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第8話 鉄槌(てっつい)と職人の誇り

「やっちまえ!若造ごと鉄屑スクラップにしてしまえ!」


 ボルウィックの金切り声と共に、数十人の私兵たちが殺到する。彼らは数の有利を信じ、凶悪な笑みを浮かべていた。


「へっ、ガキと女連れで何ができる!」

「俺たちの剣の錆にしてやるぜぇぇ!」


 四方八方から迫る刃。だが、中央に立つアルトはあくびを噛み殺していた。


「……ライナス。手加減してあげてね。死体処理が面倒だから」


「御意」


 その瞬間、暴風が吹き荒れた。


 ズドォォォォン!!


 ライナスがただ一歩、踏み込んだだけだ。それだけで生じた衝撃波が、先頭の兵士たちをボロ雑巾のように吹き飛ばした。


「な、なんだぁ!?」

「ひるむな!かかれ、かかれぇッ!」


 なおも襲いかかる兵士たちに対し、今度はエリーゼが静かに杖を振るう。


「……凍りなさい」


 パキパキパキッ!


 振るわれた剣が、振り上げた腕ごと一瞬にして凍結する。武器を凍らされた兵士が呆然としている隙に、ライナスの拳が胴体にめり込んだ。


「ぐふぅッ!?」

「がはっ……!」


 鎧の上から衝撃を通す絶技。兵士たちは次々と空中を舞い、壁に叩きつけられていく。剣を抜くまでもない。それは一方的な「掃除」だった。わずか数十秒後。立っているのは、アルトたち三人だけとなっていた。


「あ、ありえん……!私の精鋭たちが……一瞬で……!?」


 ボルウィックは腰を抜かし、積み重なった部下たちの山を見て、信じられないものを見るように目を剥いた。アルトは倒れた兵士の背中をコツコツと靴で踏みながら、冷めた瞳でボルウィックを見据える。


「……はぁ。やっぱり、粗悪なのは剣だけじゃなかったね。使い手も三流だ」


 アルトは懐からハンカチを取り出し、指先を拭うと、静かに告げた。


「ライナス、エリーゼ。もういいでしょう」


「御意」


 エリーゼが恭しく進み出て、アルトが差し出した手から、一つの指輪を受け取る。彼女がそれを天に向けて高く掲げると、指輪から放たれた銀色の光が夜空を裂き、巨大な輝きとなって頭上に展開された。そこに浮かび上がったのは――剣と天秤を交差させた、エレシュタリア王家の紋章。


「なっ……!?」


 その輝きを見た瞬間、痛みに呻いていた兵士たちが凍りついたように動きを止める。この国で生きる者ならば、誰もが幼い頃から教え込まれる絶対不可侵の権威。


「ひかえおろう!!」


 ライナスの一喝が、雷鳴のように轟いた。


「こちらにおわす方をどなたと心得る!大賢者の地位継承者にして、エレシュタリア王家より特命を受けし――監察官イグゼクター!アルト様であるぞ!頭が高い!」


「だ、大賢者……に、監察官……だと……!?」


 兵士たちは顔面蒼白となり、痛む体を無理やり折り曲げて、次々とその場に平伏した。ボルウィックは口をパクパクと開閉させ、泡を吹いてへたり込む。


「ば、馬鹿な……!まさか、あの『生ける伝説』の後継者が、こんな子供……!?」


 アルトは悠然と歩を進め、震えるボルウィックを見下ろした。


「ボルウィック代官。さっき、僕に『裏帳簿』を見せてくれたよね?あれ、全部記憶させてもらったよ。横領、背任、そして殺人未遂。……役満だね」


「ひ、ひぃぃッ!ち、違います!私は脅されていたのです!すべては、そこのガルヴァーが!」


 ボルウィックは無様に這いつくばり、ガルヴァーを指差した。


「こいつが!このドワーフが私を操り、私腹を肥やしていたのです!私は被害者だ!」


 アルトは苦虫を嚙み潰したような表情をボルウィックに向ける。


「……見苦しい!」


 アルトが冷たく言い放つと、ライナスが無言でボルウィックの首根っこを掴み上げ、ゴミのように放り投げた。衛兵たちによって拘束されるボルウィック。その絶叫が遠ざかっていく。


