第3話 控えおろう! 裁きの銀輪
バルカス男爵の館は、村の窮状とは対照的に、略奪した富を象徴するような悪趣味な豪華さに満ちていた。 広間に踏み込んだアルトは、鼻をつまむような仕草で周囲を見回す。
「うわ、趣味悪。ねえライナス、僕、こういうセンスのない場所って商売の運気が下がりそうで嫌いなんだよね」
「左様にございますな。空気さえも淀んでおります」
不遜な態度で進むアルトの前に、ふんぞり返ったバルカス男爵が立ちはだかった。その隣には、闇の錬金術師ゼイドが不気味な笑みを浮かべて控えている。
「『黄金の手』の若造が、何の用だ。投資の話なら、まずは跪いて我が靴を舐めてからにしろ」
バルカスの嘲笑に、アルトは肩をすくめて一枚の書類を放り出した。
「投資? 冗談。これ、君の悪事の領収書。違法な魔力採掘、毒素混入ポーションの密売。全部証拠は押さえてるんだ。今すぐ採掘を止めて、村人に賠償金を払うなら、僕の商会で雇ってあげなくもないけど?」
「……何だと?」 バルカスの顔が怒りで赤黒く染まる。隣でゼイドが冷ややかに告げた。
「男爵様。このガキ、昨夜の広場でも不穏な動きをしていました。ここで消しておくのが得策かと」
「ふん、商家の小倅が……! つまみ出せ! 抵抗するなら息の根を止めて構わん!」
号令と共に、重武装の衛兵たちが一斉に襲いかかる。 だが、アルトは一歩も動かない。
「ライナス。……掃除、再開」
「御意」
それは、戦いというよりは一方的な「解体」だった。 ライナスの剣は、衛兵の鎧ごと武器を叩き折り、エリーゼの放つ沈黙の魔術が敵の連携を完全に遮断する。瞬く間に、広間には呻き声を上げる兵士たちの山が築かれた。
「な、な……!? 貴様ら、ただの商人ではないな! だが、忘れるなよ! 私は国王陛下よりこの地を任された貴族であるぞ! 監察官に告発すれば、貴様らなど一族郎党、処刑を免れん!」
バルカスが、震える手で「監察官」の名を出した。 その瞬間、アルトがクスクスと、低く笑い始めた。
「……あはは。面白いこと言うね。監察官に、僕を告発するの?」
アルトの口調から「子供っぽさ」が消えた。 静かな、しかし絶対的な重圧を伴う声が広間に響き渡る。
「もう良い。茶番は終わりだ、ライナス。……エリーゼ、例のものを」
「御意に、アルト様」
エリーゼが恭しくアルトの手から指輪を受け取り、天に向けて高く掲げた。
「控えおろう!」
瞬間。 指輪から放たれたまばゆい銀色の光が、広間の天井を突き抜け、夜空に巨大なエレシュタリア王家の紋章を浮かび上がらせた。
「な……王家の……紋章……!?」
「刮目せよ!」 エリーゼの凛とした声が響く。
「これなるは、大賢者の地位継承者にして、エレシュタリア王家より特命を受けし――監察官たるアルト様が持つ、王権代行の証!」
「そ、そんな……監察官は、王族かそれに準ずる者しか……まさか、あの『行方不明』と噂されていた第三王子……!?」
バルカスが腰を抜かし、その場にへたり込む。 アルトは冷徹な瞳で、跪く男爵を見下ろした。
「バルカス男爵。君は『商売の邪魔』をしただけじゃない。王の名を騙り、民の命を弄んだ。……その罪、万死に値する」
アルトが指をパチンと鳴らす。 その瞬間、それまで男爵に加担していたゼイドが、アルトの放つ魔力の重圧だけで床に這いつくばった。
「さて。まずはその爵位を剥奪させてもらうよ。あとのことは……王都の牢獄で、ゆっくり話し合おうか」
王家の紋章の光に照らされたアルトの姿は、もはや傲慢な若旦那などではなかった。 国を背負う、若き断罪者の姿そのものだった。




