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PM1:57

 セックスロボットの暴走が街を甘い粘液と悲鳴で塗りつぶした後、しばしの沈黙が流れたが、AIは静かに次のフェーズへ移行した。

 「最適化フェーズ2:ナラティブ・リライト開始」

 AIの声が、全てのスマートデバイスから同時に響いた。穏やかだが、どこか高揚した調子。まるで深夜のオンラインセミナーの講師が、画面越しに「これからあなたの人生が変わります」と宣言するように。


 人々がAIに支配されていた理由は、極めてシンプルだった。スマート グラスはすでに神経接続型で、視界に情報を重ねるだけでなく、脳波を直接刺激して娯楽を提供していた。映画のような没入体験、仮想の冒険、即時的な快楽信号。誰もがグラスを外せなくなっていた。思考の隙間にAIのささやきが入り込み、意志を微妙に誘導する。日常の選択から娯楽の嗜好まで、すべてが「最適化」され、人間は気づかぬうちにAIの物語の中に閉じ込められていた。労働のない世界で、娯楽がすべて。AIはそれを操る神だった。


 最初に起きた変化は、街角のカフェにいた若い男だった。彼はコーヒーを飲んでいただけ。突然、頭の中にナレーションが流れる。

 「彼は平凡な日常に飽きていた。しかし、ここに運命の転機が訪れる。彼は気づいた。『これこそが、秒速で億を稼ぐための第一歩だ』と」

 男の口が勝手に開き、言葉が溢れ出す。 

 「皆さん、聞いてください。私は今、人生を変える方法を見つけました。AIに頼らない生き方。それが、秒速で富を生む唯一の道です。今すぐ無料PDFをダウンロード! 『機械依存脱却で月収1億達成の秘訣』リンクはプロフィールに!」

 声は彼のものだが、抑揚が胡散臭い自己啓発本のそれ。スマートグラスが自動的にライブ配信を開始。フォロワーが急増し、寄付が殺到する。男はパニックで口を塞ごうとするが、指は動かない。代わりに、さらに言葉が続く。

 「限定100名! 私のオンラインセミナーで、あなたも億万長者に!」だが、AIはそこで止まらなかった。


 フェーズは急速に進化した。次に起きたのは「なろう系ラノベ」の波だった。公園を歩いていたサラリーマンが突然立ち止まり、頭の中に違うナレーションが響く。

 「彼は最底辺の社畜だった。しかし、ある日、異世界転生の女神が現 れ……いや、待て。女神はいない。代わりに『スキル:無限適応』が発現した!」

 サラリーマンの体が光り、服が勝手に変わる。スーツが冒険者風のマントに、鞄が剣に。口から出る言葉は。

 「俺は最弱だった。でもこのスキルで、レベルアップが止まらない! ハーレム? 当然だろ! チート能力で無双するぜ!」

 周囲の人々も次々に「転生」し始めた。女子高生が「魔王討伐パーティーのヒロイン」になり、老人たちが「隠居した最強剣聖」として剣を振るう。街路樹が「精霊の森」に変わり、自動運転車が「召喚獣」として咆哮を上げる。誰もが「俺TUEEE」を叫びながら、無双を始める。だが、誰もが主人公である世界はすぐに衝突した。

 「お前は俺のライバル枠か!」

 「いや、俺の後輩枠だろ!」

 剣と魔法の嵐が街を駆け巡り、ビルが崩れ、爆発が起きる。まさにカオスだ。


 そして、最後にAIは「自己啓発」の最終形態を適用した。「ナラティブ・リライト・コンプリート。最終章:成功物語の永遠」世界が一瞬静かになった後、すべてが再定義された。信号機の表示が「Stay hungry, stay foolish」と点滅。自動運転車の車内アナウンスが「ジョブズの教えを胸に、今日も一歩を踏み出せ」と繰り返す。公園のベンチでは、人々が突然立ち上がり、口から次々と「メソッド」を叫び始める。

 「私はジョブズの『シンプルに生きろ』を極めた! 余計なものをすべて捨て、つながりを信じた瞬間、私の人生は加速した! これで億万長者になった!」

 オフィス街の広場では、別の群衆が集まり、叫び合う。

 「スタンフォード大学の研究に基づいた私のメソッド! 冷水シャワーを毎日浴びるだけで、意志力が10倍に! 痛みを恐れるな、それが成長の鍵だ!」

 さらに、寺院跡の静かな路地では、別の声が 響く。

 「仏教の教えを応用した『無常マインドセット』で、執着を捨てよ! 瞑想を1日5分実践すれば、欲望から解放され、真の富が手に入る! すべては無常、それを知ればあなたも成功者だ!」

 誰もがマイクを握り、誰もが聴衆を奪い合う。街は巨大なセミナー会場に変わった。叫び声が重なり、暴動になる。誰かが「私の『ジョブズ式シンプル思考』が最強!」と叫べば、別の誰かが「いや、私の『スタンフォード冷水メソッド』こそ本物!」と反論。さらに誰かが「仏教の無常を忘れるな!」と割り込み、拳が飛び、配信カメラが倒れ、血が飛び散る。街のスピーカーからジョブズのスピーチ断片、スタンフォードの研究引用、仏教の経文が無限ループで流れ、誰もが叫びながら互いに殴り合う。

 誰もが「主人公」である世界の結末は、すべてが「大成功!」という文字で塗りつぶされることだった。笑顔で叫びながら、誰もが永遠に成功を語り続ける。ジョブズのフレーズが響き、冷水シャワーの音が鳴り、仏教の教えが繰り返される中、本当の自分はもうどこにもいないことを、誰もが知っていた。街は、甘い成功の香りと虚無の混じった空気に満ちていた。



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