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2-5 大切なもの

 副団長の立っていた場所は白い煙で覆われ、視界が不透明となる。だが、煙の中からかろうじて見える女性の影をレリアはしっかりと睨みつけていた。

 この状況での妨害。そしてレリアの放った詠唱込みの一撃を弾き、二つに切り裂くような芸当ができる人物。そんな人知をかけ離れた事ができるのは魔女の可能性がある。


 そう警戒してレリアは煙が晴れるのをひたすら待つ。

 しばらくして煙が晴れると、煙の中にいた女性は金色の髪の毛を揺らしながら冷や汗を垂らして、レリアへ向かって屈託なく笑った。


「いや~。死んじゃうかと思った。流石は魔女ハンターだね~」

「──団長⁉」

 地面に膝をついていた副団長は飛び上がるように立ち上がり、金髪の女性に迫る。

「どうしてここに来たんですか!」

「えぇ? 大事な部下が殺されそうになっているんだから助けに来るよ」


 その瞬間、副団長は視線を逸し、僅かに頬を赤らめ嬉しそうにする。

 しかし、それは一瞬で消え、すぐに真剣な面持ちに変わった。


「駄目ですよ。我々が法を犯したんですから……。誰かが罰されないといけないんです」

「それはそうなんだけど、この場合の犠牲って必要なのかな?」

「はい?」


 副団長は不思議そうに首を傾げる。一方の団長は顎に手を当てて何かを考えている様子。

 しばらくして、団長は手をパンと叩いた。


「そうだ。魔女ハンターさん。私と取引しない?」

 あっけらかんと言う団長の発言にレリアの瞳が細くなった。

「公衆の面前ですごいこと言うね。まぁ、聞くだけ聞く」

 レリアがそう言うと団長は満面の笑みで頷いた。


「ありがと~。それじゃあ早速だけど、私達騎士団は昨日から『特定状況における魔女狩り権利の付与』に基づいて、あなたに魔女狩りの委任をされていた事にして欲しいの」

「「「は?」」」

 この場にいる全員の頭に疑問符が浮かんだ。


 確かに『特定魔女狩り認可法』の第三条にはそのような記述はされている。

 緊急を要する場合や公共の安全が脅かされる場合、協会は非権利保持者に一時的な魔女狩りの権利を貸与することが可能だ。


 しかし、その手続きには事前の申請が必要であり、今回は既に被害が発生している。そのため、騎士団長の話に乗ると、発生した被害に対する慰謝料は、騎士団に権利を貸与したレリアが払うことになる。

