第4話 夜明けの温泉郷と新たな旅立ち
翌朝、湯ノ原郷の空は、ここ数ヶ月の重苦しい曇天が嘘のように晴れ渡っていた。
館の広場では、縛り上げられたバルカス男爵と錬金術師ゼイドが、王都から急行した監察局の騎士団によって連行されていくところだった。
「離せ! 私は男爵だぞ! 王家に多額の献金をしているんだ、こんなことが許されるはずが――」 往生際悪く叫ぶバルカスを、アルトは馬車の窓から冷めた目で見つめた。
「献金? あぁ、あの汚れた金のことね。それならもう、全額没収して村の復興費用に回すよう手続きしておいたよ。君、もう一文無しだから」
「なっ……! 貴様、どこまで……!」
「あ、それとゼイド。君の闇のポーション、レシピは全部エリーゼが解析して破棄したから。君の『商売』も、今日で廃業だね」
アルトが指先をひらひらと振ると、騎士団の馬車は絶望に染まった二人を乗せて走り去っていった。
温泉街に戻ると、そこには歓喜の輪が広がっていた。 源泉を縛っていた不浄な結界はエリーゼによって解かれ、蛇口からは再び、魔力を帯びた温かな湯が溢れ出している。
「アルト様! 本当に、本当にありがとうございました……!」
宿の看板娘、ユキが駆け寄ってくる。その後ろには、牢から解放されたばかりの、まだ衰弱しているが確かな足取りの父の姿もあった。
アルトは、再び「傲慢な若旦那」の仮面を被り、フンと鼻を鳴らす。
「お礼なんていいよ。僕はただ、この村の温泉がポーションの材料として価値があると思ったから投資しただけ。ユキ、君の親父さんに言っておいて。次に僕が来た時に、最高の湯が準備できてなかったら、違約金もらうからね!」
「はいっ……! 世界一の温泉にして、お待ちしています!」
ユキは、アルトが照れ隠しで毒舌を吐いていることに気づいているのか、満面の笑みで深く頭を下げた。
「……さて。ライナス、エリーゼ。そろそろ行こうか。ここに長居しても、一銭の得にもならないしね」
「御意。馬車の準備は整っております」
「次の目的地は、北の鉱山都市ドワーフブルクですね」
アルトが豪華な漆黒の馬車に乗り込むと、見送る村人たちから割れんばかりの拍手が沸き起こった。 馬車が動き出し、湯ノ原の山々が遠ざかっていく。
馬車の中で、アルトは窓の外を眺めながら、ふっと小さく微笑んだ。 その膝の上には、すでに次の目的地、ドワーフブルクの地図と汚職疑惑のリストが広げられている。
「ドワーフの頑固親父たちと、不正を働く役人どもか。……今度はどんな『商談』を仕掛けようかな」
アルトの指で、銀色の指輪が朝日を浴びて鋭く光った。 悪を断罪し、富を正しく循環させる。 若き監察官の漫遊記は、まだ始まったばかりだ。
(温泉郷編・完)




