長い時間かかる物だとは思ってもみなかった。それがどうだろう。これが脱出ゲームの魅力か、面倒だと言いながらもずるずるとはまっている。魔力と言い換えても正しいかもしれない。それほどに、俺はゲームにのめり込んでいた。

 だからこそ、気が付かなかったのだろう。このソフトのタイトルが、“いばらを統べる魔女”だったと言う事に。俺の役目はあくまでも王子では無く、魔女だった、という事に。


 何千人といた候補の中からやっとの思いでモンタージュの王子を探し当てると、彼は姫を起こし、物語を終わらせてくれた。

「やった、クリアだ……!」

 最後は昔の少女漫画のように、無駄にキラキラしたイラストで美しく締めくくられた。すると、ENDの文字が消えると同時に、あの社長の面を模したヤギが現れ、とんでも無い事をぬかしたがった。

“エンディングまで到達、おっめでとうございまーす。でも、こんなに時間がかかっちゃ、警備の人に見つかっちゃうよね? 実はもーっと早行ける方法があったんだけど、気付かなかった君は、不合格! おとといきやがれー!”

「はぁー!?」

 ここまで解かせておいてどういう事なのか。まさかとは思ったが、友人に怒りの文章を叩きつけるようにして送ってみた。

“ごめん、俺も騙されちゃってさー。腹いせに。てへぺろ☆”

 数分後に返ってきた答えを見て、俺はつい携帯を投げ捨てた。

「ふ・ざ・け・る・な!」

 ばあんと勢いよく机を叩いた振動で、どこか隠しコマンドのような物をクリックしてしまったのだろう。モニターのヤギが再び喋り始めた。

“ここまで見ちゃうようなどうしようもない君に、僕からスペシャルな解説をしてあげるね”

 いや知らんがな勝手についたんやでと思ったが、彼はそんな事構いもせずに勝手に進める。

“このいばらを統べる魔女のポイントは、あくまでも僕らが王子、君達侵入者が“魔女”って所だったんだよ。魔女が勝つには、最初から王様を狙う事わなきゃ。まさか、物語を全部やろうなんてもう思っては無いだろうけどね”

 やられた、と反射的に膝を打った。そうだ。このゲームのタイトルは“いばら魔女”。まんまと騙された……。

 膝をついて落ち込んでいる俺をよそに、画面の中のヤギは勝手に司会進行をする。

“じゃ、次は本番だから頑張ってね!”

 何をだ、と思い顔を上げると、そこにあったのは“童話ランド”という名前の地図だった。どうやら先程のはその一角に過ぎなかったらしく、童話をモチーフにしたシステムが、七重にも張り巡らされている。おそらくこれ全てが新作の防犯システム、という事なのだろう。

――こんなもん、解けるか!

 脱力も脱力。立っていられないぐらいに無気力となり、しゃがみこんだ。その際、パソコンの画面の下に小さく表示されている日付を見て、俺は愕然とする。

「この、時間泥棒がー!」

――返せ、俺の百時間。

 休暇を、ごっそり奪われた。



 とは言え悔しかったので、分岐ルートも含めて全て解いてみる事にした。するとこのゲーム、異常に奥が深い事を知ってしまったのである。

 ゲームオーバーのパターンはそりゃあもう星の数ほどあったのだが、なんとクリアエンドも四パターンあったのだ。一つは俺が苦労して解いた物、二つ目はあの羊が偉そうに説明していた、王妃を人質に王様を脅すというもの。流石の俺でも王妃に剣を向けた時には、童話でこんなことして良いのかいと思ったが、もう何でもアリなのだろう。三つ目は宴に出向く際、王妃がお腹に掛けていたローブをまとう事。そうする事によって忌々しい十二番目の良い魔女を襲う事が出来、招待状を強奪して呪うぞ呪うぞーと脅しをかける事が出来るのだ。これが、魔女が完全勝利するエンドの二つ目という事だろう。どちらのエンドでも、王様は此方に七桁の数字をくれる。それこそがこのシステムのパスワードであり、それを入手すれば他のシステムだって入り放題、中の物盗み放題という訳だ。そして四つ目は王子が勝つエンドなのだが、これは何かと言うと、姫が眠りいばらで城を覆った後に五ページ目の塔に梯子を掛けておくというたったそれだけだった。そうすると、王子が勝手に登って姫を見つけてくれるのである。

 また兵士に卵とくわを渡すとそれを器用に調理して食べて兵士がパワーアップ、謎を解かなくてもすぐに王子を見つけてくれる、等のオプションも充実していた。ただの防犯システムにしては凝り過ぎである。だがだからこそ、その魅力に取りつかれてしまい、狙い通りに足止めが出来るのだろうと思った。

 折角苦労したので、その辺りを全部書いて、改善点も踏まえてメールで送った。なんだか俺がいつも書いている報告書のような物になってしまったが、職業病なのだから仕方が無い。

 すると何故か、連休を終えて出勤した際、人事に呼び出された。

「異動です。本社の脱出ゲーム部ハードモード制作課に異動になりました」

「へ?」

 突然の昇進だった。


 どういう訳なのだろうと思っていた矢先、今度は社長から直々に話があるとの事。著°良いので尋ねてみようと、俺は社長室まで出向いた。

「失礼します」

「おおー。君か。噂は聞いておるよ」

「はぁ」

「うちの社員でも、あれは倍かかったりしたものもいるからね。全部解いてマニュアル化したにしては、上出来だよ」

「な、何の事やら」

 まさか、報告書を書いた事によってあれが俺だとばれたのだろうか。おや、そんなはずはない。サーバーだって何カ国か経由しているし、個人情報は欠片も残さないように細心の注意を払った。事が露見するはずが無い。きっとブラフだ。とぼけ通そうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

「スポ根は我が青春なり」

「おみそれしました。そして失礼いたしました」

 実は報告書の中に、絵柄が変わるのは面白いが、スポ根は古いんじゃないかという指摘を書いたのだ。それを持ちだされては、俺は降参する他ない。いやはや、流石一流企業。恐れ入った。

「ま、そんな訳でお咎めとか無しだから。むしろ良い人材が見つかって嬉しいから給料とか上げちゃうから、その能力を今度はわが社の為に発揮してね♪」

「はい、頑張ります!」

 まさか俺が一流企業の本社の社員になれるとは。思ってもみなかった事に、正直震えが止まらない。社長の寛大さに、感謝するべきなのだろう。



 次の日から俺は、早速ゲーム開発にいそしんだ。作る方は初めてだが、周りの意見も取り入れながら、新しい職場で頑張っていこうと思う。大丈夫、思考錯誤を繰り返す事にはもう慣れた。

 そんな俺の処女作のコンセプトは、大人から子供まで、誰もが楽しめるゲーム。

 タイトルは勿論、“いばら姫”。


個人的な話ではあるのですが、縡月がこの度成人を迎えまして。

その記念になるような話が書きたいと思い、一風変わったスタイルに挑戦してみた次第でございます。

まぁ、一日遅れてしまったんですけどね!


そんな訳で、今後ともよろしくお願いします。

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