表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黄金の手』の傲慢な若旦那、実は王直属の特命監察官でした。〜「商売の邪魔だ」と不敵に笑い、腐敗した貴族や闇の魔術師を合法的に破滅させる諸国漫遊記〜  作者: 九条 綾乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

第2話 施しの正体と凍りつく魔力

ライナスが私兵を瞬殺した余波で、宿屋の中は静まり返っていた。

「あ、あの……本当に大丈夫でしょうか。男爵様は恐ろしいお方です……」」

怯える宿の女将をよそに、アルトは豪華なソファに深く腰掛け、高級な葡萄ジュースを口にした。


「大丈夫、大丈夫。あんな雑魚、僕の商売の足元にも及ばないから。ねえ、エリーゼ。例の件、調べてきてくれた?」


影のように控えていた魔導師エリーゼが、無表情のまま頷く。

「はい、アルト様。源泉の調査を完了しました。……事態は深刻です。男爵は源泉の真上に巨大な術式を設置し、温泉から治癒魔力のみを凝縮して抽出しています。その結果、残った水には生命力を削る『劣化成分』が残留しています」


アルトはグラスを置いた。その瞳が、スッと細くなる。

「劣化成分……。それ、ただの熱湯よりたちが悪いじゃん。そんなのを放置してたら、僕が将来この温泉を買い叩く時に価値が下がっちゃうよ」


若旦那らしい身勝手な言い草。だが、ライナスとエリーゼは知っている。アルトが指先でテーブルを叩くリズムが、怒りを抑える時のそれであることを。


「さらに……その『劣化成分』を闇の錬金術師ゼイドが加工し、依存性の高い偽薬に変え、町の人々に配っているようです。今夜も広場で『男爵からの施し』と称して行われるとのこと」


「ふーん。最悪のビジネスモデルだね。……ちょっと見学に行こうか」


アルトは立ち上がり、黒い外套を翻した。


夜の広場。 そこには、寒さに震え、痩せこけた村人たちが列をなしていた。 中心では、派手なローブを纏った男――闇の錬金術師ゼイドが、大きな樽の前に立って叫んでいる。


「さあ、ありがたく飲め! 男爵様からの慈悲だ! これを飲めば痛みも消え、たちまち元気になれるぞ!」


配られているのは、濁り、腐敗したような臭いを放つ液体だ。 幼い子供や老人が、それを涙ながらに受け取り、喉を鳴らして飲み干していく。飲んだ直後、彼らの瞳は虚ろになり、頬には不自然な赤みが差した。


「……ひどいな」

物陰からそれを見ていたアルトの口から、漏れた。


「ちぇっ、なんだよ。あんな汚い水をありがたがってさ。あれじゃ、病気が治るどころか、自分の命を前借りしてるだけじゃん。本当にバカだなぁ、この町の人たちは」


アルトはわざと突き放すような口調で言った。 だが、その視線の先で、一人の少女が倒れた。先ほどの宿屋にいた看板娘のユキだ。彼女は男爵に連れ去られた父の無事を祈りながら、震える手でその「毒水」を口にしていた。


その瞬間。 広場全体の温度が、一気に氷点下まで叩き落とされた。


《カチリ、カチリ、と、世界が凍りつくような音がした。》


「……え?」 ゼイドが首を傾げた時には、すでに遅かった。 アルトを中心に、石畳に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。 それは、少年の内側から溢れ出した、世界の理を捻じ曲げるほどの破壊的な魔力――。


「アルト様! お鎮まりください!」 エリーゼが即座にアルトの背中に手を当て、沈静のルーンを刻む。 青白い光がアルトを包み、荒ぶる魔力が霧散していく。


「……あ、やば。ついおさえが効かなくなっちゃった」

アルトは肩をすくめ、再び「若旦那」の顔を作った。 だが、その足元の石畳は、一瞬の魔力漏れだけで粉々に砕け散っている。


「エリーゼ、あいつの顔、覚えたよね?」

「はい。闇の錬金術師ゼイド。ギルドから永久追放された罪人です」


「よし。じゃあ明日は、男爵の館に直接乗り込もう。あんな効率の悪い商売、僕が根こそぎ潰してあげるよ」


アルトは冷めた瞳で、高笑いするゼイドを見据えた。

「ライナス、剣の手入れはしておいてね。明日は少し、派手な『交渉』になりそうだから」


夜明けの光が、アルトの指に輝く「王家」の指輪を、一瞬だけ鋭く照らし出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