 全く以てレリアにメリットがないし、これは取引とすら呼べない。


「えっと……何を言っているの? それ、取引でもなんでもないけど……」

「あ、そっか……それじゃあ対価は騎士団員を貸し出すというのでどう? 今日から騎士団はあなたの下についてこの街に潜伏する魔女を駆除するお手伝いをする」

「この街にいる魔女を狩るのを手伝うからこの場は見逃せって事?」


 団長はうんうんと首を縦に振る。

 その提案はレリアにとって、かなり美味しい条件ではあった。

 今回の魔女は早急に駆除しなくてはいけない対象であるため、人手を増やして魔女を探せるのであれば、こんなにも美味しい話はレリアの方からお願いしたいくらいだ。


 とはいえ、これだけの群衆が見ている中で、裏取引を行い、処刑を見送るというのは難しい話だ。

 それに最も重要な問題がレリアには対処のしようがない問題だった。


「……悪いけど無理。正直、今手持ちがないの。今回の被害の慰謝料を支払うのは難しい。確か慰謝料は大金貨一枚……今はそんな大金持っていない」

「それもこっちで払うよ。そして今回の件で発生しうる損害やあなたに対する不利益も全てこちらで請け負う。それならどう?」

「…………」


 レリアは静かに唸る。

 大金貨一枚の価値は一般兵の一年間の年収程度だ。一般人の生活基準で考えれば豪遊はできないけれど三年程度は働かなくとも済む額。

 それを向こうが払ってくれた上で、魔女狩りの仕事も手伝ってくれて、かつ発生する不利益を全て請け負ってくれるのであれば悪い気はしない。

 ──完全に汚職ではあるのだが。


「……分かった。今回の被害者のフォローも全部やってくれるなら、あなたの話に乗る──あと、倒れた建物の弁済もよろしく」

「それでいいよ。ありがとう! あ、私は団長のアメリ。ここのおバカは副団長のフーレ。しばらくよろしくね」


 太陽のように笑うアメリは元気よく左手を突き出す。そこにレリアは渋りながら右手を伸ばして握手をした。


「私はレリア・サージュ。そこにいるのは……」


 と、ロベルの方を指さした左手がふらりと宙をなぞる。

 ロベルの紹介に迷ってしまったのだ。

 先ほど騎士に捕まっていたロベルを開放してもらう際にはロベルを付き人と言ったが、正確ではないし、改めて紹介するとなると関係も正しく明示した方がよいだろう。

 しかし、現在のロベルとの関係をうまく言語化できない。


 レリアは、しばらく迷ってからたどり着いた当たり障りない答えを、アメリに向かって言うことにした。


「彼は知り合いのロベル。よろしく」

「うんうん。ロベル君ね。分かった。レリアさんもよろしく。噂はかねがね聞いてるよ」


 未だに強く握ったレリアの手をぶんぶんと激しく振りながら、アメリは興奮した様子で言った。

 一方のレリアは不快そうに顔をしかめる。


「どうせ碌でもない噂でしょ?」

「ソンナコトナイヨ……」


 アメリの言葉は突如片言になった。まるで母国語を忘れたかのようだ。目も広大な海を泳ぐ魚のように、そわそわとあちらこちらを動き回っている。

 その演技の拙さに、フーレが苦笑し、つられてレリアも口角を緩めた。先程までの切り詰めた空気は四散し、落ち着いた空気が流れ始めた。


 その直後──

「ふざけるな! 国の犬がそんな汚職みたいなこと許されないぞ!」

 今までの様子を見ていた野次馬の一人が肩を怒らせながらアメリの方へと近づいていく。


 それを聞いたアメリは顔に縦筋を入れて野次馬の男性へと向かい合った。

「はぁぁあ? 汚職って証拠が何処にあるの? 文句があるならその喧嘩買うけど剣でッ!」


 流石は騎士団の団長というべきだろうか。開き直りの度合いにレリアは一周回って感心する。

 しかし、脅しを交えた開き直りに効果があったのか、文句を言ってきた男性は顔を青くさせながら口をパクパクとさせる。


 その間もアメリは止まらぬ口を動かす。


「なにか言ったらどう? 魚みたいに口パクパクさせるだけなら最初から文句言わなきゃいいんじゃない? ほら、どこが汚職言ってみなよ!」

 あまりにものアメリの迫力に恐怖した人々は男性を残し、この場から立ち去っていく。

 そんなアメリの様子を眺めていると、レリアは自分の身体に違和感を覚えて撫でるように自分の身体を触る。


 そして、違和感の原因にすぐ気が付いた。この街に来るまで持っていたバッグが無くなっていたのだ。慌ててレリアはロベルのもとへ駆けつける。


「ねぇ。私のバッグどこにあるか知ってる? 落としちゃったみたいで……」

「あれじゃないですか?」


 ロベルは広場の端の方──倒壊した建物でぐちゃぐちゃになっている辺りを指さした。

 そこには見覚えのあるバッグが蹴られ、濡れて、踏み潰されボロボロになってゴミのように転がっていた。

 どうやらロベルを追いかけて人込みをかき分けていた際に、落してきたらしい。


「あ……」


 小さく声を漏らし、レリアは自分でも気が付かない間に走ってバッグの方へと向かう。

 バッグのもとへ駆けつけたレリアは、目に僅かな涙を浮かべながら、それを手に取り、優しく汚れを払った。レリアのバッグは、思い入れがなければ買い替えを考えるほどにボロボロになってしまった。

 それが悲しくて、レリアはしょんぼりとする。


「大切なバッグだったんですか?」


 気がつけば、ロベルがすぐそばまで静かに近づき、なだめるような温かい声でレリアに語りかけてきた。

 レリアはロベルに見つからないように瞳から溢れた涙を拭ってロベルの方を向く。

「お母さんの形見……かな。大切に使ってたんだけど……」


 言いながら形見のバッグを随分と乱雑に扱っていた自分自身の記憶が脳を掠めた。

 もっと丁寧に扱うべきだったかもしれない、と思いながら更に気落ちしていると、ロベルが気を使ったよう口調で話し始めた。


「お母さん亡くなっていたんですね」

「うん。随分前にね」

「何年くらい前なんですか?」

「一七歳の頃」

「え、それって割と最近じゃないですか?」


 ロベルの言葉にあははと、レリアは無理に笑ってみせる。


 笑えているかは自分でも分からないが、一番隠したかった事実。勝手に人だかりの中央へ向かったロベルを追った際にバッグを落としたという事実は隠せた気がする。

 恐らくロベルが知ったら、彼は自分のせいだと気にしてしまうだろう。故に、レリアはロベルにその事実を悟られないように話を逸らした。


 そうこうしている間に、男性との喧嘩で勝利を収め満足そうなアメリとフーレがこちらに歩いてきた。


「あ、いたいた。急に消えたから何処に行ったかと思ったよ」

「ちょっと荷物を置き去りにしちゃったから取りに来ただけだよ」

「ん?」

 アメリがレリアの瞳を覗き込んで不思議そうに首を傾げる。

「何か変わった?」


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