 後に残されたのは、静まり返った焼け跡と、膝をついて震えるガルヴァー子爵だけだった。


「……殺せ」


 ガルヴァーは力なく呟いた。


「友を裏切り、職人の誇りを捨てた……。生き恥を晒すくらいなら、いっそひと思いに……」


 アルトは無言のまま、焼け焦げた工房の瓦礫へと歩み寄る。そして、一本の黒ずんだハンマーを拾い上げると、それをガルヴァーの足元に放り投げた。


 ガラン、と重い音が響く。


「拾えよ、元・名工」


「……え?」


「それが、君が捨てようとしたものだ」


 ガルヴァーは震える手で、煤けたハンマーを握りしめた。その瞬間、彼の手のひらに残っていた「タコ」が、かつての感覚を呼び覚ます。熱い炉の匂い、鉄を打つリズム、そして――ガガンとの友情と、最高の武器を作り上げた時の喜び。


「あ……あぁ……」


 ガルヴァーの目から、大粒の涙が溢れ出した。


「俺は……俺はなんてことを……!ガガン、すまない……!本当に、すまない……!」


 彼は地面に額を擦り付け、子供のように泣きじゃくった。ガガンは無言で近づき、友の背中をバシッと叩いた。


「馬鹿野郎が。……煤を落とせば、まだ使えるハンマーじゃねえか」


 その光景を見届け、アルトは静かに宣告した。


「ガルヴァー・アイアンハンド。監察官としての判決を言い渡す」


 空気が張り詰める。


「爵位剥奪、および全財産の没収。さらに、今後1年間、北の鉱山にていち採掘夫としての強制労働を命じる」


 それは貴族としては死刑に等しい、過酷な刑罰だった。だが、アルトは最後に付け加えた。


「――ただし。刑期を終えた後、また一から鉄を叩くことまでは禁じないよ。君のスキルと、その涙が本物ならね」


 ガルヴァーは驚いて顔を上げた。そして、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、深く、深く頭を下げた。


「……ありがたき幸せ……!」



 翌朝。ドワーフブルクの空は、粗悪品を大量に生み出す全工場の操業停止により、久々に澄み渡っていた。街の入り口には、アルトたちの馬車を見送るガガンの姿があった。


「フン、余計な世話を焼きおって。おかげで街の再建で忙しくなりそうだ」


「あはは。まあ頑張ってよ。……あ、そうだ。これ、返すね」


 アルトは懐から、露天で買ったガガンの「古びた包丁」を取り出した。


「え?」


「記念に持っておこうかと思ったけど、やっぱりいらないや。僕には似合わないし」


 ガガンは呆気にとられたが、すぐにニヤリと笑い、腰から別の一振り――鞘に収められた短剣を投げ渡した。それは、昨夜の火事から奇跡的に守り抜かれた「最高傑作」だった。


「なら、こっちを持ってけ。代金はいらねぇ」


「……これ」


 アルトが少しだけ剣を抜くと、まばゆいほどの輝きが漏れ出した。


「『最高傑作』なんだろ?いいの?」


「ふん。どうせそんな名剣、使いこなせる客はいねぇよ。……お前の護衛の、予備にでもしとけ」


「……素直じゃないなぁ」


 アルトは苦笑し、その短剣を大切に腰に差した。


「ありがたく貰っておくよ。……じゃあね、頑固親父さん」


「おう。達者でな、生意気な若旦那!」


 馬車が動き出す。窓の外を流れる景色を眺めながら、アルトはガガンから貰った短剣のつかを優しく撫でた。


「……ライナス。次の街は?」


「東の港町、リヴァイアです。海賊騒ぎと、裏カジノの噂がございます」


「へぇ。海賊とギャンブルか」


 アルトの瞳に、再び悪戯っぽい光が宿る。


「潮風で肌が荒れそうだけど……ま、少しは退屈しのぎになるかな?」


 かくして、街を覆う煤煙ばいえんは消え去り、職人たちの誇り高き槌音つちおとが、再び鉱山都市に響き渡るのであった。


 若き監察官を乗せた漆黒の馬車は、新たな「悪」を求めて、朝日の中を駆け抜けていった。


(鉱山都市編・完)

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