2-4 処刑
絶望、と言った顔だった。
彼らは自分たちが違法行為に手を染めているという認識は持っていたらしい。
ならば彼らには、レリアが死を運ぶ死に神のように見えているだろう。
レリアはロベルの方へ視線を向ける。
「その人を離してくれる? 私の付き人なんだけど」
と、レリアが言い切る前に騎士たちはロベルを掴んだ手を離した。
内心不服だらけだろうが、レリアの機嫌を悪くさせない行動は正しい。
文字通り彼らの命はレリアが握っている。無為に怒らせたりしたら情状酌量の余地すらなく極刑を言い渡されると分かっているのだ。
ロベルは騎士たちから開放されると、すぐにレリアの元へ駆け寄り、申し訳無さそうに頭を下げる。
「す、すみません。感情的になってしまってしまいました。俺、許せなくて……」
「人の為に怒れるのは美徳だと思う。そういう部分は誇ってもいい」
レリアはそう言って、視線を十字架に縛り付けられた女性へと視線を移す。
女性の赤髪は外向け用にきちんと整えられており、顔に施された化粧はさほど乱れていない事から長期間騎士たちに捕らえられたとは考えづらい。今日、なにか不運な誤解が生じてしまい、被害者になってしまったのだろう。
瞳を覗き込めばいつものようにレリアの瞳には、女性の情報が流れ込んでくる。
女性の身体的特徴、個人が保持する才能や能力、女性の両親の姿。
最後に一番重要な、悪魔との契約の有無。
膨大な情報を頭の中で整理したレリアは、十字架へ向かって左手を払うような動作を行う。
同時に十字架は鋭い風に三等分に切断され、音を立てて地面に崩れる。
十字架に縛り付けられていた女性も十字架と共に落ちて悲鳴を上げながら尻もちを付いたが、レリアは我関せずと言った様子で、騎士を睨みつけた。
「あの人は魔女じゃない。こんな勝手なことを騎士が先導して騒動を起こすなんて……この一件はハンター協会に対して、そして魔女ハンターに対する戦線布告という事でいいの?」
レリアの言葉に込められた怒りを感じ取ったのか、逃げずにこの場に残っていた群衆を含む全員の表情が一斉に青ざめ、全身を石のように硬直させた。
そんな中、レリアの立つ場所からやや離れた場所にいた他の騎士たちと比べて上質な鎧を身に着けている若い騎士がレリアのもとへ駆け寄り、素早く腰を折った。
「申し訳ございません! 越権行為と分かっていても民の暴走を止められなかったのは私の責任です。どうか、私の命一つでこの場を収めてはいただけないでしょうか?」
「あなたは?」
冷たく聞こえるように努めて低い声でレリアは言う。
それを聞いて騎士はびくりと身体を揺らし、深く頭を下げたまま口を開いた。
「私はこのサンティマン・ヴォレの街を守護する騎士団の副団長です。この度の魔女狩りの責任者としてこの場に立ち会っておりました」
「そう。じゃあなんでこんな事になったか説明してもらえる?」
「はい。ここ数日、市民の間で赤髪に赤い瞳の女が魔女である、という噂が広まり市民の間で魔女狩りが始まりました。その結果、情報とは関係のない多数の人間が被害にあったため、騎士団が市民の暴走を収める為に指揮を執り行う事になりました」
レリアはその言葉を聞きながら苛立ちを隠さずに副団長を見下ろす。
「それが越権行為なんでしょ? 魔女ハンターに依頼すれば良かったのに。どうして魔女を見分ける力もないのに勝手に魔女狩りをしようとしたの?」
「現在この街には魔女ハンターが一人もいないからです」
短く事実を伝える副団長の発言にレリアは強いショックを受けた。
魔女ハンターは基本的に自らが活動する拠点を定め、その土地を守るという者が多い。レリアのように特定の居住地を持たずにフラフラと活動する魔女ハンターは珍しい。
そのため、この街のように多くの住人がいる大きな街には、通常、二~三人の魔女ハンターが常駐している。それが一人もいないとなると、この街に常駐していた魔女ハンターは恐らく──
思考を巡らせていたレリアに、腰を折った姿勢から少しだけ顔を上げた副団長が目配せをした。その意味を察したレリアは、訝しがりながら副団長の方に顔を近づけた。
「なに?」
「実は、街中でこの街に在住していた魔女ハンターが、半年ほど前に三人ほど亡くなりました」
その言葉にレリアは思わず息を呑んだ。
魔女ハンターが亡くなった事は予想していたが、三人同時とは考えてもいなかった。
