第6話 黄金の鎖と錆びたハンマー
「……美味い」
煤けた工房の奥にある生活スペースで、アルトは湯気の立つカップを置いて呟いた。
「ねぇ、お爺さん。これ、王都の貴族でもなかなか手に入らない『ゴールデン・リーフ』の一番摘みだよね?本当に高級茶葉、淹れてくれたんだ?ありがとう」
「ふん。たまたま棚の奥から出てきただけだ。賞味期限が近いから、お前に処理させてやってるんだよ!」
ガガンはそっぽを向いて、自分の鉄瓶から渋茶をすすっている。その耳が少し赤いのを、アルトは見逃さなかった。 (典型的なツンデレだね。……悪い人じゃない)
ライナスとエリーゼも部屋の隅で待機している中、アルトは本題に入った。
「で、聞かせてよ。なんであんな粗悪品が『ギルド認定品』としてまかり通ってるの? この街の領主、ガルヴァー子爵は名工だったんでしょ?」
その問いに、ガガンの太い眉がピクリと跳ねた。彼は重い溜息をつき、壁に掛けられた古い幻影画を顎でしゃくった。魔力で光景を焼き付けたその板には、煤だらけの笑顔で肩を組む、若き日のガガンと――彼よりも引き締まった精悍な体つきのドワーフが写っていた。
「……あいつは、『轟腕』のガルヴァーと呼ばれた天才だった。俺たちが作った武器は、どんな魔獣の爪も通さなかった。だが……」
「代官ボルウィック、だっけ?」
「ああ。あの人間が来てからだ。『技術だけでは街は守れない。金こそが力だ』と、あいつの耳元で囁き続けやがった。……最初はあいつも抵抗していたが、街の不況と重なって、心が折れちまったんだろうな」
ガガンは悔しそうに拳を握りしめた。
「今じゃ、あいつはハンマーを捨て、ペンの代わりにワイングラスを握ってる。……あいつはもう、職人じゃねえ。ただの商売人だ」
「ふーん。なるほどね」
アルトは最後の紅茶を飲み干し、優雅に立ち上がった。
「悲しい話だね。でも、商売人なら話が早い。僕が『商談』に行ってくるよ」
「商談だと? お前、あいつらに何をする気だ」
「さあ? ……ちょっとした『品質管理』かな」
アルトはニヤリと笑い、漆黒の外套を翻した。
「お茶、ごちそうさま。最高だったよ、頑固職人さん」
「……二度と来るな、生意気なガキが」
街の中心にそびえ立つ領主の館は、外の煤けた空気とは無縁の、悪趣味なほど煌びやかな空間だった。純金のシャンデリア、床に敷き詰められた最高級の獣皮、そして至る所に飾られた自分の肖像画。
「うわぁ……。成金趣味全開だね。目がチカチカする」
アルトが小声で毒づいていると、奥の扉が開き、二人の男が現れた。一人は、細身で神経質そうな人間の男――ボルウィック代官。そしてもう一人は、豪華な衣装に身を包んだ小太りのドワーフ――ガルヴァー子爵だ。
「お待たせいたしました! いやはや、まさか大陸一の『黄金の手』商会の若旦那様がいらっしゃるとは!」
ボルウィックが揉み手ですり寄ってくる。その横で、ガルヴァーはどこか居心地が悪そうに視線を泳がせていた。
「はじめまして、アルトです。……いやあ、素晴らしい街ですね! 活気があるというか、煙の匂いが『お金の匂い』に感じられますよ」
アルトは満面の「営業スマイル」で手を差し出した。ボルウィックはその言葉に気を良くしたのか、下卑た笑みを浮かべる。
「はっはっは! 若旦那様は話が分かる! そう、金こそが正義、金こそが秩序でございますよ」
「ええ、全くです。ところでガルヴァー子爵。あなたの武勇伝は王都でも有名ですよ。『轟腕』のハンマー、一度拝見したいと思っていたのですが」
アルトが話を振ると、ガルヴァーはビクリと肩を震わせた。
「……昔の話だ。今はもう、ハンマーなど握っておらん」
「そうですとも! 子爵様は今や、ペン一つで巨万の富を生み出す経営者ですからな!」
ボルウィックが割って入る。ガルヴァーは無言でグラスのワインをあおった。その時、アルトの鋭い観察眼が捉えた。 宝石の指輪で飾られたガルヴァーの手。その掌には、長年ハンマーを握り続けた者だけが持つ、分厚く硬い「タコ」がまだ残っていたのだ。
(……へえ。完全に腐りきったわけじゃなさそうだね)
アルトは内心で小さく頷くと、声を潜めて切り出した。
「実は……今日は『特別な商談』がありましてね。表の市場には出せないような、安くて……『訳あり』の商品を大量に仕入れたいんですが」
その言葉に、ボルウィックの目が怪しく光った。 彼は周囲を確認してから、声を潜めて答える。
「……ほう。若旦那様も、なかなかの『悪』ですなぁ。……ええ、ございますとも。国軍の検査を『うっかり』すり抜けた、コストパフォーマンス抜群の剣が」
「それは素晴らしい!ぜひ、詳しい話を聞きたいですね、 今後の取引のために」
「もちろんですとも! さあさあ、こちらへ!」
喜々として案内するボルウィック。その後ろを、ガルヴァーが重い足取りでついていく。 アルトはその背中を見つめながら、氷のように冷たい瞳で微笑んだ。
(さあ、証拠を見せてもらおうか。……君たちがどれだけ、職人の魂を売り飛ばしたのかをね)
(第6話 完)