「魔女ハンターが三人同時に亡くなったのが原因で、街中が疑心暗鬼に陥りました。その上、魔女の噂が広がり、事態は更に収拾がつかなくなってしまって……」
「つまり、魔女を駆除できる人がいないから自分たちでやろうとしたってこと?」
「はい。外から魔女ハンターが来るとは伺っていたのですが、到着まであと数日はかかると聞いていたので」
レリアはその言葉を聞いて大きなため息を吐いた。呆れ半分、怒り半分といったため息だ。
「そう。ならあなたに全ての責任を負ってもらってこの場は終わりにする」
「……ありがとうございます」
お礼を言う副団長からレリアは二十歩ほど離れ、右手の掌を突き出し、詠唱を始める。
口から出る言葉には今から人を殺すというのに感情は乗っていない。このような行為に慣れてしまった自分の冷たさにレリアは嘲笑の笑みを浮かべた。
その直後、突如として、レリアの身体を中心とした巨大な光の柱が立ち昇った。溢れた光は飽和し、空間を歪ませる。幻想的な光を放ち天へと伸びる光の柱は、まるで神の降臨を想起させる光景だった。それを見た人々は一斉に息を飲む。
しかし、副団長は目を閉じたままレリアに処刑される瞬間を待つ。彼に抵抗する意思は無いようで終わりの瞬間を静かに受け入れていた。
レリアは詠唱を終え、副団長を睨むように見て手を振り下ろす。
「アス──っ」
魔法を放つ直前、ロベルがレリアの前に飛び出し、副団長を庇うようにレリアの前で両手を広げた。
「なっ!」
レリアの口から声が漏れるのと同時に、レリアの身体を包んでいた光が霧散する。
そして、ロベルは静かにレリアを睨みつけた。
「レリアさん⁉ あなたは一体……何をしているんですか? その人は人間ですよ⁉ あなたの敵は魔女のはずですよね?」
怒りと困惑が半々の表情でロベルは言った。それを聞いて、レリアは途方に暮れつつも苦笑する。確かに法律は違反者に対する処刑権を認めているが、これが魔女ハンターの仕事ではないことは明白だ。だが、誰かが手を汚さなければ、秩序は崩壊する。
「──ロベル。これは……」
そこまで言ってレリアは言葉を切った。
レリアの視線の先には、顔を上げた副団長が、レリアの言葉を遮るように手を突き出していた。彼はロベルを見て、とてもこれから命を奪われる人間には見えないような柔和な笑顔を向ける。
「君の気持ちは嬉しい。でも邪魔しないで欲しいんだ」
「はぁ?」
ロベルは意味が分からないと言った顔で振り返り、自らが守ろうとしていた副団長の方を見つめた。
「あ、あんた……分かってるのか? このままだと殺されるんだぞ⁉」
ロベルの言葉に副団長は静かに首を横に振る。
「わたし達は国家に仕える身でありながら、法を犯した。本来ならこの場にいる騎士全員を処断しないといけないところをこの方は私一人の命で良いと言ってくれているんだ」
しかし、ロベルには理解できないようで、静かに首を振る。
それを見た副団長は静かに立ち上がるとロベルの方へ歩んで優しく肩を叩いた。
「この世界には、守るべきものがある。私もそしてあの方にも」
副団長の視線がレリアへ向けられ、ロベルも釣られてレリアの方を見た。
「私にとっての守るべきものは国の法律と騎士団の仲間だ。そして私はその片方を破ってしまった。これは許されてはいけないことなんだ。罰されるべき行為なんだよ」
「……分からない。全然分からないぞ! それは死を選ぶほどのものなのか?」
「あぁ。騎士団の仲間を守る為ならその価値はある。そして、あの方にも同じように自身に課した守るべきものがあるはずだ。だから君はあの方を信じてあげてくれ。これは殺人じゃない。罪を犯したものに対する救済なんだ」
「…………」
何かを言おうとして言えないままロベルの口が何度かパクパクしている間に副団長はロベルから少し離れた場所に移動してから、レリアの方を向いて両膝をつき、胸の前で手を重ね合わせ、神に祈るような格好をとった。
レリアはもう何も言わずに詠唱を続ける。
『炎よ。我が意志に従い、この者を灰燼に還せ《インフェルノ・ディストルション》』
苦痛すら無く完全消失させる為に威力を上げた魔法がレリアから放たれる。
それは閃光となって十数メートル先の副団長へ向かって飛ぶ。
そして──
一閃。
鋭い剣線がレリアの放った魔法を二つに切り裂き、一つは群衆のいる方向にあるレンガ造りの背の高い建物へ吹き飛び大爆発を引き起こす。もう一方は空高くに舞い上がり、大きな花火のように大空を鮮やかな爆炎で彩った。